「声の裏ワザ」Vol.6
〇ヴォイトレの目的~再現力と応用力
新しい試みは、大いにけっこうです。そのために一時、のどをその日だけなら疲れさせても、それをフィードバックして加減を知っていけばよい。痛くなっても、二度と同じことを同じレベルで起こさなければよいと思っています。つまり、何もかもトレーナーに言われて、一度ものどの限界を知らないというのも少々問題かと思うからです。
トレーニングは繰り返し行うものですが、目的はオンすることです。繰り返しや長時間持続が目的ではありません。声の力をつけることと、コントロール力を完全にしていくのです。そのために声の状態が悪ければ、どんな練習もオンしません。翌日、よりよい状態でトレーニングできるようにキープすること、これを忘れなければ、おのずとメニュも声量も決まってくるでしょう。基本の力とは、再現力と応用力ということです。
なぜ、ゆっくりなのかというと、たくさんやることでなく、チェックすることと、1ステップ上にクリアすることがレッスンの目的だからです。
すっきりしたいなら、発声練習でなく、カラオケに行けばよいのです。(そこでも上達したいなら、注意は同じです。のどは痛めない、食べない、のまない、間をあける・・・)厳しくチェックするのです。「それができないから第三者につきなさい」ということです。
〇心身の支え
声が出にくいときは、その原因から考えましょう。
トレーニングの成果は、メニュや方法よりも本人の情熱や気力、生活に左右されます。どんなにトレーナーがよいレッスンをしても、何らかの不幸で心がボロボロになって、一週間ほとんど眠ってないなどというのなら、大した効果は出ないでしょう。反面、朝によいことがあれば、一日中、表情もイキイキ、声も歌もけっこう魅力的になります。
私は、アマチュアの心身での、のどのよい状態での声をベターの声として、プロの鍛えられたベストの声と分けてきました。ベターの声でも、切り替え能力とステージ力があれば、日本の中では充分に通用します。声からみたら、今やプロもポップスの大半のヴォイストレーナーも、素人と区別できない人がほとんどなのです。
心身がそれを獲得したのをプロというのなら、身=体=声はもとより、心=感覚=イメージが、問われるということです。
〇ポジティブに考えること
ささいなことを不向きな条件だと思ってしまう考え方は問題です。現実や時代をみて、自分をみて、変わらないものは考えないことです。たとえ、これまで類のないことでも、自分がはじめて成し遂げる、不可能と思われることさえ挑戦するくらいの気概をもちましょう。
〇チェックとトレーニングの違い
チェックは、確認に過ぎません。それができたからといって、声がよくなるのではありません。仮にできているなら、トレーニングにはなりません。OKなら、明日も同じ実力ということです。
メニュでも、チェックとトレーニングとは、よく混同されています。たとえば、「声を最長まで伸ばす」のは、測ってみればわかるからチェックしやすいでしょう。
声域や音程、リズムの質問が多いのも、チェックしやすいせいでしょう。しかし、これらは質問しても何にもならないことなのです。それゆえ、こうしたチェックはあまり意味がないことです。
声は15秒も伸ばせたら、大体の仕事上は充分です。40秒あれば余裕というのが、私の求める呼吸の条件ですが、そのために息の支えがぶれて、声の安定も悪くのどに負担がくる、くせがつくのなら、急にはやらないほうがよいでしょう。
この問題は、発声の効率です。とりあえず息としては(S-無声音)で伸ばしてください。そして、次に声(ZU-有声音)にして、同じだけ伸ばします。大きな声でしか出せない人は、うまくいきません。
腹式呼吸で、腰に手をおいてチェックしながらトレーニングする人の中には、そこで肩が上がる人もいます。それがくせになるならよくありません。トレーニングは不自然なものですから、しぜんになるところと自分で区分けしておかなくてはならないのです。
〇ヴォイトレのベース
ヴォイトレは、歌でなく、声そのものの鍛錬と、その使い方に中心をおくのです。そのためには、自由に自分の声の表現力が最大限にアピールできるセッティングにこだわることです。自分の中のもっとも高い基準をもたずして、それにあわせた声を使わなければ、声も歌もどんなものでも使えたらよいとなるからです。現実にそうなっているのです。
すると表現がもたなくなるから、器用な人ほど、技巧を使い、いろんな音色にしたり、装飾、アレンジの演出をします。
ちょっと待てよ、もっと声そのものの可能性を追求しろよ、といいたくなります。そのために行うのが、私の考えるヴォイトレなのです。そこには、時代を超えた声をたくさん入れておく、そしてあなたの内部の感覚を磨いて変えていくのです。
〇複雑化する声と歌の問題
一口に声といっても、生理学、物理学、音声学、心理学、言語学、医学(脳、聴覚、発声器官、呼吸器官)ほかにも多くのことが関わります。まして、せりふや歌になると、さらに複雑です。
人と同じく、方法やメニュも、合うもの、合わないものもあります。大掛かりな共同研究の望まれるゆえんです。
声の難しさは、一人ひとりが持って生まれた楽器が違うことに、他の楽器のように、誰もが技術という完全な指標をもとにしたレベルアップのプロセスをとりにくいのです。
一人ひとり違う“声”という個性そのものに加えて、“ことば”という音楽性を凌駕してしまう強力な武器も、その混乱に輪をかけます。さらにアイドル・タレントや、作詞作曲の能力(シンガーソングライター)という存在、音響技術によるサウンドの加工の進歩で、より複雑にならざるをえません。
- 共同研究の場
ずっと書き続けて、ようやく書店や楽器店にヴォイトレの本が置かれ、棚ができてきました。日本では、ヴォイストレーニングということばで定着し、スクールやカルチャー教室でのレッスンも普及しました。
私は、日本で声の研究所を立ち上げ、これまで千回以上、声に関するレクチャーを行なってきました。そこで多くの方や、トレーナーともめぐり合いました。声の基礎づくりのための今だ、試行錯誤のなかで研究中です。
研究所は、本に書かれたメニュを試した人や、全国(欧米含む)のトレーナーの行なうレッスンを受けた人の集積場となっています。他のトレーナーについていた人も、私や他の先生の本を読んできた方もたくさんいらっしゃるからです。
おかげさまで、この分野の本や指導者も多くなりました。そのため、今度は多くの質問が、どういう方法がいいのか、どの先生がいいのか、どの本や教材がいいのかとなってきました。
研究所には、10名以上のトレーナーがいます。そこで起きる数多くの問題は、自分の教え方にあった生徒だけが残り、それをみているトレーナーにはうかがいしれないであろうことばかりです。(合わない人は、だまってやめていくからです。)
- 養成所から研究所へ
思えば当初、私は、プロをどのようにうまく見せるかで、あらゆるワザを駆使していました。そして、その有効性とともに、限界についてもよくわかってきました。
一転して、自ら一からやろうと、養成所を起こしました。そこでは、確かに声、発声、体、呼吸の問題は、確かな手ごたえがありました。しかし、それ以外に、もっと表現者に必要な要素の欠如に気づかざるをえませんでした。
そこで再び、基礎を秀れたトレーナーたちに任せる一方で、私は、プロを中心にミリオンセラーのヴォーカル、劇団四季、宝塚歌劇団、吉本興業などに所属するベテラン、第一線で活躍中の声優などと、これまでの経験を体系化してきました。紅白出場歌手も二ケタの数でみました。(グループも)
医学や科学面からのアプローチも行いました。声の表現や舞台の第一人者とも会い、対談などもしてきました。これまで古今東西の多くの考えやメニュも取り入れ、私たちなりに実践し、取捨選択して、まとめてきました。プロやトレーナーにも使えるように、ご紹介しています。
そこで自分に合うものを取り入れて、判断の力を磨いてください。100個の項目から、100気づいたなら、百歩前進できます。この“はじめの百歩”は、あなたが初心者でも、プロでも、トレーナーでも、とても大切なことだと思うのです。
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