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2020年6月

No.346

口舌心の音曲

一字一句

理法

名人芸

ヴィルトオーソ

上手

職人芸

技術主義

芸品

品格

一脈

事大主義

権威主義

自我

本道

求道

名利

恬淡(てんたん)

芸談

熟練

調和

精神主義

安易

独善

名声

幻滅

緊張関係

絶句

身仕舞

潔癖

No.346

<レッスンメモ「これからの学び方」>

 

経験による対応能力をつける

自分流の許容と詰込み型の限界を知る

動くことで経験が積めて力になる

区切りがつくまでは全力でやる

アンケートやレポートをたくさん出す

参加する、傍観者にならない

評価される台にのり続ける

守りに入らない

いつも、どこでもみられているし測られている 

自己嫌悪しつつも勇気を出すトレーニングをする[580]

No.346

<レクチャーメモ「勘を磨くための経験」>

 

属人的な判断基準からの解放されること

コンディション管理とマネジメント

能力を習得し、的確に動けるようになる。

老害、思考の硬直化をなくす

過去の蓄積で居直らない

コミュニケーション力とデータ駆使力をもつ

育成と作品の完成度が育成=作品となる

世界をみる、いろんなタイプをみて学ぶ

低レベルや特定の人しかみていないのをやめる

レベルの高いものとそうでないものをみる

舞台と作品と現場と裏をみる

感想と批評をつける

 

<レクチャーメモ「マネジャー、スタッフと専任のコーチ体制」>

 

マネジャーなのかコーチなのか

プレーヤーは、マネジャーやコーチと違います。

プレーヤーのあと、監督や解説者になれる人は、気づきや言語の使い方がすぐれています。

中身でなくステージドラマとしてみているのではないでしょうか。

少なくともヴォイトレするなら、中身を吟味するべきでしょう。厳しい観点で質をチェックする人がいなくなりつつあるのは残念なことです。

エンターテイメントとしてビジネスになっていくと、個人がみえなくなりがちです。パワーや美しさ、醜さ、芸術のアンバランス、人間性が消えていく。

専門家が当てられないところにおもしろさがあると思ってはいます。

素人の強さと無謀さがアートを生み出していくと思うのです。                   [535

Vol.87

〇出欠とりと声

 「声が悪い」とか「相手によく聞こえない」という人がいます。なぜ、そう思うようになってきたのでしょうか。

 たとえば私たち日本人が声を指摘された数少ない体験のなかに、出欠とりがあります。

 あなたが「○○さん」と呼ばれて「ハイ」と答えたのに、もう一度「○○さん」とくり返された。一度ならず、こういうことが続くと、誰でも自分の声に不安をもちます。「他の人は聞き返されていないのに、私だけ…」。あるいは、他に二度三度呼ばれる人をみて、「あ、私もあの程度しか聞こえていない」、となると、「私の声が小さいのだ」と思ってしまうのです。

 まれに、「あの先生は私に好意をもっていない人だ」など、思い込んでしまう場合もあります。あまり、声のせいと思わないとそうなります。先生も人間なので、本当のところはどうかわかりませんが…。

 このケースは、声についての理解を深められるので、少し詳しく追ってみます。

〇タイミングと間

 

 まず、その原因からです。

 たとえば、タイミング、先生が呼んでいるのに、ちょっと間をあけてしまった。これは先生の間が変わったので確認するために再度、呼びます。ポンポンと返事の返ってくるリズムからずれるので、そこではもうきちんと聞くことをやめています。つまり、先生の耳の注意力が落ちています。そこで、あなたの返事の声の大きさに関わらず、二度、呼ばれてしまいます。性急なタイプの先生、出欠に時間をとりたくない先生には多いです。これは、返事のタイミングと先生の性格の問題です。

 呼ばれたときに、返事を早めにしてしまうのも同じです。何かを言っているとき、人の耳は疎かになっています。「今、返事したよな」と確かめたくて、また聞きます。つまり、二度、聞き返されるくらいなら大丈夫なのです。

〇声を妨げるもの

 

 聞こえていても、その人かどうかを確かめたくて聞き返すときもあります。ときには他の物音が入ったり、まわりの私語があってさえぎられ、聞き返すときもあります。誰かが間で咳をしたり、椅子をガタンとすると、あなたには大して聞こえなくとも、先生の耳の妨げにはなるでしょう。

 先生のまえに音の障害が出たときは、とても聞こえにくくなります。私も声を聞くのに、自分でピアノを弾くと、その音で声が聞こえにくいので、使うのを抑えています。

 さらに空間として、あなたが先生のところから遠くに座る人ならどうでしょう。前の方の人と同じ声量では、届きにくいはずです。

 近くに座る人は、聞こえると思って、ぼそっと言います。これも、聞きづらいです。共に適切な声量について、うまくコントロールできていないのです。

〇声以外の要素

 

 先生には、声でなく目でチェックしているタイプも少なくありません。つまり、声のした方向にあなたの顔の表情、視線や手がみえないと確認しにくいです。他の生徒の代弁かと思うかもしれません。

 私も出欠をとるときには、声を出していなくても、手をあげる人は、OKとしています。出欠は、声での返事の確認ではなく、当人の在、不在の確認です。相手が子供でもなければ、「大きく、はっきりと声を出せ」とは言いません。

 声だけでなく、顔や目でも合図することです。目で出欠をとるタイプの先生もいるからです。

 

〇声の通り

 声の通りの問題もあります。

  1.声質、大きさ、高さ

  2.共鳴

  3.意志の強さ

  4.方向性

  5.発音の明瞭度

 出席のときの声が届かないことと、あなたの話し声がうまくまわりに届いていないということは一致しません。授業と、それ以外で、豹変する人もたくさんいます。

 言いたいことは、一口に「声が聞こえない」といっても、いろんな問題があるということです。その多くはあまり声そのものに関係ないから、すべてを声のせいだと思い込まないでくださいということです。

〇電話での声の通じにくさ

 このようなことは、電話にも通じます。今の電話は、昔よりも格段に性能がアップしています。電話器と声との相性の問題は少なくなってきています。

聞き返されるのは、声が小さかったり、ぼそぼそ発音が不明瞭だからとは限りません。電話の使い方、たとえば口と受話器との距離がよくないのかもしれません。

私も聞き返されることがあります。私の声はよくひびくので、逆に小さくしてしまうこと、特に人一倍、外では気を使うからです。職業柄、声のマナー感覚が厳しいためです。

室外で受けると、相手の声もよく聞こえにくいとか、はっきりと返答できないケースなど、いろんな原因があるということを知っておいてください。

〇声は暗示にかかりやすい

 まわりの人のことをすごく気にする人も、あまり気にしない人もいるでしょう。一般的に気にすると、何ごとも悪い方向に、気にしないとよい方向に動きます。

 悪口をいわれても、「私のことを気にしている、存在感、影響力があるのね、私。私のことしか話すことがないのはかわいそう、あの人」と思えばよいのです。

世の中には、何も言われていないのに、悪く思われていると悩んでしまう人がたくさんいます。

 声については、「変な声」とか、「音痴」など、いわれると、結構、身にこたえませんか。「あんたに何の資格があって、どんな基準をもって、声がどのくらい悪いというのか」と切り返せる人は、そうはいないでしょう。

 声は、本当に実体のないあいまいなものですから、何かの拍子に、ふとそう思ったりしがちです。まして、そう言われると、自分で抱え、思い悩み、悪い方に確信してしまうことが多いのです。

○声の評価は気にしない

 

私は、歌や声については、「まわりの人の言うことは気にしないでください」といっています。「音程が悪い」と友人が何かの拍子で言ったようなものは、大半は悪意のない、言った当人も覚えていないくらいの言葉です。それを何年もかかえていて、相談にくる人もいます。専門家が判定や診断をしたのでなく、単に、ある歌のどこかを、言われたのを覚えていただけの原因ということが多いのです。

 「プロデューサーに声が悪いといわれたんです」という人が来ます。

 プロデューサーといっても必ずしも声のことについては、わかっていません。だから、適当な言葉がなくて、「声が」、などと言うこともあるのです。そういう場合は、まったく気にする必要はないのです。

 今の歌手がそんなによい声をしていますか。(だから、「誰でも歌手になれます」、とは言いませんが。)

 他人の一言で自信をなくしてしまうメンタルの方が、あなたが克服しなくてはいけない大きな問題です。でも、そういう人には、誰もそのことを面と向かっていえません。

〇声に自信を表わす

 ステージで歌っている人は、本心がどうであれ、自信をもって魅力的にふるまおうとしています。自分がよいと思わなくては、どうして人前に立って披露できるでしょうか。その思い込みが、歌やせりふを通じさせる力となっているのです。

 性格のいい人は、「自分の声はよくない、自信がもてない」と思うかもしれません。そうまでして人前でやりたいと思わないかもしれません。

 でも、同じことです。声は、実体のないものでもあるからです。声がよくないといえば、大体は、よくないでしょう。

だからといって、プロは、はったりをしているのではありません。プロとして、お客の求めるもの、よい声、よい歌、魅力的で輝いていて欲しいという願望を、きちんと体現しているのです。そう思い込んで、やっているのです。

 誰が、「正直に自信がなく、下手で悪い歌声だ」、など、いう人のステージをみたいと思いますか。そんな人と一緒に一時を過ごしたいと思いますか。

 本当とか嘘ではないのです。人前に出る人は、魅力的に振る舞う義務があるのです。どんなことがあろうと、どんなことを思っていようと、その思いで振る舞った結果が伝わるのです。

○声をセールス

 

「自分の売っている商品が本当によい」と信じられないセールスマンは、売れません。話し方でも声でもない、その思いが話や声の力を変えてしまうのです。

 

 私は、多くのセールスマンに会ってきました。同じ人でも、自信のある商品はよい声に、自信のない商品ではよくない声になります。ジャパネットたかたの高田さんは、自信のある商品しか売りません。だから売れるのです。

 

 あなたが、あなた自身を売るには、自身は自信、自分の声を否定しないことです。あなたの声は、そのままでも充分に魅力的だと信じてください。

 

 そして「声がよくない」「声で損している」、こういう考えを捨ててください。この声を武器に魅力的になり、好かれ、仕事もどんどんできるようになると思ってください。自信がもてないならヴォイトレをしてください。

「声はノイズ、フック、ニュアンス」 

これまで、私は歌声は、美しい音楽を邪魔するものということも述べてきました。音楽の中で、その邪魔は、心へのフックです。心に残る、気にかかることとして、いろんな技法にも含まれているのです。

歌、そして声は邪魔するもの、そのものです。何段階にもわたって邪魔するのです。まずは音楽のなか、次に歌声のなか、さらに、ことば、子音のなかでノイズを発します。

しかし、考えてみると、心にひっかかるというのなら大切なものやことは、全てそうだともいえるでしょう。違和感、疑問を抱かせるというフックなのです。

そこを私は、歌ではニュアンスと言ってきました。何らかの意味をもつ、いや意味をもっていそうに感じるもののことです。

ノイズにも、ただのノイズもあれば大切なノイズもあります。民衆の声やネットの声もノイズといえます。無理に結びつける必要はありませんが、それゆえ、歌や声は重要なもの、人々にとってかけがえのないものと思うのです。

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