「実践からのトレーニング」
○実践からのトレーニング
実践における基本の能力差を埋めるために、さまざまなトレーニングが生み出されてきました。しかし、それは実践でのパワーアップよりも、正確さも含め、調整のためにシミュレーションされたものが大半です。
器を広げるものと、器を完全にするもの、つまり、パワーアップと確実性(正確さ、丁寧さ)の2つが必要なのに、後者だけしか使われてこなかったのです。日本人がまねた欧米、大半がそうだったのですが、主流になりませんでした。
マラソンでの高地トレーニングは、前者の一つでしょう。大きな刺激、過酷な条件で、量、スピード、長時間でメンタル、フィジカルを鍛え、より完全、確実にするのです。
この2つを伴わせてなくては実現できないのです。一方に偏ると害になります。パワートレーニングでフィジカルは強くなっても実践に向くわけがありません。
こういうことは日本でも気づいた人はいました。調整だけでは厳密に調整できないからとパワーが重んじられたのに、形にまでできず、再び調整中心になったのでしょう。スポーツではありえないことも、音響のフォローで可能のように思われたからです。
バッターなら、大振りして当たったらホームランという力をつける、球威に負けないパワーが必要です。しかし、本当はより確実、正確にするために大振りでなく、シャープに振り切るスピードというパワーが必要なのです。
実践だけで声は育て、それを模したフレーズトレーニングを中心にした方がよいという考えが出てきます。せりふや歌でいうと、舞台に出すもので実践の練習することが第一であると。その考えは、劇団などでは主流です。落語、邦楽では、実践練習だけで声もコントロールしていくのです。
声だけをトレーニングとして分けたのがヴォイトレですが、不要と考える人もいるのです。せりふの暗誦ということが練習の優先となりがちです。パーフェクトを目指す人か、他の人に声の問題を注意された人にしか、需要がないということになります。この二者は、必要性に迫られるからです。いえ、それがよいのです。その関係も知ることが第一です。ヴォイトレで、私と見解が分かれるのは、多くのトレーナーは後者だけしかみていないからです。
○プロに通じるヴォイトレ
あるベテラン歌手から「ヴォイトレに行ったが大して効果がない」という話を聞きました。「メニュの大半は歌唱のなかでできるし、それ以外は特殊で、歌に使えないから」ということでした。典型的なヴォイトレのメニュ、方法への否定意見です。
私は、まったく異なるアドバイスをしました。これまでの歌の中のもっとも歌いやすいフレーズと声を出してください。もっともよい一音中心と、曲の1フレーズだけのメニュです。
書道での墨の付け具合と、その一筆をみる。ピッチャーなら勝負球、最高のスピード球と最高のコントロール球をみます。実践では、状況や相手で配分を変えて、表情もフォームも読まれないようにしますが、ここではまったく自然体にします。ストライクゾーンも無視です。もっとも楽に走る球を体で覚えることを最重要視するのです。すると、最高のスピード球と最高のコントロールのよい球は、なかなか一致しないということになります。
声なら、強い声、高い声、長く伸ばす声、質のよい声(情感のこもった声)、響く声までそれぞれに違ってしまう。何かを優先すると何かが犠牲になります。しかし、それでよいのです。そこでの自覚が大切です。
○独自のメニュづくりを
「スピリッツ」連載中のグラゼニの凡田夏之介が、後輩のピッチャーに、ストライクゾーンの枠外の9点に全力投球ができるかと試すところがあります(2014.11)。相手が打ってしまうかもしれないストライクゾーンに入れるのでなく、そういうギリギリのボール球をコントロールできないと、プロとして通用しない。ストライクのコーナーを全力で入れる練習をするのは誰でもやりますが、ボールになるよう全力で投げる練習を必ず毎日するピッチャーは、そう多くないでしょう。発想の転換、それによる独自の練習法とメニュです。
まさにヴォイトレで考える意味もそこにあるのではないでしょうか。
各要素ごとの声をチェックし把握し、次に組み合わせて自在にする。
歌とステージは観客に届かせるところへ、プロほど神経がいきます。ポップスではマイクがある分、いろんな加工ができます。MCやパフォーマンスの効果も絶大です。
声の表情にもこだわれますが、ややもするとつくりすぎて、客に媚びすぎて、あるいはリスクを回避しすぎて、よい発声を失っても気づかずにいることが少なくありません。自分の中のよい発声と、伝わる発声との関係を考えたことはありますか。☆☆
クラシックも、一流になるほど、理想的な発声フォームの上に共鳴を備え、作品と一致していきます。その上で伝わる声を応用します。多くの声楽家は、このレベルまでいかず、歌の声域や動きによってフォームで慣らしていきます。そこはポップスも歌唱でなく発声のレベルで大いに学べるものと思います。
○声のチェック
トレーナーは、プロの前で歌っても、見本をまねさせるのでなく、その人の本質的なものを発見することです。相手が下手なら、まねさせる方が早いので、そういう教え方が多いのですが、まねても本当にはよくはなりません。
本人自身が、声の可能性に新たに気づくヴォイトレが必要になります。しかも、声から見た可能性となると、時間も手間もかかります。
今の歌唱を修正するのとは違うからです。その否定から始まるともいえます。表現と声との間に歌唱を新たに生み出す、プロといえども、今までの歌唱を一時、封印しないと次のレベルに行けないということです。大抵は、トレーナーも、声のなかで比較的よいところを残して、そのレベルに他をそろえることで終わってしまうものです。むしろ、プロの方が、声や歌の力以外を売り物としているので、そういう人には下手にみせないヴォイトレが中心になります。
声の要素別にみると、
1、高さ―もっとも出しやすい高さと、人によっては高音、低音でもっとも出しやすい2種類に分かれることもあります。
2、大きさ―これは長さでもって試すこともあります。厳密には異なるのですが、もっとも楽に伸ばせる大きさがあるはずです。高いレベルになるほど小さい声で長く伸ばせるようになります。
3、長さ―長く伸ばすほど粗がみえやすくなります。呼吸や共鳴のチェックにも使えます。
4、音色―声色、声の共鳴としてもっともよいもの、芯があって心地よく響くものを目指します。
1音「ハイ」でみるときと1フレーズ「アー」(母音のどれかでハミング)を伸ばしてみることもあります。この伸びは、長さと関係します。ビブラートが安定してかかっていること、無理にかけないことです。
5、発音―主に母音の中から選びます。子音やハミング、リップトリルからでも、よいものがあればかまいません。
○歌でのチェック
選んだフレーズを声のチェックのベストレベルで変えていきます。
拙書「読むだけ…」では、「つめたい(レミファミ)」を例に「メロディ処理」を説明しています。たとえば、
1.声の高さ、2.大きさ、3.長さはテンポに変えてみます。まずは1フレーズでよいです。これは4小節くらいですが、ケースによっては1つのワード(1~2小節)や1息(4~8小節)でもよいと思います。ただ半オクターブ以内、難しければ3音(3度以内)応用したければ1オクターブにしてよいでしょう。メロディをアレンジすればよいのです。
4、音色、これが判断の中心です。
5、発音<母音や子音のもっとも出しやすい発音やその組み合わせにかえます。ハミングでもよいです。
こうして歌詞、メロディ、リズム(テンポ)を声に合わせてもっとも完全なフレーズをつくります。そこから知ることで基準をつくるのです。
歌唱と発声と分離がわからないから多くの人は迷います。ヴォイトレをしっかりと理解したり習得したりできず、充分に使えていないのです(ここではトレーナーのことは考えずに述べています)。
○ヴォイトレの中に表現を宿す
歌やせりふの下にヴォイトレでのベストの声があるのではありません。ヴォイトレの中に歌もせりふもあるのです。
他の国では、このヴォイトレ=日常の声となっているのです。しぜんでおおらかで柔軟に富み、変幻自在、だからこそ日常の感情表現をステージにそのまま使えるのです。もちろん、ステージは表現を凝縮しますからボリュームアップしています。
どこかで学んだ発声(法)やヴォイトレで、ぎこちなく歌っているのではありません。日本のオペラ、ミュージカル、ポップス、その他の歌唱やせりふでは、そこが大きく違うのです。つくりもの、ひらべったさがみえてしまうのです。そのために、この「トレ選」で同じことをくり返して述べているのです。もう一度、示しておきます。
1、体と心
2、呼吸
3、発声―共鳴―発音(高低/強弱/長さ/音色)
(母音/子音/ハミング/他)
4、表現、せりふと歌唱(ことば/メロディ/リズム)
これを一つずつ別々にチェックします。(メニュ化)
最高の組み合わせをチェックして、プログラム化していきます。このときに高―低、高―中、中―低などに2つの異なるベストの声が出たり、裏声(ファルセット)と地声、人によってはその間の声がもっともよいとなるときもあります。
一方で、ポップスでの歌や曲に合った声や客の求める声というのは、ヴォイトレの体に合った声とずれることも多々あります。
どちらをとるかということの前に、どちらも煮詰めてよりよくしていくことを考えます。多くのケースでは、どの一つの声もベストとして使えない、並みの上あたりのことが多いのです。それで迷うのです。
だからこそ自分のベストを知り、完全にコントロールする、その声を元に歌唱やせりふの世界を捉えていくのです。その声を歌に活かすというより、その声を捉え、練習しておき、歌やせりふは、そこで求められるものを使っていくのです。
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