「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.35
〇MC(Master of Ceremony)
MCとは、音楽業界ではステージでの曲の合間のおしゃべりを指します。もともとはMaster of Ceremonyというように、司会者という意味でした。バンドでは、ヴォーカリストがこの大役を担います。MCは、だいたい次のようなときに使います。
・ステージの構成上、少しおしゃべりが欲しいとき
・前の曲、もしくは次の曲の説明が必要なとき
・ステージの雰囲気や流れを変えたいとき
・間をもたせなくてはいけないとき(バンドのメンバーの配置替えや交替、ギターやベースのチューニングなど)
・ひと区切り必要なとき(ステージの最初やエンディング、幕の前後など)
・観客との親密度を深めるため、直接、何かを話したいとき
・ステージにプラス・アルファや、おもしろさを加えたいとき
・次回のステージやレコードの宣伝をするとき
・歌い切って、一息つくとき
・ギターの弦が切れたなど、不意のトラブルで間をもたせるとき
へたにMCを多用するとせっかくのステージの流れを壊したり、歌を聞きに来ている観客の気持ちをそぐことになりかねません。バンドのイメージさえ、壊してしまうこともあります。たとえば、次のようなものはMCにふさわしくありません。
・まとまりなく、だらだらとした話
・聞いている人の一部しかわからない話
・ステージの流れとかけ離れた話
・他のバンドの悪口
・出演者、観客に関する情報のミス、地名のミス
・差別用語、人を傷つけることば、他のアーティストへの中傷
ともすればうっかり口にしてしまうようなこともたくさん含まれていますから気をつけましょう。
MCは、自分たちのバンドのステージのスタイルを考えて、少しずつ取り入れていきます。観客の反応を見ながら慣れていくしかないでしょう。このMCにも歌と同じくらいにヴォーカリストの個性が出ますし、ステージの演出にも効果的ですから、やはり勉強するべきだと思います。
〇マイクの使い方について
マイクは口もとから少し離して持ちましょう。その方がマイクやステージの機器の違いによって、大きく音声が変わってしまう危険がないからです。
モニターは、自分の歌っている声がよく聞こえるようにチェックしておくことです。バンドの音で聞こえにくければ、アンプの位置などを変えたりします。マイクもできれば歌う前に、どういうふうに聞こえるのかをチェックしておくとよいでしょう。他の人が歌っているときに客席で聞くと、ある程度はわかります。
しかし、自分の感覚やノリを最大限に発揮するために、日頃からマイクを使わず身体全体の感覚で声や音楽を捉える習慣をつけておきましょう。マイクはあくまで小道具にすぎません。使いようによっては、上達するのを妨げる場合もあります。マイク・テクニックに頼るのは、基本的な発声のフォームができてからにしてください。
また、意味なくコードを持ったり、マイクを必要以上の力で持たないようにしてください。その余分の力が自然な声の流れを妨げます。マイクは小指を中心に単に支えるだけで持つようにして握らない方がよいでしょう。
マイクには高音がよく入るので、大きな声や高音のときは少し離して斜めに構え、逆に低音や語りの場合は口の正面に近づけてください。
スタンド・マイクは、何曲か続けて歌うときで、振つけなどで両手が自由にならなくては困るときを除いては、あえて使う必要はないでしょう。慣れないと、スタンド・マイクは使いにくいものです。
〇力がないうちにバンドに入ると伸びない
ライブやバンドでの経験というのは、ヴォーカリストにとっては、練習というより自分の力をアウトプットするところだと考えてください。他のパートは、バンドの練習のなかでもテクニックがそれなりに上達してきます。ある程度までは、量をこなしていけばよいのですから、ヴォーカリスト以外の人には、バンドの活動はプラスになるでしょう。
ただ初心者のヴォーカリストの場合は、バンドは刺激と自己満足面でのプラスだけで、そこで実力をつけるというのは、あまり考えない方がよいと思えます。なぜなら、本当のプロ志向のバンドのレベルでの練習というのは、お互いが集まったときにわざわざ各パートの練習でできることはやりません。ヴォーカリストに関していうと、ピアニストだけでも、ピアニストなしの無伴奏でも、歌で自分の世界を表現できて、はじめてバンドに参加する意味があるのです。そういうヴォーカリストならば、セッションのようにレベルの高いバンドと練習して、そこで多くのインスピレーションを得て、新しい音楽や歌い方、感性が生まれることもあります。
しかし、多くのヴォーカリストはバンドにのっかり、マイクにくいついているだけです。練習で余計に悪い癖をつけたり、カラオケふうに自己陶酔しています。これでは本当の力は伸びていきません。
自分だけはそうではないと誰もが思っていますが、ほとんどの人がこういう結果になっているのです。
もし、自分がどのくらい通じるのかを知りたいのなら、マイクとバンドの伴奏をはずし、歌をテープに吹き込んでみればよいのです。日本以外の国では、アイドル歌手といわれているヴォーカリストでも、最低限、ヴォーカリストと名のつく人は、これで認めさせるくらいのことはできます。日本では、声がバンドから抜けて聞こえるように歌える人さえ、ほとんどいないのです。言葉がすべて明瞭にわかる人はもっと少ないようです。アカペラでしっかりと歌えるようになってから、伴奏をつけることです。
〇悩み多き孤独なヴォーカリスト
もう1つの理由は、バンドのメンバーの理解のなさです。他のパートの人は、ヴォーカリストの声の成長については知りません。楽器と同じように、やるほどすぐに伸びると思っています。すぐさま、外国人ヴォーカリストのような高音の強い音をオリジナルのキーで求めます。楽器では簡単でも、喉にとってはよくありません。
オリジナルとして通用する声も出ないうちから口先だけのコピーで、到底、今の身体では出ないはずの世界の第一線級のヴォーカリストの真似をするのですから、喉を痛めるか、発声に悪いくせをつけてしまうだけです。彼らと同じように歌えるくらいなら、もう充分な歌が歌えているはずです。できないなら、何が違うのかを突き詰めていかなければいけないはずです。
レコードに合わせて歌ってください。感性、表現、雰囲気、パワー……と考えていくまえに、声の問題に行き着くはずです。ならば、声を鍛えることです。
楽器が身体であるヴォーカリストは他のパートと違って、まず、身体を声の出る楽器として使えるようにすることに専念する期間をとることが必要です。
早くから始めたり、毎日何時間もバンドで練習している自称ヴォーカリストが何万人いても恐れるに足らないことがわかるでしょう。何歳から始めてもきちんとしたトレーニングで追い越せることも理解できるでしょう。バンドをやるのは構いません。しかし、それ以上にトレーニングが必要なことを知ってください。
どうせやるからには、世界に目を開いてください。神業的なくせでか細い高音域を出している日本人の歌い方を下手に真似るよりは、スタンダードに通用する世界の一流の歌い手から学んだ方がよほどわかりやすいのです。喉から下は人種の差はあまりないようです。個性的なヴォーカリストのくせを真似して、その2番手以下では意味はありません。それよりは、オーソドックスなところにある正しい発声をもとに、自分の歌い方のスタイルを追求していくべきです。誰もが認める声で歌えるようになれば通用します。声そのものがよいとか悪いとかいうよりも、何かを表現する自由に使える声が大切なのです。
〇練習後の反省が力をつける
バンドの練習が終わったあとには、必ずミーティングをして、録音した練習曲を全員で聞いて反省することです。そして、それぞれのメンバーの次回の課題と課題曲を決めます。この課題を見つけるために集まって練習するのです。
それぞれが思っていることを本音でぶつけ合ってください。うまくいかなくても相手をけなすのではなく、必ずどのようにしていけばよいのかを考えて、前向きに対処していくことです。1つ1つの問題を1回ごとの練習できちんと解決しようと努力していくことです。
問いを作れないバンドは伸びません。厳しく批評をし合うのは、自分たちの音楽や技術についてです。腹の立つようなことを言われても、それは自分の人格を否定されているのではありません。謙虚に耳を傾けることです。
こういうことを繰り返しているうちに、言葉を使わず、お互いの思っていることがわかるようになります。こういう厳しい相互の批評と自己反省の繰り返しによって、バンドのめざす音が1つになり、高い完成度を得るようになっていくのです。
〇売り込みもヴォーカリストの実力のうち
日本ではCDは、簡単につくれるようになりました。自主製作でも製作できるわけです。ですから、自分たちでテープを出すこと自体は、練習の集大成であっても、メモリアルとしての意味しかなくなってきたともいえます。ただ、製作する期日を決めることは、バンドにモチベーションをかける意味においてはプラスになるでしょう。
一旦発売したテープやCDをヒットさせるためのプロデュースや、バンドやアーティストを育てる環境については、日本はまだまだ不充分だと思われます。今のところ頼りになるのは、自分の実力と才能(可能性)とコネクションだけなのです。
しかし、どこのレコード会社もプロダクションもよいヴォーカリストやバンドを捜しています。どんな地方であっても定評になれば、担当者が飛んでいくほどです。ですから、どのディレクターにどのようなテープを送ればよいのかを知ったり、よいスタッフとプロモーターを見つけることも必要です。
そのためには、どのくらい自分と自分の音楽をよく知っていて、それを語れるかということが大切です。その上でそれを伸ばしてくれる環境を作っていくことです。どんな状況も、自分の方へ引き込んで利用する力と頭のよさも必要です。人を見抜く眼も大切です。すぐに売ってくれるプロダクションではなく、自分たちのやっている音楽を理解してくれて長い眼で育ててくれるスタッフを大切に、いろいろな人脈を広げていくことを心がけてください。
〇スランプ脱出法
声は、体調や気分と深く結びついてきます。うまく声が出ないことを気に病んだり、そこで無理して力を入れて使うことによって、ずるずるとうまくいかなくなることがあります。こういう悪循環はあらかじめ何度もくるのがあたりまえだと思っていればよいのです。
そういうときは「本番でこうなるよりはよかった。よい課題が与えられた」と考えればよいのです。自分の力が未だに安定しないことに何度もショックを味わうことです。そして、自分の歌は声が少々どうなっても大丈夫なのだという強い自信を持てるようになってください。
どの世界でも、何年も経たない人にくるのは、スランプではなくて単なる思い込みです。こうなるのもあたりまえだぐらいに考えていればよいのです。
うまくいかないときが何ヵ月続いていようが、マイペースでトレーニングを続けることです。ストップしなくてはいけないのは、ポリープなどの喉の病、もしくは本当に身体を害したときだけです。
ステージなどで歌った後に「喉の調子が今1つで」などと言わないことです。同じステージに高熱を押し切って出ていて、それを少しも悟られず歌い切っている人がいると考えてごらんなさい。自分への言い訳は決してしないことです。
プロとしての実力があっても、それを充分に発揮できるコンディションづくりができなかった、もしくは最悪のコンディションでも実力を発揮できなかったというのは、すでにプロとして負けているわけです。臨終(死)になったときがスランプだと考えればスランプはきません。五体満足で歌える幸せを忘れないでください。
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