「推しという生き方」 No.410
私が声に関心をもったとき、
それは声を鍛える、喉を鍛えるということでした。 シンプルにいうと、声を大きくすることです。 それは、声を太くすることでもあり、
パワフルにする、
つまり、大人の声、
より男らしい声にするともいえました。
時代としては、戦後まだ軍隊の価値観が
経済の高度成長の元、学校や企業教育に継承され、 心身ともに強健に、という流れがありました。 アニメは、科学とスポ根ものでした。
バブルがはじける頃から、その反動か、
戦え、強くあれという価値観が消えていきます。
卒業までは髪の毛をのばした団塊世代の男性は、 厳しい競争原理のなかで心身を鍛えていき、 令和のいま、ハラスメントの温床ともなっていますが、 男女平等、差別禁止の改革のなかで
強くなること、鍛えることは、
とくに日本では、失われてきたのでしょう。
家庭でも学校でも、社会に出てからも、
強くなれ、鍛えろ、とは、教えられず、
弱くてもそのままでいい、
声をあげろ、訴えろ、逃げろと
教育された。
その結果でしょうか、
自分を鍛えるまえに
権利の主張と
他の人や社会への批判ばかりするように
なったようにも思うのです。
心身を鍛えていないので、傷つきやすく
何事もうまくできない、
できるように克服してきた経験がないなら、
なおさらです。
どの時代でも、
強く美しいものが
価値をもつのは、変わりません。
世の中も大きくは、弱肉強食で動いているのです。
結局、思い通りの人生を手にしているのは、 強く美しい、そういう人たちでしょう。
むしろ、中間層が弱体化したため、
ますますそことの差が開いているのです。
推しが生きがい、なのは、
何もないよりはよいと思います。
私も、推しをたくさん見つけています。
でも、それは、私の人生では最終コーナーからです。
若いときには、推しより、「推され」になろうと 努力したほうがよいように思うのです。
以前「あらゆる人に感謝して生きようと思う」と言った人 に
「それより、あらゆる人に感謝されるように生きようとし たら」
と言ったことがあります。
なんか、今の日本、ひっくり返っているように 思うことが多いものです。
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