「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.23
〇力だけで声を伸ばすのは、無理がある
それでは、身体の力を思いっきり使っていたら、声がうまく出るようになるのでしょうか。いえ、そんなことをすると多くの人は、喉をしめ、無理につくった声で出すので、喉を痛めてしまい、却って上達を妨げてしまいます。息だけが強く出て、喉がかすれたり、口のなかでキンキンひびいたりするだけでしょう。
ホームランは、素振りだけしていたら打てるかというと、これは、また無理でしょう。いかに正しいフォームでも、ピッチャーが投げる球を読み、その球筋をタイミングよく一瞬に叩かない限り、ヒットにすらなりません。
となると、バッターは球をよく見ることはもとより、ピッチャーの心理やフォームから、瞬時にイメージを描き、それを無意識ともいえるほど素早い反射で行動に移しているわけです。これを呼吸を合わせるといいます。身体の力を最大限効率のよい声として使うためには、そのように反射的に動く鍛えられた身体も呼吸も必要なのです。
身体からいくら、息を吐いても、それだけでは声になりません。声になるベストのポイントを見つけ、最小限で最大の効果をあげる発声にしていかなくてはなりません。
このときのイメージこそ、先に述べた音楽的、そして表現としての完成イメージなのです。
声が強く出せたり、大きくできることも、大切です。しかし、それが歌に使えるためには、このイメージをしっかりと構築することです。
確実に声にするトレーニング
次のことばを自分の最も出しやすいキィでなるべく強く太く大きく出してみてください。充分に息を保ち、最後までかすれないように、ひとつの表現にまとまって聞こえるようにしてみてください。ことばがバラバラに聞こえたり、一つの流れから、はみ出さないことです。息がコントロールできることが大切です。
1.つめたいことば
2.あなたのあいが
3.ひとりぼっちの旅の果て
4.あしたのクリスマス
5.去年の夏の砂浜に
〇発声らしい歌い方から逃れよ
ヴォーカリストにはヴォーカリストの身体があります。一般の人はヴォーカリストのように自由に声が出せません。思うままに表現できません。それはさらに、声を使う技術と自分の表現したい音のイメージを一致させる必要があるからです。それができないとやはり、歌えません。ですから、身体をヴォーカリストにしていくとともにその身体がもたらす声に、より一層の関心を払ってください。おのずと表現の現われる声としていくのです。
スポーツのトレーニングをやり始めたばかりの人と同様、ヴォイストレーニングも、慣れるまではトレーニングも緊張して余計なところばかり力が入り、うまくできないものです。
声は心理的影響に大きく左右されますから、アマチュアでも自信をもって歌うと、それなりにうまく聞こえます。中途半端に発声に関心がいっているときの方が、歌えません。しかし、一所懸命のあまり、そういう時期のあることは決して悪いことではないのです。ただ、少しでも早く表現ということに関心をもつことによって、イメージと身体で音声をコントロールしていくことを覚えていきましょう。
ことばからイメージを思い浮かべ、それを声にするトレーニングです。
1.あいのあまい
2.ゆめからさめたら
3.古びた表紙の本
4.ぶどう園のむこうに
5.いつもいた黒いネコ
6.テーブルにひじをついて
7.駅に舞い降りた雪の
〇イメージの形成
それでは、そのイメージを具体的にどのように描くかということです。そこで、歌の原点に戻ります。
よい歌を聞き、その歌を歌いたくて、ワクワクしたときの気分を思い出してください。そこで聞いて、心に残った曲のなかで心にひっかかっている音(声)のイメージをモチーフとします。
聞いたときに思わず口ずさんでしまったという歌、それこそが心に感じて、しぜんと、自分の口を動かしてしまうというイメージの形成の状態です。
何を緊張してがんばって歌わなくてはいけないのでしょうか。楽しくて始めたはずです。こんなに楽しいことをやっているのに、なぜ、しかめっつらしなくてはいけないのでしょうか。そうなる人は、耐えず、自問してください。そして、笑みがこみあげてくる、嬉しい楽しい、おもしろい、こういう状態になったら曲にアプローチしましょう(これはお客へのサービスということでステージマナーでもあり、さらにその人のステージの魅力でもあります)。歌おうなどと構えず、何かを伝えたくてその思いから口をついて、つい出てくるような出だしで入りましょう。直立不動、全身かちかちで、いったい、どうして歌が出てくるでしょうか。
バッターもピッチャーも、リラックスと全身の解放が前提です。その上で集中することが、技術を確実に使うために必要な条件です。
「ことばをいいたい、聞いてもらいたい、メロディを感じたい、感じさせたい、リズムを刻みたい、のって欲しい、美しい、きれい、おもしろい。それを味わって欲しい、そう、私の歌で。」そういうノリを失わないようにしましょう。
よく聞き、理解し、ためにためて、心から歌に出すことです。歌を熟成させることを踏まえて、一球入魂します。そしたら、決して、喉を傷つけたりはしないはずです。
あなたが歌っているとき、いつも心のなかで音楽が、美しくパワフルに鳴っているでしょうか。今一度、確かめてください。
自分が好きな歌のフレーズを10個並べて、心のまかせるままに歌ってみてください。歌ったところから何かを感じとり、さらにその気持ちを入れて、繰り返してみてください。10回ずつ重ねてください。
〇無理厳禁、喉を開いて声を出す
できることしかできないのですから、無理を重ねることは禁物です。無理に力を入れると、余計な緊張が生じ、その状態でさらに発声に悪いくせがつきます。これは致命傷です。当初の目的の正しい発声どころか、喉を正しく使うこと(喉を開いて声を出すということ)ができないばかりか、逆のことをやることになります。多くの人が、無理なトレーニングをやるから上達しないのです。その声のひびきは、不快なものとなりますから、これも正しく聞きとる耳さえあればわかるはずです。部分的な緊張を抜くためにも、身体が使えることが、身体全体で受けとめることが必要といえるわけです。
まず、ことばを(この文章でもよいですから)大きな声で読んでみてください。それを録音してて聞いてください。そしたら、外に出て少し早いペースで500メートルほど歩いて戻ってきてください。息が深くなったところで読んでください。どちらがよいですか。案外と不快なひびきは、身体が動いていないときについているものでしょう。
〇正しく聞きとる耳
ヴォーカリストとしての発声について、困難をきたすのは、何よりも正しい声、美しい声に対する判断が正確にできないことに原因があります。つまり、まず、本当によい声を知る努力が必要です。そしてそれを見つけるために執拗にがんばることです。つまり、声への関心を持続させることが必要なのです。
たとえば次のような声は、どんなイメージがしますか。
□美しい声
□魅力的な声
□セクシーな声
□ハスキーな声
□心とかすような声
□甘ったるい声
□きびしい声
□硬い声
□鋭い声
□やわらかい声
これを自分の声で表現してみましょう。俳優さんのように、しっかりと表現できましたか。
〇音へ集中コントロールすること(リズム、ピッチもふまえて)
ことばが音にのって歌になります。そこにリズム、ピッチがついているのに、リズムやピッチのトレーニングというとそれだけしか集中できない人が多いようです。注意は、すべてにわたっていきとどき、統合されていなくてはなりません。一つに注意するのではなく、八方に注意を払うのです。
集中していながらリラックスが必要なのです。どんなトレーニングも、できるかぎり、“音楽”ということば通りに、音を楽しむことです。思いをこめたことばを伝えることを忘れないことです。
ここでは、何の楽譜でもよいですから用意して、「ラ」や「タン」でリズムだけのトレーニング、ピッチだけのトレーニングをやってみて、その声が表現に足るかをチェックしてみてください。リズムー音程をとるだけにつくられた薄っぺらい魅力のない声しか出なければ失格です。
(参考)ここまで述べたことをまとめておきます。
音声を聞くこと=感覚に捉えること
音声を出すこと=イメージ通りに歌うこと
1.技術、身体の不足→強化(と同時に、より緊密なイメージと感覚の結合)
2.見本との違いを知る→似させる
→自分流に形成する
3.自分の目標とする声の設定→フォームをつくる
(歌や音声の表現上のイメージの設定)
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