1.ヴォイストレーナーの選び方

第53号 「私的トレーニング論」

○声が悪いことの解消策

 

 一般の人は、「声がよくないので直したい」という理由でよくいらっしゃいます。しかし、あまり心配しないことです。その原因は、

1.まわりに声に厳しい人がいる

2.コンプレックスが声に向いている

3.自意識過剰

などが、多いからです。声の心配症、ヴォイトレ依存症にならないようにしましょう。声の悩みは、誰でもあります。それを一つずつ解決していくことで、必ずよくなるものです。

 

○本当に身につけるということ

 

 「前のところではまったくうまくいかなかった。ここはわかりやすい。いろんなことが身についた」といってくださる人がいます。その喜びに水をさすつもりはありませんが、「身についたということは、世の中に通用しているということでみないと、自分自身で、誤解してしまいます」と言うことがあります。そして、「前にあなたがいたところでも身についた人もいるし、ここでも身につかなかった人もいます。」と加えます。結果というのは、少なくともまわりの評価が得られていくこと、そして、本当はプロの人の評価なのです。

 トレーニングは、相性もタイミングもあれば、その人自身の取り組みや努力にも大きくよるからです。それに「一通り学んだら、『ここでは身につかない』と次のところへ移り、そこでまた同じことを言うかも。」と思うこともあります。

 私は、それを悪いこととは思いません。身につかないというのは、本当にだめなときもありますが、あなたのレベルがあがって、高いレベルや、より絞られた目的のレッスンを求めるようになると、必ずそう思うようになるからです。そうしてこそ、また多くを学べるし、その必要に応じて学んでいけばよいからです。

 私は、プロの活動を30年以上やってきている人までレッスンしています。彼らは私を使えているから、続けているのでしょう。それだけのことなのです。反対に私と合わないが、ここのトレーナーと合うという人もいて、おかしいことではないのです。

 

〇プロの考え方

 

 本当に世の中でやれている人は、身につくとか身につかないなどというようなことでは、語らないのです。つまり、自らやるからやれているのです。

 そこに自分が足らないものに気づき、そこを補うために、その才能のある人を使うのです。目的がはっきりしているから、人を選ぶにも間違えません。だからプロになれたし、プロであり続けられるのです。こういう考え方をもつことが、身につけていくのには大切なことなのです。

 トレーニングが目的のうちは、身につくとか、つかないとかで、バタバタしてしまうものです。世の中でやっている人は、身についていようが身についていなかろうが、やっています。

 充分に身についていないことを知っているから、学び続けています。というよりも、そこでやり続けられている人こそが、身につけていくということなのです。

そういう人は、何も言いません。そんなことは問わないです。問うても仕方のないことだからです。やっている、やれている、現実がすべてです。

 長くやっていくために、自らトレーニングするのです。ノウハウとかマニュアルをあれこれ言っているのは、人生の浪費です。

 

○どう才能を見出すか

 

 どうすれば、ヴォーカリストを教えられるか、という点で、ポピュラーというのは、本当は形がないから、教えることが成り立ちにくいのです。クラシック、ジャズ、ラテン、シャンソンなどなら、表向きは経験を積んだ人が何とかスタンダードを伝える形でのレッスンとすればやりやすいでしょう。

 教えるとなれば、ヴォーカリストとしての理想像や上達した姿、目標とする歌というのを共有しなくてはいけません。

 トレーニングは、何に対して効果をあげるのかを都度、明確にしなくてはいけません。成果をあげることを目的にするものだからです。そのために分担もし、方法論もとり入れます。そうでないと、相手に応じて具体的に対処しにくく、プロセスもあいまいになりやすいからです。

 これには、大変な努力を必要とします。初心者に対し、その人がヴォーカリストとして通用する価値の部分を認めて、育てていくとしたら、教える人に、相当、高度なものが要求されます。

 発声と歌(これは歌い方でなく、表現としてのオリジナリティ)と、両方みるのも大変です。発声以外には関わらないというトレーナーもいます。すると、声楽の発声が第一の基準になりかねません。それでは全くもって足りません。大半の人に足りないのは、自立心、自分の音楽、歌の世界観というものです。

 

○トレーニングの期間について

 

 私は、一般的レベルで声を使うのに、毎日トレーニングしても最低二年はかかるという立場を明確にしています。これでも早すぎると思っています。三ヵ月や半年でできるヴォイストレーニングは、調整にすぎないと思っています。そのくらいの期間で、何かが身につき、しかも他人に働きかけられるなどということは、考えるだけでもおかしなことでしょう。それなりに確立された他のどんな分野でもありえないことでしょう。

 役者さんや学校の先生など声を使う職業に関しても、最近は声をうまく出すことができない人も多くなりました。現場では多くの問題が引き起こされています。プロとして声を使うには、それなりにある期間に鍛錬を継続することが大切です。そこで安定もし、再現もできるようになり、+αに声を応用して活かせる基本ができていくのです。

第52号 「判断を保留する」

○やりやすく合っている方法がよいのか

 

 今、やりやすいやり方が必ずしも長期的にみてよいとはいえません。そこを優先すると、すぐに効果がでるやり方だけになりかねないからです。すぐに効果をだすのは、本人のモチベートをあげ、トレーナーや研究所を信頼してもらうにはよいのですが、トレーニングの本質的な目標とは一致しないことが多いのです。

 すぐ実感できて、やりやすい方法を否定しているのではありません。それが最初のステップとなるなら望ましいことです。初心者ならそれがよいとも思います。

 ただ、そうでない方法や自分と合いにくいと思うやり方をとるトレーナーの能力を否定するのは、浅はかなことです。今まで自分の感覚だけでやってみたり、別のトレーナーについて学んできたというのなら、なおさらです。何らかの目的、あるいは問題解決のために、ここにいらしたのであれば、一度自分の判断を保留しては難しいからこそ、すべて活かす方へ努めてほしいのです。それでも自分の判断は働きます。だから、急がないで欲しいのです。

 すると、どのトレーナーの方法が正しいとか間違っているとかいうことでなく、すべては自分への気づきのヒントとして、あることがわかります。

 

○客観視の徹底のために

 

 私はホームページやブログや会報に、トレーナーの名や生徒の名を入れません。表現の世界ではID(その人であること)が大切ですが、研究所というのは自分研究の場です。

 一人のトレーナーのいくつもの方法も一人の生徒の学び方も、年月やその人の名や属性でくくらずに、すべて均質に並べておくことにしています。できるだけ、ご自分に役立つ材料にして欲しいからです。何ら価値観(独断偏見になってしまいがち)を入れないで、そのままにみて欲しいのです。歌も、歌手名や曲名、歌詞も、余計な知識=先入観なしに、好き嫌いを抜いて聞いてほしいといっているのも同じことです。

 

〇ノウハウより基準と材料

 

 私が、「ノウハウ(やり方)とメニュ」というニュアンスを、どちらかというと否定して、「基準と材料」という言葉を使ってきたのは、ノウハウ、メニュ集めになるのをやめさせたいからです。研究者やトレーナーの立場なら、確立したノウハウやメニュも必要でしょう。

 トレーナーには、自分自身の勉強で、他に教わったり本で読んだメニュを自分に試してよかったから、初心者に使う人もいます。それは、けっこう乱暴なことでしょう。

“熱心な”トレーナーですが、トレーナーと初心者とは違うのです。

 一つの声さえまともに出せない人にビブラートのつけ方やミックスヴォイス、ファルセットなど、○○ヴォイスなど何種類もの発声をやらせてどうなるのでしょう。

 少なくとも私のところには、そういうトレーナーはいません。

 すべての材料を自ら、主体的に判断するのでなく、判断の基準がアップするように使ってください。すべてを使う必要はありません。たった一つでも使えるものを最大に深めて使えるようになっていくことが基本です。私自身は、歌唱や声楽は、声を高度に応用されたものと位置付けています。

第51号 「成果の実証」

○方法論に陥らない

 

 トレーナーのレッスンやレクチャー、本などからの影響は、間接的なものとして、参考にするのはよいのですが、必要以上に大きな影響を受けている人がいます。熱心であればあるほど抜けられなくなるものです。

 誰でも自分が尽力したもののおかげで成果を得たと思いたいものです。それが下積みになっていても、すぐに成果を認められなかったものについては(そのトレーナーやその方法か)間違いと思いたいものです。

 結論からいうと、どちらも本人の実感と思い込みだけで、何ら客観的な実証はされていないのです。トレーナーには、大した経験も経ず自分の方法を絶対視している人が多くて危なっかしいといえなくもありません。

 

〇変幻自在のマニュアル

 

 研究所には、私と研究所のトレーナーのマニュアルがライブラリーとして、また、本やブログなどでの記録があります。

 ここでも二人以上のトレーナーにつくのでマニュアルや、方法論としては混在するわけです。初心者にとっては、わかりづらい状況です。

 「正しいのはどれかを教えてくれ」といわれることもあります。そこを、ことばで問わずにねばって欲しいのです。

 一つの方法でもいくつの方法でも同じです。誰かの方法というよりも、あなたのことを重視すれば、やり方はおのずと多様になってくるからです。一人ひとり違うのです。

 ここのレッスンのメニュや進行は、相手によってすべて違います。相手やその状態、状況が変わると、やり方も変わります。全てが正しいのでなく、今までの経験上もっともよかれとトレーナーが思い込んでやっていることです。必ずもっとよい方法もあり、もっとふさわしいトレーナーもいると、考えています。だからいつも私は組織的運営をしつつ判断しているのです。最終的には日本人の口伝を欧米人のようにプログラム化することを目指しています。

 

○トレーナーの個々の才能を生かす

 

 トレーナー二人の方法が違った場合(ほとんどは違いますが)、私が間に入って、トレーナーにどちらかの方法に合わせてくれとはいいません。私は、トレーナー一人だけに任せられるというレベルで、トレーナーを選別していますから、本人の強い要望がない場合を除いて、行いません。トレーナーのこれまでの経験や手腕を否定して得られるものはないからです。

 私のいうように教えてくださいともいいません。それもトレーナーを否定することになります。私自身も自分の本の通り教えたことはありません。本とレッスンとは違うのです。

 二人のトレーナーの方向や判断が逆にみえるときは、そこにどう表われていくのかをみます。

 トレーナーとミーティングをして調整すると、多くは優先順位の違いです。ときに、目的についての解釈が異なることもあります。

 本人の欠点はわかりやすいのですが、すぐには直しません。その人の長所についても、すぐに決めつけないようにはしています。

 大体はどちらかのトレーナーの方法がやりやすいと本人は思うものです。それも比べてはじめてわかることがたくさんあるのです。こうして気づきが多くなることが一番大切なことなのです。

 

第50号 「プロになるのが目的なら」

○プロを定義する

 

 プロになるには、自分のめざすプロというのを定義しなくてはいけません。歌い手、ヴォーカルというのは、もはやエッセイストと同じくらい、誰もが使える肩書きです。リズムネタや歌を使うお笑い芸人の歌唱力も、場合によっては、今のプロ歌手を超えているでしょう。彼らが提供しているスタイルこそ、オリジナリティです。でもヴォーカリストとはいわれません。芸人、タレントですが。アーティストとは、独自のスタイルをつくる人のことですから、それに含まれると思うのです。

 CDを出して売っているのはプロのヴォーカル、売れたらプロというなら、マツケンサンバの松平健さんも、プロヴォーカルです。声優も役者もタレントは言わずもがな、スポーツ選手やアナウンサーでもCDは出しています。

 あなたにとってのプロって何かということからスタートしましょう。

 

〇プロのための、と、プロになるため、の違い

 

1.プロはプロに認められなくてはいけない

2.アマチュアのなかでやれることと、プロとは問われるものが違う

3.プロになっても続く人は、ほんの少ししかない、続いてこそプロ。

 まずは、このことを知ってください。

 アマチュアとして楽しく上達するのとの違い

1.プロの作品は、結果としてお客が満足するものである

2.プロのステージは、結果としてお客がすっきりするものである

3.プロは、お客の期待以上のものを出すものである

これらの力を養うためにトレーニングがあるのです。

 

○デモテープづくり

 

 デモテープにお金をかけることなど、考えなくてかまいません。何十万円以上かけても、プロデューサーは評価しません。その心意気くらい見てもらえるかもしれませんが、プロデューサーは、作品の完成度でなく、可能性でみるのです。

 早々にまとめよう、完成させようとしているのは、方向違いです。

 私がもらうものには、高度に加工してまったく声の判断がつかないものも少なくありません。

 それは、プロのスタッフの力です。バンドならともかくソロなら不要です。かえってあなたの魅力や個性が出てこなくなります。あなたの声のアピール力と声が何を伝えるかを問うてください。

 

○プロになるのに必要なことは

 

 メジャーデビューを目指すなら、有能なプロデューサー次第でしょう。自分のスタイル、バンドなのかソロなのかでも違います。「デビューしたらプロ」と考えるのもどうでしょうか。

 それで食べているというのと、食べていけたらというのもかなり違います。今やヴォーカルは、職としては成り立たなくなりつつあるのです。

 すぐれたプロデューサーが、人をみるときは、ヴォイストレーニングの成果など折り込み済です。1、2年、ヴォイストレーニングをやって、そこで奇跡が起こることはありえません。

 主に行われているのは、ピッチが安定しないことへの、ピッチトレーニングと無理な高音トレーニングです。急に腹式呼吸などやっても、かえって歌がくずれるだけです。歌とトレーニングの関係をきちんとふまえないからです。

 

○ヴォイトレが必要なとき

 

 俳優、声優、アナウンサーなどになるには、養成所、事務所があります。ヴォーカルもありますが、今は歌手ではつぶしがきかないため、タレント、役者に転向させられた人も少なくありません。役者はエキストラや誰もが替われるちょい役でなら、どんな舞台でも出られる可能性が高いのですが、ヴォーカルには脇役はありません。

 プロというなら、所属するか、自分でプロデュースするかです。

 ストリートでライブやって、CD一枚千円、これを10枚売って日給1万円、といえ、プロでも手取り月収30万円は、簡単にとれないのです。

 ヴォーカルにはプロデューサー、俳優には演出家、映画監督、ドラマ、CMのプロデューサーなどとの仕事が生じます。多くの人は、そういう人に認められるために、ヴォイストレーニングにきます。本当は認められた人こそ、ヴォイストレーニングを必要としているというのが、ここにいるととてもよくわかります。

 

○ヴォイトレによる効能

 

1.健康になる

心身が弱いなら、声を出すための体と呼吸づくりからです。

2.積極的になる

性格が弱いなら、テンションを最大に保てるようにすることです。

3.リラックスできる

緊張するなら、心身を解放できるようにすることです。

第49号 「プロとトレーナー」

○トレーナーは相性より使い方

 

 ヴォイストレーニングは、どこかで目的を決め、その後も絞り込んでいくことです。それによって、トレーナーをどう選ぶか、トレーナーに何を望むかも違ってきます。

 私がみるに、トレーナーとの相性よりは、方法とのミスマッチ、内容について目的にそっていないのが問題です。それでは、目的とする効果はのぞめません。トレーナーを変えるのでなく、トレーナーの使い方を変えるのです。

 たとえば、ヴォーカルの場合、

目的……プロになること

効果……声域・声量がつくこと、歌がうまくなる

 これをよく考えてください。果たして、この目的に対して、目指すべき効果がこれでよいのでしょうか。

はっきりいうと、この効果は目的にさほど必要なことではありません。これが初心者のうちは、わからないことです。

 あなたが初心者なら、歌も声もわからなくてもよいでしょう。しかし、声や歌はわからなくとも、自分の目的の設定を間違えてはいけません。そのためにトレーナーがいるのです。多くのケースでは、トレーナーが気付かずに間違わせてしまっているので、始末が悪いのです。

 

○トレーナーが勘違いしやすい理由

 

 トレーナーをやらせてみると、トレーナーとしては育ちます。それを歌の力がついたと勘違いする人もいます。その実績で歌手としても通用すると思うのです。

 トレーナーに歌を習いにくる人は、大体はそのトレーナーより歌が下手な人です。ですから、少しでも歌った経験のある人なら、先生として通じてしまうのです。

  日本では、1.長くやっている 2.海外でやった 3.偉い人についた 4.知名度がある

そのくらいで、お客さんは、わからなくなるのです。肩書きで評価します。

1.学会への所属 2.他の権威の利用(特にアメリカとか海外の人や学校) 3.有名人の名の利用

 権威をたてに仕事を得ている人は、問題外です。

 英語がぺらぺらにしゃべれる外国人が、日本人にとってすぐれた教師とは限りません。一流のスポーツ選手が、高校生に教えるのにもっとも適任とは限りません。カウンセラーなら精神面などに高次のアドバイスはできるでしょう。歌を教える場合、ヴォーカルアドバイザーと名のる方がよいと思います。

 

○プロがつくトレーナーを選ぶ

 

 本当のトレーナーとしての力は、歌や伴奏や編曲の能力ではありません。その技量は、自分よりうまい人、すぐれた人、プロとして長年やってきた人に通用しなくてはおかしいのです。イチローや松井のトレーナーは、彼らに試合の打撃成績で勝ることはありません。しかし、彼らが頼る的確なアドバイスができます。

 アマチュア相手の経験しかないトレーナーは、お金をとっていても、プロのトレーナーとはいい難いのです。プロに頼りにされてこそ、専門職は成り立ちます。これは、ヴォーカリストでも同じです。

 

○トレーナーにつくということ

 

 ヴォーカルに譜面を読む力はいりません。人並みにできなければ、そこから入るのもよいでしょう。

 役者などと違い、10代で芽が出なければ、かなり遅いのです。そこまで生きていて他人よりうまくできないなら、よほどの奇跡を起こさなければ、ヴォーカルとして食べていくことは不可能と、知ることです。

 これは、これから、やろうとする人を絶望させるために述べているのではありません。他の分野なら絶望的なことを、学校へ行ったり、トレーナーについたくらいでプロになれるなど、甘くみるなということです。

 つまり、奇跡を起こすトレーニングを目指さなくてはいけないのです。

たとえば、

25オクターブ出る

・ハイトーンを出せる

これらのことは、歌の上達やプロへの道に関係ありません。よほど気をつけないと、欠点をフォロー(ごまかす)だけになりかねません。まして、それを第一に掲げるトレーナーはどうなのでしょう。

・誰でも一流に育てます。

・やさしく指導します。

・楽しみながら上達しましょう。

というようなセールストークも、本物志向の人なら度外視すべきでしょう。

 

第48号 「やり方における差異」

○トレーナーの方法への影響力

 

 トレーナーは、まず自分の体験上で得られたもので自分の方法論を確立します。ポップスの場合は、よくもあしくも自分の思い込みの感覚で、仮想して感覚を得ていくことが多くなります。とはいえ、必ず、誰かの影響を受けているので、その元となるアーティストの感覚が、大きな影響を及ぼします。

 このときに、誰を選んだかは、本当は大きな問題です。本人も気づかないうちに大きな影響が入っているので、本来は第三者にみてもらうしかないのです。

 次に、声は楽器と違って、自分の体(もって生まれた発声器官など)が大きな制限としてあります。アーティストをまねて始めるのは誰でも同じでしょう。そのなかには、まねやすい人もまねにくい人もいます。まねて基礎を学びやすい人も基礎を学びにくい人もいます。それが結果として大きなプラスに出るときも、マイナスとなるときもあります。そのアーティストが好き嫌いではなく、上達のプロセスとして合う人も合わない人もいます。合っている場合も、細かくみると必ずよしあしの両方があります。

 

○まねがくせにならないために

 

 即効性のあるようなまねが、後でうまく伸びる基礎になる人もいます。即効性のある方法については、それがために限界となることも少なくありません。これらはその人の目的やレベル、その後の変化や成長にもよります。から、純粋に捉えることはほとんど不可能です。

 稀にたった一人のアーティストだけ聞いてきたという人もいます。この場合、くせがのりうつっていて本人も気づかないことが多いものです。

 音大生のように最初からトレーナーに導きかれた人はよかれあしかれ、そのトレーナーの影響をストレートに受けます。すぐれた一流の作品を聞いていることでその限界を突破できるかが将来を決めます。

 

○ノウハウの伝達ミス

 

 トレーナーもアーティストと同じように、レッスンでの関係は多岐にわたります。

 アーティスト的な影響が歌や作品という応用されたものから無意識的にくるのに対して、トレーナーからの影響はストレートです。どのくらい信じているかもありますが、直接、直されるので影響は大きいでしょう。

 教わったことはトレーナーとして教える立場になったときには、独立したノウハウとして、よりダイレクトな影響を与えます。トレーナーにとって自分とは異なる相手を教えるときにも、自分が教えられたように教える、あるいは、自分の同僚や先輩、後輩が教えられたように教えることにおのずとなるわけです。ことばの使い方も孫引きのようになり、受け売りの方法で、トレーナーの意図とは別にトレーニングが行われてしまうこともあります。

 

第47号 「しぜんな声の可能性」

○天然声の限界

 

 “天然声”は、マイクなしではあまり通らないことです。ポップスはマイクを前提にしていますので、それでよいのですが、発声において、最初からマイクに頼るのは本末転倒でしょう。

 少なくともマイクを使わない声楽のレッスンでは、マイクを考慮しないところでの完成度を目指しています。

 10代の玉のような声が、20代、30代で失われると、取り戻せないパターンになります。特に女性によくみられます。この声は、裏声に似た性質のものといってよいかもしれません。

 もっとも大きな混乱の原因は、日本の歌手への歌の期待が、音声表現の完成度よりも、それ以外のことに重きをおいているからです。純粋性、純真性、ある意味では幼児性でしょうか。プロたる条件が、確かな発声の再現性(厳密性)に、根ざしていないからです。

 現実に対応するのも、トレーナーの仕事です。トレーナーや声楽家では、自分の素の声や発声がよいために、表現の判断が声そのものでしかできない人が少なくありません。トレーナーだから、声だけ育てればよいという人もいます。しかし、表現の判断を知らないと、結局は育ちません。天性の声のよい人を選ぶしかないからです。

 若いトレーナーの大半は、それにあたります。特に発声が伴った、素の声がよいトレーナーに限って、表現を学ばずに他人を教えているから、大きな勘違いが起こります。

 天然声の人の場合、それがものになるかどうかは、高次の判断力が必要です。何ヶ月、あるいは何年かみないと、適確に判断できないこともあります。可能性は、レッスンによって大きく変わることもあるし、本人の希望やスタンスも無視できません。

 

○声のよい人のリスク

 

 カラオケ教室なら、歌い方を教えれば声のよい人は、それなりにすぐになります。ポップスのヴォイストレーナーの大半も同じようなことを行なっています。それは歌唱指導というもので、私の考える、ヴォイトレではありません。そこから導入するのを、一時的によしとすることはありますが。

 トレーナーは、自らの求める方向を示しつつも、常に自問自答しているものです。ときには、本人の目的や方向で価値観を照らし合わせることが必要になります。

 トレーナーの期待するように歌わせることが、仮の正解としてもよいとは限らないのです。思い切って、天然を捨てさせるのも一つの判断ですが、できれば、両立を考えておくことでしょう。

 

○声楽は発声のクラシック

 

 私は声楽家に手伝ってもらいつつも、”声楽”でなく「発声のクラシック」、その人の声、体に合わせて、可能性を伸ばすベースづくりを求めています。クラシックの発声ができるようになるのはよいのですが、クラシックな発声をめざすことです。

 発声を忘れて、歌って欲しいのです。アプローチとして、感覚や体の日常レベルでのギャップを確実に埋めていく手段として、声楽を取り入れているに過ぎないからです。☆

 のどもその使い方も、声もことばも音色もピッチやリズム感まで、一人ひとり全く違います。そこを細かくみていきます。それを本人が知るためには、J-POPSのコピーやカラオケよりも、声楽曲などが分かりやすいので使うのです。

 

第46号 「しぜんな声と言語音声力」

○しぜんなままの天然声

 

 しぜんなままの声を天然声と私は述べています。素の声がよいときは、そのまま歌わせてあまり”本格的な発声”に変えないようにすることもあります。

 ポップスとクラシックの差というよりも、個性やステージで求められるものの違いです。ですから、プロを教えるトレーナーは、発声だけでなく求められる歌唱や表現についてよく学んでいなくてはなりません。

 20代くらいまでの軽く透明で伸びやかな声は、そのまま活かします。一方で、今後のために、体づくりや呼吸法を行います。素の声、天然声のままで、20代で通じる人は、100分の1、そのまま30代でも通じる人は、そのまた100分の1もいないからです。

 トレーナーには、そのレベルになれなかった人が、そのレベルになれない人を教えているケースが多いのです。J-POPSの歌手をまねさせて、本人も生徒もカラオケのレベルから出ません。それではサラリーマンやOLのカラオケ上級者にもかなわないでしょう。

 欧米も、天然声のヴォーカルは、多数います。日常レベルで声がはるかにしっかりとできて、鍛えられているので、歌唱のレベルも高く、コントロール力もついてくるのです。

 

○日常の言語音声力

 

 私が、最大の問題としてきたのは、日常での言語音声力の強化です。それは歌とかせりふとかいうまえに、「アー」と一言発した声の力の差です。

 そのギャップを埋めるには、

1.声そのものの発声力を高める(発声器官の調整、強化)

2.共鳴の調整、強化(発声・歌唱の調整)

が必要です。

2は胸部共鳴と頭部共鳴に分けて考えてもよいでしょう。

 腹からの声は、日本人にもありますが、胸で芯をつかんだ声、頭で焦点を放った声(ひびき)が少ないのです。日本人にもいないわけではないのですが、高音域が求められる歌い手には、とても少ないのです。さらに近年、減っていっています。

 ニューミュージック系とシャウト系で、日本では圧倒的に前者、ロックでさえ、歌謡曲っぽいやわらかい声になりがちです。それは、日本語と日本人で日本で生活していることに深い関わりがあります。

 日本人は、頭部の鼻腔、共鳴があたかも発声法のように、教えられてきました。教える人※もそれをまねして使っています。強い息やシャウトは、のど声、地声として、排除されています。少なくともトレーナーには、好まれません。

頭部共鳴だけを教えることのポイントにすると、目的が絞られるので、楽でもあるのです。日本の合唱団の指導によくみられます。確かに、一理あるし、私も相手や目的によっては、似た方向をとります。とはいえ、すべてのケースにあてはまるのではありません。

第45号「トレーナーをすることのデメリット」

○ヴォーカルの副業としてのトレーナー

 

 ヴォイストレーナーの仕事は、誤解を恐れずにいうと、音楽の仕事ではないのです。研究所のようにプロやそれなりにできるレベル以上の人が集まっているなら別ですが、それは特別のケースです。自分に上の人とやるなら、教えることは、自分の勉強になります。

 プロと接することの機会は、ふつうのトレーナーにはないでしょう。駆け出しのヴォーカルがトレーナーをするなら、初心者相手にしかありません。スクールも同じです。

 多くの生徒は、12年で交代していきます。スクールのトレーナーをやるのは、テレフォンアポインターとあまり変わらないところもあります。

 若いうちは、喉はタフではありませんから、自分の喉によくありません。

 世の中に出るのには、最高の喉の状態をキープできることが必要です。“ひどい声”を聞いて、それを直す、音程やリズムのはずれたのを聞き続ける、これはかなりの負担にならないはずがありません。生徒のコンサートやレコーディングまで関わると、かなりの負担になります。もっと自分のことで、すべきことがあるはずです。自分の客やスタッフとして、生徒を頼ることになるパターンが多いです。

 こういう人は、とても面倒見のよい人です。それゆえにアーティストではありません。一流のプレーヤーは引退後、一流の弟子を育てることもありますが、ヴォーカルに関してはあまり当てはまりません。

 自分の世界を創り上げてから教える方にまわるか、きっぱり断ち切って自分の活動に専念することです。生徒が先生くらいにはなれると勘違いするのもどうかといったところです。

 

○スクールのステージ

 

 トレーナー業を食べるために自由で割りのよい職と考える人は少なくありません。先生ともなると、生徒は自分のライブの安定した客にもなります。音大ならともかく、ふつうはやめさせないためにおのずと指導に甘い先生になります。ステージという環境もベースもない生徒に、そういう場を与えることで、生徒の自立を妨げかねません。 生徒に「がんばったらやれる」と励ましながら、客観的には、「これでやれっこない」というようなレベルにしてしまいます。

 トレーナーは、本人が精一杯やることで教えることです。時期がきたら、追い出してでも、独り立ちさせることも大切です。

 スクールでライブをやっても、客は、身内であって、純粋な客ではありません。表現を徹底させるのは、厳しいものです。

サークル活動、カルチャーセンターでの歌謡教室の役割なら、それでかまいません。他の本業のある人が、趣味で歌をどう楽しもうと自由です。

 トレーナーが作曲家やプロデュースもやるなら、ステージも実践の場として与えられます。ただ、生徒を同じ舞台にあげ、完成度を下げるのは、結局は続かない原因となります。

 ヴォーカルはオンリー1で、かつナンバー1でなくては続きません。役者のように、オンリー1だけでは、場がなくなるのです。スクール内イベントであるのに満足する人は、そこが合っているからよいのです。そこでやっていけば将来が開かれていくと勘違いしてしまう人がいるので困るのです。

第44号 「トレーナーに必要なこと」

○トレーナーに必要な経験

 

 トレーナーの経験としては、次のことが必要に思います。

1.プロを育てたり身近かで長く見てきた経験

 できたら、外国人プロ、外国人トレーナーを使った経験

2.本人の俳優、声優、歌手などの実際の体験

 アーティスト活動、世の中での仕事の経験

 教えるというのは、多くは自分よりも若い人、未熟な人を相手にするので、初心者相手にしか経験を積んでいないトレーナーがほとんどです。

1.歌の判断(業界、ステージでの経験)

2.声の判断(自分の声)

3.体の判断(自分の体)

 これらは、プロや一流のアーティストと比較してこそ、わかるのです。

秀れたトレーナーの資格は、その上で、他人の声や体にどう働きかけられるかです。

1.国際的基準、発声や音楽として専門レベルの判断をすることができる。

2.オリジナリティ優先の判断ができる。

3.声づくりの方法が確立している。(試行できる)

これらを合わせて、最低限の条件です。ただし、対象を絞り込んでいるときは、その相手に必要なことでよいのです。

 

○専門の力をつける

 

タイプ別にわけると、出身や経験が次のような人が多いです

1.プロデューサー 2.声楽家 3.音声医 4.作曲家 5.役者や声優 6.ヴォイストレーナー

 トレーナーのよく陥りがちなのは、なんでも自分一人で引き受け、他の専門家やその人に合った人を紹介しないことです。

1.自分でできなかったことに向き合わない。

2.マニアック、知識中心で、過去のやり方に偏向。

3.固定観念をもちやすい。

 ヴォイストレーニングメニュのうち、矯正については、音声学を参考にするとよいでしょう。

 音の流れや呼吸としては、指揮者のように音を観る感覚と連動していきます。日本語教師や言語聴覚士などの勉強も役立つでしょう。

 

○演出家的な視点をもつ

 

 演出家、プロデューサーは、自分が歌ったり演じるのではなく、それを人にやらせることによって、人の心を動かす仕事です。トレーナーならそれもわかっていないと困ります。

 世の中には両方をできる人もいますが、ふつうはどちらかをベースにしています。ですが、歌手が教えて大成したケースはあまりありません。

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