閑話休題 Vol.105「茶道」(1)
〇岡倉天心の「茶の本」を読む
「茶道は、雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である。そこから人は、純粋と調和、たがいに相手を思いやる慈悲心の深さ、社会秩序への畏敬の念といったものを教えられる。茶道の本質は、不完全ということの崇拝―物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。不可能を宿命とする人生のただ中にあって、それでもなにかしら可能なものをなし遂げようとする心やさしい試みが茶道なのである」
「論理や宗教 衛生学 経済学 精神の幾何学」/「茶気がない」「茶気がありすぎる」/「teatime」
唐 八世紀中頃 陸羽「茶経」社商人の守り神
729年 聖武天皇。801年 最澄が茶の種を、1191年 宋の茶を栄西禅師
南方禅と老子あるいは道教清談家との類似性、「道徳経」には、すでに精神集中が大切であり、正しく呼吸を整えることが必要だと説かれている。
茶の湯のもととなったのは、達磨の像の前でひとつ鉢から順に茶を飲むという禅僧たちが定めた儀礼。正式な茶室の広さは、四畳半 「維摩経」の一節に由来 維摩詰(ゆいまきつ)が文殊菩薩と84,000の仏弟子たちをこの広さの部屋で迎えた。家というものは一時的に身体を休める避難所。茶室では、くり返しを避ける。美術品は、色や模様が重複しない。
(解説)
存在の相対性、可変性、多様性、天心記念五浦美術館(内藤廣)、
近代的芸術観 芸術というものを、もっぱら製作者の自己表現とする
[「茶の本」岡倉天心(角川ソフィア文庫)]
〇ばさらについて
佐々木道誉は、無逆無道の「ばさら大名」バイタリティがあり、頭がよく、かつ不道徳「闘茶」、“ばさら”とは「過差」、過激でまわりと一致しない、突飛、奇矯、道誉の「ばさら茶」に対して僧院の茶礼。[「千利休と日本人」栗田勇(祥伝社)]
〇名物(めいぶつ)
名物とは、茶道具においては、格付けの一種
銘を備えた道具 名物記 大名物(おおめいぶつ)と中興名物(ちゅうこうめいぶつ)
茶人は道具の「ナリ」(形態)や見所(特徴)に評価の基準
当初 茶壷 利休の時代には茶入 高麗物である井戸茶碗(豊臣秀吉所持)
江戸時代に『玩貨名物記』 大衆へと普及 所持する大名家の格によって決定。
江戸初期には、小堀遠州が国焼茶入 和歌銘
江戸後期には松平不昧(松平治郷)の『雲州名物帳』
<大名物>『雲州名物帳』室町の足利将軍家の東山御物、利休時代に最高位に評価された茶入
<中興名物>小堀遠州が好んだ国焼茶入が主体
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