「歌の裏ワザ」 Vol.14
〇声のタイプ別のアドバイス
A.キンキン声、金切り声
これは、頭のてっぺんから出る声で女性に多いのですが、男性にもみられます。男性では背が低い人に多いようです。声は通りますが、これはカン高いため、抜けて出てくるだけで、本当に響きがよいのとは違います。心地よい声は、高くともキンキン声とはいわれません。マイクを近づけると声が割れて聞こえ、少し離すと入りにくくなるので、使いにくいのです。
自分の声を一方的に高めだと思い込んだり、喉をしめたりして出していることが、ほとんどの原因です。無理に声を高くとりすぎた人、自分の無理なく出せる声域より高く歌おうとする人やコーラスなどをやっている女性に多くみられます。カン高い響きだけが耳について、ことばがうまく聞きとれません。
高い音に届かせているだけなので、弱めたり、スムーズに低くしたりすることがうまくいきません。しっかりと声になっていないまま、使っているからです。だいたいは、その息も浅く胸式に近い呼吸です。あごが上がるのも悪い点です。まずは、ことばをしっかりと深く話すことから始めましょう。
B.喉声、かすれ声
かすれている声、息もれする声は、高音に届きにくく、響きに欠けます。鼻に抜けて、かぜ気味の声のような人もいます。これは、息がうまく声にならないため、無理にのどに力を入れて押し出すときに表れます。息を浅く吐き、声を出すのに不自然につくっているのです。裏声にも切り替えにくく、詰まってきます。発音は不明瞭で、柔軟性に欠けます。
トレーニングの初期にもよく見られます。急にたくさんの声を長時間、使うからです。響きの焦点が合わず、声が広がってしまいます。声立てが雑で、ぶつけて力で出す人に多くみられます。あごやのどが硬く、よくない状態での発声です。
C.しゃがれ声、にごり声
ひどい場合は、声の診断を受けてください。多くは、声立て(息を声にする効率)の問題です。脱力して呼吸で支え、共鳴する発声の感覚を養いましょう。
ただ、喉に痛くなく、歌うのにも差し障りなく、コントロールができれば、ハスキーヴォイス、セクシー・ヴォイスといわれることもあります。もちろん、ことばや歌において表現できていることと、再現性が前提です。
ハスキーヴォイスは、日本ではあまり好ましいと思われていないので、気にする人が多いようです。特に女性は、コンプレックスを抱くようですが、洋楽のヴォーカリストや女優の声を聞いたら、自信がもてるでしょう。欧米のロック・ヴォーカリストは、こういう声が多いです。
D.小さく細い声
蚊の泣くような、小さく細い声は、外見的には、あごや首、体格などが弱々しい人、または、内向的な性格からきていることも多いようです。大きな声をあまり使ってこなかったのでしょう。
その状態では、マイクの使い方でカバーするしかありませんが、変えられるところまで根本的に変えたいものです。体力、集中力づくり、体の柔軟から始めることです。運動やダンスに励みましょう。
なるべく前方に声を放ってやることを意識しましょう。声を出す機会を多くとってください。
E.低く太い声
今のヴォーカリストが高い域で歌っているため、声が届かず歌えないという人が多くなりました。しかし、トレーニングしだいで使える声域は拡がります。キィを下げて歌ってもよいのです。特に太い声でしっかりと響いている人は、有能といえるのです。
声量を抑えて軽めに出してみましょう。
多くの一流のヴォーカリストは、カン高い声ではなく、太い魅力的な音色をもちます。しっかりとその声を前に出すようにしてください。
声が低いとか声域がないから歌えないのではありません。どのフレーズでも何も伝わらないから歌えていないのです。それよりは、高い声が出て声域のある人の方がましですが、大して変わりはありません。
〇目一杯、背伸びして、はったりでもたせる
私は、才能とは「入っているもの以上によいものが出てくること」と思っています。よいものとは、「新しいもの」「おもしろいもの」「変なもの」、何よりも、「すごいもの」です。
音楽の中でも、ことばがあり、人間の声である歌は、聞く人に対して絶対的に強いのです。この二つに支えられるために、日本の中で「ミュージシャンとしてのヴォーカリストの実力」を曖昧にしてしまったように思います。(もちろん、そんなことを指摘する必要は日本以外ではありえないので、日本では歌は厳しくない、ということになるのですが。)
最終的にヴォーカリストが表現するということは、声を殺して歌を生かすこと、さらに歌を殺して心を伝えることです。
発声法でなく声の力、歌唱技術でなく歌の力、ステージの演出でなく、あなたの心と音楽が、人に伝わる力となることを目指してください。
〇歌や音源からどう学べばよいのか
大切なのは、音楽的な基本、ここでは楽理よりは、歌の中の音楽として成立する共通の要素を入れることと、あなたの声を体の原理に基づいたオリジナルなものに戻し、使えるようにしていくことです。そのためには、一流の音楽・歌を徹底して聞くことです。
同じ歌を異なるヴォーカリストで聞くこと、外国人の歌とその日本語訳詞の日本人の歌を聞くこと、それらを比べることは、とてもよい勉強になります。(スタンダード、オールディズ、ジャズ、ゴスペル、カンツォーネ、ラテン、シャンソンなど。)
まずは、一流のヴォーカリストの学び方を作品のプロセスから追体験し、彼らの基準においてチェックしていくことができるようになることです。彼らが何から学んだかを追うと、全ての分野をカバーしていくことになるでしょう。
フレージングのコピーは、トレーニングメニュとしても使えます。できるだけ広い分野から、一流といわれたヴォーカリストの作品を集めましょう。彼らの伝記、自叙伝などを読むのも刺激になります。
・カンツォーネでは、オペラよりも親しみやすく発声が身につく
・ナポリターナでファルセット、ベルカントをマスターする
・シャンソンで、声の魅力とことばの音楽的な処理を学ぶ
・リズムを極めるなら、キューバンリズムからフラメンコなどを
・実力あるヴォーカルになりたいなら、70年代までの歌謡曲で音色をマスターしよう(カルメンマキ、弘田三枝子、今陽子など)
・発声テクニックを学ぶ
ファルセット、ウィスパーヴォイス、ヴォイスパーカッション、ラップなどに親しみましょう。
〇一本調子から脱する
「歌がつまらない」のは、表現っぽいクセ以外にとりえがなく、声を出し、歌詞をメロディにのせてこなしているだけ、という状態なのでしょう。「同じようにきこえてしまう」のです。そうしたクセにとらわれて、発声やフレージングがワンパターンになり、声の音色に動きがないのです。多くは、イメージと構成力、つまり、曲を受けとめ膨らます想像力、自分の思いを声として展開する創造力の不足でしょう。
音のつなぎ方一つから、いろいろとアレンジして表現する練習をしましょう。
似ている、似ていくのでは、あなたの存在価値、歌の作品価値がありません。どれだけ、他の人と違っていくかという勝負でもあるのです。
コピーから入ると、どうしても元のヴォーカリストの歌い方がしっくりくるでしょう。でも、それではあなたが歌う必要などなくなるのです。あなたが歌うのは、もの真似をするためではないはずです。皆、あなたの個性、あなたらしい歌、あなたにしか歌えない歌を聞きたいのです。コピーを聞かせるのはもったいない話です。
自分の土俵で勝負しないと、最初は受けがよくとも、すぐに飽きられるのです。大変でも、今は自分の土俵をつくってください。
楽譜通りに伴奏音源をつくり、オリジナルを聞く前に自分で歌いこなしてみる練習も効果的だと思います。結果として、プロの歌唱に似ているのはかまわないのです。一つの歌を、解釈をして表現すると、あなたがすぐれていくにつれて、プロがイメージするものに近づいていくからです。
ヴォイストレーニングは、声の使い方と思われていますが、私は最終的に、オリジナリティ(自分のデッサン、線=フレージング、色=音色)を見つける手段だと思います。
〇ベストの状態で勘と感覚を磨く
メニュの回数や時間、秒数などは、あえて指定していません。自分のベストの状態でベストの声を使えるようにしてください。必ずしも本やトレーナーの指示に合わせなくてもよいのです。
イメージしたら、やりきること、やるときは考えないこと、やり終えてから反省しフィードバックします。そして、メニュを続けるか一部分、変えるか、考えましょう。
できないことは、しばらくそのメニュを放っておいて忘れてください。その多くは、あなたが使う必要のないメニュです。でも何かの拍子に思い出したら、やってみてください。そこで使えたら、あなたに必要なメニュになったということです。
大切なことは、あなたが比較的できているメニュで、よりていねいに繊細に使いこなしていくことです。
第一の目的は、それで勘と感覚を磨くことです。
第二の目的は、それを繰り返すことで、身体に覚えさせ、イメージした声の状態を取り出せるようになることです。
第三の目的は、そのために体と心(精神状態)を確実に強化することです。
こういうことを経ずに、次々と新しいメニュをやっても大した効果はありません。(歌のレパートリーづくりも同じです。)
できていないメニュは、できないのですから、無理をしすぎないことです。声によくないからです。自分の調子の最高によいときだけ応用して使ってみては、少しずつ、クリアしていくのです。
メニュを考えたり、こなすことは、力をつけるために必要です。でも本当は、いくつかのメニュでよいのです。 それを見つけるために、いくつものメニュがあるのです。
トレーニングは、何をやるかでなく、やっていることをどう活かすか、何のためにどう判断するのかの方が、ずっと大切なのです。メニュはそのきっかけに過ぎません。
できるだけ、自分の高まる場に出ること、そこで格をあげていくことです。勘が磨かれていったら、必要なものは入ってきます。
« 「基礎教育のためのヴォイストレーニング」 Vol.6 | トップページ | 閑話休題 Vol.71「庭園」(5) »
「3-2.歌の話」カテゴリの記事
- 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.14(2024.08.20)
- 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.13(2024.07.20)
- 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.12(2024.06.20)
- 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.11 (2024.05.20)
- 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.10 (2024.04.20)