〇言葉をフレーズにするトレーニング
(レミファミ ミレレ ドドシbシb)
たとえばこの1フレーズを、半年かかってでも1つの形 として完成するようにしていくことが大切です。半分の完 成度で何十曲も歌うよりも、1曲の一部分でも、100パーセ ントの完成度を求めることを優先することです。
これで音域が半オクターブくらいあります。それを上下 に3度位動かせば、1オクターブできるわけです。そこで勝 負しないで先にいくと、いつまでも1オクターブができな いまま、2オクターブ、3オクターブめざして暴走するとい うことになります。
言葉をきちんと言っていくというトレーニングは、大切なレッスンです。そこで身体からの息が意識しないで声になっていくというプロセスを踏むことが必要です。繰り返しやっていくうちに意識しないまま、声が動いていきます。 そして、そのなかに音の動きを楽しんでいく、つまり音楽、 曲、歌を感じていくわけです。それはどうしても、声が自然に出せない多くの日本人がもてなかった部分です。
すべては、声をどの程度、自分の身体に特化して、表現できるかということにあるといえましょう。
日本人は、声を作って、言葉を作り、さらに歌をつくっています。つまり3段階作っています。3段階も、小細工して作為的なことをやったものが、人に感動を与えるはずはないでしょう。不自然極まりないわけです。もう単純に、人が声を出している、それで、それが何かを伝えていて感 動できる歌にならなくてはいけないのです。
誰でも正しいトレーニングをすれば、数年で歌う声はよ くなっていきます。ただ、日常的な声が変わっていくとい うのは、かなり難しいのです。しかし、日常の声のまま、 意識せずに歌えるというのが、最終的な到達点です。
最初からハイトーンで、ニューミュージックや演歌を歌 っていると、よほど意識しないとポジショ二ングが浅くな ったまま、悪いくせがついてしまいます。それでは根本的 な差をつけられなくなってしまいます。1曲歌っているうち に、声とともに喉もあがりきってしまい、いつまでも歌を 自然に歌えない大きな要因となります。それを逆にイメー ジします。高いほど身体を使い、意識を低くもつことが大 切なのです。
どのキーでもよいです。条件は、歌うというよりも、言い放つ感じでやることです。口先で歌ってしまってはなり ません。
まず、「マリア」と言葉で言ってみてください。
毎日、息を吐いていると、音域や音量よりも先に、身体に声が入ってきます。声が出ないのは、今までそのように やってこなかっただけです。声を正しく使っていると、自 然とよい声がうまく使えるようになるのです。ただ、多く の人が、しゃべっているところは、ほとんど浅いところで 作ってきた声ですから、使えません。「マリア」と、言葉で 深く出し、そのまま「マリア」ときちんとシャウトできるようにしていくことです。すると、そこで胸にひびいてき ます。深い声で「マリア」と入っているところで声を解放すると、自然に「マーリア」とそのまま歌になります。それに足るだけの声をキープしておくことです。
「マリイア」というところにフレーズがついているわけ です。歌のほとんどの部分というのはこの「マリア」「マリ ーア」と言っているなかでつくられているようなものです。
「マリーア」を口先でやらないで、お腹から大きな声でいうことが大切です。難しいのは、言葉を大きく言ったり、 キーを高くしたりしたときに、低いキーのときと同じポジ ショニングをとることです。
最初のところで、自分の一番、声が出しやすいキーで「マ リア」といいます。「マリア」という言葉を出したときには、 もう「マリア」というフレーズがついて、そこにメロディが聞こえてくるようでなくてはなりません。
初心者の場合は、声を言葉にすると、「ハイ」と言い切れ ず「ハァイ」となり、メロディをつけると、それで「ハァイイ」と歌ってしまうわけです。上のひびきを使うと簡単 ですから、息の浅い日本人は、器用に顔面にひびかせ、高い音をとってしまうのです。そうすると、身体を使わない ままにすんでしてしまいます。身体が育たないのです。
声にならないまま言葉にして、歌にして、そこにメロディやリズムなどいろんな要素を加えるのですから、逆にと ても大変になるのです。使いわけばかりが器用になって、
結局、1つにならないからです。正しいものはシンプルかつ 単純です。シンプルでないと身体は使えません。
曲のなかで、高く張り上げたいとかどこかで落としたい とか思ったら計算してまとめていかなくてはいけません。 それを歌の中でやると、難しい上に計算ずくの表面をとり つくろった歌にしかならないのです。向こうの人たちとい うのは、ごく自然に息を吐くように声を吐き歌をこなすわ けです。こういう問題は、歌でなく声のレベルで解決して おかなくてはならないのです。要は、呼吸だからです。
「マリア」は、単純に言うと、言葉の「ハイ」の応用です。「ハイ、マリア、マーリア」。これができるかどうかです。
(ラ ラ ラミレ)
このメロディが声のなかに、入っているようにすること です。声で一番大きく「ハイ」といいます。それでこの声(のポジション)のまま「マリア」と大きくいうのです。
そのなかに今度は「マリーア」というメロディが入るようにします。ほとんどの人は「ハイ」「マリア」「マリーア」 の順で、実際のところ、声が小さくなってしまいます。自分では出しているつもりでも声が出ていないのです。です から、トレーニングのためには、「ハイ」「マリア」「マリー ア」と強めていくと考えた方がよいでしょう。それに耐え る身体、つまり声ができてくるからです。歌の声もこの線 上にあるべきなのです。
(ラ ラドド ラミレ)
「マリーア」というのが歌っているように、聞こえない 方がよいでしょう。歌っているというのは、「マ・ア•リ・ イ・ア」となってしまうことです。「マ・ア・」で「マリア」 の「マ」でなくなってしまうのです。「ア」はたいていの人 の場合、浅い声となりがちです。さらに「リ」も入りにくいのです。「イ」が苦手な人は「マ」で伸ばした方がやりや すいでしょう。これは「マリーア」と「リ」を伸ばす場合です。この他に、「マアリア」や「マリアー」などもやって みるとよいでしょう。
半音ずつあげていきましょう。
(ラドド ラレレ ラミレ)
これを歌わないで済ませるというのが、1つの歌の基本卜 レーニングです(ここで歌うというのは、声のポジション が音によって移行してしまい、声質が音によって変わって しまう日本人特有の歌い方をさしています)。
こういう歌わないような歌い方は、実際には案外と多い ものです。単に男性の名前だけ呼ぶとか、女性の名前だけ 呼ぶとかいうのも、各地の歌にあります。歌の最初の発祥 も、愛する人の名を呼ぶところなどからでしょうから、そ こから入っていくのもよい方法です。
「マリア、マリア、マリーア」この3つの言葉の差をなくすことです。この声をそのまま、喉に負担をかけないでどんどんと大きくしていきます。言葉を大きくしていくと、 歌がそのなかに入ったという感覚にいきつきます。そこが できるまで待つのが、望ましいことです。
これで半オクターブくらい上げていくと、だいたいの人 が歌いあげて声が細くなってしまい、シャウトできなくな ります。これを、できるだけ、声を自然に使うなかで済ませるようにしていきます(要は、喉をあけて、声をキープし続けるということです)。「マリーア」とひびきだけで歌 い流してはなりません。
高くなるほど、ストレートに情感を出したいものです。
「ラ・ド・ド」と3度上にいくわけですから、「ラ」で置いて、「ド」で少し強く張り、「ド」で絶対、身体に入れます。ですから、高く上がっていくときに、どんどんと力が抜け、上にひびきがそれていってはいけないのです。最初の「マリア」は単におくだけ、そして「マリア」「マリーア」と、段々と声に入り、より身体にも入り、表現も強くなっていくようにします。息や身体が負けていたら、結局、上にあがれないということになります。実際に出した声に表現がでているかどうかから判断してみてください。こうして、トレーニングは、声を意識して身体をつくっていき、歌うときには声を忘れて自然に表現できるようにするのです。
もう一度やってみてください。
最初に「マリア」と胸に声をつけたところのポジション をきちんとキープしておいて、次の「マリア」はできるかぎり同じにして「マリーア」と伸ばします。ただ、この音質を同じようにキープしようと思ったら、トレーニングに おいて身体は、2倍いるし、3番目では3倍いるでしょう。
実際の歌のときは「マリア マリア マリーア」とひび かせようが、ファルセットをかけようが、何をしたってか まわないのです。ただトレーニングでやらなくてはいけな いことは、「マリア マリア マリーア」(クレッシェンド) というところで身体を使うことによって声と身体を結びつ けつつ身体を鍛えることです。目的が違うのです。要は深 い声となるポジションを安定させ、声を大きくしていく器 を作っていくことなのです。
これを「あおい」でやってみましょう。
(ラドド ラレレ ラミーレ)
これも同じように「い」で浅くひびいてしまうと、「い」 と言えなくなってしまいます。「あおい あおい」のところ で1つ1つきちんと胸に入れておくことです。そして息を 使ってフレーズを伸ばしていきましょう。すべて胸にくさ びみたいに入っていないと、はずれていってしまうのです。 くさびがポジションなのです。
3つの点をきちんとそろえてやるということが大切です。 この場合、フレーズというのは、3つの点をきちんと同じと ころの点でとっていく、あるいは、より深くとっていくた めに、キープしなくてはいけない強い息の流れと考えると よいでしょう。すると、そのまえのところから、あらかじめ息を配分していかないといけません。
歌は歌うところから始まっているのではありません。「あ おい」というまえに、それをのせていくための流れがあり ます。言葉のあるところだけを歌うのではダメです。歌っ ていないところも含めて全部が歌になることです。たとえ ば「あおい あおい あおい」という歌に「ああそうか」
とお客が反応し、そこにさらに「あおい あおい あおー
い」と、ひっくるめて息の流れが続いているものなのです。 日頃の自分の感覚の中に、息があります。声を出している わけではなくともいつも身体はリズムを刻み息をしていま す。その一部分が、表現されたのが歌なのです。
日本のミュージカルなどは、いかにもここから歌だとい うように唐突に歌い出し、流れが前後で完全に切れている から私などは聞いていてぶつ飛んでしまいます。違和感を 覚えてしまうのです。そこまでのところを言葉なり、息や リズムできちんとつなげておいて、メ ロディに入るべきで す。そのためには、せりふがもっと音楽的でなくてはなら ないでしょう。
その基本が「ハイ」の練習です。声で「ハイ ハイ ハイ」と言ってみます。声ができてくると、「あおい」とか「ラ ララ」とか「あえお」とかいうのも全て同じように処理できるようになってきます。声を身体につけるということで す。「ハイ ハイ ハイ」と言っている声を身体と一体化し ていくのです。
そして声を一体化したら、次に言葉と一体化していきま す。「ハイ ハイ ハイ」と言っていたものが、いつの間に か「あおい」になっても「マリア」になっても同じになってきます。やがて、それが歌に聞こえてきます。歌になったときでも、ポジションは保っておきたいものです。
では、もう一度「あおい」でやってみましょう。「タン タ ン タン」(ラシド)とあがるので、単に「タン タン タ ン」とやっていては、当然盛りあがらないし、歌としても完結しません。最初に使う力が1だとしたら、次が3、最後 が5というくらい差をつけるのです。身体が声を出すこと に特化されていないと、「あおい」と3回言えばよいのだか らと力を3等分にしてしまいます。それを感覚的に変えて いかなくてはできません。等分ではなくて、1:3:5 くらい の差をつけるのです。歌になると、うまい人が歌ったら、 多分これが0.5 : 3 : 30 くらいになるでしょう。へたな人が 歌うと、これが1:1:1から抜けきれませんから表現にな らないのです。
ですから、意識して、一番大きく声の出せるところでシ ャウトできるように、きちんともっていく形をとることで す。
「ハイ ハイ ハイ」と、たった3回でもそのどこかがうまくできなければ、その後はうまく乗っていきません。 ひびきにのっかって逃げていくと中身がないものとなって しまうのです。身体が入らないと心も入りません。ポジシ ョンでいうなら、高く上げていくとき、途中で1つの音が狂ったら、もう2〜3音、高いところでダメになります。多 くの人はダメになった音より上まで出して、その音ができ ていないと思って、それを直そうとトレーニングしていますが、本当は、その何音も低い音で間違っているのです。
ですから、そこを厳しく判断して、正しく声にしていくことです。きちんと身体で受け止めてそれで身体で返していくのがトレーニングです。いつも、もっと身体を使うこと、耳を使うことを考えてみましょう。ただし、やってみて喉にきたらダメです。きちんと表現できるところを元にして考えましょう。あまり、ひびかせたり、こもらせないことです。