「問いの円熟」 No.355
問うのには、何かしらの不備に気づくことからでしょう。不満、不快、怒りや反抗するものがあると問いがでてきます。つまり、毎日の生活に全て満足している人は、問うのに難しいのです。
ですから、若いときや苦労しているときの方が問いが出やすいともいえます。ものをよく知らないと、あるいは、物事がうまくいかないと、自分にとっての古い体制、世の中への不満、矛盾を感じやすく、また、感情で動かされやすく、偏向して執着しやすいからです。
それをあきらめず持ち続けることも大切です。わかったつもりになったり、どうでもよいと思わず、何事にも関心をもち、そして、問い続け、考え続けていきましょう。すると、問いもまた円熟してきます。柔軟になり苦労が苦労でなくなり、物事がうまくいくもいかないもなくなってくる、そこから、真に問うものが出てきます。その深みが、人生を彩るのです。
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