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2025年4月

閑話休題 Vol.97「花道」(2)

〇才気―マスコミの活用

 

 若い蒼風は、新しい生け花の発展すべき道をすでに鋭い直感力で見抜いていました。

「新しい」ということについて、蒼風はこう述べています。

「新しいという言い方は、本当はしたくないが、新しいと言わなければならないから言うので、本来、物事はいつも新しいはずだが、少しも新しくならないで、そのまま止まっているものがある。それに対して、止まらずに動き、変わりつつあるものを新しいと言うのは、当たり前である。新しいのが当たり前で、当たり前なら新しいと言わなくてもよいが、古いのが当たり前のように言うから、新しい方は新しいと断るようになるのだ」

 千疋屋の生け花展をきっかけに、NHKの「家庭講座」の依頼で「生け花十講」を放送し始めます。また、草月流機関紙「瓶裏」を早くも創刊、生け花の社会性を求めました。主婦の友社から「新しい生け花の上達法」を出版します。

蒼風ほどマスコミを生け花のために活用し成功した人はいません。のちに日本内外に多くの支持者・門下生を持つまでに発展しえたのは、マスコミの時代の波に蒼風の偉業が乗り切ったことに他ならないのです。

 

〇運―海外進出へ

 

 戦時中、「花をいけるよりも芋を作れ。花を習う人は非国民」と言われましたが、蒼風は、花をいける日は再び来るまいと思いつつ、疎開先で雑木を使って農家の娘に教えていました。終戦後は、進駐軍の夫人の希望で東京に呼ばれ、教え始めました。これが海外進出のきっかけとなったのです。

 

〇想像力―造形いけばなの誕生

 

 東京に戻った蒼風は、焼けただれた鉄骨や枯れ木を使い、一途な造形精神を発揮して展覧会を開き、人々を驚嘆させました。絵画、彫刻、建築デザイン、写真など他のジャンルのアバンギャルディストと交遊し、ますます盛んな創造活動を続けました。生け花のみならず、モビールやレリーフなど新造形への道を開いたのです。やがて草月流は門下生百万という大流派になっていきました。

 

〇蒼風の才能とは

 

 「臨機応変の瞬発力とバランスのよく取れた空間支配の能力とかあって、どんな花をいけても、必ず誰にもわかる明確な見せ場をつくることができ、しかもそれを決して平俗陳腐には陥らせずに新味を出す、本当の芸術家のみに与えられた才能があった」 (大岡信)

 たとえば、当時の生け花は、ピラミッド式三角形がほとんどで、花をいけるのに形の創作を楽しみにする心配りには限りがありました。蒼風は、逆ピラミッドなど自由自在な形を取り入れ、新鮮な美を生み出しました。草月流の花器が無地なものばかりなのは、本当に花の美しさを知っているからです。

 

〇蒼風語録

 

“テーマ”「テーマをもっていけることは、1つの勉強法である。出来上がった生け花に対して、何を感ずるか、どう見るか、何がそこにあるか、いけた自分はもちろんのこと、それを前にした他人がどう受け取るか―そこに感じられたもの、そう思えるものをテーマだといえば、全ての生け花にテーマはある。しかし、テーマ=題を決めて、いける。題を出しておいて、それに向かっていける。そしてその題のために考える。工夫する。つくる。一般的にはこのように題に対して積極的なときだけを、テーマのある生け花という。

テーマでいけるのが勉強になるのは、一方に内面的な追求があるということで、同じ題でも、梅や椿ではなく、愛、夢、平和などという題になると、内面的なものを追求せざるをえなくなるからである」

 

“野にあるように”「利休の言葉に<花を生けるならば“野にあるように”いける>というのがある。これは一旦切り取られた花が、どんなに自然さを失い、調和を破壊しているかを知った上で、ハサミを入れ、枝ぶりを曲げ、葉数を減らして“野にあるように”美しくつくるということである。

 

“信念”「人が何を言おうと正しいと信じてどんどん仕事をしていけば、やがては皆がわかる」

 

勅使河原蒼風「草月五十則」部分

1則 花が美しいからといって、いけばなのどれもが美しいとは限らない

2則 正しいいけばなは、時代や生活と遊離していない

3則 精神に古今なく、作品は変転自在

4則 一輪、一と枝、の強調。大自然を圧縮したような一瓶

5則 花と、語りつついける

22則 上手な人ほど、器前、器後の仕事が入念

23則 花は大切にすること、花は惜しまぬこと

31則 いけばなは絵だという、音楽でも、彫刻でもある

35則 家庭だけが場ではない。個人的な場、公共的な場

36則 花の色だけでなく、器も、台も、壁も、光線も

39則 環境から生まれたように

44則 重複がないかを見る、強調があるかを見る

47則 花を、器を、場所を、探す努力

48則 意外ないけ方がある。意外な題材を忘れている

49則 新、動、均、和、の四原則。線、色、魂、の三拍子

50則 見る目と、造る手と、片寄らぬ精進

 

参考資料:「花ぐらし」勅使河原蒼風(主婦の友社)/「草月流」いけばな全書(小学館 )/「勅使河原蒼風展」(西武美術館)/「勅使河原蒼風の眼」(朝日新聞社)Wikipedia

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.22 

〇身体から入る

 所詮、ヴォーカリストは、歌えればよいのです。声を出すのに、重量上げの選手ほどの筋力が必要なわけではありません。しかし声を出すことに関して、もっとパワフルかつ繊細にコントロールできる技術が必要なのです。それは表面だけをまねただけの弱々しい声の出し方からはできません。プロのピアニストの繊細なタッチには、私たちは到底、まねのできない強く確実にヒットさせる指の技術と力があるのです。小指の鍵盤を叩く強さ一つとっても違うのです。

 そうなると、まず、一流のヴォーカリストと比べて、中途半端だと思う声は、使えないからだめだという厳しい判断を自分の声に対して行うことです。一声出して明らかに差がついているなら、いくら一曲を何度も繰り返して歌っても同じレベルのことはできないからです。まずは、一声のシャウトの差を縮めること、そのコツやタイミングをつかむためにはパワーの差を縮めることです。つまり、身体にパワーを貯えていくこと、声に対して身体を使えるようにしていくところから始めることです。

〇身体と声との結びつきに深い息

 声に対して、身体をうまく使うための秘訣は深い息にあります。一流のヴォーカリストは、必ず、身体から深いブレスができる身体をもっています。息が身体の底まで一瞬に入り、出すときに自在にコントロールできます。声はその上にのって出ています。そういう身体づくりを少しでも早くするのが、ヴォーカルのためのヴォイストレーニングの第一歩です。チェックポイントは、次のようなことです。

1.腹式呼吸ができる、お腹の背や脇が動く

2.胸や背骨に声がひびく

3.吐いた息が身体に結びついている

4.声が太く、音色が変わらない

5.胸のまんなかと眉間(これは、最初は意識しなくてもよいです)に声が集まる

〇どういうヴォーカリストを参考にするか

 ヴォーカリストには、いろんなタイプがいます。オリジナリティ、個性だけを売りものにしている人もいますが、声に関しては、次のようなヴォーカリストを一度、お聞きすることをお勧めします(ただ、日本人は曲による出来、不出来が多いので、ここに掲げた曲を参考にしてください)。

日本人

1.さよならをもう一度    尾崎紀世彦

2.霧の摩周湖        布施明

3.愛は限りなく          村上進(カンツォーネ)

4.六月の詩             カルメン・マキ

5.愛のメモリー          松崎しげる

6.影を慕いて            森進一

7.川の流れのように     美空ひばり

8.あんたのバラード     世良正則

9.恋の季節              ピンキーとキラーズ

10.二人でお酒を          梓みちよ

外国人(各国の偉大なるヴォーカリスト)

 

1.シャルル・アズナブール  (シャンソン 男性)

 

2.ミルバ                  (カンツォーネ 女性)

 

3.エディット・ピアフ      (シャンソン 女性)

 

4.ジャニス・ジョプリン    (ロック 女性)

 

5.クラウディオ・ビルラ    (カンツォーネ 男性)

 

6.アマリア・ロドリゲス    (ファド 女性)

 

7.マヘリア・ジャクソン    (ゴスペル 女性)

 

8.メルセデス・ソーサ      (フォルクローレ  女性)

 

9.ビリー・ホリデイ     (ジャズ 女性)

 

10.ルイ・アームストロング       (ジャズ 男性)

 

11.エラ・フィッツジェラルド(ジャズ 女性)

 

12.パティ・ラベル          (ゴスペル 女性)

 

13.エンゲルト・フンパーディンク(ポップス 男性)

 

 

 日本人ヴォーカリストについては、多くの場合、声そのものは世界のレベルに達していません。特に、最近のヴォーカリストは、くせをつけて歌っているため、見本にすると危険でさえあります。トレーニングには正しい見本(基本のある人)をとる方がよいというだけで、ヴォーカリストとしての評価は、まったく別に考えてください。

 

 

〇外国人ヴォーカリストが日本語で歌ったものを聞く

 

 

 次のように外国人ヴォーカリストが日本語で歌った歌を聞くと、その深さや技量、音楽性がよくわかります。

 

1.夜明けの歌、愛の別れ  (クラウディオ・ビルラ)

 

2.ウナセラディ東京     (ミルバ)

 

3.アドロ                (グラシェラ・スサーナ)

 

 さらに、日本のヴォーカリストの歌った歌を外国人ヴォーカリストまたはグループが歌ったもの(カバー)を聞いてみるとよいでしょう。たとえば「上を向いて歩こう」(坂本九)は、「スキヤキ」として全世界でカバーされています。

 

 

〇オリジナリティの発見

 

 

 同じ歌をいろんなヴォーカリストが歌ったものを聞いて、自分の好みを知ってください。

 

1.聞くと気持ちのよい歌

 

2.このように歌いたいと思う歌

 

3.声そのものが好きな人(ヴォーカリスト、その他)

 

 たとえば、スタンダードナンバーのもの、クリスマスソングなど、同じ曲を違うヴォーカリストが歌っているのを全て聞き比べてみましょう。そして、その曲をあなたが歌ったときに、果たして〇番目としてふさわしい歌い方ができているかどうかがわかるはずです。

 

 たとえば、「SILENT NIGHT(聖しこの夜)」をマヘリア・ジャクソン、TAKE6、マライア・キャリー、グラディス・ナイト&ザ・ヒップス、「WHITE CHRISTMAS」をオーティス・レディング、エラ・フィッツジェラルド、グロリア・エステファン、マイケル・ボルトンで聞き比べてみましょう。ピアフの没後30周年として、「愛の讃歌」を多くのヴォーカリストがカバーしたものなども出ています。

 

 

〇声のバランス

 

 

 声は声帯で出るのですが、かなり複雑な筋肉の使い方と共鳴のさせ方で支えられています。同じ「ア」でも、たくさんの出し方がありましたね。ピッチについても同じです。これを自分自身の最高の声、ベストの声にしていくのです。

 

 このときに声を統一していくことと声に表情をつけていくことが、必ずしも一致しないことがあります。しかし、声のコントロールを最初は優先してください。

 

 いくら歌っていても、まったく歌のレッスンになっていない人が少なくありません。発声では、声を統一していき、歌では、その音に要求される音声的イメージの要素を満たさなくてはなりません。これを同時にできるのは、かなりの技術が必要だからです。もちろん、ヴォイストレーニングをしながら、音色のイメージについて深く学んでいくことは忘れてはなりません。

 

 

 次のことばで声をできるだけ長く出してください。

 

1.「アーーーー」

 

2.「エーーーー」

 

3.「イーーーー」

 

4.「オーーーー」

 

5.「ウーーーー」

 

 出したときから、止めるまで、完全にコントロールできたかどうか、チェックしましょう。

 

 

〇できるまでにできないことをやると上達しない

 

 

 発声習得の方法については、口のなかや喉の開け方をどのようにしようと、その日に解決できるものではありません。その日に解決できるなら、すでにできるのです。歌など単純ですから、すぐに歌えるのです。それができないのは基本ができていないからです。それを一日でやろうなどと思うから、間違うのです。そこに気をつけてください。

 

 たとえば、高い声を思いっきり、口蓋の上の方にあてて出すようなトレーニングをやっている人がほとんどです。判断力のない初心者にとって、それはいかにも早く上達しそうなトレーニングであり、いかにもノウハウのように思えます。確かに何度か繰り返すと、そのうち高い音が出るようになる人もいるのです。

 

 しかし、多くの場合、それは、ただ、悪いくせにさらに悪いくせをつけたのにすぎません。その声は、本当の意味では、まったく安定せず、メリハリをつけられず本当に表現するに使うには、ほど遠いのです。いつまでも使いものにならないのです。ピアノでいうと、ひじも指もふしぜんに使って、高い音を弾いたというだけです。こんなことをすれば、正しく時間をかけて、習得すればいずれ出せるようになった声の可能性まで、殺すことになるのです。届いたらそのうち表現できるに足る力強さが伴うわけではありません。むしろ逆だということは、日本の多くのタレントヴォーカリストを聞けばわかることです。

 

 

 低い音から高い音まで、どのくらい同じ音色(太さ)で統一できるかチェックしましょう。

 

 半音ずつ、一番自分の出る最も低い音から上げていきます。次のことばで言い切ってみましょう。言い切れないところは無理しないように。ひびく位置は変えないようにします。

 

1.ハイ

 

2.アオイ

 

3.ラララ

 

4.アー

 

5.ララー

 

 

〇できるまでは基本を繰り返し、待つしかない

 

 

 発声をしっかりと固めないと、一度獲得できたはずの音域が、あるとき、出せないなどということが起きます。これは、未熟だからでなく、最初から間違って獲得した音域だからです。ヴォーカリストにとって、こんなことが起こり得るなら、なんと恐いことでしょうか。もし、ステージだったら。歌はやり直しがききません。そんな不安定な声では、仮に偶然にうまく出ても、いつまでも自信をもてないでしょう。すでにステージに出るまえに負けています。何よりも困ったことはそのため、いつまでも身につかないことです。

 

 多くの人はスクールなどでレッスンを受け、1オクターブ半から2オクターブ出るといっていますが、私のところにくると、半オクターブどころか、1音も表現するに足らない場合がほとんどです。こんな誤解が生じるのは、理由があります。多くの場合、高い音が出ている人は、眉間にひびきがあたっていると感じます。そこで、眉間や鼻の上、頬骨などにひびきをあてるというトレーニングをしています。これは方法と結果を混同しています。それは、耳がよければ、出ている声そのものを厳密に判断すれば、すぐわかるはずです。本当に通用する声(ハイトーン)なのかどうかと問えばよいのです。この種の原因と結果を混同した間違いは、とても多いのです(これについては拙書「ヴォイストレーニングここがポイント」(音楽之友社)に詳しい)。そのため、発声が正しく身につかなくなります。

 

 つまり、ホームランが打てて初めて、それがベストのフォームだといえるわけです。それなのにフォームがしっかりとできてもいないのに打席でバットにボールがあたった、かすったと、一喜一憂しているのと同じくらい愚かなことなのです。

 

 

 高音域の発声をチェックしましょう。

 

 最も高い音で次のことばの読みとフレーズをやってみてください。それぞれ続けて、10回やって、同じようにコントロールできているかをチェックしましょう。

 

1.アエイオウ

 

2.アーエーイーオーウ

 

3.ひのひかりに(タンタンタータタタン)

 

メロディをつけます

 

4.ごらんなつのひの(レミミミファミファ)

 

5.とおくはなれかけた(ドレレレレレレードド)

 

「最強トレーニング」 Vol.2

〇パブリックな声と日常の声との違い

 

発声というのは、決して特別のものではありません。あなたも生活や仕事で、一日たりとも誰とも話さない日はないでしょう。家族や友人と話すのに、いちいち緊張したりあがったりしませんね。声を発するのに、発声を考えることもないでしょう。

 しかし、初対面の人や偉い人と話すときには、ドキドキしたりあがったりします。なぜでしょうか。

それでも、その相手と親しくなったら、そういうこともなくなるでしょう。すると、うまく話せないのは、シチュエーションの問題が大きいということがわかります。

 つまり、人前で話すパブリックなスピーキングにおいても、いつものフレンドリーで自然な状態がキープできれば、さして話すのは困難ではないということです。

 多くの人は、話すために、ではなく、違う人と違う場に立って何かすることに対して、声が緊張し、うまくいかなくなるのです。人前で声を使うとき、私たちはパブリックに話すということと平常心をもって場に立つということが同時に求められます。

ところが、私たち日本人の大半は、パブリックなスピーキングのトレーニングなどの経験は少なく、これが大変なことになるのです。スポーツや歌では、決して本番ではあがらない人まで、話すと言葉がしどろもどろになるのも、よく目にします。とても不自然な状態に陥ってしまうのです。

 

〇慣れていくことで解決できる

 

 話し方教室でのトレーニングなどでは、話の内容づくりよりも、人前に立って話すことに慣れる実習を重視しています。日頃の力を普通に発揮できたら、ともかくも半分の問題は解決します。自然に話すレベルまでは、誰もが到達できるのです。

 しかし、人前では、友だちに話すようにしても通用しません。ここで、私たち日本人の身内意識の構造、つまり見知らぬ人、はじめての人といった外側の人でなく、よく知っている人、同じところで一緒にいる人といった内の側の人としか話してきていないこと、つまり、先ほど述べたパブリックスピーキングの経験不足が大きく影響するのです。

 たとえば、昭和の頃の夫婦では「おい、メシ、フロ」で伝わるのが、日常生活でした。

それでは、「〇〇さん、今、戻ってきました。あすは〇〇時に出ます」「今日は〇〇が食べたいが、君はどうだ。それでは〇〇にしよう」と、すべてにおいて、対話してコミュニケーションをとりあっている外国人のようにはいかないのです。

 

〇声が必要になってきた

 

どこの国でも、自分の考え、意志、意見をはっきりともち、それを口頭で表現し、説得していかなくては、うまく生きていけないのが人間の社会です。黙っていたら、無視されるどころか敵意さえもたれます。ところが、これまで私たち日本人は、あまり、ものをはっきりといって伝えなくても済んでいました。むしろ、あまり語らず、察することが、一人前の社会人の条件でした。

しかし、同質の人で成り立っていた日本村も、変わりました。以前にまして、話し方や声が重要視されるようになってきたのです。

 

〇声を出すのは楽しいこと

 

「話すとドキドキする、声が緊張する、それが楽しい」などと思える人は、日本人にはほとんどいないでしょう。そのことが、生きている証しだといえるのなら、人前で話すことも随分と楽しくできるに違いありません。

 でも、声を出すことは、嫌なことでしょうか。

カラオケなどで声を出すと、スッキリします。一日中黙っていると、ストレスのたまる人もいるでしょう。つまり、多くの人にとって、声を出すことは楽しいことなのです。

このことをどこか念頭に入れておいてください。それが、一番、声がよくなる前提だからです。

 

〇リラックスした声を使おう

 

さて、ここでは、話し方や話の内容よりも、親しい人と話をしているときの自分のリラックスした自分の状態を確認しておきましょう。そのときでも、声や話し方を意識するやいなや、ぎくしゃくしたり、うまく口がまわらなくなったりして、不自然になるものです。トレーニングでは、そこに気をつけなくてはならないからです。

 親しい人との話は、おたがいがわかりあっているから、話の内容や意味にさして大きなウエイトはありません。むしろ、声の調子やトーンなどによって、無意識の内にいいたいことが伝わっています。それは意識したとたん、くずれます。

そして、あなたが思っているほど、きちんとした発音やしっかりとした声では、そもそも伝わっていないものなのです。

 

〇話せる人になろう

 

 パブリックなスピーキングでは、見知らぬ他の人に自分自身をアピールすることになります。そのためには、声を適確に使った上で、自分の考えや話の内容を聞いてもらうことになります。このときには、言葉(内容)以外の要素が、とても大切なのです。

ちなみに、これらをうまく使って働きかけているのが、話せる人です。

日本語では、話せる人というのは、わかる人という意味で使います。つまり、話し上手でなく聞き上手、それだけ話すことの力が問われないできたという証拠なのです。

今日から、日常の言葉やコミュニケーションの声に関心をもちましょう。

 

1.リラックスしているのは、いつでしょうか

2.そのときの声の感じはどうでしょうか

3.その感じの声を人前でしゃべっていると想定して、出してみましょう

「情報と表現」 No.404

現実は、いつも変化していて、

私たち自身、二度と同じ状態にならないのです。

 

この情報化社会では、「表現」が優先されます。

変化していく人間の方が、実在感を持てなくなってくるのです。

 

人間も世界も生きているものです。

知識万能主義で考えると、自分自身が矮小化していきます。

つまり、自分が生きてきた年月、経験が、自分の糧になっていかないのです。

 

知識は外にあります。

情報として扱うことができていても、

本当の意味では、自分自身で考えてはいないのです。

 

それでは、どうすればよいのか。

表現を知識や情報と切り離すことです。

自分の内にあるものをとり出すところでの

血肉のついた身体に基づく表現をするのです。

つまり、言語でなく、肉声で問うということです。

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