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2023年1月

閑話休題 Vol.70「庭園」(4)

<音楽と庭>

 

<「多層的な時間の視覚ポリクロニック・ヴィジョンズ ― 武満 徹の音楽」(安芸光男)

武満徹のエッセイ集『音楽の余白から』≪ピアノとオーケストラのための「弧(アーク)」≫の自作解析には、「日本の庭園の景観と歩行者の視角や速度によって風景が相対的に変容していく、その視覚的空間を音楽化する過程を述べたもので庭園の具体的な配置図とスコアの図形楽譜ふうなスケッチが併置され、砂や岩、草花、樹木などがそれぞれ象徴する形式上の役割や楽器の配分などが記されていた」。(中略)

 

自然の視覚的な空間に反響こだまする無数の音のイマージュは、武満の中で決して線のような連続体としてとらえられることはない。音は空間的な方向性をもってゆき交い、たえず伸縮し、ふくらみ、変容し、収斂するものとしてとらえられている。この空間的な視覚のイマージュのアナロジーとしてとらえられる音の感覚こそ、西欧的な音楽の構造と異なる武満徹独自の音楽の源泉である。それは、空間的な視覚にともなう、音=時間の多層性の原理である。   

自然の事物、草花や樹木、岩や砂はそれぞれ固有の時間の相をもって呼吸し、庭園におとずれる季節の周期、一日の天候の移ろい、そして歩行する人間の意識の移ろいもまた、それぞれ固有の時間のサイクルを持っている。こうした自然の空間における多層的ポリクロニックな時間を発見し、凝視みつめることから武満徹は音の像をかたどっていく。         

あの冒頭の動機の緊密で有機的な展開によって構築されたべートーヴェンの第五交響曲の完結した世界に象徴されるように、西洋の作曲家は、主題の弁証法的な「展開」と「構築」という観念、連続的に展開する線形的モノクロニックな時間意識から逃がれることが出来なかった。いわゆるポリフォニーにしても、それぞれの線が連続的な拍節意識に支えられている限り(たとえ絶えざる拍節感の変更があったとしても)、それはやはりモノクロニックな時間の積み重ねであるといえるだろう。     

しかし、武満徹の音楽の多層な時間の非均質性ヘテロジェニティは、線形的な連続性、水平的な流れを感じさせず、垂直に立ち昇る複合的な瞬間のイマージュ、空間化された時間ともいうべきものを感じさせる。空間的なイマージュの中で時間が伸縮し、音はふくらみ、収斂しつつ、次第に変容していく。それは武満徹が音楽を線形的な層の連続的な流れとは見ず、不定形なカオスの中から生成しつつあるメタフォリカルな音のイマージュに構造へ到る萌芽を発見し、出来上った音の構造を固定化せずに、絶えずまた流動性ゆらぎの中へ返していく、その相互的な運動のダイナミズムの中にとらえているからである。そこでは音楽は「構築」されることなく、「展開」されることもない。(中略)

武満徹の音楽は決して抽象的ではなく、むしろ具象的である。その具象性は武満の「視覚」に由来していると思われる。>

 

その他、サラセン式庭園(ペルシャ、スペイン、インド)、イタリア式庭園(露壇[テラス]式)、イギリス式庭園(風景式)、フランス式庭園(平面幾何学式)。

「歌の裏ワザ」 Vol.13

〇レベルがわからない人は、世界の一流のと比べる

 

 どういうヴォーカルを聞いたらよいのかとよく聞かれます。何でも片っぱしから聞いて、ノートをつけましょう。自分で見つけることが大切です。そこがオリジナリティの感受性のベース、自分で創って、とことん気に入る、そこがオリジナリティの創造性のベース、この二つのベースを優先して欲してほしいのです。

 

 自分がどれをよいと思うのか、よくないと思うのか、思いつくだけの理由を入れましょう。それは、あなたの表現の核となる感じ方(感受性)です。もちろん、成長したり、変化もします。

自分の表現技能、楽器と違い、声はそれ自体に制限があります。やりたいこととできることがすぐに一致しないし、いつまでも不可能なこともあります。ですから、やりたいことからとは別に、自分の声のできることから考えていくことです。声も鍛えられますが、自分の声について知ることがとても大切なのです。

 

自分(やバンド)に合った曲づくり、ステージづくり、パフォーマンス、ファッション、発音、オリジナルの音(声、歌い方、歌)とは、何かをそれぞれ考えましょう。

 私は、フレージング、ハーモニー、フィーリング、スタイル、アプローチ、シャウト、情感、声質などをみています。バックグラウンド、メッセージ(発言)トークも磨きましょう。

 

○スタンダード曲の聞き比べ比較

 

 次の曲をYouTubeなどで、いろんなアーティストの歌唱で聞き比べてみましょう。

Georgia on my mind

When the man loves a woman

Amazing Grace

Autumn Leaves(枯葉)」

「愛の讃歌」

「イマジン」

「ダニーボーイ」

「星に願いを」

「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

「イパネマの娘」

「ベサメムーチョ」

「キサスキサスキサス」

 

〇オリジナリティとは、同じことをして違ってくるもの

 

 人のやっていないことで、人のやっていない初めてのことをやるのなら、何でもオリジナリティというものでもありません。個性も確かに何でも個性ですが、それは他の人にとって価値のつくものとして、示せるもののことです。

他人と同じことをやっていながら、違うものがもっとも、あなたによい形で出てくることを問うのです。

そのためには、日頃から多くのすぐれたものに触れ、感じる(感動する)ことです。そういったものが自分の作品に出る、そういう流れが必要です。つまり、創造のための習慣と環境をキープするのです。その上に+αが生じる可能性が出てくるのです。

 強いもの、カリスマ性、オリジナリティ、才能と、自分にないものを人は求めます。技術だけでなく個性、キャラが大切です。

 

 声にしたり、歌にしたりしてみなくては、オリジナルもオリジナリティもわからないことは確かです。誰かのようでなければよいとか、初めてやればよいというのでなく、あなたの持って生まれた体(楽器)としての声、思いや感性、表現としての歌、作品としての音楽が一体になって伝わることです。ですから、本当にきちんとした練習というのは、そのまま、常にオリジナリティと対していくという問題になってくるのです。

私は、歌と声を8~16小節くらい、フレージング(半オクターブほど5秒~15秒くらい)で徹底してチェックすることで、歌とヴォイストレーニングを結びつけています。これをオリジナルフレーズでのデッサン練習としています。

 

〇同じ曲で感じ方の違いを把握する

 

 他人と同じ曲で比べるのは、よい勉強です。また、教えるほど勉強になることはないといいますが、他人の作品は自分のよりも客観視しやすいからです。

10人の同じ歌を聞いて、細かく判断するために、メモをつけてみます。その6人目として、自分が歌ったものを審査してみるのです。さらにすぐれた方法は、プロの11人と比べてみることです。

 現在は、ネットで、同曲異唱の音源を簡単に聞くことができるようになりました。一つの曲を多くのアーティストがどのようにプレイしてきたかが、聞き比べられるのです。歌い手だけでなく、楽器のプレイヤーのも聞きましょう。アラブもアフリカも全世界のを聞きましょう。そこで詳しく、ノートをつくるのです。

 

○同じ曲で比較してみよう

 

「ソモス・ノビオス」(クリスティーナ・アギレラと夏川りみ 同じ曲で共にボッチェリとデュエット)

「いとしのエリー」(桑田佳祐とレイ・チャールズ)

「エビータ」(マドンナ[映画版]と劇団四季)

「夜空ノムコウ」(SMAPと綾戸智絵)

「花」(喜納昌吉とおおたか静流)

「すばらしい日々」(奥田民生と矢野顕子) 

「島唄」(THE BOOMとアルフレッド・カセーロ)

「上を向いて歩こう」(坂本九とウルフルズ)

「スローバラード」(RCサクセションと和田アキ子)

「涙そうそう」(森山良子とBEGINと夏川りみ)

 

〇くせや一人よがりに陥らない、かっこよさを知る

 

 自己流と一人よがりは違います。これは、オリジナリティとも違います。人と違うことを考えたつもりでも、大抵は誰かがどこかでやったものと似てくるのです。ですから、アーティストは他の作品や世の中の動きにも敏感です。そこでもっともすぐれているものをベースにすれば、レベルの低いものに時間と労力を浪費しなくてすむからです。

 とはいえ、世の中の動きの後を追うようなことはしません。より早く新しいものを作り出し、世の中の追いつくのを待つのです。それがクール、かっこよさになるのですから。

岡本太郎氏のように、すでに「きれい、うまく、心地よく」などといわれるものにこびてはいけないのです。

 

 クセがあることがよくない理由は、 再現性、応用性、柔軟性に乏しいこと、 その人の理想とされるオリジナルの声ではないことです。人に伝わる自然な声というなら、伝えたいときの思いを伴い、それを妨げない声(ベターな声)といえます。

 

〇コピーに影響されなくなるまでコピーをする

 

 一人のあこがれのヴォーカルしか聞いていないなら、必ずその人のファンとわかるような歌い方になってしまうものです。それがいいときもありますが、背後にそういうのが出て通用するのは、カラオケだけです。(まして習っているトレーナーの歌や発声のくせが出るようなのは、上達にそって個性がなくなる分、最悪です)

 声楽的な歌唱のくせの抜け切れないヴォーカルもたくさんいました。高音、ビブラート、母音処理に声楽に通じるところが多くて、歌声、歌の形がそこにしか見出せなかった人が多かったのです。(そういうのは、今は古臭く聞こえます。)最近は、そこから自由になってきたのはよいのですが、自由即、表現とも違います。

 少なくとも複数のすぐれたアーティストを徹底して聞き込み、歌い込み、入れることでコピーの影響はかなり逃れられます。同じ曲で聞き比べていく方がよいでしょう。

(コピー即インプロは、ポップスのレッスンの基本です。このとき、大切なのは、元の形でなく、新しい形でかつ、成り立つ可能性のあるものに価値をおくのです。

オリジナリティは、当初、未完成な段階では、まっとうに聞けたものでないように思われることもあります。声のプロデュース能力こそ、ヴォイストレーナーの本質の力です。トレーナーも手探りでヴォーカルの可能性を探っていくのです。それゆえ、トレーナーは、世界中のすぐれたヴォーカルの声や歌を入れておく必要があるのですが・・・。)

 

○ものまねにならないよう大音量で身体に入れる

 

 まねるのは学ぶことですが、自分のために活かせられるように学ばないと、ただの二番煎じになります。一流のものは、まねることさえできないので、そこに挑戦するのが、ベストの学び方です。

しかし、声は一人ひとり違うので、必要以上に異なるところをまねるのは、自分の発声の表現力の可能性を狭めてしまいます。

 その人っぽくまねてみえるところは、まさに個性ですから、まねてはいけないところです。そこしかみえないと、そこをまねてしまうのです。

 

 発声のトレーナーの声についても、同じようなことが起こります。「先生そっくり」は、プレイヤーなら、セミプロまでのほめことばですが、ヴォーカリストとしては、致命傷です。

もう一つは、表に出た歌い方や声は、表現の形にすぎないということです。歌は、作品としてまとめ、切り取られているのです。そこでの声もすべてがよい手本ということではありません。☆

 練習のプロセスでは、もっと自分に基づいた大きな可能性を追求しなくてはなりません。ですから、役者が目で泣いたり、笑ったりできるまでに、号泣し、大笑いを練習するように、見たり聞いたりした感覚をもっとも大きく読み込んでいくのです。

 

 そのために歌は、大音量で聞き込んで、一つひとつの息づかいの違いまで聞き込んでください。少し伸ばしたところは、ずっと長く伸ばし、少し強めたところは、目一杯、強く出してください。

歌のバランスなど、あとで考えればよいのです。一つのフレーズをピークの表現となるところまで、全身全霊で出し切ってください。

英語でも、多くの日本人が強アクセントを強めているのは、向こうの人の半分も強くなっていないのです。ほんの少し弱く聞こえたというところで、プロの内部の感覚では、ほんとに消え入るほど弱く表現しているものです。弱い小さい表現は、強く大きい表現よりずっと難しいので、最初は拡大することを中心にやりましょう。

「基礎教育のためのヴォイトレ」 Vol.5

〇スピーチ好きになろう

 

日本で育つと、「皆のまえでスピーチする」というのは、嫌なことであっても嬉しいことにはならないようです。どちらかというと、「スピーチしなくてはいけない」という感じです。「皆、やらされているから仕方がない。」「他にいたら変わってもらえたら」と、そんな程度です。

 

自分からよく知らない人に声をかけることは、誰でも最初は抵抗があります。ところが、バイトなどで何人にも声をかけるような経験をしていたら、少しずつ抵抗がなくなります。スピーチでも毎日のようにすれば、大した負担ではなくなっていくでしょう。

声も、朝から出した方が楽なのです。

 

 バイトや学校のためではなく、あなた自身が気持ちよく過ごすために声を出すと思えばよいのです。苦労したりきついと思わないで仕事をするために、朝から自分の心地よい声を出せると、自分でも気持ちよくなるものです。ならば自ら声をかけましょう。

 

優秀なセールスマンは、ミラートレーニングや、声を出すトレーニングをしています。お客さんのところへ行く前に、自分でしゃべっているのです。

 そういうことを知らない人にとっては、なぜそんなことをやらなくてはいけないのかと思うのでしょう。

朝に体を動かし、深呼吸などをしておくと、朝から声が出やすくなります。一日中、疲れないで過ごすためにもよいのです。ストレスもたまりにくくなるし、声を出すことで発散できます。ラジオ体操を朝に行うと、活気がつき、事故防止にもなるのです。

何であれ、やらされる、できたらやりたくないと受け止めるのは、もったいないです。

寝起きの声でしゃべっているのは、よくありません。声は身体とともに次第に起きてきますが、それでも喉が疲れてきます。ところが、体を動かして遊びに行くような気分で声の状態が整っていると、人としゃべっていても疲れないし楽なのです。まわりの人にも、あなたのその声は好印象を与えます。

 

〇声のせいで損しているか

 

 「声が悪い」とか「よく聞こえない」という人がいます。どこから、そう思うようになってきたのでしょうか。

 たとえば日本人が自分の声の欠点に気づく体験の一つに、学校での出欠とりがあります。

 あなたが名を呼ばれて「○○さん」「ハイ」と答えたのに、もう一度「○○さん」と。一度ならず、こういうことが続くと、誰でも自分の声に不安をもちます。(他の人は聞き返されていないのに、私だけ……。)他に、二度三度呼ばれる人をみて、「私もあの程度しか聞こえていないのだ」、そして「私の声が小さいのだ」と思ってしまうのです。

 まれに、「あの先生は私に好意をもっていない」などと思い込んでしまう場合もあります。自分の声に責任を感じないとそうなります(先生も人間なので、本当のところはどうかわかりません)。

 

 このケースは、声についての理解を深められるので、少し詳しく追ってみましょう。

 まず、その原因からです。

 たとえば、タイミング。先生が呼んだのに、間をあけてしまった。これは先生が返事を聞くのを諦め、間があったので、確認するために再度、呼びます。ちょっと時間がたつと、ポンポンと返事の返ってくるリズムからずれるので、そこではもう聞くことをやめています。つまり、先生の耳の注意力が落ちています。そこで、あなたの返事の声の大きさに関わらず、二度、呼ばれてしまいます。性急なタイプの先生、出欠に時間や神経をとりたくない先生には多いです。これは、タイミングと先生の性格の問題です。

 逆に呼ばれたときに、返事を早めにしてしまうケース。何かを言っているとき、人の耳は疎かになっています。「今、返事したよね?」と確かめたくて、また聞きます。 聞こえていても、その人かどうかを確かめたくて聞き返すときもあります。

ときには他の物音が入ったり、まわりの私語があってさえぎられ、聞き返すときもあります。誰かがあなたと先生の間で咳をしたり、椅子をガタンとすると、あなたには大して聞こえなくとも、先生の耳の妨げにはなるでしょう。間に音の障害物があるときは、とても聞こえにくくなります。

 さらに空間の問題としては、あなたが先生のところから遠くに座っているならどうでしょう。前の方の人と同じ声量では、届きにくいはずです。

 近くに座ると、聞こえると思って、ぼそっと言う人もいます。これも、聞きづらい。共に適切な声量について、うまくコントロールできていないのです。

 まだまだ原因はあります。先生には、声でなく目でチェックしているタイプも少なくないのです。つまり、声のした方向にあなたの顔や手がみえないと確認できません。他の生徒の代弁かと思うかもしれません。

 出欠をとるときには、声を出していなくても、手をあげる人は、OKとしている先生も多いでしょう。出欠とは、当人の存在の確認ですから、「大きく、はっきりと声を出せ」とは言いません。顔や目でも合図できます。声をあまり聞かず、目で出欠をとるタイプの先生もいるのです。

 

 シチュエーションの問題からいうなら、出席のときの声が届かないから、いつもあなたの声が届いていないということは一致しません。授業と、それ以外で、豹変する人もたくさんいますしね。

 言いたいことは、一口に「声が聞こえない」といっても、いろんな問題がこんなにあるということです。あまり声そのものに関係ないことも多いので、全てを声のせいだと思い込まないでください。

 

話を戻して、声の通りの問題としては、

1.声質

2.ひびき

3.意志の強さ

4.方向性の問題

5.発音の明瞭性

 

次に、声の4要素を説明します。

1.声の高さ

 あなたの声は、高い方ですか、低い方ですか。カラオケでは、キィを上げたり下げたりしますね。カラオケは、歌いやすいようにプロ歌手のよりも低めにしていることが多いようです。曲によっても違いますが、いつもキィを上げている人は高い声といえるでしょう。

 あなたが男性なら女性より低く、女性なら男性よりも高いでしょう。この差がつくのは、十代のはじめ、声変わりのあとですね。男性が、1オクターブ近く低くなります。

 同性のなかでも違いはあります。合唱などのパート分けをすると、クラシックでは、高い方から女性のソプラノ、メゾソプラノ、アルト、男性のテナー、バリトン、バスとなります。

 

2.声の音色

同じ大きさ、同じ強さなら、同じに聞こえるかというと、違いますね。一人ひとり、声の高さも大きさも、個人差があります。カラオケでは、声の大きさはボリューム、声質は、リヴァーブ(効果)のエコーなどで調整していますね。

 

3.声の強さ

音圧、ボリュームです。声の大きさ。強さはdb(デジベル)で、表します。

 

4.声の長さ(持続力)

息が続く限り、声を伸ばしてみてください。何秒、続きますか。

 

「習慣と行動と意識」 No.377

行動は続けることによって、習慣となって、心身に働きかけていきます。

習慣となるために行動しなくてはならず、行動するためには、意識が変わらなくてはなりません。

意識が変わらないのに行動を変えると、とてもストレスになります。

となれば、続けるのが、大変になるからです。

 

大変な経験をして乗り越えてきた人には、大変ではないことでも、そうでない人には大変なことです。

続かない人は、そうした経験か意識が伴っていないのです。

 

習慣になるまでは、今までと違うことをするのに、

慣れないし、やりにくいので、続ける努力が必要です。

大変な経験を補うのは、意識と努力で続けることなのです。

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