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2026年3月

閑話休題 Vol.108「歌舞伎」(1)

2009年9月に無形文化遺産

「傾く」(かぶく)の名詞「かぶき」。戦国時代末から江戸時代の初頭、京で流行。「かぶき者」の「かぶき踊り」が慶長年間(1596 - 1615年)。「歌舞する女」で「歌舞姫」、「歌舞妃」、「歌舞妓」。

江戸時代「歌舞伎」は俗称、公けには「狂言」「狂言芝居」

「かぶき踊り」(かぶきをどり)(1603年)「出雲阿国」(いずものおくに)rf.「ややこ踊り」 

遊女歌舞伎が全国へ。三味線の使用。

若衆歌舞伎(わかしゅかぶき)三都市のみ。「音羽屋」「成駒屋」などと屋号 陰間茶屋の屋号の名残。

 

元禄歌舞伎。荒事芸の市川團十郎(初代)。 

「やつし事」の坂田藤十郎(初代)、和事の祖。

狂言作者の近松門左衛門の『国性爺合戦』など時代物が人気。『曽根崎心中』などの世話物。

1680年頃 7つの役柄、立役、女方(若女方)、若衆方、親仁方(おやじがた、善の立場の老人)、敵役、花車方(かしゃがた、年女)、道外方(どうけがた)

江戸幕府の禁令。江戸の芝居小屋 中村座・市村座・森田座・山村座の四座(江戸四座)。

正徳4年(1714年)江島生島事件で山村座の取り潰しにより三座(江戸三座)。

享保3年(1718年)、歌舞伎の舞台に屋根 宙乗りや暗闇 花道 廻り舞台(日本の木造建築)

趣向取り・狂言取り 人形浄瑠璃からも行われ義太夫狂言となる。

1731年には瀬川菊之丞 (初代)『無間の鐘新道成寺』 

延享年間には三大歌舞伎『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』

1753年『京鹿子娘道成寺』江戸。

1759年、並木正三が『大坂神事揃』(おおさかまつりぞろえ)で「愛想尽かし」を確立。

文化文政時代、四代目鶴屋南北『東海道四谷怪談』(四谷怪談)、『於染久松色読販』(お染の七役)生世話の確立。

天保3 (1832)には七代目市川團十郎が歌舞伎十八番の原型「歌舞妓狂言組十八番」

幕末から明治の初め、二代目河竹新七(黙阿弥)『小袖曾我薊色縫』(十六夜清心)、『三人吉三廓初買』(三人吉三)、『青砥稿花紅彩画』(白浪五人男)、『梅雨小袖昔八丈』(髪結新三)、『天衣紛上野初花』(河内山)など。

明治になると新時代の世相を取り入れた演目(散切物、ざんぎりもの)。

明治19年(1886年)演劇改良会が設立。天覧歌舞伎。

活歴物 九代目市川團十郎 七五調の美文、厚化粧、定型の動きを拒否。「腹芸」「目と顔」による表現。

明治22年(1889年)歌舞伎座設立。九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎、初代市川左團次らの名優「團菊左」。江戸三座は、歌舞伎座設立時に千歳座(のちの明治座)と組んで歌舞伎座に対抗(四座同盟)。大正時代、市村座で六代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門が菊吉時代・二長町時代(~1932年)。

新歌舞伎 松井松葉の『悪源太』(1899年)や坪内逍遥の『桐一葉』(1904年)「黄金時代」明治後期から大正 東京歌舞伎。岡本綺堂の『修善寺物語』『鳥辺山心中』、真山青果の『元禄忠臣蔵』十部作など。

二代目市川猿之助の春秋座結成、昭和6年(1931年)には四代目河原崎長十郎、三代目中村翫右衛門、六代目河原崎國太郎らによる前進座設立。

 

昭和37年(1962年)の十一代目市川團十郎襲名 六代目中村歌右衛門、二代目尾上松緑、二代目中村鴈治郎、十七代目中村勘三郎、七代目尾上梅幸、八代目松本幸四郎、十三代目片岡仁左衛門、十七代目市村羽左衛門。

昭和40年(1965年) 重要無形文化財に指定、国立劇場が開場。

三代目市川猿之助 スーパー歌舞伎。

2000年代、十八代目中村勘三郎のコクーン歌舞伎、平成中村座、四代目坂田藤十郎などによる関西歌舞伎の復興。

1953年(昭和28年)21日、NHKテレビジョンの放送開始 テレビ初の番組が歌舞伎。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.33

〇ア・カペラで歌い、声と歌をチェックする

 

 ヴォイス検定(V検)とは、課題曲と自由曲をアカペラで歌い、表現力を試すとともに、仲間と競い、私がその後、評します。それをもとに、VTRで自分のをみて、反省します。課題曲の題材は、いろいろと変えています。

 声だけのチェックをすることもあります。最初の1カ月は、せりふだけでチェックしています。

 これでは、他の人の歌や私のコメントを聞いて、自分の基準や耳を作るのに大きな役割を果たしています。日本で数少ない、世界のヴォーカリスト・レベルで、厳しく歌を評価する場だと思っています。つまり、ここで皆に認められたら、世界に出ていける力があるということです。そういう基準を知ることが大切なのです。

 実際のコメントを例として掲げておきますので、こういう観点でチェックをするという参考にしてください。

 

<課題曲1>「赤とんぼ」

 この歌は、同じペースで4番まで続いていますから、それをどのように構成するかが難しいのです。ぴったりと言葉をはめていかないといけません。決まった型をくずすときには、余程気をつけないと逆効果です。いろんな試みをしてみましょう。原曲を越えることができないのなら、最終的に原曲に戻さざるを得ないでしょう。さまざまな試みから得られたニュアンスを何とか歌に還元できるのであれば、表現されるものがかなり違ってくると思います。楽譜は同じでも感じ方が違ってくると、表現の中で変化が表われてきます。きちんと言葉や音をはめた上で、どこまで展開できるかということです。

 音階は、四七抜き(ファとシがない)音階という日本の旋律に日本語がついています。朗々とした発声で歌うのは無理があるでしょう。童謡や唱歌の歌いかたで、普通の人が歌ったら退屈してしまうでしょう。そこで、どういう表現をすればよいのかということが問われます。

 これは、言葉がきまらないと、ダメになる歌です。特に語尾の、とんぼの「ぼ」、「いつのひか」の「か」などは、特に大切です。メロディの美しい歌ですから、構成がきちんと出たかどうかの勝負と思います。表面をなでるように歌うのは、小学生の合唱団でもできます。それとの違いをどう出すかというのが課題です。

 言葉で考えるよりも、この情景を絵で描いてみましょう。風景が見えてきたら、演じてみるのです。手や表情も自然と動いてきませんか。そういう過程をふんでいくと、歌が立体的になります。

 一番大切なところは、このメロディから何を感じて、どう伝えるかという部分です。自分の世界の中に持ちこんで歌をつかむこと、そして、その型をいぶし銀みたいに磨いていかないと、評価されるものにはならないでしょう。単にきれいな声で歌ってきたら、きれいな世界が表われるわけではないです。いろんな解釈もあります。しかし、今だからできる新しい表現を出してみてください。

 

 表現に関しては精一杯、作る、その試みはトレーニングでやりつくし、歌うときには計算し、作っていかないことです。その人が自分で考えた試みは評価しますが、その試みをきちんと煮詰めて消化してきたかとなると、そう、うまくはいかないものです。厳しいステージでは、それが通じるかどうかははっきりとわかります。

 

<課題曲2>「卒業写真」

 息が自然と流れで出ているところから、あまり外れない方がよいでしょう。大きな流れでつかむことができて、それを表現に合わせて広げていくと、フレーズが表われてきます。声の流れと息の流れの循環が一致していることが大切です。高いキーになると一致しにくくなります。そこで、トレーニングが必要なのです。高くとも、強くとも、長くとも、統一できる力が問われます。

 リズムと言葉と感情表現は、どれから入っても構いません。この曲のようにパターン化しやすいものは、心地よく流れに乗せて、心地よく裏切ることです。楽譜を読み込めば、作曲者の意図するところがわかります。

 日本人は、とかく音程(高低)の差でフレーズをとる傾向があります。しかし、強弱や長短、延ばす、短くする、つめるというなかでとらないと、伸びてしまいます。波のように、1つの揺らぎのなかでしか、声は人間の心のなかに入ってきません。つっぱっても、押しても、それだけでは通せません。正しい発声の上に搖れていなくてはいけないのです。感情に関しては、声、身体、気の3つの力で表わしてください。ひとことで、表情をいくつでも変えられるくらい密に勉強してください。声の足りないところを、表情で補うこともできるはずです。

 

〇楽譜の読み込み

 

 全曲を通して、「悲しいことがあると」のリズムが身体のなかに流れていないといけません。自分でリズムをとったために、外しては仕方ありません。単純なメロディを、基本的なリズムを踏まえたうえで、発展させていくことです。

 曲の構成としては、「やさしい目をしてる」の前まで、「そのままだったから」まで、サビの「私を」まで、「~私を叱って」の4部構成とします。

 言葉でたたみかけたいところというのは早い音符になっています。例えば「あの人はやさしい目をしてる」。この「目」を「めぇ」と歌わないこと。「あの人は」の16分音符から、「やさしい」の8分音符になるところで、「やさしい」は、テヌート気味に保って歌えということなのです。

 言葉とメロディと両方で解釈していきます。「街で見かけたとき」、これは風景です。そこから心情、内面に入ります。「なにも言えなかった」、この部分をていねいに語りましょう。流していっただけでは、次に行けません。

 「卒業写真の面影はそのままだったから」で、「やさしい目をしてる」と同じフレーズになって、サビに入ることを予感させます。「人混みに流されて」もそうです。「行く私を」で、タンタタ、タンタタ、タンタタのリズムが大きくなっていきます。「ときどき遠くで」で、タンタタ、タンタタ、「叱って」で、タタンと頭が16分音符になっています。「叱って」のところが、言葉、メロディともにキー・ポイントであることがわかります。ここを、声を張り上げて歌ってはぶち壊しです。

 「人混みに流されて、変わっていく私を」はサビですから、感情が完全にフレーズと一致していき、聞かせどころとなります。ここで、身体の強さや声のコントロール力、声を1つにまとめてきちんと出すということが求められます。ここは勝負どころです。

 この歌は、歌い方によっては、大きなスケールになる歌です。いったん大きなスケールにしてから、楽譜に戻していってください。あなたがこの歌を通じて1番伝えたいものはなんでしょうか。一度、歌詞もメロディも全部壊してよいですから、自由に歌って、何かを伝えるのです。その伝えた部分を残しつつ、元の楽譜に戻っていきます。これは、練習の過程でくんでいかなければならない作業です。そうでなければ、単にこの歌が歌われただけということになってしまいます。誰が、どう歌ったのかが大切なのです。自分の歌になるかどうかということが、そこで決まります。つまり、楽譜に書かれていないところをどうするかということです。伝えるために歌うのです。歌うだけなら、難しい歌はありません。自分なりに解釈してもう一度歌いきってみてください。

 身体ができてくると、声が自由になります。声が自由になると、言葉になり、音楽になります。歌に熟する時間を大切にしてください。あまり急いで形だけ作ってしまわないように。力を抜いてうまく歌おうとしたら、それなりに歌えるでしょう。それとは逆に、表現は身体の方に常にキチンと引きつけておくことです。

「最強トレーニング」 Vol.13

〇あまり大きく口を開閉しないこと

 

日本人の発音練習は、きれいな(美しくひびく)日本語を使おうと、口の形の練習ばかりをやっているかのように思われます。(若い女性のナレーター、アイドルやファーストフードの店員、大企業の受付、プロの電話交換の声などを思い浮かべてください。)

 しかし本当は、身体からしっかりと息を流し、胸の深いところで声としてしっかりととらえ、充分に共鳴させた上で発音した方が、よいのです。身体を使う分、喉は楽になります。

へたな合唱団のように口ばかりパクパクして、本当の声が身体から出てこないようでは困ります。11音、大きく口を開閉するのは不自然な上に、息の流れが一定でなくなり、流暢に聞こえにくくなります。

 現場で即戦力を求める場合、こういう形になるのは、やむをえないかもしれません。ビジュアル(口の形)でも、伝わる分、口の形を整えるのは、有利であったからです。

 しかし、ここでは、声としてしっかり出した上で、音として調整するようにしましょう。

 口をはっきりとあけることは、最終段階でよいのです。口の形からやる人も多いのですが、母音というのは唇や口に直接関係していないことを知っておいてください。

 

〇日本語のアイウエオは一時、使わなくてよい

 

日本語では声が浅く、どうしても無理が生じて聞こえます。たとえば、「ウ」の発音は軽く口を閉じ喉をならすものですが、こうすると息がもれやすく身体からのしっかりとした声になりにくいのです。日本語の口の形通りに発音すると、ア、イやエも、ずいぶんと薄っぺらい声になります。

外国人が日本語で歌ったものは、とてもきれいに音が響いています。これは、「U」でOに近いところで、喉も口のなかも開いたまま発声するからです。私や役者が話すときは、この深い母音AIUEOを使っているのです。

 

〇インターナショナルな発音は、発声から

 

インターナショナルな発声の練習をします。これは、いままでの日本語の音声トレーニングと異なります。でも、20年以上使い慣れ聞いてきた日本語のくせがそう簡単にとれるわけではありません。特に、日本語での発音をもとに外国語の発音をつくろうとする無理からきます。

そこで私は、外国語の発音以前の発声まで立ち戻り、そこからの深い音を借用させています。つまり、どうせ勉強するなら何語でもOKという調音以前の発声を身につけようということです。しっかりした発声でなくては発音もうまくいかないからです。

 

※発音は聞きとる力によって大きく異なります。母音を浅く捉えた日本語と日本人の生活は、日本人を国際的に強い音声言語の使い手にはしませんでした。

 

〇発声から発音へ

 

 日本語のアエイオウを、AEIOUとおきかえて、英語で説明します。ただし、英語のAは口内が狭くなりがちなので注意してください。

A……GARDEN(ガーデン) 口を大きくあけ、舌を平らにして明るく。薄っぺらな声にならないように

E……EVER(エバー) Iより口を大きく。多くの息を使う

I……CHEESE(チーズ) 唇がほどよく開き、明るく広く

O……FOR(フォー) 舌を平らにする

U……FOOL(フール) 唇をあまり前につき出さず、鼻音にもならないように気をつける

 ついでに、もう3つ、発音を学びましょう。

ユ( Ü)(ウムラウト)……ウの口形でイを発音(英語になく、ドイツ語・フランス語) [※ウムラウト・・・後続母音の影響による母音変異]

アー(ER)……HER、口を中くらいにあけて、やや唇をつき出す

ア(A)……HAT、大きな口で明るくはっきりと出す

 

〇外国語の発音もよくなる

 

 AEIOUを、最初の段階では、「A」と「E」の間の音、「E」と「I」の間の音など、それぞれの中間音を出してみるのもよいでしょう。ここでは、響きと声をコントロールする方法をおぼえることに意味があるからです。あいまいな音をうまく出せることも、インターナショナルなレベルでの発声・発音に対応していくためには大切なことです。

もちろん、ここでいう、あいまいとは、言語(発音)不明瞭ということではありません。日本語のアイウエオではないだけで、はっきりした音ということです。

 

AEIOUアエイオウ、母音のチェック

 

A」「E」「I」「O」「U」で同じ音色にとることをチェックしてください。

□喉が開いている

□声がしっかり胸についている

□お腹をしっかりとつかって支えている

□語の響きが均一である

5音とも、身体の使い方、息の使い方がそろっている

□息が詰まっていない、きちんと流れている

□舌に力が入っていない、平らになっている

□呼吸の準備をしてから発声している(ため、構えがある)

□あごが出ていない

 

〇ことばの基本は5つの母音

 

母音とは、声帯で発せられた声が、共鳴器官を通って鼻や口から外へ出るまでの間、妨げられずに出たものです。

日本語では、ア行音 あ[] い[] う[] え[] お[] にあたります。

 

〇母音の発音

 

EX.「ありがとうございます」 「お先にいただきます」

 

母音は、舌の位置、口の開き方の三点で、発音が変わります。

 

[あ]自然な口の構えで、あごを大きく開きます。上下の唇の間に、指二本が縦になんとか入るぐらいが、「あ」の最大の口の開きです。舌はあごと一緒に下げて、唇はまるめません。

 

[え]「あ」から、あごを閉じてきて、舌の位置を「あ」のときより前にもち上げます。唇は、両端をやや左右に引く感じです。

 

[い]「え」からあごを閉じてきて、ほとんど開かない状態にします。舌は、上歯ぐきの上の硬口蓋へ向けて、ジーと摩擦音が起こる手前まで高く上げます。唇は、平たくわずかに開けます。

 

[お]「う」の場合より、あごを開き、上下の唇の間に、人指し指一本がたてに入るぐらいの大きさにする。舌は「う」のときよりやや奥へ引き込み、「あ」の場合より奥舌がうしろへ持ち上げられます。唇は五つの母音の中で、一番丸くします。

 

[う]「い」に近いのですが、あごの開きは、五つの母音の中で最も小さくなります。舌先を奥のほうへ引っ込め、舌のつけ根に近い部分をやや緊張させてもり上げる感じです。唇は「い」より両端を左右から中央へ引き寄せます。(日本語の「う」は、完全にまるめるのではなく、外見上は平らな感じ。唇は丸くなりません。)

 

〇声からことばに

 

 声が使われ始めたときに、ことばはまだありませんでした。

最初に使った声は、動物と同じく痛みや恐れを表したり、敵を威嚇するもの、悲鳴に近いものなどだったと思われます。

日本語では5音しか認識しない母音も、国が違えば異なる音が多くあります。かつては、日本語のなかにも今と違う発音がたくさんあったのです。アイウエオは、後々に日本語のことばとして(とくに書くために)定められたものです。

 

基本を旨とするトレーニングでは、原始的な音のエネルギーにまで戻ってそのパワーを吸収していきたいものです。

結果として、発音、ことばとして聞こえるようにそろえることができればよいのです。

声が出てからことばになっていったのですから、まずは声が出ることにこだわって、チェックをしていきましょう。その後にことばとして使えるようにしていきましょう。

 

  • 母音の発声トレーニング

「ア」 アーいい天気だ

「エ」 エーそうだったんですか

「イ」 イーッだ イッヤッダッ

「オ」 オー ワンダフル

「ウ」 ウー マンボッ

 

〇母音の発声で特に注意すること

 

□「あ」……舌の力が抜けているか

□「え」……口が狭すぎて「い」に近くなっていないか(このときは、唇を少し横にひく)

□「い」……「え」とか「あ」に近くなっていないか

□「お」……口の開きすぎで「あ」に近くなっていないか、唇を使いすぎて「う」に近くなっていないか

□「う」……「¨」(ウムラウト)になっていないか 

 

 指や鉛筆をくわえて、口の形をまったく動かさず、唇と舌で5つの母音を発してみるとよいでしょう。

 母音そのもののもつ音質(フォルマント)は、口に到達する前につくられています。そのため、口を動かさないで、5音とも発声できます。母音は声を出した瞬間につくられるのです。ですから、口先に頼って発音せず、腹話術のように口の奥で声にするイメージをもつとよいでしょう。

 唇には力を入れすぎてはなりません。少し緊張させて声をしっかりと前に出すように習慣づけてください。きちんと発されていたら、声は結果として前に飛びます。

 舌は、前歯の歯ぐきのうしろです。そこに自然に軽くつけておきます。舌根(舌の根元の方)に力が入るとよくありません。舌を平らにするように注意してください。あごと舌を楽にすれば自然とそうなります。

 すべてのことばをはっきりと発音しすぎることによって、流暢な流れ、ことばの抑揚を打ち消してしまう人もいます。これは、ことばを口先ではなく、口の形をあまり変えずに、はっきりと響きで伝えられるようにすることによって解決できます。

 私が深い声を重視するのは、発音面で区分けすればよいアナウンサーならともかく、この問題を解決せずには、魅力のある声が出せないからです。

ことばをはっきりさせるための発音練習は必要ですが、それと声で、自分の意志や感情を伝えることは別問題です。相手に伝わり、相手の心を動かすだけの表現がのる声が、まずは大切であることを忘れないで下さい。

 

  • 母音のトレーニング

<ア行のトレーニング>

(ア)あした、あさって、しあさって/秋、愛は熱く燃える

(イ)イライラしている猪/一途なる意志とイマジネーション

(ウ)うれしい噂は嘘だった/ウカウカしていると運が逃げる

(エ)偉い絵師が選んだ絵/エネルギュッシュな演技に詠嘆

(オ)お母さんの大きなおなか/お金を落として怒る人

「声のトレーニングの極意」 No.415

私たちの人生は、絶えず流れる時間のなかにあります。

誰もが、生まれ、成長し、老い、やがて消えていくという有限の運命を背負っています。

だからこそ、人は「永遠」に憧れます。

しかし、永遠とは、本当に果てしない時間の彼方にあるものなのでしょうか。

 

 永遠は限られた時間の中の「至高の一瞬」に、すでに現れているとも思えます。

 ニーチェは「永劫回帰」で、同じ瞬間を永遠に繰り返すとしたら、それを肯定できるかと問いました。その瞬間を心から受け入れられるなら、それは永遠と一つになる体験だといえます。

 東洋思想では、禅の「一瞬即永遠」、つまり、「いま、ここ」を真剣に生きることで永遠が開かれると説きます。茶道の「一期一会」の心は、その象徴です。

 

 音楽や文学の世界でも、一瞬の表現が時間を超えて人の心に残ります。

音は消えても、感動は永遠に響くのです。

 

 私たちの日常にも、好きな人の笑顔や自然の美しさに触れるひとときなど、永遠を感じる瞬間があります。そのような体験では、時間の流れを忘れるでしょう。

ただ「いま」に生きている自分を感じるものです。

 

 永遠は遠い未来にあるものではなく、私たちの「いま、この瞬間」に宿っています。

それを限られた時間を全身で味わうことができたとき、至高の一瞬は永遠へと変わります。

永遠を探し求めるのではなく、目の前の瞬間を大切に生きることです。

それこそが、永遠を生きるということなのです。

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