〇音質と音色を出すバランスを
同じピッチ(音高)で同じ強さの声でも人によって差があります。その音色が魅力的な声の人も、そうでない人もいます。ヴォイストレーニングにおいては、ことば(歌詞)やピッチ、音程、声域や声量よりも、音色、音質を優先すべきだというのが、私の考えです。
音質とは、複合する音の倍音構成、つまり、基音と倍音とが密集したり分散している配置関係のことです。音質は、そこに含まれる倍音の数、振動数、強さなどで決まります。その振動の集合したものが母音の帯といい、これが母音の音質となります。
倍音は、母音の帯の外部にある部分音ですが、そのあり方によって、音色の感じが違ってきます。光沢があるとか、鋭い、やわらかい、重いなどという音質は、ここから生じるのです。
この調和がくずれると、声がひずんで聴こえます。この調和を私はバランスということばで表わしています。
まず、単音のトレーニングです。それが確実にマスターできたら、ちょっとした変化に対応していきます。音の表情に、耳をよく傾けることです。ピアノやギター(できたら、サックスがよい)の音色をよく聴いて、その通りに声を出してみましょう。向こうのヴォーカリストが、トランペットやギターなどと掛け合いで声を出しているのを聞いたことはありませんか。
ヴォーカリストには、ことばという特権があります。しかし、それがなくとも、スキャットや「ラララ」でも歌えるのです。そこで通用する力を求めたいものです。(音色とリズムだけでも、歌が成り立つのは、スキャットわかることでしょう)
[音質を獲得するためのトレーニング]
( )内の音程をとって、自分の最も出しやすい音から始めて、高音、低音へ動かしてください。
1.「ラーラーラー」(ミミレ)
2.「バーバーバー」(ミレド)
3.「ヤーヤーヤーヤーヤー」(ミレドレミ)
4.「ゲーゲーゲーゲーゲー」(ドレミレド)
5.「ガーゲーギーゴーグー」(ドドドドド)
6.「あなたに」(ソミレド)
7.「こいびとよ」(ソファミレド)
8.「あいたいね」(ソミドミソ)
9.「ゆめのよう」(ドミソミド)
10.「アラアラア」(ソドミドレ)
〇声量を引き出す
大きな声をしぜんに出して気持ちよく歌っていた人が、レッスンで大きく出すことを禁じられ、つまらなくなってやめたというのは、よくある話のようです。
確かに、統一した音声を獲得するために、喉の酷使や明らかに間違った発声は禁じなくてはなりません。身体で歌うといっても、身体の力をストレートに使うわけではありません。
ただ多くの場合、相手の状態によらず、小さな声しか使わせず、誰にでも同じマニュアルを押しつけている人も多いようです。
ポピュラーに関していうと、一流のプロとなった人が皆、そんなトレーニングを経たとは、到底思えないでしょう。必ずしも小さく出すところから始めるべきだとは思えません。喉が疲れ、練習ができず、やると確実によくない方向にいく場合は、声量を出すのはやめるべきですが、それ以外の理由でやたらと制限してはならないと思います。
自己流で喉を痛めたから、ヴォイストレーニングに行く人の多い日本では、レッスンは、こうなりがちです。私からみると、それは繊細な神経、ていねいさ、声の配慮、品質に欠けているのに過ぎません。声を壊したことからくる経験もまた、身体や喉を知るのに、その人に入っているのです。子供には親の苦労はさせたくないと、一見、親切で、リスク回避に専念します。本当の意味で、“先生”なので、生徒はほとんどがこのパターン、その人のファンです。
逆に言うなら、喉さえ疲れず、負担にならないのであれば、できる限り、大きな声を出してみるべきではないでしょうか。
プロのヴォーカリストが、いかに声を使うことができるかを知ると、弱々しい声でこわごわ調整しているトレーニングの無力さがわかります(ただし、喉を壊していたり、本番のための調整トレーニングは、まったく別です)。
大声は喉を痛めるから使わせない、というトレーナーの多くは、無理に高い音域や複雑な曲を長い時間トレーニングさせているからです。つまり、悪い喉の状態をキープさせているから悪くなるのです。自分ができたことが、必ずしも人にできるものではない(またその必要があるとは限らない)、その逆もあるということです。
たとえば、ドミソドソミド、ここで低いドから高いドまで1オクターブにわたるトレーニングなどは、よく使われているようです。しかし、これを初心者が本当にこなせるはずはありません。こなせたら、すでに歌うのに充分すぎるプロの技術をもっているということだからです。
[声量を得るためのトレーニング]
1.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「ハイ」で。
2.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「ラー」で。
3.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「マー」で。
4.半音で4つ(レ♯、レ、ド♯、ド)でハミング。
5.半音で4つ(レ♯、レ、ド♯、ド)で「ラ」。
6.「ん(ハミング)ーラーんー」(同じ音で)
7.「ん(ハミング)ーラーんー」(ミレミ)
8.できるだけ大きな声で「ハイ」
9.できるだけ大きな声で(ハアーイ」
10.できるだけ大きな声で「アオイアオ」
こういう課題を大声でやれば、当然、喉を壊すばかりか、悪いくせもつきます。間違った発声でも出しているうちに、歌らしくなっていくけれど、声ができてこない、急がせるからです。
試しに、もっともうまく出せる1音(音高)だけにしてみてください。かなりの声までしっかりと出せるようになります。そうやって、声や身体について理解していくことの方を優先すべきなのです。
ヴォイストレーニングを受けずとも、歌えるヴォーカリストの多くは、自分の耳と表現すべきものは何であり、どうあるべきかということに真摯にとり組んできた人です。
こうなると、トレーニング方法を見わける眼にも大いなる勉強が必要です。
いつも、こう問うてください。今、やっているトレーニングが、自分がめざしている声や歌の、どの部分をつくるためにやっているのか、それがわかっているのかと。
〇深さとパワーのある声をめざす
楽譜の読みから始めるピアノの練習が苦痛なように、出ない声で歌わされるトレーニングも楽しくないはずです。なら、やめましょう。
私は、明らかに間違ったところや相当の危険なレベルでしか注意しません。身体から自由に声が出るようになるまでは充分に自分の身体や息を感じ、思いっ切りやってもらいたいからです。
できないからやるのですから、最初はできっこありません。それを忘れてはなりません。そこに細かな注意をしたら、委縮するだけです。できることを少しでも見つけ、自信をつけると共に、それを全力でやらせる期間を充分にとることです。
できることは、できるのだから何も言わなくてもよいし、できないことは言っても仕方がないのです。中途半端なトレーニングを急ぐより、できているかできていないのかを、その人のレベルから高いレベルへと自分自身で判断できる耳を養うことこそ、最も大切なことなのです。
そのためには、まず声を「より強く、より太く」していくことです。すると、できないということがはっきりして、そのギャップを埋めるためにトレーニングか効果をもたらします。
日本人のもつ感覚「長く、高く、響かして」では、いい加減になります。これは、結果でよいのです。「強く大きく太く」していくべきです。はっきりと声で伝え、歌を扱うには、身体から捉えた深い声が必要となるからです。
もちろん、そう思われない人も、そう歌わない人もいます。日本では、この条件がなくても通用する歌い手も少なくありません。でも、あなたが、本当に上達するなら、ここにポイントを絞り込まないと、難しいのではないでしょうか。
[声をより強く、太くしていくトレーニング]
1.「あいの」(ドレミ)
2.「あまい」(ミファソ)
3.「とおく」(レミレ)
4.「マリア」(ラドド)
5.「ひらすら」(シドレレ)
6.「ふたりの」(ドレミファ)
7.「いのちかけて」(レミファミファソ)
8.「あおぞらに」(ソソラソファ)
9.「よあけまで」(ドソソソソ)
10.「ひかりに」(ファミレミ)