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「声の裏ワザ」Vol.7

〇持続的な練習をしよう

 

日々つなぐべきものは、、体と呼吸の感覚、それと声を出すことです。これは、楽器の手入れのようなものです。そのためのトレーニングなのです。

歌については、ステージとの関係で決まるので、必ずしも毎日、必要ありません。しかし、それまであまり音楽に触れていなかった人は、休むとリズムや音感が振り出しに戻るかもしれません。

何事も2年毎にワンステップ、特に最初の2年まではできるだけ集中して打ち込み、体に覚えさせる時間をキープしたいものです。

その後も、体と声の調整は怠りなく。オフには、いつもよりたくさん歩きましょう。人には明るく声をかけましょう。

 発声の練習というのは、1日の量よりも、何日続けたのかの方が問われます。1週間なら、初日に8時間やって6日休むよりも、1日30分でも毎日続けたいものです。1日トレーニング1晩寝て1回、とカウントしてください。

トレーニングは、次の日、将来のために行うものです。喉については、明日もまたベストでできるところでやめておくことも大切です。

 

 

〇ペースをおとす

 

私の本で自主トレを行っていた人の多くに、あとで出会って聞いてみると、私の意図よりもほとんどがハイペースです。

たとえば、「ハイ」と続けていう。それを5秒に5回くらいで行うのですが、5秒に1回でもよいと思っています。1分間12回なら、その後、2、3分休む。(その人によってかなり違います。セッティングをするのがトレーナーです。私も昔は量から入らせました。喉が弱い人が多くなったので、今はより質が重要です。)

喉そのものを鍛えるのか、今の喉で使い方をよくするのかによっても違います。

 

 

〇量と質

 

 「毎日カラオケで3時間以上、歌っている」という中学生がいました。バッティングセンターに毎日通っていた幼き日のイチローのようで頼もしくもありますが、同じ時間をもう少しうまく使えるように、アドバイスしました。

確かに、量は大切です。スポーツ選手出身の人などには根性で、とにかく大声で大音量(声量)で汗びっしょり行う人も珍しくありません。

私は、芸事は一生ものと思うので、そのような時期があってよいと否定はしません。尋ねられたら、相手の状態と目的と時機によってかなり答え方は違ってきます。

 スポーツの場合は、速く、遠く、高くなど、物理的に計測できる目標に対して、有効に鍛えられる筋肉に負荷をかけていきます。そのため、共通のプログラムか種目(やポジション)ごとに組みやすいのです。無理をすれば、疲労で働かなくなるので、おのずと体を壊すことは避けられます。スパルタ指導が効くゆえんです(どちらかというと精神面にですが)。

楽器の人(プレイヤー)は、かなりの量のトレーニングが毎日、必要です。これは、人の身体と別の楽器にまで神経を通わせて、自分の手足のように使えなくてはいけないからです。1日8時間のトレーニングも珍しくありません。しかし、声は違います。

 

 

〇喉はとても神経質

 

ヴォイトレに集中したあとは、気持ちを解放しましょう。

気分一つで声も歌も変わります。

 ときには、教本を閉じて、スタジオやレッスン室を出て、外で深呼吸をして、柔軟をして、気分転換しましょう。

 喉は疲れてくると、それが雪だるま式にたまってきます。出ないから無理して出す、出なくてさらに喉が疲れる、状態が悪くなる、気分がめげる、さらに声が出ない、気が滅入るといった悪循環に陥りがちです。そうならないように、それを断ち切るのです。

声ほど、体調、気分といった心身に直接リンクしている楽器はありません。その分、心身の管理に人一倍、気を遣わなくてはなりません。

 

 

〇リスクをさける

 

 最近は、あまりその人自身にとって意味のないようなトレーニングに時間をとっている人が増えてきたように感じます。

野球でいうと、高すぎるボールの悪球打ちといった類でしょうか。

試合ではときたま、ファインプレーとなることがありますが、まともな選手は、それを練習にはしません(プロは長いキャリアの中でいろんな試みをして、いくつもの応用練習しているのでしょうが)。そういうことを知りたがるのは、プロにあこがれるアマチュアです。

 プロにとっては、それができなくても評価は下がらないし、リスクばかりのことをやっていては、マイナスになりかねないからです。

同じように、無理な声量や声域での練習は、決して無理してはよくないのです。それが誰でも可能、できるようになるという方法は、裏技としてあるかもしれませんが、表技なくして、裏技は効きません。

ときに私は、できたという人(トレーナーも含めて)のレベルの低さに驚きます。表現まで考えずにマニアックに追求するのは、目的を異とします。

 

 

〇しぜんと技量

 

日本では、幼児に戻れば声が自由に出るなどと、幼児の絵を天才とみるようなワークショップがあるようです。しかし、自ら厳しく判断し、どれをも一定以上のレベルに仕上げる力は、幼児にはありません。

私は、ヴォイトレこそ、最高のものを目指してやらないと、最悪になりかねないとも思っています。

声を出していると、それなりに上達している気になりやすいからです。やった気になるだけでは、へたするとトレーニング中毒になりかねません。

自分一人では決して起きないことを味わうためにレッスンがあると思っています。

 

 

〇部分強化とバランスと器

 

 トレーニングというのは、何かを部分的に強化するためやまだ未熟なところを意識的に使うために行ないます。

ですから、歌やステージに応用するときには、そのままでなく、全体的に調整して無意識に統一(包合)して自然にしなくてはいけません。

つまり、一度、戻さなくてはいけないのです。

しかし、そのことを忘れたままの人(トレーナーも含めて)が少なくないのです。

トレーニングでの心身の余計な力(固まり)を抜くことです。バランスをとるには、一時、浅く薄めることになります。それも仕方がないのです。なのにそれをテクニックと思い、できたと思う人が少なくありません。トレーナーがそのように教えるからです。

 どちらにしても、自分の器を大きくして包合していかないと、歌は右、ヴォイトレは左と対立したままになります。

器を大きくするには、本当に時間がかかるのです。この器というのは、呼吸も、声の芯も、体の支えも、感覚も伴わなくてはなりません。

 

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