この世でのわずかな滞在において
歌や踊りは、その時空を超えるものとして
継承されてきたのでしょう。
見たり聞いたりするのもよいが
自ら身体を動かしたり声を発する
そのことで一体感が生まれる。
それが祭りであり、飲み会でもあったのであろうが。
スポーツでも作業でもよい、
それが一芸となり、
孤を破ったとき、
意識は宇宙につながる。
死もまた、そういうものと思える。
なら、生きているうちに
どれだけ死ねるかということである。
またや、ゆく年くる年、
終戦後80年、昭和で100年、
そんなことを考えます。
PS.
昨年は、小池マリコさん♯という
ファン、同志、仲間いえば失礼であろうが、
親密な知人を失いました。
さよならだけが人生だ、が、
それが日々、日常に降りてくる年齢となりました。
感受性も変わってきたように思います。
#「さよならだけが人生だ」
井伏鱒二が、中国唐代の詩人・于武陵の漢詩『勧酒』の「花発多風雨 人生足別離」(花が風雨に散るように人生は別れの繰り返しだ)を意訳「はなにあらしのたとへもあるぞ さよならだけが人生だ」
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訃報
今春、かつて銀巴里にも出演されていた小池マリコさんが亡くなりました。
コロナ禍明けに、招いていただいた仙台でのレクチャーが最後になるとは思いもしませんでした。
今年は、いつもいただいていた、だだちゃが届かず、その後、会報誌が戻って、亡くなったことを知った次第です。
あまりにも表に出ていないので、ここに公にして、ご冥福をお祈りします。
(ここで学ばれていたことは、どの本人プロフィールでも公表されています)
♯小池マリコ (Mariko Koike)
伝説の銀巴里で長年にわたりシャンソン歌手として、仙台から毎月通って出演していた。
宇井あきら氏、有馬泉氏に歌唱を、福島英氏にヴォイストレーニングを師事。
昭和51年に仙台市内にシャンソニエ「プティシャンソン・エル」をオープン。
「とにかく素晴らしい、良い声の歌い手の方でした」と、その実力は非常に高く評価されている。
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音信
ご本の増刷のこと、やっぱりねと嬉しく思ったり、お送り下さっている会報に恐縮したりして過ごしておりました。このだだちゃ豆を、仕事の合間にでも召し上がって下さいと山形(カルチャーセンターでの出張先)から送ったことがありました。そのことに、先生は葉書をくださいました。
先生は心のある方だと、いつまでも思い続けています。
山形にいて、そのことを思い出し、行動であらわさねば思わないも同じと、このような行動をしてしまいました。
レクチャーを実現してくださった喜びは、本当に嬉しくて、これに応えるにはきちんと出来る人たちを作ることだと思っております、微力ながら。
ずーっと昔に、福島先生のお話をもっともっと吸収したいと欲した私の勘は間違っていないと今更ながら自分の勘をほめてやったり。
どうぞ、お身体をご大切に、私たちのためにも。
またお目にかかれればいいのにな、と思ったりしております。
皆さんに、よろしくお伝えください。7/3
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私ごとですが、10年間共にしてきた、左足甲のしびれから解放されたくて、さる10月3日に、総腓骨神経徐圧手術を受けました。ようやく、不快感とさよなら出来て、やってもやらずとも後悔ということの、良い方が残りました。全身麻酔の施術なので、麻酔科の先生が気を利かせたのか、細い管を使うということでした。
術後、先生が私の声帯のことを言いました。立派な声帯だと。
そして去り際にもう一度、今まで見たことないくらい立派な声帯だと。
そのことはこれまで実感出来ていませんでしたので、どういうこと?と思いました。
福島先生の事を知り、ずーっと先生のお考えだけを頼りに自分なりに解釈して今日まで持ち続けて行動して参りました。そのことが、今の私の声帯に表れてるとしたら、先生にご報告せねばとずっと思っておりました。
本当に先生との出会いがうれしくて仕方ありません。
先生を尊敬し続けてきたものが、今このようになっておりますと報告まで。10/15
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返信(抜粋)
声帯は、きちんと使われていると、若さを保つことができます。歌はせりふよりも、よい保全効果があらわれます。それも浅く癖をつけた歌い方ではよくないので、声帯の健全さは、自分自身の身体に合った使い方の習得によるものです。
歌い手や役者というお仕事を続けられるのは、すべてを兼ねられていることです。
私も今は、第一に身体づくり、第二に声の保持を心がけています。愚鈍なりに継続することは守っています。少し手間暇がかかり、面倒なことを人生の友とすることを新たに挑んでは、続けることをお勧めしています。
私も真意の伝わらないことの連続で、日本の歌の世界との距離が縮まらないのですが、だからこそ、本質的なことに専念できると開き直って続けています。時代や国を超えたところまで、自分が抜け切れば、もっと伝わると思っています。
私は、若いときから本を出してきたお陰で、いろんな分野の第一人者から教えを受ける機会、実践する機会に恵まれてきました。著書も会報も、一人では続かなかったでしょう。
これから出会う人、今、接したり、通っている人、なによりもここを出てから、活動している人、そして、活動をやめてしまった人を念頭に、いつも述べています。