「基礎教育のためのヴォイストレーニング」 Vol.8
〇話してもわからないことば
耳で聞くだけではよくわからないことばもたくさんあります。たとえば、
1.アルファベットの略語(NPO、IT、AI…)
2.外来語(「アウトソーシング」「ソーシャルワーカー」…)
3.お役所ことば どこかの部署のみで使われることば (「策定する」…)
4.専門用語
などです。
そこでは、言いかえたり、説明を補ったりする必要があります。また、別のやり方として、ゆっくりと正確に読むなど、声の使い方を変えて、わかりやすくできます。
声に表われる態度も、いろんなことから感じられます。
そのなかで、正しいか間違いかがはっきりとするのは、敬語の使い方くらいです。
あとは、聞く人の感じ方や受けとめ方によるところが大きく、必ずしも客観的な基準があるわけではありません。TPOや相手との関係によって違ってきます。
話しぶり、速度、声の大きさ、表情、視線、ことばの使い方、専門用語、略語、外来語、方言、コミュニケーションなどにおいて、「人間関係を円滑にするための働きかけ」や、「相手に配慮した言語行動」のことを、ポライトネスといいます。
それは、大きく2つに分けられます。一つは、気さくに接して、相手との心理的距離を縮めようとするもの(ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー)、もう一つは、礼儀正しさや格式を重んじて、相手の立場を尊重して心理的距離を保とうとするもの(ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー)です。どちらがよいというのでありません。世代や組織によっても違ってきます。
ポジティブ ネガティブ
相手に興味・共感を示す 敬意を表す
相手の要求・望みを満たす 習慣的な間接表現を使う
冗談をいう 疑問文、緩衝的表現を使う
同意点を探す
=不一致をあげる 謝罪する
楽観的にいう 負担を軽減する
理由を述べる 借りをつくることになる
相互利益を主張する 悲観的にいう
(Brown and Levinson)
つまり、親しみやすさか、礼儀正しやすさか、わかりやすさか、正確さか、おもしろさか、格調の高さ、格式かというのは、ケースバイケースであり、どちらがよいとは決められないということです。
(第25回「ことば」フォーラム 国立国語研究所、「音声と音声教育」(水谷修、大坪一夫著 文化庁、参照)
〇英語ではじめて、発音を知る
あなたが声について関心をもったのは、何がきっかけですか。合唱? カラオケ? 声変わり?……、私は英語の授業でした。先生に当てられて、私が読むと、まわりがくすくすと笑うのです。私は決してまじめな方ではなく、いえ、いつもよく笑われていたから、まったく気にはならなかったのですが、あるとき、英語に関しては、どうも発音のせいだなと感じたわけです。ベリイウエローとカナを振って、そのまま読んでいたので、教室を活性化させてしまいました。
私はそれだけ鈍く、今から考えると、それが大変な長所だったのです。ただ他の人より音声について早く敏感になったのかもしれません。とするなら、怪我の巧妙といえるかもしれません。
私の例は極端ですが、あなたもきっと似たような経験を、いえ笑われていなくとも、英語を習ったときにしませんでしたか。
「アとエの間のae(アエ)で出すんだ」などと言われて、耳をすまし、口をつくって、その音を発する。いわゆる発音練習です。
ここで耳で聴いて、声を調整するということ、つまりヴォイストレーニングを体験したわけです。
もちろん、英語で初めて経験したわけではありません。あなたは、日本語を読むことができます。生まれてすぐに日本語を話したり、読んだりできましたか。いいえ、日本語も生まれてから両親をはじめ、多くの人に教えてもらったのですね。大変だったのです。
でも、わずか生後3、4年で、かなりのことを話せるようになりました。英語学習などよりもずっと早く使いこなしていたのです。毎日がことばの勉強、日本語のヴォイストレーニングだったのです。あまり記憶にないのですが、くり返し、日本語の音声体系を耳で聞いて、ことばで発して覚えていったのです。
〇泣き声から日本語の音声学習まで
最初、生まれるとオギャーと泣く声、これは、初めて肺で息をして出した一声です。おかあさんの羊水内から体外に出され、水中生物から哺乳類になったのです。
それから喃語(なんご)といって、ことばにならない声で、まわりの人に自分の意志を伝えようとするようになります。「お腹へった」「うんちした、気持ち悪い」「ねむい」などということを、声で知らせるのです。
むずかったり、いらついたり、わがままし放題の時期です。それに対して、「よしよし」とか「だめ」とか、ことばでなく声の感じで、両親の反応を知ります。そのことばを母国語として聞くことで、発することが早くできるように脳に配線ができていきます。
そして、学校に入る頃までに、およそ主なことばを聞いて話すことができるようになります。その母国語が、あなたのベースとなります(臨界期)。いわゆる、あなたのネイティブなことば=母語は、日本語となったわけです。
さて、そんなことをすべて忘れて、中学校にあがると(あるいはその少しまえから)、最初の外国語である英語に接するわけです。そこで日本語にない発音がたくさんあることを知ります。発音記号などで学びます。
それでは、日本語にはそういうものはなかったのでしょうか。いいえ、幼稚園や小学校一年生のときに50音ということで「あいうえお」という母音や、「(あ)かさたなはまやらわ」という子音を学んではいるのです。
ただ、日本語というのは、音声面ではとてもシンプルなので、だいたい幼稚園までにもう正しく話せるようになるのです。
なぜなら、5つの母音に子音をつけていくと、すぐに言えるからです。つまり、A、I、U、E、Oのまえに、Kがつくと、Ka、Ki、Ku、Ke、Ko、それで通じたらすむので、それ以上、詳しくは学ばないのです。発している音は必ずしも50音表での100余りの音だけではないのですが、そのように覚えるのです。あとは、ひたすら読み書き、つまりカタカナや漢字の習得に時間を使うのです。
音声面での発音が多く、しかも難しい外国語では、外国人も母語の発音や発声について、基礎教育で学ぶことは当然です。つまり、日本語は音声面でシンプルなので、私たちはあなたもほとんど日常レベルで音声についてそれほど学んではこなかったわけです。
〇方言と共通語
もし、あなたが地方にいて、いつか東京や関西に出るとしたら、そこでことばのギャップを感じ、再び音声を学ぶかもしれません。英語以外の国に行くときも、その国のことばを多少は学びますね。
地方によっては学校で学ぶ共通語と大きく違うために、日本語の音声教育をするところもあります。「さしすせそ」などが苦手な地方もあります。
ただ、TVのおかげで東京や関西の話し方は、番組から学んでいることが多いようです。たとえば、東北の出身の人でも、ズーズー弁になるようなのは、今では、意識的に使い分けられるようになっているのでしょう。
これはヴォイストレーニングというより、発音の矯正です。特に日本語の場合、単語が違わないのなら、アクセント(高低アクセント)とイントネーションの問題です。
あなたも、日本語以外の言語をネイティブとしている外国人の日本語がおかしいのはわかるでしょう。あれだけ優秀で日本語もマスターしているはずの外国人が、日本人の日本語と同じに聞こえないのは、先に述べた言語学習の年齢制限(臨界期)にも関係しています。
方言でなくとも、人によって、たとえばサ行やダ行がうまく言えない人もいます。しかし、苦手な音があってもだいたい、他の音がしっかりしていたら通じます。
声とことばの関係が少しみえてきましたか。発声と発音について、日本人である私たちは、大して音声教育を受けてきていないのです。しかも、日本語には、あまり複雑な発音がありません。これが日本人が外国語の習得が難しい原因の一つなのです。
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