閑話休題 Vol.113「日本舞踊」
今回の絞り込み
1「柳都新潟古町芸妓ものがたり」
2.花柳流(参考:NHKにっぽんの芸能「花柳壽輔の世界」12分DVD
〇柳田国男の『日本の祭』での舞い
一節に「本来は『たたえごと』と称して神様の大きな力、無始の昔からの里人との因縁、必要ある場合にはいつでも出現なされて、尊い啓示をたまはることを、一同が牢く信じて少しも疑って居りませぬといふ意味などを、心をこめてくり返して語って居るうちに、自然に恍惚として人か神かの境に入っていくのが最初の舞…」
呪術や儀式という神や霊魂のための芸能として成立して、盆踊りとして今日に流行。御霊鎮魂、を目的とする。
「一切の事をすてて申す念仏こそ」一遍(「捨聖」)の思想。
〇歴史
藤蔭静枝の新舞踏(1917年)
花柳寿応(二代目輔)のつくった花柳舞踏研究会。
二代目市川猿之助(翁)は、「黒塚」の強力が逃げるときの足取りに、ロシアン・バレエのコサック・ダンスを転用。
六代目尾上菊五郎は、「保名」「藤娘」などで江戸以来連綿と伝わってきた「型」をこわした。
花柳徳兵衛(1908~1968年)の「徳兵衛舞踊団」
尾上菊之丞門下の菊之里は、本名の畑道代で舞踊集団「菊の会」主宰。
ほか中堅、新進による「獅子の会」「くるま座」「舞踊・ひろば」での新作。
<舞踊の種類>
三番叟、祝儀物、道成寺物、浅間物、石橋物、道行物、狂乱物、曽我物、変化物、能取り物、双面物、丹前物、風俗舞踊、祭礼物、上方舞
<日本舞踊の音楽>三味線音楽
語り物系―浄瑠璃節:義太夫節、豊後節、常磐津節、富本節、清元節、古曲[一中節、河東節、宮薗節、荻江節(唄い物系)]、新内節
唄い物系:長唄、大薩摩、外記節、地唄、端唄、歌沢・小唄、東名節、大和楽、三曲、囃子
≪「柳都新潟古町芸妓ものがたり」より」≫
古町を代表する料亭「鍋茶屋」と「行形亭」
米や海鮮を扱う豪商がスポンサー。旦那という言葉の語源はサンスクリット語のダーナ。
祇園甲部の正式流派は「京舞井上流」だが、新潟では市山流。
市山流の踊りの特徴は、演目一つひとつが歌舞伎の舞台の一場面、演目を凝縮した「短い演劇」。地方さんの唄や三味線、鼓などに合わせた「無言の一人芝居」(rf.「無声映画」の時代、映画が「活動写真」)。
「日本舞踊は、手足を動かしていなくても、気持ちだけで踊れるのです」市山七十世(現七十郎)
芸妓や舞子が左手で「褄(着物の裾下の部分 )」をもつ「左褄」、「左褄をとる」のが「芸妓になる」
「クラシックバレエはつま先で回り、日本舞踊はかかとで回ります」
日本舞踊、ことに市山流の踊りは役を演じることが核心。合理性を追求しないことが、役の本質に近づき、役になり切る近道。
「花柳界はさ、日本文化の総合芸術なんだわ」(早福岩男)
≪花柳流について 参考:NHKにっぽんの芸能「花柳壽輔の世界」)≫
寛(昭和6年3月22日~ )は、2016年6月に宗家家元の座と「壽輔」の名跡を、花柳流お家騒動裁判の係争中にも関わらず、当時20歳の孫の六代目花柳芳次郎に譲り、2代目花柳壽應を襲名。
以下、Wikipediaの引用
舞踊家だった西川芳次郎が、師の四代目西川扇蔵の急死によって宗家相続争いで西川流を破門され、「花柳」と改姓し興した。「花柳芳次郎」嘉永2年(1849年)までに花柳流が成立。二代目市川猿之助(初代猿翁)は、「他の流派に比べて細かい間のリズムが重視され、舞よりも踊りを重視している」と解説。
芸能界や政財界を後援につけ、組織を全国に発展。古典舞踊の継承と共に時代に即した新しい舞踊を次々と生み出している。
花柳流舞踊事件[編集]
1981年に花柳流が起こした訴訟事件で、芸名を不正競争防止法の適用除外とした判例として知られる[6]。花柳流名取事件
花柳流お家騒動[編集]
三代目壽輔の死後、四代目壽輔を誰が襲名するかについて、三代目壽輔から家元の指名を受けたとする貴彦と三代目壽輔の後見人であった五代目芳次郎との間で争いがあったが、結局、五代目芳次郎が四代目壽輔を襲名することとなった。しかし、2013年7月、四代目壽輔が、六代目芳次郎を後継者に指名した上で、2014年4月に貴彦を花柳流から除名したため、貴彦がこの除名処分の有効性をめぐって訴訟を起こした。
« 「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.38 | トップページ | 「スキルが伸びるとき」 No.421 »
「8.閑話休題」カテゴリの記事
- 閑話休題 Vol.113「日本舞踊」(2026.08.31)
- 閑話休題 Vol.112「邦楽」(3)(2026.07.31)
- 閑話休題 Vol.111「邦楽」(2)(2026.06.30)
- 閑話休題 Vol.110「邦楽」(1)(2026.05.31)
- 閑話休題 Vol.109「歌舞伎」(2)(2026.04.30)






