「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.36
〇 自分がつくったというだけではオリジナルではない
最近では、私のところに皆さんが持ってくる曲のほとんどがオリジナル曲と称されるものです。高性能かつ安くなった楽器を利用して、手軽に皆さんが曲を作っています。今や、誰もが自分たちの“オリジナル”を追求し始めました。
シンガーソングライターや、よい作曲家が生まれてきたのは、よいことです。
しかし、立場を変えて聴くと、ヴォーカリストの力量と無関係に作っているのではないかと思いたくなるものばかりです。それと、すでに世に出てレコードをリリースしているヴォーカリストの亜流のような曲が多すぎます。きっと、憧れのヴォーカリストの曲の余韻ばかりしか、頭の中にはないのかもしれません。
作詩作曲講座のコード進行表通りに、歯の浮くような歌詞をつけたものも少なくありません。特に、詞のセンスの悪いのは、何とかがんばって欲しいものです。
要はオリジナルといっても形式だけで、内容がさっぱりないのです。ヴォーカルリストの世界観も見えないし、何をどのように歌っていこうとするのか、バンドの姿勢もわかりかねるものが多いのです。
〇 どこでもきらめく存在感がオリジナリティ
オリジナルというなら、自分たちの音楽が何に根ざし、どういうところにあるのかをしっかりと捉えた上で、自分ならではの曲を作らなくてはならないはずです。そうでなくては、オリジナルとはいうものの、単に自分が作ったというだけのものでしかありません。
本当にヴォーカリストやバンドの個性を生かす曲作りをすることです。
ほんのひと握りのヴォーカリストだけが、どんな歌でも自分なりの味つけをし、自分をいかに表現したら一番伝えられるかを知っています。あなたが歌ったら、こんなに凄い曲になってしまうということを見せられなくてはなりません。
人と同じ曲をやりながら、埋もれるどころかその人らしさが光る、というのが真のオリジナリティというものでしょう。
何を歌っても、その人がそこに存在しているパワーが感じられなくてはなりません。聴いている人はその人が曲と一身一体になって出すパワーに打たれるのです。このパワーの源がオリジナリティなのです。
オリジナルにこだわる人は、まず、世界のスタンダード・ナンバーをオリジナルに歌う練習から始めるとよいと思います。
〇 自分にしか歌えないということの素晴らしさ
声が出るようになり、声をうまくコントロールできるようになると、そこにその人の表現したいものが現われてきます。それまでは、いくら思い入れたっぷりに歌っても、表面的にしか聴こえなかったものが、説得力をもって伝わってくるわけです。「聴けるヴォーカリスト」「聴きたいヴォーカリスト」となってくるわけです。ものまねやコピーではない、あなた自身のオリジナリティも発揮されます。あなたの中に眠っていたもの、あなたがはぐくみ育ててきたものが、出てくるわけです。
そこで初めて、歌っているあなたと、あなたの声に凝縮された個性が、ステージ(音楽)の表現の上で一体化して大きなパワーとなって伝わってきます。あなたでなければ歌えない歌い方がスタイルとなり、あなたの存在感が出てくるわけです。
他の人が歌った方がよいと思うなら、あなたのヴォーカリストとしての価値はないのです。同じ曲でも、「自分だったらこう歌う」「こう伝えたい」「こういう世界をこう表現したい」と自分なりのものをつかまえ、自分の力で表現するところに、醍醐味があります。
好き嫌いは別にして、誰が聴いても何かを感じる、何か魅せられること、それが芸であり、最低限、必要な表現であると思います。
〇 自分の音楽に対してポリシーをもつこと
あなたのファッションも髪のスタイルも持ち物も、あなたのポリシーによって選ばれているはずです。ヴォーカリストのポリシーは、自分の中にはぐくみ抱くものです。音楽性や人間性とも深く関わってきます。そして、ステージでの表現や歌詞の内容にも反映されます。
自分のヴォーカリストとしての資質やオリジナリティがわかってきて、それを表現できるようになってくると、だんだんとこだわりがでてきます。バンド、ステージ、音、歌い方、振付、構成など、すべてに関して、自分の伝えたいものをよりよく伝えられるように、こだわりが堅固になってくるのです。プロとしての自覚が出てくるにしたがって、妥協が許されなくなってきます。
一方で最高の自分とその演奏を見てもらおうと、観客に対するサービス精神も出てきます。わざわざ自分たちのために会場に来てくれた人たちに心から感謝し、そしてその気持ちをできる限りよい演奏で返そうとするわけです。
「自分が他人に与えられるものは何か」ということを突き詰めていけば、そこには、自分にしかできないもの、そしてそれを最大限自分の努力で高め、その成果を見てもらうことという使命感が生まれます。
ポリシーとは、その人が自分の音楽に対してもつこだわりです。自分たちのバンドの存在をかけ、観客にこびず、自分たちの音楽の姿勢をかたくなに貫こうという強固な意思です。これがなくては本当のバンド、本当のヴォーカリストにはなれません。
ポリシーのあるバンドは、自分たちの追求したい音を知っています。だから誰にも左右されず、自分たちの音楽を作っていけるのです。世界的なスケールで活躍しているバンドは、皆、それぞれの強固なポリシーをもっているといってもよいでしょう。誰のために、何のために歌うのかが明確だからです。
〇 自分の生き方が歌を通じて世界に働きかける
ポリシーとは、もう1つ大きな捉え方をすると、その人の生き方、そのバンドの歩み方そのものと言えるかもしれません。何をするにも、自らを自らで決めていく結果として、そのバンドの行動の軌跡が描かれます。ポリシーが具体的に現れたものが、そのヴォーカリストやバンドの音楽や行動といえましょう。
世界に活躍しているバンドのチャリティ・コンサートや××エイドというのも、ポリシーを音楽を通じて表現しているといえるでしょう。画家が絵で、作家が小説で自分の見解を表わすように、アーティストは音楽を通じて行動しているのです。
ですから、一流のアーティストは、ものごとに対する深い関心と見解を持っています。人間に関わりの深い職業ですから当然ですが、仮にその人が声や楽器を手にしていなかったら、他のものでも大成したであろうというだけの貫祿を充分に備えています。それゆえ、アーティストと呼ばれるようになるのです。
そして何よりも、皆、実に素晴らしい顔をしています。
〇 知性あるバンドをめざせ
毎年、グラミー賞の授賞式での向こうのヴォーカリストの機知に富んだ話しっぷりを聴くにつけ、日本はまだまだという思いがつのります。また、音楽を離れて、広い視野で政治、経済、社会などに関して話せる人は、日本にどのくらいいるのでしょうか。
楽しくやるのが音楽だから難しく考えることはないなどと言う人もいます。しかし、私は、ポリシーと知性のないヴォーカリストは生き残れないと思っています。人間に関する深い考察が、歌の内容に真実をつけ加え、その真実が人の心を打つのです。
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