○声の出やすい状態を知る
ここでは、声を守り、うまく使うための注意をあげておきましょう。
声は、よく出るときと出にくいときがあります。朝早く起きた時には、こもった声になります。身体が起きてくると、声が出やすくなります。スポーツなどをしているときには、思いがけず大きな声が出たりしませんか。 しかし、身体が疲れると、またうまく出なくなってきます。病気のときや落ち込んでいるときの声というのは、元気がありません。声は健康のバロメーターなのです。
声をよくするには、できる限りポジティブに毎日を過ごすことです。そういう人の声は、とても魅力的でしょう。身体を動かし、健康的な生活をすることが一番大切なことです。
〇満腹、空腹ともによくない
お腹が一杯のときもへっているときも、声にはよくありません。
お腹が一杯だと、横隔膜が上の方へ圧迫されるので、呼吸がしにくくなります。胃や腸で食物を消化吸収しているときに、歌うような全身運動は、あまり好ましくないのです。
逆にお腹が空いているときや疲れている状態では、お腹に力が入らないと思います。
たとえば、歌う1時間前に食べるかどうかは、人によって違います。自分の場合はどうなのかを知っておく必要があります。レッスンも、食べてから60分は、間を取った方がよいでしょう。下痢や便秘などにも、注意しましょう。
〇冷たいもの、からいものもよくない
声によい食べ物、悪い食べ物などということも、よく話題になりますが、私はあまり気にしない方がよいと思います。スポーツ選手のメニュと同じで、栄養価の高いものや消化のよいものの方が好ましいことは確かです。
しかし、冷たいものや、からいものといった、喉を直接刺激するものは避けましょう。特に、発声練習や歌う前、歌っているときには避けましょう。氷水を飲みながら歌うなどというのは、危険なことです。
〇お酒とたばこは、ほどほどに
声のことを考えるなら、たばこはスポーツ選手を見習って、やめた方が無難です。アルコール類も、声帯から水分を奪って乾くために、粘膜が弱り、声のかすれやすい危険な状態になります。飲んだときには、知らず知らず大声で歌ったり、長く話しがちになります。これがよくないのです。ビールなどは、喉も冷えるので、気をつけなければいけません。
〇飲物やアメについて
まったく水分をとらずに長く練習するよりも、適当に休みを入れましょう。喉を回復させながら、適時、温かいものを飲むとよいでしょう。
のどアメやトローチ類にもいろいろなものが出ていますが、薬用効果をうたっているものに頼る必要はありません。ただのアメでも、唾液が分泌されるということでは効果があります。疲れをとるために糖分を摂るという程度でよいでしょう。
○姿勢と呼吸
ヴォイストレーニングで、いつでもベストの声が確実に出てくるようにしなくてはなりません。常に思い通りに声が出せるということは、歌うための前提条件といえます。楽器でいうと、これは完全な品質を持ち、正しく調律された状態にあります。自信にみち、威厳のある姿勢をとりましょう。両肩を、うしろに引いて下げます。胸のまん中を高くし、胸郭が前から横にかけて拡がるようにします。
ブレス時は、常にこの姿勢を保持します。どんな状態にも動けるように、リラックスしながら、神経は張りつめ、精神集中できている状態です。スポーツにも共通する基本姿勢です。
どうですか。うまくできましたか。自分の内にあるエネルギーを一つの声にして出せるように意識してください。
[息から声にするトレーニング]
それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。
1.左右の腕を前後と反対方向に大きく円を描くように回してみましょう。
2.左右交互に肩の上げ下げをやってみましょう。
3.両手を目一杯、上に伸ばして脱力しましょう。
4.息を吐いてみましょう。「スーーーーー」
5.声にしてみましょう。「ハアーアーアーアー」
内側に小さく弾むような感じで出してみます。少し強くやってみましょう。手を胸にあてると、ひびいていますね。このとき、腰の後ろ側の左右の筋肉に支えが感じられます。両手で触って確かめてください。
6.弾力のあるマリのように空気を吐き出してみてください。
「ハッ」「ハッ」
そのとき少し、お尻の穴がしまり、太ももが内側にきゅっと入りませんか。「歌っているときは、胃袋と尻が近づくような感じがする」と名テノール歌手のエンリコ・カルーソーは言っていたそうです。こういう一連の動きを自然と体でマスターしていってください。
7.嬉しいことに驚いて「ア」と言ってみましょう。
8.思いがけず、親しい人に会えた時のように「ハッ」と言ってみましょう。
9.大きなため息をついてみましょう。「あ~あ~あ」
10.長く息を吐けるだけ吐いてみましょう。
〇呼吸とお腹を結びつける
腹式呼吸は、誰でも行っています。しかし、歌うときに使われていなければ無意味です。ですから、発声練習のなかで行っていくものです。
日本人の場合、息がとても浅く、身体から息を出す感覚さえ、持っていないのです。
これは、日本語が発音時に、身体からの強い呼気を必要とせず、さらにアクセントも強弱でなく高低でつけるために、口先だけの声になるからです。
そこで、息を吐くのに使う筋肉の強化トレーニングのようなことを行います。これも、日常のなかでさえ、よい発声ができていない私たちが、最低限の条件を身につけるために行うものです。
息のトレーニングに関しては、最初は大まかに自分の身体の動きのなかでやりましょう。
歌うのに息の配分を決めて行うことが呼吸のコントロールだと思っている人がいますが、これもやりようによっては、発声器官に緊張をもたらし、悪い癖をつける場合があります。単純に出したいフレーズの2倍程度の息を保つように、大まかに捉えることです。
呼吸やブレスは、お腹で調整すべきことで、喉で行おうとしてはなりません。呼吸は、ピッチ(音高)やフレーズをキープするために強く長くできるようにしていきます。
口は自然に開き、吐いた分だけ瞬時に空気が入るような身体にしていきます。鼻とか口とかで吸おうと意識しないこと、のどが乾いたり異物が入ったりするから鼻から吸気するのが原則ですが、吐いた分より早く元の状態に戻せるように、身体を鍛えていくと考えてください。
[呼吸とお腹のトレーニング]
それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。
1.上半身を脱力して、前屈します。両手を下につけて息を吐きます。
2.上半身を戻すときに自然と息を入れてください。
3.1と2の動きを結びつけて行ってみます。
4.両手を上に思い切ってあげる時に、息が入るように意識してみてください。
5.両手を下に下げるときにゆっくりと息を吐いていきましょう。
6.4と5の動きを結びつけて、行ってみます。
7.あお向けに横になり、お腹に手をおき、静かに息を吐き、そして吸います。
8.横向きに横になり、お腹に手をおき、静かに息を吐き、そして吸います。
9.腕立てをしながら、息を吐いたり吸ったりしてみましょう。
10.上体起こしをしながら、息を吐いたり吸ったりしてみましょう。
肩や胸の位置が動かないように注意しましょう。
〇呼吸と声を結びつける
お腹から息を吸うと、前腹の下の方はやや引っ込む感じがします。お腹全体が拡がります。へその裏にあたるところに、この動きの中心となる感じがきます。
吸うということは、よく誤解されます。空気が入ると、肺は自然に出そうとしますから、止めるということは、吐かない以上、わずかに吸っている感覚になるのです。声帯が発声の瞬間(これを声立てといいます)に備えている状態です。体ができてくると、こういったことが無意識下にわかってきますから、最初はそういうものかというくらいに思って気にしなくて結構です。
呼吸では、吐くことを中心にトレーニングしてください。吐いたあと、自然に身体が戻り、空気が入ってくるようにします。ときには、発声のトレーニングで、声が自然に出やすいように、呼吸を支える体に意識を向けてください。
歌うときに感情移入して表現しようとすると、精神的にも高揚し、心は体から離れようとします。声は自由を欲します。しかし、声は身体があって出ているものですから、自然の摂理に従った身体の使い方をしなくてはいけないのです。そのために技術があり、それを支えるトレーニングがあります。
その最も基本となるのが、このヴォイストレーニングなのです。歌やせりふがうまくいかなければ、息を吐くことに還ることです。
息をすることは、生きることにつながります。人間であれば(生きとし生けるものならば)間違いようがないのです。ただし、一流のヴォーカリストレベルでは、超人的なブレスのコントロールが求められるから、トレーニングが必要なのです。(お腹が出たり、へこむことが大切なのでなく、自由に動きやすくなる状態を得たいのです。)
[ブレス・トレーニング]
それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。
1.上体をゆっくりと前に倒しながら息を吐いていきます。
2.吐き切ったら、上体を起こすと同時に、息が入ったのを意識します。
3.息を吐きます。そのときにお腹の横やうしろが出るようにします。
4.息を吐きます。そのときにお腹の横やうしろがへこむようにします。
5.身体を前屈させて、息を長く10秒間吐き、5秒休みます(2分間)。
6.体を前屈させて、息を短く「ハッハッハッ……」と10秒間吐き、5秒休みます(2分間)。
7.息をできるだけ長く吐き、瞬時に体の動きで息が入るようにしましょう。
8.息を8秒出し、10秒止め、2秒で吸いましょう(3分間)。
9.歌詞を息だけで(声にせず)読みましょう。
10.歌を1曲、息だけで歌ってみましょう。
あごをひき、口は固定してあまり動かないようにします。