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「ステージ論」

○ステージに関するアドバイス

 

 ステージ論は、ステージ経験の豊富な人からアドバイスをもらえばよいことです。何万人、何千人の前で何回もやっている人もいれば、毎日、何百人の前でやっている人もいます。ですから、「プロの人、人前でやることを生業にしている人に聞けばよい」と思い、あまり述べてきませんでした。いや、アドバイスしても残してこなかったのです。

 生まれついての大スターのような人のステージングに、これから小さなステージに初めて立とうという人が学べることは少ないでしょう。ステージは現場によって違うので、プロの助言が必ずしも的を得ないこともあります。そういう点では、歌やせりふと同じくステージというものも、曖昧なものですから少しずつまとめてみようと思います。声はメンタルに大きく関係していて、ステージ特有の声の問題は少なくないからです。

 私は、ずっと週に1回以上のペースで、人前に立ってきたこと(これは、いつものレッスンでなく、初対面の人たちの前に、ということですが)、講演や研修、ワークショップなど、大人数の前に立たされたこと、そして、裏方としてプロやアマチュアのステージでアドバイスを求められてきたからです。

 

○直前の変更は避ける

 

 ステージへのアドバイスは、原則として、「直前に急な変更はしないこと」です。ここで直前というのは1ヶ月くらい前を指しますが、出来不出来によって変えないことです。できたら、6ヶ月くらいは、セリフや歌をあたためていきたいところです。もちろん、例外はあります。

初心者であれば、先生のアドバイスに従う方がよいでしょう。迷いは、選んだ段階で捨てることです。他の事情で変えざるをえなくなったときも、がんばりましょう。

 練習しているうちに、歌であれば相性や気分が変わってくることもあります。もっとよい曲があると思ったり、他人の曲がよくみえてきたり、いろんなことが起きます。「決めたら、もう変えられない」と覚悟することです。

というのは、声や歌のよしあしよりも、覚悟が決まってから練り込んできたものでなければ、聴いて心地よいことがないからです。直すべきこと、考えるべきことは、そこでなく、その先、どうするのかです。

 

○選曲のアドバイス

 

 選曲は、あらゆる条件を踏まえて考えるべきことです。「歌い手は客によって評価される」と割り切れば、自分の歌いたい曲よりも客の求めることを満たせる曲を選ぶべきでしょう。「好みより才能や必要」優先です。わからないなら、先生やプロデューサーに選んでもらう方が間違いはありません。「えっ」と思う曲が勧められることもありますが、そこで自分を知ることができます。

 「自分で決めたい」というなら、最低でも1年がかりで準備してください。私はいつも、「月20曲、年240曲で、そこから20曲、それを5年くり返して、100曲から、また20曲のレパートリーをつくる」くらいを勧めています。「20曲を得るのに、1000曲以上にあたって欲しい」と思っています。月20曲のうち、4曲を選曲して続けていくと1年で48曲、2年で96曲から選ぶのなら、かなり適切な選択ができます。

 曲は、歌っているうちによくなったり、飽きたり、いろんなことが起きてくるものです。自分に向いている、向いていないも、つきあっていくうちにわかってくるものです。

 

○向いている曲

 

 曲の向き不向きは、その人を目の前にしただけではわかりません。実際に、2曲くらい違う感じの歌を歌ってもらわないと何とも言えません。声と同じく、曖昧なものです。カラオケなら、声が似ているプロをカバーするとよいと言われますが、ごまかしになりかねません。

 それぞれに見解、意見があります。選曲は売り方に大きく影響するので、プロデューサーの仕事です。歌手よりも曲を優先することも少なくありません。

 ここでは、そういうプロの関与しないところ、アマチュアのオーディションや発表会やコンテストでのケースを述べています。ステージによっても、問われることが大きく異なるでしょう。ステージの構成、何人で出るのか(人数)、何曲歌うのか(曲数)、バックの構成、場所、客数、設備など。他の出演者との兼ね合いもあります。

 初心者には、声域が広くなく、テンポアップした曲が無難です。大曲は中級者で、案外、上級者となるとシンプルな曲がよくなります。初心者向きか上級者向きといえる曲などもあります。スタンダードナンバーのシンプルな曲がそれに含まれるでしょう。

 

○間違えておく

 

 ヴォーカルの鬼門は、歌詞を忘れることです。一週間前くらいまで歌詞を見て歌い、覚えたつもりのまま出ていくのが、よくある失敗するケースです。これは、「忘れるという失敗」を練習で経験していないからです。間違えるのも練習です。

 レッスンのときに、よく言うのは、形だけで覚えたつもりにならないことです。暗誦して再現するという形だけでは伝わらないでしょう。実際は形しか聞かない客も多いので、形があればもつのですが。そこで一つ崩れると総崩れとなるリスクを避けたいです。

 歌をマスターするというのは、歌詞を覚えることではありません。「メロディを正しくとって、正しく歌詞のことばを付けていけば完成する」と考えるのはよくありません。

 必ず自分なりに再構築することです。歌でなく、歌で伝えたいことをリアルに捉え直し、仮に歌詞が出てこなくても、同じことを伝えられることばに、すっと変えるくらいに実を捉えておくことです。

 

○わざと忘れる

 

 2ヶ月前になれば、わざと間違いを促す試みをしてみましょう。絶対に歌詞は見ないこと。覚えていなくても見ないことにします。

 レッスンでは、プロの場合は、本当に時間がなく、やむを得ないときもあります。私は、みないで「レッスンでは楽譜でも歌詞でも見てよい」と思っています。「本番のステージでも場合によっては、見ていい」とさえ思っています。ステージ上なので、ポケットから紙を出すようではダメです。堂々と楽譜を出し、見ることです。

 慣れない人は、レッスンではうろ覚えであっても、ステージと思って、みないでやることです(プロなら前日や当日に最終版を渡されるケースもあります)。

 そこで忘れたり、間違えておくことが最大の予防法だからです。私はリハーサルで間違えたおかげで本番で救われたケースをよくみます。

 リハーサルがよすぎて本番がダメだったケースも多いのです。リハーサルがよければ最大級に気をつけることです。絶対に慢心したり、気負ったりしてはなりません。歌は生き物、ステージも生き物です。

 

○慣性を切る

 

 一番忘れたら困るのは出だしと最後です。出だしだけは、たくさん曲があるときは、カンニングペーパーに書いておいてもよいくらいです。曲順も忘れやすいですが、これはプレイヤーに聞いても形はつきます。

 人間の慣性を利用します。本番の曲順通りにいつも練習しましょう。無意識に出てくるでしょう。

すると、リハーサルで暗誦は完璧と思ってしまうのです。しかし、ちょっと意識が入ると、混乱します。実のところ、形だけ、つまり、流れでつながっていただけで、すぐに切れてしまいます。

 私のレッスンは、細かいことでは止めません。間違ったらすぐ止めてやり直させるレッスンが害となることもあります。発声も呼吸も出したら途中で切らないことです。

 

○深い記憶にする

 

 3ケ月位で覚えたものは、思うまもなく、ガラガラと崩れてしまいます。

 そこで私は、レッスン中にも、そういう人は、「2番から」とか、「○○の次から」とか指示します。2番の頭からなら入れても、途中からだと難しいですね。

 曲の構成、メロディの同じところまでの歌詞を比べたり、似た歌詞をチェックしておくことです。

 本番でいきなり間違えて2番から入ったり、途中から2番に入ったりするケースもあります。ことばがついていると、カバー曲でもなければ、客の大半にはバレません。ポーカーフェイスで凌いでください。

2番から始めたときは1番にするか、2番をもう一度歌うかな、くらい考えておいたらよいのです。間奏8フレーズを待てずに4フレーズで入ったときなどは、大変です。日頃コードを聞いて慣れておきましょう。

 

○間違ったことを客にみせない

 

 嘘をリアルに演じているのがステージです。歌詞のストーリーでも、あなたの実体験ではないのです。間違えたり、言い淀んだり、噛んだり、飛ばしたりしても気にしてはいけません。

 気にしなければOK、気にしたときにOUTです。間違えたことを、客に知らせてしまうのは素人です。バカ正直では客が我に返ってしまいます。なり切り状態で演じ通すことです。我に戻るようでは自己満足で、何一つ伝わっていないと知るべきでしょう。

 

○間違いそのものをなくす

 

 日本の教育を受けると、間違ってはいけないと、テストのように、ステージで自己チェックする人がいるのです。努力、やる気は認めますが、客を前にしてのこういうまじめさ、正直さは褒められません。

 客の心の先を読んで客を楽しませることです。演出、コーディネイトと瞬時に対応していかなくてはいけないのです。

 「客が先を読んでしまう」のと、「あなたの底力まで見切った時点」でステージは終わります。現実に迫ってしまうのです。

 

○客はあなたを肯定している

 

 お客さんは、会場に足を運び、黙ってあなたの表現を聞いてくださるのです。あなたの応援団であり、味方です。楽しみに来ています。できたら、あなたの表現で堪能したいのです。せっかく出たのに、無難なだけで、印象に残らない人がたくさんいます。声もよく歌もうまいのに印象に残らないのです。歌を失敗しても印象に残れば勝ち、それがステージの勝負です。

 客は味方であり、プレイヤーも味方です。あなた一人で敵に囲まれているわけではありません。一人で全てをやるのではありません。

つまり、ステージの半分はできあがっています。あとの半分も、司会者やプレイヤーがほとんどやってくれます。あとはそこに、いかにあなたの存在を植え付けるかという勝負です。

 ですから、リラックスして思う存分に、あなたの世界を提示すればよいのです。正しい、間違ったなどではないのです。ステージの後にあなたという存在を置いてこれるかどうかです。

 

1フレーズを中心に

 

 私がレッスンで1フレーズにこだわるのは、人に何かを伝えるときには、1つの息で(ワンブレスで)すべてを表せるからです。歌も、それで一つのテーマを展開しているにすぎません。小説→詩→音楽と抽象度が高まります。

 1つのフレーズで伝わることで、伝わる1フレーズのために、その前後があって確かに成り立つようにしているのです。成り立つためには、どこか1フレーズが、聞く人の心の奥に届かなくてはなりません。

 音楽の表現は、リピートで効果を最大にしていくのです。

「一声がないのに(完全にコントロールできないのに)歌えない」、「1フレーズが定まらないのに1曲をどうこうしても、大してよくはならない」というのが私の根本的な考え方です。

 何十人の曲から、もう一度聴きたい1フレーズを、ことばよりも声の伝わることで、チェックしてみてください。NHKのど自慢のチャンピオン大会でも、うまく歌う人はたくさんいますが、後で残る歌になっている人は、あまりいないでしょう。

 

○評価のしかた

 

 ステージ論になると、評価に触れないわけにいかないのですが、これは、私の好みでなく、トレーナーとしての立場での評価です。それをはっきりと区別するのは難しいことです。

 「アーティストがアーティストを育てられない」のは、「自分の好みが徹底している」からです。それこそが、アーティストをアーティストたらしめている条件だからです。となると、アーティストとプロというのを分けるべき必要があるかもしれません。

 プロというのは、求められた期待に常に応え、できる限りの成功をさせることです。ですから、クリエイター、職人といえばよいかもしれません。プロデューサーもトレーナーもプレイヤーも、まずは、よきクリエイターであるべきでしょう。

 

○二つの評価

 

 私が好みと評価を分けているのは、アベレージとしての客でなく、もっとも厳しい客として必要とされているからです。

 ですから、アーティストでないと、すぐに接点がつかないこともあります(アーティストなら接点をつけた上で、受けもてるかどうかはっきりしてきます)。価値の創出でみられるのが真のプロの世界です。

 のど自慢大会、カラオケレベルでうまい人も下手な人もいます。どちらも私には大した違いがありません。下手でもうまくても、伝わるのは同じくらいだからです。カラオケの先生のところへ行けば、その差を縮めることは、さほど難しくないでしょう。私のところでも扱っています。もっともわかりやすく成果の上がるところです。そこはうまく歌えていることへの評価です。

 

○差

 

 すぐれたアーティストは1曲、1フレーズで客を魅了します。そういうつもりで8曲で30分くらいのステージを構成しましょう。

 構成する力は、プロとしての腕が発揮されるところです。

カラオケのチャンピオンとプロ(実力があるプロ)との違いは、1曲で終わるか、数曲もつか、次回を求めたくなるかに表れます。

 全力ですべて出し切るなら、1分であれば、多くの人が自分の人生の表現を伝えられると思います。誰でも15分ならスピーチできるし、手腕もあるものです。人生ですぐれた小説、すぐれた詩も一編なら残せるでしょう。

 私もビギナーズラックという表現を、舞台に慣れていない人から感じたことは、多々あります。セミプロや下手なプロよりもずっと伝わります。その人の心が、人生が、無欲にピュアに入っているからです。でも毎回となると、不可能だからトレーニングが必要なのです。作品を通じて、オリジナルで価値の創出がなくては続かないのです。

 

○ハプニング対策

 

 客は、1曲目は顔見て、2曲目は服や振りを見て、3曲目で曲聞いています。歌をまともに聞いていないから、「そこまでは間違えても気にするな」とアドバイスしています。失敗さえも作品の一つとしてライブとし、効果として利用しなくてはなりません。

 お笑い芸人なら、とちりで客に引かれるか、笑いをさらにとるかです。その場の空気を支配するのは、アーティストと客との力関係になります。仕切ることができるかは、ステージでの信頼です。

 再三、ミスを繰り返すと、挽回は難しくなります。そういうときは、しきり直します。そでにひっこむのもよいのですが、客の前にい続けなくてはいけないこともあります。

・ステージのスペースを使う。

・左右、前後に動く。向きを変える。

・小道具を使う。

・他の人、プレイヤー、客をいじる。

ハプニングは起きるものと思い、起きたらそれを楽しんでください。日頃、他人のステージからそういうときの処し方を学んでおくのです。

 

○リアルに負けない

 

 生きているなかで、生活のなかの言動は、しばしば、まわりの人の心を打ちます。語りはせりふであり、歌です。私はよくリアリティと言いますが、声はリアルであれば、その人がその人であるという、絶対的な存在として伝わります。

 話と歌の評価を聞く人がいますが、歌にならなくても、声を出しているだけ、ことばを発しているだけでも伝わるものは伝わるのです。

 メロディと歌詞を間違わなければ、歌としてうまく伝わると思い込んでいる人ばかりになりました。

 生活のリアルにさえ敵わないリアリティであれば、歌う必要はありません。しゃべって伝えてもよいでしょう。日常のものがリアルに聞こえないから、リアリティがアートに問われるのです。

 

○リアリティを問う☆

 

 TEDの番組で、アポロ13号やタイタニックのセットを手がけたロブ・レガートは、「人は事実、現実そのものでなく自分の記憶の再現を望む」と語りました。映像として成功するのは実写とは限りません。模型の方がすぐれて、リアルに人の心に働きかけることもあるのです。

 ドキュメンタリーと映像の違いです。本人自身が話すのと、一流の役者がそれを演じると、どちらの方が人の心を動かすのか。事実を伝えるのと、脚色し、演出するのと、どちらが感動するのか、リアル感を高められてこそ、アーティストの仕事となるのです。

 それは、実際の漁師の船上での歌と、北島三郎さんの歌との違いです。どちらがよいとか、好きとかではないのです。受け手の心がどのように形成されるかです。漁師の生き方をシンボライズしたのが、北島三郎さんの海の男の唄なのです。

 

○受け入れる

 

 私の立場として、アーティストも、プロも、アマチュアも何ら関係なく、歌は歌、声は声、区別もよいものも悪いものもありません。「トレーナーとして、現状の判断は、トレーニングという将来の変化していくであろう像に対して行うようにしている」のです。

 いろんなテープを送っていただくのですが、その歌だけ聴いて評価することはできません。ライブがわからないからです。知人のプロデューサーに任せるか、そういう耳を借りて聞くこともあります。

 私は、トレーナーに発声、音程、ピッチ、リズム、歌詞の明確さなど、カラオケの得点となるものよりは、その人の本来の条件や目的によせて、アドバイスするように伝えます。声も歌も、「その人自身が変えたい、補いたい」と思わないと、こちらから判断の必要はありません。

 トレーナーとしての臨機応変の対応に、いろいろと思う人はいるでしょう。しかし、私は、自分に頼まれたものは、すべてOK、受け入れられます。好みはありますが、仕事ではそこからの基準を持ち込みません。一人の人間として、無となって楽しんでいます。ファンが一人でもいるならOKなのです。将来に可能性のないのは、不可ということでもあります。トレーニングに持ち込まれるものは、私心を完全に捨てて聞いています。これまた、何でもOKなのです。

 

 

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