1.ヴォイストレーナーの選び方

第28号 「ヴォイストレーナーの仕事と資格」

〇ヴォイトレの資格

 

私の元にはときおり、こういうトレーニングも資格をつくったらよいのではという話がきます。また、当研究所の看板や推薦を地方などでもあげたいという方もいます。今のところTV出演とともに私がお断りしていることが、この二つのことです。

資格というのは、何かをやるための必要条件です。何かが明確でないとつくれません。多くの民間資格は、それを管轄するビジネスのためにあるようで、権威もなく、商売にもならないものが多いようです。医者などには資格がなくては恐いでしょう。絶対に必要というものもあります。しかし、ヴォイストレーナーは、そんなことで分けられようもありません。

 

〇音楽療法について

 

音楽療法は、今ではポピュラーになりました。資格というお墨付きに頼られなければやっていけないところで、資格認定が普及におおいに貢献しているのも確かでしょう。思えば、当研究所の顧問であった、芸大名誉教授の桜林先生(当初、日本ヴォイス研究所)には、学生時代からお世話になりました。日本の音楽療法の礎でした。

ヴォイストレーニングは医学と切り離せないからです。今のヴォイストレーニングはどうでしょう。とても私にはまとめようはありません。つまり、まとめようもないということは、分けようもないということです。

 

〇ヴォイトレの統一はできない

 

今、ヴォイストレーナーを名乗る人には、大きく分けて、医者(耳鼻咽喉科)、声楽家、役者、ここのところ、ポップスヴォーカルの指導者に多くなってきました。そのため、ヴォイストレーナーということばは、何となく歌手指導、ヴォイストレーナーは、役者や声楽家指導に主に使われていました。

たとえば、役者と、声楽家のヴォイストレーナーのやり方は、明らかに矛盾します。内容も違うし、優先度も違う、目的が違うからです。役者と歌手は、やることが違うのですから、トレーニングが違うのは、あたりまえです。 私のブレスヴォイストレーニングは、共に使えることで行なっています。

 

○ヴォイストレーナーとしての私の仕事

 

私のトレーナーとしての仕事を平均的な一ヵ月でご紹介しましょう。

まず、私の主宰する研究所でのレッスン、

1.週24回(他のトレーナー10数名とともにやっています)

2.月に3回のレクチャー

3.専門学校などのトレーナー研修

4.日本語教師の養成学校、声優養成学校など、他校の仕事

5.劇団のワークショップ、お笑い芸人、落語家や弟子の指導

6.音楽プロダクションのプロ養成、ミュージカル劇団のプロのレッスン、ヒップホップ、ラテン、なんでもあり

7.大学やカルチャーセンターの特別講義

8.音大受験生のレッスン

9.ヴォーカリストへのアドバイス

10.オーディションの指導、デモテープ作り

11.プロダクション契約

 

それとは別に、

1.研究所内のトレーナーの育成(報告の処理、研究生のレッスンの状況を把握)

(私のところは採用時点で、どこか私よりも優秀なプロにしています。)

2. 研究所内研究生のレポート、ステージアドバイス

3.研究所内のレッスンのリライト

4.会報、ブログ、メルマガジンのチェック(このあたりは、スタッフに任せています)

5.科学、医学などの研究、共同研究、研究生や日本人の声の分析など。海外への声のサンプリング、学校見学や現地の関係者に会います。

6.研究論文と本の執筆、教材づくり

7.企業研修やブレーン、顧問契約

8.マスコミなどの取材を受けます。

9DVDCD、教材、専門書、専門論文の収集と整理(海外本の翻訳、解釈)

10.声のデータベースづくり

 

〇日本ヴォイス研究所

 

私の場合は、もともと大手プロダクションにプロの養成を頼まれたところからスタートしているので、しかも音大にお世話になりつつ、音大出ではないので、異色かもしれません。日本ではヴォイストレーナーの草分けの大木先生と、日本音響技術専門学校に日本ヴォイス研究所をつくりました。芸大名誉教授の桜林先生が顧問で、私の弱点の医学的アプローチと、当時まだ、あまり知られていなかった音楽療法を中心にご教示いただきました。

専門学校への出講、プロダクションのヴォーカル育成中心にやっていましたが、思うところあり、専属契約を打ち切り、アマチュアの養成所としてヴォイス塾をたち上げました。15年やったところで、一部を除きクローズし、ふたたびプロの育成、トレーナーのアドバイス中心に動いているところです。

 

〇ポップスでのプロ志願者

 

ポップスでプロをめざす人は、トレーナーになるのでないのですから、少なくてもトレーナーを超える力を、そのトレーナーよりも少しでも早く身につけることに、教えるということの成果が問われます。

自分の経験だけが中心の人や、理論的に詳しい人もいますが、間違った解釈、仮説に偏り、検証に欠けていることも少なくありません。海外に学びにいった経験だけで、やっている人もいます。

日本のポピュラーにおいては、歌い手は役者などよりも、日常の声がよくないし、鍛えられていない(素人声)のことも多いのです。それではプロもくるここでのトレーナーは務まりません。10年以上、基礎訓練をやってきた人や、現役のプロをも指導できる力が必要なのです。

 

〇トレーナーは、研究員★

 

ここは研究所なので、トレーナーも研究員です。多くのプロや一般の生徒の経験を積ませ、音大での指導を超えた経験を積んでいます。ここのトレーナーは、ここで実際にそういう人を教えてきた経験が豊富にあります。

ここでは、複数でプロから一般の人までみており、わからないことや違うことは他のトレーナーで補完やフォローができます。

分担して担当するので、年間に多くの人に接することになり、どこよりも経験を早く積むことができます。しかも、プロも含めて熱心な人や、かなり分野の違う専門家もいらっしゃるので、学ぶことに事欠きません。

 

〇トレーナーの実力の育成

 

マンツーマンでも、セカンドオピニオン、サードオピニオンをもてるため、一人のトレーナーが気づかぬことや、そこで偏ってしまうことを是正することも早く正しくできます。加えて、トレーナーの過去からのトレーニングや他のトレーナーのトレーニングも、知ることができます。ここの会報やホームページは専門の書物よりも、あなたにとって具体的かつ実践的なヒントとなるでしょう。

ずっとこういうトレーナーとともに、私は研究を進めています。声の生理学、音響学なども学者などと共同研究しています。

第27号 「歌やCDやレッスンからの学び方」

〇声と歌でなく伝える

 

ヴォーカリストは体ひとつですべてを表現する声の演奏者です。トレーニングから目的を定めるなら、ヴォーカリストとしての体(声、感覚、歌)ができていくことが、第一歩です。さらに歌は芸ですので、客を魅了する力がいります。しかし、その答えはあなたの中にあって、その器の大きさを決めるのもあなた自身です。

ヴォーカリストが表現するということは、声を殺して歌を生かすこと、さらに歌を殺して心を伝えることなのです。発声法でなく声の力、歌唱技術でなく歌の力、ステージの演出でなく、あなたの心と音楽が、人に伝わる力となるようにしてください。

 

〇同曲異唱で成り立ちを学ぶ

 

大切なのは、音楽的な基本、ここでは楽理よりは、歌の中の音楽として成立する共通の要素を入れることと、あなたの声を体の原理に基づいたオリジナルなものに戻し、使えるようにしていくことです。そのためには、一流の音楽・歌を徹底して聴くことです。

同じ歌を異なるヴォーカリストで聞くこと、外国人の歌と、その日本語訳詞の日本人の歌を聞くこと、それらを比べることは、とてもよい勉強になります。(スタンダード、オールディズ、ジャズ、ゴスペル、カンツォーネ、ラテン、シャンソンなど。)

 

〇一流に学ぶ

 

まずは、一流のヴォーカリストの学び方を作品のプロセスから追体験し、しかも彼らの基準においてチェックしていくことができるようになることです。彼らが何から学んだかを追うと、やがて全ての分野をカバーしていくことになります。

フレージングのコピーは、トレーニングメニュとしても使えます。できるだけ広い分野から、一流といわれたヴォーカリストの作品を集めましょう。彼らの伝記、自叙伝などを読むのも刺激になります。

 

〇アンテナの立て方

 

実際に歌からどう学ぶのかとは、それこそ、才能というものです。同じ曲から一つも学べない人も、百以上学べる人もいます。アンテナが一つしかない人と、100以上ある人がいます。私は、レッスンはこういうことの重要性を伝え、そのアプローチを試みさせるのが全てだと思っています。つまり、アンテナ一本の人に、10本、20本のアンテナの立て方を伝えるということです。

 

〇デッサンフレージングを学ぶ

 

歌の世界では、自分の声を使って進行・展開や構成を音の線で表わしていきます。これを私は、絵画に例えて、これをデッサンといっています。いわば線を引く=フレージングのことです。そこに色=音色を加えます。

カンツォーネ、オールディズ、ラテンなどは、声で音のデッサンをどうしているかがわかりやすいため、発声・リズムグループも含めた、基本の教材として使っています。

唱歌、童謡は、呼吸と発声フレージング、日本語の勉強によいです。

演歌、歌謡曲は、日本人のデッサン情感表現のデッサンの研究によいでしょう。

声をそのまま大きく使って歌に展開していく段階では、あまりテクニックや効果のための装飾を入れず、ストレートに歌っているものの方が、材料にしやすいのです。私は音響効果が悪いため、生の声のわかりやすい19501970年あたりの作品をお勧めしています。

 

○独習の難しさとレッスン

 

独習は難しいというのは、より厳しい判断基準をもって行なうには、ということです。判断基準そのもののレベルアップこそが、決め手です。独習には、あなたにプロの耳が必要です。判断ができなくなれば、師につくことです。

トレーニングというのは、基本的には自分でやるものです。それをチェックしたり、新しいアプローチやヒントを授かったりするために習いにいくのです。

そこで、より深いこと、本物のこと、ある種の真理のようなものに触れ、自分の毎日行っていることの意義や効果を再確認し、そして、さらに修練を積んでいくわけです。

私は、そのようなことを自分で盗める(自主的に学べる)場でなくては、あえて学びにいく必要もないと思います。つまり、絶対に一人でやったり他のところでできないことのためだけに、レッスンを使うべきだと思っています。

 

〇レッスンの使い方

 

そこにいることで、何かトレーニングをやっているつもりになるような、安心感しか与えないところでは、楽しい、落ち着く、親しみがわく。その結果、当の目的とそれているのにさえ、気づかなくなっていきます。

何事も、学んだから必ずしもよくなるのではないということを忘れないでください。長く学ぶと、何事も学んでいない人よりもすぐれますが、世の中でどのように通用しているかと常に問わないと、必ずおごりや慢心が入ってきます。

それも含めて、本人の力次第なのです。自分でできることはすべて自分でやり、自分でできないことだけのために、トレーナーの才能をあなたが最大限に引き出して、使うことです。

参考書も一長一短があります。ことばや内容をうのみにしないことです。世の中には、そういう考え方や、そのように考えている人がいるという程度に考えてもよいでしょう。本を読み、スクールを転々としてはいつも悩んでいる人がいます。どこにも答えはありません。

 

〇何でも活かす

 

すでにあるものを習得するのでなく、あなたが創りあげるのです。正しい方法、間違った方法とか、よい先生、悪い先生とかではなく、世の中すべてから、あなたが生かせるものをよい方に生かしてものにしていくことです。私が世の中にはその逆のことをやっている人ばかりなので、そうすれば必ず、やっていけるようになるのです。

何もないより、少しでも本や教材が出ていることは、刺激にも勉強にもなります。拙書も参考にしていただければ幸いです。

 

○飲食物のよしあし

 

食べものに関しては諸説ありますが、大して気にすることはないでしょう。辛すぎるものや刺激の強いものなどはよくないという人もいます。声を出す直前でなければ、あまり関係ないと思います。声帯に直接、飲食物はふれないのに、おかしなことをいう人が専門家にも多いようです。高価なものほど、あやしいですが、信じて効果がでている人には、何も言いません。

―個人の体験は参考になっても、すべての人に当てはまらないことという顕著な例の一つです。

 

〇声楽家と教えている理由

 

声楽家にお手伝いをお願いしている理由は、J-POPSが声域を広く、しかもハイトーンが中心になってきたこと、ミュージカル志願者やミュージカルのプロの方などが増えて、早期に高音の強化を必要とされたため、そういうことを求める人には、向いているからです。

声の基礎づくりでは、声楽家は、呼吸や発声に何年ものプロセスを経て、体づくり、声づくりをしています。そのため、歌唱や演技と切り離して、声をみているのです。これは大切なことです。役者や声優や芸人などのトレーナーの多くは、声の演出(表情やしぐさ)に早くいくため、3年、5年というプロセスで、呼吸や声そのものの成長をみていません。

 

〇ポピュラーのヴォイトレの限界

 

ここに通われる役者、声優の方は、そういう人が教えているところでは、声の問題が解決しなかったからいらっしゃったのです。そのために初心者にも増して、日本人を一時、離れる感覚、体づくりを必要とするからです。

一方、ポピュラーの現役ヴォーカルなどのトレーナーでは、その人の好き嫌いや感覚に、そのトレーナーがプロとしてすぐれているほど左右されやすいのです。そのため、違うタイプは育ちにくく、似たタイプは何年たってもそのトレーナーの半分くらいの実力で終わってしまいます。ポップスのトレーナーは、一人で教えている人が多く、もともと、のどのよい人、声のよい人、器用に歌える人が多く、声を育てる経験をあまりつんでいないことが普通だからです。

第26号 「ヴォイトレと音楽の練習」

○音楽的にする

 

歌唱で表現は、音の流れの中で決まってくるもの(曲)に対し、自分が何かをみつけ、そこでどう伝えたいかということ(心)でつくっていくものです。

歌が心身と一つになるために、声を自由自在に使いこなして歌として描くのです。ヴォイストレーニングとは、その自由度を声の力で拡げる得るためのものと思っています。

私は聴くときに、3分間すべてを貫く方向性に対し、いくつかの音の大きな動きとその関係をみます。それはリズム・グルーヴで支えられた上で、微妙にその人独自の呼吸でフェイクし、心地よい揺らぎを持つとともに、要所(ピークや語尾を中心)に、心に残るニュアンスをおいていくものでなくてはなりません。

 

〇どう歌うべきなのか

 

レッスンにおいては、「どう歌えばよいのですか」という問いは、成り立ちません。それを自分の歌において、問うことに対して、サジェストするのがレッスンです。

一瞬でも一フレーズでも、人の心に働きかけるものが出たところから、すべてがスタートするのです。あなたの歌が創造物(アート)であることを目指すのであれば・・・ですが。

詞を歌うのではなく、詞やメロディに表れた思いを伝えるのです。ことばだけでなく、メロディやリズムや音色、呼吸で、あなたが再構築するのです。ステージでは即興で、よりよく選び変えるくらいの気持ちでやることです。

 

○イメージング

 

歌とか声というのも、歌や声に何をのせて伝えるかということです。作詞でも作曲でも同じでしょう。だからといって作詞作曲の勉強をするのではなく、ヴォーカリストが、声の中に、心の音とか、ことばが歌い出したら、そうなるということです。世界の音楽まで含めて体に宿したら、そのときにふっと自分から出てくるメロディがそうなるのです。まず100曲でもつくれということです。

 

〇楽器と歌

 

ピアノでもヴァイオリンでも、一番根本の基本のところは変わらないのです。でも楽器の場合は、決められた土俵のうえでやりますから、そこに幼いときから長く触れている人の方が有利です。毎日10時間近くの練習は、楽器を自分の神経につなげるためです。でもヴォーカルの場合は違います。例外が許されるのです。いや、例外しか許されないのかもしれません☆。

 

○練習のメニュについて

 

基本的には、何事も自分が主体的に取り組み、自分で決めていくのがよいと思います。その練習内容を組み替えたり、よりよくするための基準を知るために、レッスンなどを使っていくということです。

多くの人が練習というのは、正しいやり方があるとか、いくつか決まったやり方であると思っているのですが、そんなことはないのです。その人の中で、歌のレベルに応じて練習の方法が開発されてこなくては本当には大して役立たないのです。

とはいえ、明らかに一人よがりのまったく間違った方向や無意味な“トレーニング”もないわけではありません。こういう場合は、第三者のアドバイスが必要です。

 

〇練習能力を高める

 

歌がすぐれ、表現力をもっているということは、それを支えるだけの自分の練習方法をもち、対応ができているということなのです。その能力を自分でつけていくことです。

ヴォイストレーニングのメニュも歌のテクニックも、それを参考に自分のものを作るためにあります。他人のものは本当には使えません。叩き台として使っていくことです。そのメニュのつくり方を学ぶのです。私は、ヴォイストレーニングの方法論イコールその人の歌そのものだと思っています。そうでないヴォイストレーニングなど、いずれは不要だからです。

 

○毎日できるトレーニングとは

 

若い人には、あまり他人の考えで左右されないでほしいと思います。表現を支える基盤とは、あなた自身の生き方、生きてきたことのパワーの総合力というようなところがあるのです。

特に歌は、二十歳でも、うまい人はうまいし、五十年、習っていても、へたな人はへたなのです。だからこそ実力派志向でいくなら、しっかりとしたトレーニングが求められるのです。呼吸や声のためによい習慣づけをすることが大切です。

私は、どこかで、トレーニングに徹底して集中できる二~四年間をとることを勧めています。それに前後して十年です。そうでないと、本当の意味で、感覚はともかく体は変わらないからです。

<>づくりの期間に五千時間、音楽を入れるということで、五千時間の、合計一万時間。

でも、日本のヴォーカルに関しては、それだけの時間は関係ないかもしれません。それまでに毎日行なうのは、ブレス(体)のトレーニングと、耳(感覚-音楽)のトレーニングです。

 

○声を出す時間に注意する

 

トレーニングはともかく、それ以外で、喉を無駄に疲れさせないことです。

1.トレーニングの時間を短くする。

2.一日のトレーニングを分ける。

3.一つのトレーニングが終わったらその分、休みを入れる。

トレーニングは、翌日、喉に疲れが残らない状態までがよいと判断してください。

第25号 「メリハリをつける」

○歌での感情表現は、ブレスで構成する

 

歌の音楽的構成での見せ方についてです。ここでは無駄な感情移入や雑な表現は整理しなくてはなりません。ドラマの起承転結のように、多くの歌は、4つに分けていくとわかりやすいでしょう。(4ブロック、4フレーズ×4)ピークに対しても、歌い手の感情を入れるのではなく、聴く方の感情に訴えるように展開し構成するのです。心をもっていきながらも、音楽の規則性(リピート、コード進行、グルーヴ)を最大限、利用します。最終的に、一曲を一本につなぎます。

といっても、1コーラス、あるいはAメロ、Bメロ、サビと、ブロックごとを一本に通すことができたら、かなりのレベルです。

テーマを表現し切るクライマックスは、その作品を決定していくピークにあたります。このピークに対し、どのようにフレーズを組み立てていくのかを考えることが、歌の構成、展開上ではとても大切です。

 

感情より、魂、心を

 

歌が感情表現を必要とするとは限りません。歌を音楽的に捉えるなら、バイオリニストやピアニスト以上の感情は、投入すべきでないと思います。声はただでさえ、感情的なものだからです。しかし、発声技術や音楽性に乏しいヴォーカリストでも感情の伝わる声や感情移入でもたせることができるのは確かです。私としては、感情というより、魂(ソウル)や心(ハート)、せめて気持ちと呼びたいのです。感情ということばは誤解しかねません。

 

○シャウトして歌うには

 

日常生活でできていないものは、日常生活で得ていくのがよいというのを知った上で、効率的に早く得る、より多くを得るためにトレーニングがあるのです。

外国人ヴォーカリストがシャウトするときに使っている声は、とても深く、喉に負担のない発声をしています。子音中心の言語ということも、高音には有利です。

それに対して、私たちの叫ぶ声は、喉にかかります。体や息が充分に使えないまま、無理に浅い声で出そうとしているためです。日本では役者のトレーニングで役者の声の条件を得ていく方が早いように思います。

 

日本人のシャウト

 

日本人のヴォーカルのシャウトは、上にあてて抜いたものか、生のまま、大声でがなったものが多く、前者はインパクト、音色・個性に欠けたクセ声か弱い響きの声、後者は生声、喉声で喉をつぶして、再現できなくなりがちです。まだミュージカルにみられる、クラシックの唱法をポピュラーにもっていったシャウトの方が、ましです。ただし、これは母音共鳴のシャウトなので、リスクも負担も大きいです。

あこがれから入ったまま、形だけをこなし、実のところにベースを置いていないことが、今の日本の歌の説得力のなさに見えてなりません。自分の声でのデッサンをしていくことです。

 

○一本調子を解決する

 

その曲を音楽たらしめているものがわかるまで、解釈しましょう。メロディ、ことばがひとつに溶けて、リズムの動きで流れてくるまで聞き込むのです。そことあなたの感覚をさらに融合するのです。次にどこで盛り上げて、どこで語りかけるかなどといった展開、構成を、徹底的に考えておくことです。強弱やテンポなども、あらかじめ決めて歌っては自分に合うように修正していきましょう。

これも、自分の声の音色、そして歌の音楽としての奏法を自ら見つけていく必要があります。自分の音と奏法を見つけるのが、アーティストなのです。

ヴォイストレーニングで、今まで意識していなかった普段の声もよくなることがすばらしいことだと思います。トレーニングとその成果には、タイムギャップがあるので、効を急がないことです。

 

○メリハリをつけるには

 

呼吸と声での表現が一つになるまでしっかりとつかみましょう。その表現力を決して損ねず、パワーアップして歌に持ち込みましょう。自然にメロディを処理していくこと、日本のミュージカルのように音程を歌うのはさけたいものです。

 

次の各要素に注意して、曲を聞いたり歌ったりしましょう。

1.テンポ、リズム、グルーヴ

2.発声、ことば

3.表情、表現、動作(フリ)

4.フレーズ(スピードの変化、音の強弱変化、メリハリ)

5.音色、ニュアンス

6.フレーズ間の動き、イメージ

 

〇絶対音感のメリット

 

私は幼いときに、ピアノを習っていたためと思いますが、絶対音感があります。弾いている音の高さが音名(固定のドレミ)で聞こえてくるので、原調(そのままの高さ)の楽譜が書けます。人の歌っている歌に、音を付けることができます。自分が歌うときに、導く音(ピアノなどのコード)がなくても歌い出せます。これらのことは少し便利なことであっても、大して必要なことではありません。仕事場には大体、楽器があるのですから。

便利なのは、カラオケスタジオや体育館やセミナー会場でアカペラでのチェックをするときくらいでしょう。これも、小さなキーボード一つあれば解決します。

 

〇絶対音感のデメリット

 

絶対音感のデメリットもあります。音の高さとは、その基音となる「ラ」(440Hz)435-444Hzあたりで、演奏者が決めているくらいあいまいであり、演奏上の一つの音での絶対的な高さというのはないということです。相対音感があれば、充分なのです。絶対音感があると、却って合わないと微妙に不快感が出ることもあります。また電子ピアノなどで、トランスポーションという機能で半音の移調した音を出すときに、混乱する人もいます。絶対音感があっても気にならない人、スケールとして弾ける人もいます。

 

〇絶対音感不要論

 

絶対音感教育を指導しているところもあります。最上葉月さんの書物「絶対音感」が大ヒットしたように、日本人はこういう基準に頼りたがる人が多いです。ビートたけしさんなどでさえ、「絶対音感がないから、すぐれたミュージシャンになれない」というような誤解をして、それに基づく発言をする文化人、芸術家が日本人に多いのです。絶対音感神話みたいなものをつくりあげています。

世界中に絶対音感のない一流のミュージシャンや作曲家、歌手はたくさんいます。

小さい頃に、音楽教育で身につく一つの能力にすぎず、それをつける努力の必要もないし、また絶対音感をもっているからといって、何ら誇るべき価値はありません。バイオリニストで論客でもある玉木宏樹氏などと同じく、私は先の著書の論には、否定的な立場です。

第24号 「リズムと音感」

○グルーヴ感をつける

 

確実に強拍に踏み込んでから、アフタービートにのって放すグルーヴの動きを捉えておきます。(音楽、曲、リピート、リズム、グルーヴ、音色中心の動きなどを意識します。)

1音の音のタッチに音色が出て、次に2つ目の音との関係で音楽の演奏が始まります。タッチとは、その人の表現のやり方といえます。これを一曲で描いていくのです。

楽譜を歌うのでなく、そこから、その歌の本質を取り出し、自らの呼吸で流れをつくり、音楽たらしめていく。その一端だけ経験し、体と感覚に、自らの声の動き、呼吸とともに入れていくのです。

 

感覚の切り替え

 

フレーズの中では、出だしから次の音へのつなぎは、そのあとの方向性を決める大きなポイントです。もちろん、そのフレーズのまえの息(ブレス)もこれに深く関わってきます。

海外では、音(息)の強さ、音色とリズム・グルーヴで打楽器的に声をたたみかけて(言語感覚そのままのリズム、子音中心)結果として、メロディや高低を処理します。この感覚の切り替えこそが、ポイントです。

 

いつも感じて動くこと

 

普段からノリのよい音楽を聴き、体でリズムに慣れるように心がけることです。たくさんのリズムパターンを体に叩き込んでおきましょう。ジャズ、フラメンコ、ラテン音楽をお勧めします。

3拍子の感覚を身につけるには、馬に乗ったときのタンタータン、ダンスのズン・チャッ・チャッのリズムが基本です。

ダンスミュージックを聴いて、体を実際に動かしてみましょう。

楽器演奏をたくさん聞くとよいでしょう。ヴォーカル教材より、楽器の教材がよいです。

 

○テンポをキープする

 

いくら複雑なメロディがついても、一定のテンポとリズムパターンを乱してはなりません。とはいえ、そこで感情を込め、部分的にメロディやリズムをフェイクしてもよいのです。そのズレこそが、個性であり、歌唱の本髄なのです。しかし、テンポの感覚を失って戻れないと、元も子もありません。

ですから、最初のテンポを曲の最後まで保つこと、つまり、一定のテンポ感を保つことを身につけましょう。ドラムやベース、リズムボックス、メトロノームで学ぶのもよいでしょう。

自分の歌を、リズムで読んでください。楽譜をみて、メトロノームにあわせ、音符を打楽器の楽譜と思って、叩いてください。足は、小節の頭を打つとよいでしょう。これを何度もやって、体に覚えさせてから歌いましょう。

 

○音程を正す前に

 

音程をはずす、リズムののりが悪いなどは、それをどう直すかでなく、そんなことが起こっていることがもっと大きな問題なのです。

本来、問題に上がってこないために、一流のアーティストがしてもいないトレーニングを、そこに設定することの意味のなさを考えて欲しいのです。それだけ音楽の世界に親しんでいない、よく聞いていない、ていねいに音を扱っていないことの表れです。クイズのように、正誤問題であたった、はずれたというのは、楽器の初心者ならともかく、芸事には、余分なことです。

積極的に声を出し、歌に慣れましょう。自分にあった歌で音域や音程の高低幅が少なく簡単なものにしましょう。簡単な音階の発声トレーニングをするとよいでしょう。発声がよくなれば自然と音程も狂わなくなることが多いものです。まず量、そして質にしていくのです。

 

音楽の流れで覚える

 

音程をトレーニングするなら、その課題ができるのでなく、そのうち無意識に歌の中でおかしな流れにならないように、結果が出てくるようにするためです。

つまり、より心地よく快感に相手に伝えようとし、その声の起こしていることを繊細に把握していく能力がつけば、正されていくと考えてください。音楽そのものを聞き、感じ、体や息を動かすことから学ぶことです。

 

○読譜力、初見力について

 

楽譜は、音の高さ(ピッチ)と音の長さを表わします。瞬時に出ては消えていく時間軸の音楽を空間に目でわかるようにしたものです。そこに示された、論理、秩序、法則性(作曲家と音楽のルール)が、その音楽の形です。解釈や比較、他の人への伝達に便利です。ヴォイストレーニングをするなら、マスターしましょう。

第23号 「トレーニングの質を高める」

○体調の悪いときのトレーニング

 

疲れているときには、喉に負担をかけるハードなトレーニングはよくありません。喉の状態をよくするためにヴォイストレーニングをするのに留めます。時には喉を充分に休ませることが大切です。体と息のトレーニングを中心にしましょう。

こういうときは、トレーニングそのものよりも、それによって息、呼吸、体をよい状態にすることがプラスになると思いましょう。トレーニングは、明日のためにするのです。

 

○発声練習はいい声で

 

発声練習は、よい声にして、うまく歌えるようにすることでやるのですが、使い方を間違ってはいけません。そもそも発声練習は楽しいですか。

楽しくないとよくないとはいいませんが、テンションが落ちたり、他のことを考えて集中できないようなら、やっても悪い結果にしかなりません。

私は、歌やせりふのフレーズで声をみることが多いです。それは次のように考えるからです。

1.プロでも、発声練習には不慣れで、歌やせりふでの方が声もうまく使えていることが多い。

2.歌やせりふに、発声練習は不可欠ではない。発声練習をしないのに、プロになっているのがその証拠です。

3.発声練習が、歌よりも難しいように使われているなら、根本に戻り、シンプルにする必要がある。

 

フレーズでのトレーニング

 

たとえば、高いところを歌うのに「とわのこころに」というのを、「とわ」に比べて「こころ」がうまく声が出せていないときに、母音で「おおお」としたり「とわのとわのに」にしてみます。「こころ」というひっかかり(本人のネック)をやさしいメニュに置き換えて、少しずつ解決していくのです。

出せないことまでやって、悪いくせをつけるくらいなら、心地よく歌っている方がよほどよいのです。歌での調整でできるところは、短いフレーズのくり返し練習です。少しずつ音や長さ、動かし方を変えて行なえばよいのです。

歌よりもずっと難しい声域声量で発声練習をするのは、おかしなことです。自分のものがまとまってしまい、その器を破るときに限ります。

「歌いたいのであって、発声をしたいのではない」というのが、正常の感覚です。歌で発声練習をやり、うまくいかないところだけ重点的に補強トレーニングをするとよいのです。

 

○ことばを大切にする

 

音楽で伝えるのに、本来ことばは必要ありません。ことばがなくても、ピアノやトランペットは音で伝えることはできます。そういう言い方をしたらそうなるということですが、多くの歌手は、ことばを大切に伝えています。歌は、声と言葉があるから楽器に勝るところもあります。

発声で母音で歌うより、ことばをつけさせます。その実感(音色やニュアンス)の方が発声に優先すると思うからです。ただし、音楽上の成り立ち(表現力)をみるには、外国語にしたり、もっとも発声に難のないことばを選び、つながりをみます。

歌を自分のものにするには、自分のものを、その歌に叩き入れて動かすようにしていってください。流れの中で正されるように(楽譜に合わせるのでなく)心地よく、のりのよい線をイメージして声で奏でるのです。

 

○英語は発音より発声から

 

日本人の英語の発音は総じてよくなりました。しかし、発声の息とリズム(強弱)がよくないのです。口先で英語を器用に発音しているだけです。英語らしい雰囲気で聴かせているだけといってもよいでしょう。声は前に飛ばないし、強い息にのっていない。歌も声の芯や深い息がないので、私は、その一声で話したり、歌っているのが日本人とわかります。

英語は、強い息を発し、舌、歯、唇で生じさせる子音を中心とする言語です。日本語にないパワー、勢いといったものがそこからつきます。それが自然な深い声や音色につながるのです。その根本的な部分まで、耳と声で捉えている人はどれだけいるのでしょうか。

音楽面のみならず、自然な発声と呼吸を身につけた体があってはじめて、外国人のヴォーカリストと対等に渡り合える実力につながるのです。ですから、体からの深い息をなるべく深い声にするトレーニングを続けることです。

あまりに広汎に使われ、なまりも許されている英語では、日本語なまりであっても充分だと思います。その他の国のことばは、現地の人に聞かせるなら、それを母国語としている人と同じレベルの発音に使いこなすくらいに、使い込んでいかなくてはいけません。

第22号 「声を矯正するには」

○固くてツヤがない声をやわらかくする

 

声量のある人は、マイクの距離と、音響のヴォリュームで調節し、声の質を確認してみてください。マイクが遠いと、固く聞こえます。

 

声帯を合わせ、声の響きをコントロールする訓練として、ハミングは、よく用いられるようです。長時間続けても、喉を痛める危険が少ないので、調子の悪いときの調整にもよく使います。小さく、鼻のつけ根に響きがくるようにしてみてください。なめらかに、一音一音をつなげていくこと、口は最初は閉じて、次に少し開いて行なうとよいでしょう。ハミングは人によっては難しいので、できない人は無理にやらなくてもよいでしょう。ナ行、マ行の音を使いましょう。

 

<声を柔らかくする>次の音で練習しましょう。

・ンガンゲンギンゴング

・マメミモメモマモ

・ンマンメンミンモンム

ハミングのトレーニング

 

○低い声を出せるようにする

 

低い声というのは、高い声に比べて、その人の声帯から体型など、個人的な資質が、より関係してきます。ヴァイオリンでは、チェロの低く太い音は出せませんが、人間の場合、簡単に言い切れません。

低い声が出したくても、それほど必要がなかったり、人に不快を与えるのであれば、使わないことです。聞いている人にとっては、大して関係ないからです。

他の声域でやる方が伝えられるならば、そちらを選ぶべきと私は考えます。そういうことも総合的に判断しなくてはいけません。音響効果も使えます。あなたの生まれもっての楽器としての限界もあります。高い声にシフトして歌いすぎていると、低い声は出にくくなります。

大体の場合、高音域ばかりで練習していると、低音域で出にくくなり、低音域ばかりでは高音域は出にくくなります。それを知った上で高音域で無理して、声の状態を悪くする人が多いので、一時期、低音域でトレーニングするのはよい方法です。

 

鼻声を直す

 

鼻にかかりことばがはっきりしない。声を若々しく、鼻に響きすぎる声を落ち着いた声にしたい。すぐに鼻にかかってしまうなどの場合、鼻に抜けないように、一時、胸中心に意識してみてください。

 

○体からの声を出す

 

個々の音(発音)にとらわれず、体から一つのことばを一まとまりとして捉えて、発声をトレーニングすることです。役者のように、体からことばを一つにして言い切るのが基本ということを忘れないでください。

早口ことばのような滑舌練習も、それをふまえた上でなければ効果はありません。深く響きのある声を出すことの方に重点を置いてトレーニングを行ってください。

私は、発声の理にかなった発音を、発音そのものの正確さより優先しています。発音がいい加減であってよいのではなく、今の課題を片付けて、あとで一本化するのです。

トレーニングは部分的な問題を集中して解決するのですから、全体のバランスがくずれるものです。元に戻し調整しなくてはなりません。

 

○ことばが聞こえにくい声を直す

 

明瞭な発音には、唇、あご、舌、喉(声帯)などが、スムーズに連動していなければなりません。発音より発声、発声より音の流れを優先することです。

その中でギリギリ、ことばをのせていくか、最初からことばで言い切って、それを音の流れでつないでいきましょう。

口を開けすぎ、動かしすぎて、唇やあごの運動にエネルギーを多く使うと、ことばにするときに喉、舌の運動にエネルギーや気持ちがまわりません。

歌においては、すべてのことばをはっきりと発音しようとしすぎると、口がパクパク、音程をとってメロディにつなぐだけで精一杯となります。そのため、ことばの持ち味や音色、イントネーション、リズム(グルーヴ)を生かせなくなることが多いようです。本来、音は点でなく線でとり、動かすのです。

日本語を音楽に使えるようにしていくには、イタリア語あたりの発声から始めるのもよいと思います。私は原則として、発声を発音に優先する立場をとっています。

 

キンキン声、金切り声を直す

 

自分の声を一方的に高めだと思い込んで喉をしめて出していることがほとんどの原因です。

息も浅く胸式に近い呼吸です。あごが上がっていませんか。まずは、ことばをしっかりと深く話すことから始めましょう。

低い声の「ハイ」で胸の響きを感じましょう。

 

喉声、かすれ声を直す

 

かすれている声、息もれする声は、高音に届きにくく、共鳴に欠けます。鼻に抜けて、かぜ気味の声のような人もいます。これは、息がうまく声にならないため、無理に喉に力を入れて押し出すからです。息を浅く短く吐き、声を出すのに不自然につくっているのです。裏声にも切り替えにくく、つまってきます。発音は不明瞭で、柔軟性に欠けます。

トレーニングの初期にもよく見られることです。急にたくさんの声を長時間、使いすぎるからです。響きの焦点が合わず、声が広がってしまいます。声立てが雑で、ぶつけて力で出す人に多くみられます。あごや喉が固く、よくない状態での発声です。

 

小さく細い声を直す

 

蚊の泣くような、小さく細い声は、外見的には、あごや首、体格などが弱々しい人、または、内向的な性格からきていることも多いようです。これまで大きな声をあまり使わなかったのでしょう。その状態では、マイクの使い方でカバーするしかありませんが、根本的に変えたいものです。体力、集中力づくり、体の柔軟から始めましょう。スポーツやダンスなどに励みましょう。なるべく前方に声を放ってやることを意識しましょう。声を出す機会を多くとってください。

 

○低く太い声を直す

 

特に太い声でしっかりと響いている人は、有能です。一流のヴォーカリストは、高い声だけではなく、太い魅力的な音色をもちます。しっかりとその声を前に出すようにしてください。

声が低いとか声域がないから歌えないということはありません。どのフレーズでも伝わらないから歌えないということです。高い声の声域も目指してください。

 

〇レッスンに集中する

 

レッスン時間が、カウンセリングやレッスン生が話したり、トレーナーが語ったりすることだけになっていませんか。ことばのやりとりが少ないレッスンが求められるべきです。

私の所では、質問はメールで済ませ、レッスンの疑問は、メニュで答えるようにしています。それでも疑問が残るときは、何回聞いてもよいし、私か他のトレーナーにも聞くことがあります。

トレーナーの言語能力がないこともあるし、当然わからないこともあるでしょう。何でも質問してくる人に対して、あまりことばで説明しないほうがよいと考えるのです。

答えないのも、一つの答えです。答えてわかるようなことは答えなくともわかるし、それがわからない人には答えてもわからない世界があるのです。

第21号 「しぜんな声と喉の鍛錬」

○歌は発声で歌うものではない

 

作品としては声にすることばかりを考える必要はないのです。息をマイクが拾っていたらそれでよいからです。声が少しでも息になったら、発音や響きが悪いと、レッスンではそういう見方もしますが、実際はそういうことではないのです。なめらかな発声だけでないところに味も出ます。

 

○自然な声を身につける

 

自分のなかでの判断よりも、他人にどう聞こえるかで判断することです。ただし、しっかりした訓練ができていないと、せりふや歌うなかで、この自然な声を保つのは容易ではありません。

クセがあることがよくない理由は、再現性、応用性、柔軟性に乏しいことです。その人の理想とされるオリジナルの声ではないからです。

人に伝わるのに自然な声というなら、伝えたいときの思いを伴い、それを妨げない声(ベターな声)といえます。

 

〇ヴォーカリーズのレガート

 

アの母音から、口の中のかたちを変えないつもりで、順に「ア→エ→イ→オ→ウ」と、つなげて声を出します。出しやすい高さの音でやりましょう。

顎を手で(親指で強く)押さえ、どの音でも顎が動かないようにすることです。音が移るときに、スムーズに口も響きも変えないように行ないます。「アーァエーェイーィオーォウー」の感じでやりましょう。フレージングで述べたことを参考にしてください。弱点があると、声はよい方でなく、悪い方にそろいやすいので、注意してください。

 

○ハスキーな声にはしない

 

つぶした声の方が感情が伝わりやすいし、声もコントロールしやすいという人もいますが、決して勧められません。つぶした声は、声質が悪く、声量・声域も狭くなり、不自然で細かなコントロールができにくいものです。しかも、長く休めると、もとの細い声に戻ります。つまり、何ら身についているとはいえないのです。

プロには、ハスキーな声の歌手、役者もたくさんいます。私は、声がよくても悪くても鍛えられていて再現性がきけばよいと判断しています。

しかし、ヴォイストレーニングで、そういう鍛え方をするのは稀です。基本を習得し、あとでどこまで応用できるかで試すことです。その応用で許されるレベルに入っていたら、そういう声もありといえます。

声は声そのもので勝負するわけではないのですが、持って生まれたものを充分に生かすことです。自分のやりたいこと、好きなこと、できることは、高いレベルでは、違うということを、知ってください。

 

○喉の使い方

 

喉がすぐに痛むのは、耐性がないか、よい発声ができていないということになります。再現性は上達の前提です。声帯(喉)ではなく、お腹(横隔膜のあるところ)から声を出す感覚で発声することです。

ひずんだ声でこそ、伝わるものもあります。でも、喉の痛さゆえ伝わる気がするというのでは甘えにすぎません。痛みや異常は、発声への警告なのです。

声の使い方がよいとは、楽器(体)の機能の生かし方から問われるべきでしょう。喉という楽器もその原理にそって、使わなくては声もよくなっていかないと考えるべきでしょう。喉を無理に鳴らそうとしている人をよくみかけます。しかし、声量は息と、共鳴のさせ方で変わってくるもので、喉をいかに強く鳴らすことができるかではないのです。

 

〇喉を鍛える

 

喉を鍛えると、ハードなやり方で得られる人もいますが、無理な人もいます。ケースバイケースです。喉が弱くても、自分の喉と声としての使い方をしっかりと知っていれば、大丈夫です。他人と自分とは違うのですから、自分に合った方法をとることです。ただ、トレーニングで結果的に喉は鍛えられていくのは、確かです。

1.喉の強さ

2.喉の使い方

3.喉の限界と危険の避け方がわかる

この3つがタフな喉をつくるのではないでしょうか。

 

○細くて弱々しい声を強くする

 

弱点が強みに変わることもあります。

もともと声の小さい人は、無理に大きくするよりも大切なことがあります。細くてもよく通り、張りのある声であれば、充分に通用します。もちろん、あまり声を出してこなかった人は、目一杯チャレンジしてみてください。

いくら太い声で声量があっても、無理して出しているうちは使えません。

大きな声の人は、ますます大きくしようと、雑なままやり続けます。それでは、使いようによっては、表現を損ねます。やるだけやってみて、大きく変わることも、あまり変わらないこともあるので、やってから考えてもよいでしょう。それも自分の声の個性を知ることになります。

 

外国人トレーナーの日本人への基準

 

日本人でも器用なヴォーカルやトレーナーなどは、海外のトレーナーに比較的、安易にそのまま認められるといわれます。(ほとんど友好的観点からです。向こうの大物アーティストが日本だけでCMに出すように、日本人など大して考えてもいないともいえます。何よりも、のど(声帯ほか)やその使い方に恵まれていない人が、学べるものにはならないことが、問題なのです。

 

声については、すぐれた人がすぐれた人(のどについては)に教えられるように、そうでない人に教えられないのです。それが、もっとも大きな問題なのに、無視されています。日本のトレーナーは、そこを自覚すべきでしょう。

プロの人が、トレーナーのもとにいかない理由をよく聞かれます。自分よりも下手な人を自分並みにも育てられていないからです。トレーナーに、本人のレベル以上に何人を育てたかの実績を答えられる人は、どのくらいいるでしょうか。

第20号 「喉をあける方法と音楽的日本語」

〇あごをひく

 

ほとんどの人は、あごがまえに出ているので、斜めうしろにひくことです。胸の位置を少しあげてからひくと、首や喉を圧迫しません。親指であごを強く押してみてください。この状態で声を出すとよいです。

耳のまえにあごのちょうつがいがあります。これは、しゃべったりやわらかいものを食べるときは、動きません。

しかし、大きいものを口をあけてくわえるときや、固いものを噛むとき、下あごのつけ根のところは下がります。あごと舌の余計な動きを抑えるために、エンピツやワリバシをくわえて発声するトレーニングもあります。力が入るときは、あごを左右や前後に動かし、楽にしましょう。

 

〇舌は平らにする

 

喉がつまる原因の一つに、舌が固くなることがあります。舌根(舌の奥の方)が盛り上がると、口の中が狭くなり、変に共鳴した、つめた声となります。すると、音色も発音も不安定になります。舌が平らになった状態を鏡で確認して声を出してみましょう。

声楽家の歌っているときの舌の状態は、ぺたっと平らにくっついています。舌が平らになって、舌先が下の歯の裏についている状態に保ちます。このとき、喉仏が下がっています。

強い声を出そうとして力を入れると舌がひっこんで、喉のじゃまをします。それで、喉仏があがり、喉声になりやすいのです。

舌は、実際はかなり大きなもので、喉の奥深くまで届いています。そして喉頭につながっているので、舌を前後に動かすと、喉仏が動きます。

どうしても力が入るなら、一度、舌を口の外へ大きく出して、ひっこめてみましょう。ろれつがまわらないとか、舌やあごに力が入るなどということは、舌を回したり裏返してみたりするトレーニングで、ある程度解決できます。   

根本的に直したい人は、そういうところで左右されないように声を深く使うことをイメージや感覚から変えていくことです。

 

〇喉のあけ方

 

[この項目は:『「医師」と「声楽家」が解き明かす発声のメカニズム』萩野・後野(音楽之友社)2004年より引用、一部省略]

 

歌謡曲やミュージカルなど、語りと同じ感覚で歌声を出すと、声が“前歯に当たる”感じになります。喉はやや上がり気味で狭くなります。下あごは上げ気味になって、浅く平たい印象を与える声が出ます。口は横に開く感じです。)

「喉を広げて声を出す方法」=欧米人的(イタリア人的)な声、日本人でも、少ないながらこのような声をふだんから出している人もいます。声が“胸に当たる”もしくは“うなじに当たる”感じで、深みのある、歌唱では丸い感じの声になります。喉は下がって広くなり、下あごが下方に開いて首と近づきます。口は縦に開く感じです。

ついでに、この本には、「従来行なわれてきた『頭から声を出す』『顔に声を持ってくる』『軟口蓋を上げて声を出す』『頬を上げて笑ったような顔で声を出す』『重心を前にかける姿勢で歌う』などのよく正しいといわれている方法は、日本人によく見られる、いわゆる喉を狭くして発声するという習慣が、より強調されてしまう場合があるという指摘があります。)

 

○日本語で歌うときの問題☆☆

 

 日本語を深い声で歌おうとすると、かなり意識的に努力することが必要になります。そこで、やわらかく浮かして、響きでまとめ、マイクを前提にした歌い方を取り入れてきたわけです。音響加工が加わると、本当は表現として成立していないのに、通じてしまうので、わからなくなるのです。

日本語そのものを日本語として歌いこなすノウハウは、演歌のなかに、含まれています。

ポピュラーでは、歌詞を工夫して、(感嘆詞やカタカナのことば、英語を多用など)リズムでこなし歌いやすくしていますが、根本的な解決にはなっていないようです。

 

〇ミュージシャンと役者

 

センスのよい人(声を音楽的に扱える人)は声が浅く、パワーや個性(=音色)に欠けるし、声が深くパワーのある人は、音楽的な扱い(リズム・グルーヴ感、音楽的な構成力)に欠くことが大半です。前者はミュージシャン型、後者は役者型、両方兼ねそろえた理想のヴォーカリストは少ないのです。日本人ラップも、メッセージ重視の生声と、リズム・音楽重視の浅声に分かれているようにも思えます。

原語で歌って、歌のなかでのフレーズでの声の動きをとらえた上で、日本語詞で歌ってみてください。随分と違いがはっきりとわかると思います。そのギャップを埋めていくトレーニングをすることです。

外国の歌を日本語で歌うためには、いわゆる日本人の自然なままの声ではなく、日本語を音楽的言語として深めたところでの音楽的日本語(しっかりと体から出せる声の上にのっかった日本語)を使っていかなくては難しいと思っています。外国人ヴォーカリストが日本語の歌詞をつけて歌ったものを聴いてみると、イントネーションなど、おかしいところはありますが、日本語としても充分に自然に聞こえるのです。これは、音楽的に日本語をこなすヒントとなります。

 

〇トレーニングの効果

 

トレーニングの効果というからには、素人離れするもの、絶対的な力のつくものとしてみています。一声で違いがわかるということです。そうでないと比較もできないでしょう。つまり、体の条件レベルで大きく変わるということです。

仮に、野球でイチローを手本とするなら、彼のようなヒットが一本だけ偶然に打てるようにするのでなく、そのヒットを確実に生み出す彼のような体や感覚を得るためにするのが、トレーニングです。トレーニングということは、長期的ということで考えることです。

第19号 「呼吸から発声へ」

○吸う練習は不要

 

声は、息を吐くときに、出すものですから、声のコントロールは、吐く息の調節、維持によって行われます。そこでトレーニングは、自分の吐く息を思い通りにコントロールするために行ないます。吐く息の量や長さを自由にコントロールできるようになれば、息を吸うことも自然とできるようになってきます。

吸うことを意識して、吐くのと同じか、それ以上に時間をかけてがんばって息を吸っている人がいます。しかし、実際は、“吸う”というより“入る”といった感じがよいのです。

将来的には、息を吐いたあと、体全体がバネのように息を取り入れられる体をめざしてください。そこに「吸う」などという動作があってはいけないのです。「スゥーっ」と吸う音が、あまりに聞こえる人は、よくありません。

 

○息を長く伸ばす必要は少ない

 

重要なのは、息を吸う量や吐く量ではありません。腹式呼吸と発声に加えて、声たて効率(いかに効率よく息を声として使うか)が、問題です。

息や声を出して、どれくらい長く伸ばせるかといったチェックは、息の支えが崩れるので、トレーニングというよりは、チェックと確認のためにするのです。

ほとんどの人は、息を充分に吐けるだけの体になっていません。日本では、プロの活動をしている人でも、呼吸力の不足で歌がうまくまわらない人が少なくないのです。呼気を声に変える効率が悪く、息のロスが多いとさらにそうなります。根本的には、声と息が深くなり、結びつくのを待つしかありません。息をあまり吸いすぎないことです。

発声の必要度に対応できる呼吸を身につけることです。イメージとしては、喉でなく、呼吸でお腹から切りましょう。呼吸は常に吸うのでなく、吐いた分、入るようにと考えてください。そこで、いつでも瞬時にスッーと入り、すぐに使える体勢を整えられるために、余力をもつトレーニングが必要なのです。ちなみに、肺活量は、成人を過ぎると、少なくなっていきます。肺活量を増やすトレーニングをするのでは、ありません。

 

○腹筋運動の功罪

 

腹筋運動での筋肉の強化は、多くのスポーツの選手に必要ですが、声にとっては実際に腹式呼吸に使われる呼吸機能(内側の横隔膜に関わる筋肉や助間筋など)を鍛える方がストレートです。声は息によってコントロールされ、息は体でコントロールします。それに関わる筋肉は、一連の呼吸運動(息を吐くこと)によって鍛えます。

適度にお腹の筋肉を鍛えておくことも必要です。一般の人より、弱い人には、必修かもしれません。体力同様、筋力も、得ておくことです。あなたがアスリートなら、充分です。何事もその人の現在もっている条件で違うのです。 

前直筋は、鍛えることによって、あまり固めないようにという人もいます。力で歌うという誤解をとることです。

 

〇発声のメカニズム

 

 発声の仕組みを楽器のように考えてみましょう。

楽器の構造のように、私たちの体の発声に関する器官を四つに分けてみます。

 

1.呼吸(呼気)がエネルギー源(「息化」)(肺―気道)

人の体を楽器として、オーボエに見立ててみると、声帯は、そのリードにあたり、声の元を生じさせています。肺から出る息(呼気)がリードをふるわせて音を生じさせます。

声帯は筋肉ですが、直接、意識的に動かせません。呼気をコントロールすることによって、周辺の筋肉も含めた声のコントロールをしていくわけです。呼吸は肺を取り囲む筋肉の働きによって横隔膜を経てコントロールされています。そこで、声を高度にコントロールするのに、腹式呼吸のトレーニングが必要となります。

 

2.声帯で息を声にする(「音化」)

肺から吐き出された空気は、直径2cmぐらいの気管を通って上がってきます。咽頭は、食道、気道を分けるところにあります。唾を飲むと上下に動くのが、喉頭です。この喉頭のなかに、V字の尖った方を前方とする象牙色の唇のようなものがあります。これが声帯です。  声帯は、気管の中央まで張り出し、そこで左右のビラビラがくっつくと、呼気が瞬間せき止められます。次に呼気が通ると開くのです。これが一秒に何百回~何千回もの開閉が行われ、声の元の音を生じます。それは響きのない鈍い音で、喉頭原音といいます。

 

3.声の元の音を響かせる(「声化」)

声は、声帯の開閉の動きから空気がうねって生じます。これはドアの隙間のように、空気音なのです。いわば声帯という、二枚の扉の狭い隙間で生じた音のことです。

声を大きくしたり、音色をつくりだすのは、楽器では管(空洞)にあたる声道です。声は喉頭から口や鼻までの声道で、共鳴します。その共鳴腔は、口腔、咽頭、鼻腔などです。口内の響きを舌の位置で変えて、母音をつくります。

 

4.唇・舌・歯などで、声を言葉にする(「音声化」)

響いている声を、舌、歯、唇、歯茎などで妨げると音となります。それが子音です。(これを構音・調音ともいいます)

妨げるところを調音点、妨げ方を調音法といいます。

 

〇気づくこと

 

よい作品を勧め、個々に勉強方法を得られるようにしていきます。本人の歩みのペースから変えていきます。極端にやって、それが破れるリスクは、常に考えて、セーブしています。

期待しても、その期待通りの資質を本人がもっていても、やるだけやらない人には、何事もものになりません。

明らかにギャップがある場合、そのことに気付かないと、どのトレーナーが引きうけても駄目でしょう。そういうときは、レッスンを待つこともあります。

歌の場合は、それだけが目的ではありません。趣味としてもよいし、何らか接点が付けていく人生もあります。それもまた、本人に委ねられるものなのです。

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