1.ヴォイストレーナーの選び方

第36号 「声楽をポップスに活かす」

○声楽の条件

 

声楽の条件は、日本人には、過酷です。日本人の日常生活をひるがえすものです。だからこそ、おのずとトレーニングになります。

1.オーケストラに声が打ち消されない(声量)

2.遠くの観客にマイクなしに聞こえる(共鳴)

3.原調で歌唱、演奏する(声域)

 この3つを目指すと、基本の条件づくりのトレーニングまで、必要となります。その必要性の高さが最大のメリットといえます。

 

〇声楽の影響

 

欧米から入ってきたポップスやその日本調に変じた演歌は、当初、声楽と切り離せなかったのです。声楽家がポピュラー歌手になりました。これが声楽の発声トレーニングが、日本のヴォイストレーニングのベースとなったことにも影響しているのです。

1.日本語の母音共鳴中心

2.メロディ重視

3.発音、ことば重視(ストーリー重視)

ポップスは、ことばを重視しますが、声楽は、声の音色、共鳴と声量を重視します。

 

〇高音での発音

 

ピッチは周波数、発音(母音)はフォルマントが決めるので、ある高さまでは両立できても、それ以上は、ことばは声をじゃまするようになります。声楽の最高高音での発音の正しさは、望めません。

これを役者のように、日本語の発音(ことば)を聞きやすくすること優先というなら、劇団四季のような発声の方針もありといえるでしょう。声帯の負担は大きくならざるをえませんから、その分、犠牲も伴います。

 

〇今のポップスに求められることと声楽

 

以前と条件が違ってきています。

1.マイク、音響技術の進歩

2.ことば(発音)の必要度の低下(テロップ/ライブ化)

3.海外のリズム(沖縄なども含め)の重視

ポピュラーを歌うのに、声楽のトレーニングは、必ずしも必要ありません。

現にJ-POPSにテノールの発声で高い声を出している人はあまりいません。

しかし、体、呼吸、発声づくりに役立つはずです。

 

〇声楽に学べること

 

私は今いくつかの面で、歌手だけでなく、俳優や一般の人のヴォイストレーニングにも、声楽の有効性と必要を説いています。

1.声を、曲を、丁寧に扱える(ピッチ、音程、テンポに厳しい)音楽的基礎

2.音楽的な流れ(構成)、ベーシックな流れ(フレージング)を学べる

音楽的な流れ(構成)

3.発声のポジションが深い

日本語よりもイタリア語などで出しやすい(発声、共鳴、声区のチェンジ、声量、声域)

 特に、かなりのキャリアで限界を感じている人には、必修としています。

 

〇日本人の聞き方

 

日本人の耳は、

1.母音を聞く

2.メロディを聞く

3.ストーリーを聞く

ようにできています。歌からみると、優先順は、321、ヴォイトレでは123です。

 

〇声楽の実績

 

声楽は、確かな実績をあげています。ただ、あまりにも膨大に使われているので、一くくりで述べられるものではありませんが、

1.世界で地域、民族を問わず普及し、ある程度の成果をあげた(歌手やトレーナーを育てた実績)

2.誰もが何年かやると、それなりに声楽らしい声になる(とにかく素人離れする、一声のレベルで変わる)

3.日本人に、美しくひびく声はよく聞こえる(日本語に合っている)

トレーニングにおいて大切な目安となるトレーニングした声の獲得という結果が出やすいのです。

 

〇声楽と劇団、ポップス

 

1.日本の劇団などの養成所の発声練習に使われている

2.日本の多くのミュージカルでは、オーディションなどの歌唱に声楽の基準がある

3.合唱やアカペラ、ハモネプは、特に有効である

声についての悪条件の日本人が、音大にいるうちにも、とにかく声域を先にのばし、次に声量をつけるのに使った声楽の発声法は、そこで問うのなら、ポピュラーやカラオケに充分通じるということです。もちろん、声楽といっても、ピンからキリまであります。

 

〇日本人のポップスで声楽を学ぶメリット

 

1.高い声がもてはやされている、原調で下げずに歌いたい(そのままコピーしたい方が多い)

2.声量に悩む人が多い

3.上達しているという発声法、呼吸法での基準がある

私は多くの人に声楽をお勧めしています。子供から年配の方に、老若男女問わず、初歩的なところをやってみるとよいでしょう。

重要なことは、一流の声楽家の少ない日本に、一流のレベルになるように教えられる人はどのくらいいるのかということです。声楽をきちんと学べるのだろうかということです。いったい、誰に、どこで、ということです。

 

〇声楽家をトレーナーにするとき

 

ここの声楽家トレーナーの採用のオーディションでは、いつも人材不足です。

ここで、いくつか、声楽出身のトレーナーに思うところと、実際にお願いしていることを述べておきます。

まず、声楽家出身者はポップスを甘くみています。私から、声楽家にクラシックのままでは通じないからポップスを学べなどと、ヤボなことは言いません。声楽家にポップスは教えられないのは、百も承知なので、次のように考えています。

1.発声のしくみとその使い方を、きちんと伝える。

2.声楽をやれば、ポップスを歌えるとは思わない。

3.声楽家の歌うポップスは違う。

声の出ることがポップスでは必要どころか、有利な条件とも限らないということです。

 

〇声楽をうまく使うこと

 

ポップスの曲にも、声楽の要素はあるのです。藤山一郎さんや淡谷のり子さんの時代あたりまでさかのぼれば、発声一つとっても簡単に真似できないことでわかるでしょう。しかし、今はこのことの理解は難しいと思われるのです。必要も感じないでしょう。

声楽出身のトレーナーは、判断の基準が、次のこと中心、あるいは、それだけになっています。

1.発声、呼吸法

2.共鳴、声区融合

3.ピッチとリズム(テンポ)、ことばの正しさ

そこにステージングでの個性やノリ、音色などの魅力があまり優先されないのは、仕方ありません。その上で、声ということでは、声楽であろうとポップスであろうと、理想とする発声は同じですから、声楽は使いようによっては、たいそう有益なのです。

第35号 「声楽家のトレーナー」

○声楽家のトレーナー

 

声楽を学んできた音大卒というキャリアで教えている人にも、問題は少なくありません。私自身は、声楽の発声も、声という点では同じであると思っています。ただ、表現のスタイルと、それぞれの要素の優先順位、重要度が違うのです。

特に声域を絶対優先にした高音獲得競争は、キーを自由に移動できるポピュラーには、害になりかねません。その人に理想的な発声の追求が、地力とコントロール力をつけることで、声量や声域を拡げる結果となることにおいて、高音獲得も意味があるのですが。

しかし、高音を求める人にはポップスのトレーナーにつくより、声楽家がお勧めです。そこで私も協力いただいています

クラシックは、理想とする大歌手の歌や声を手本に鍛錬していくのですが、ポピュラーには見本がありません。お手本は、教わる人自身の中にある最高のもの(オリジナリティ)です。その個性を殺しては、何にもならないのです。ですから、声楽家を使うなら、その人をプロデュースできる判断力を持つ人が必要です。

 

〇声楽の本当の活かし方

 

オペラの歌い手、あるいはジャズ、ソウル、ロックでも、本当に力のあるヴォーカリストの声は、体から泉のように滞りなくあふれ出てくるかのようです。そのくらい声が自由に出れば、歌うのに苦労しないし、歌っていても気持ちよいと思う声を目指すというのが、ヴォイトレでの声楽のメリットです。

声楽はなまじ中途半端に学んで形にはならず、やる以上は、ある時期徹底してやることです。

ただし、声楽家は、一つの方法に固執する傾向が強いようです。ソプラノならソプラノ、しかも同じタイプしか教えない人が少なくないからです。とはいえ、例外もあります。

メリットとしては、声楽家は、ポップスから離れているから、歌の好みに偏らず、発声そのものに限られる点でヴォイトレに適任ともいえます。

 

○音大生のトレーナー

 

私がトレーナーで採用するのは、100人に1人くらいでしたが、今は推薦でだけ受けつけています。

オーディションでみられた音大出身生の特徴は、

1.ほとんどは大きな声か高い声は出るが、緻密なコントロールがない→正しい音程にこだわる、しかし、今は、大きな声がでない人が多いです。

2.頭部共鳴にコントロールされているが、パワーがない→今は、大きな声が出ない

3.リズム・グルーヴが入っていない→拍とテンポでとっている

4. ことばで、声の力と感情表現力がない

ポピュラーを手伝っていただけるのはありがたいのですが、感覚を根本から変えて、たくさんの曲を聞いて欲しいと思います。

日本や現代というのを知らず、関心も持たずして、声というのは歌えるのでしょうか。以前と違って、声だけ、歌だけでは食べていけないでしょう。

どうしてそうなったのかとみると、師の考え方からでしょうか。そこからみると、ドイツ式とイタリア式の違いなど、ささいなものです。

 

〇音大生の課題

 

ピアニストなども、私は独力でやってきたくせのあるポップスのピアニストよりも、クラシックでリズム感がある人の方が育つと使えると思っています。ですから、音大生とはよく接してきました。

声楽家も、学び始めたときから声を大切にして欲しいものです。声が未熟なうちに人に教えるのは、あまりお勧めできません。

日本人は話し続けるだけで声を痛める人が多いようです。ベテランの声楽家は別ですが、音大生あたりでは、総じてひ弱です。呼吸や発声のまえに、体力と集中力づくりが必要でしょう。

 

〇オペラ歌手の課題

 

声そのものの弱さと、表現力のなさを補うことです。

1.リズム、グルーヴ

2.声の強靭さ

オペラ歌手になりたいなら、10代からスポーツで体を鍛えることをお勧めします。三大テノールは、サッカー出身、ドミンゴは自分のチームをもち、パヴァロッティはプロ選手でした。ステージには、その運動神経や勘のよさが必要なのです。

何よりも今や音大入学を選ぶところで、保守的な気もします。昔はそれが挑戦でした。

音大を出ないとオペラのステージに立てないというのなら、それも仕方ないでしょう。専門家なら、専門家で極めたらよいのです。そこでの技術を習得したい人が、習えばよいということです。

 

〇オペラみたいな発声

 

よく「声楽をやると、オペラみたいな発声になりますか」と聞かれます。

この“オペラみたいな発声”のイメージを、日本人の中途半端なオペラ歌手が助長してしまいました。

私はダンスでコンテンポラリーをやる人に、クラシックバレエが基本となるというような次元で、声楽を学ぶことを勧めています。そこからみると、あまりに低次元の問いです。

ヒップホップ、ラップをやりたい人は、「クラッシックバレエをやると自分のダンスが『白鳥の湖』のバレエみたいになりますか」とは聞きません。変なイメージのついたオペラの発声を声楽とみるのでなく、クラシック(基本、原理)と捉えてください。

 

〇声楽を活かす

 

「声は強くなるのか」というのも、大体において、強くなると思ってよいでしょう。それを共鳴の技術でカバー、コントロールするのでなく、それだけで歌にしようとしたところでおかしくなってきたのです。

声楽は土俵がはっきりしているため、評価の基準がわかりやすいのです。私もときに「声楽でいうなら」という言い方をとることがあります。またトレーナーとして、声楽家をお勧めすることがあります。そのケース例としては、

1.表現力、演奏力(オリジナリティ)

2.発声と共鳴(技術)

3.声のよさ(素質)

日本では、1が欠けているといわれるそうです。ピアニスト、バイオリニスト、指揮者の世界での活躍をみると、世界にひけをとらない耳が日本人にもあるのです。がんばってほしいものです。

 

第34号 「トレーナーの出身の違い」

○ヴォイストレーナーの出身の違い

 

かつての歌手の育成、声づくりは、作曲家がしていました。坂本冬美さんを七年かけて育てた猪俣公章さんが亡くなった頃、そういう時代も終わったかのように思えます。つまり、かつては弟子入り、住み込み十年でデビューというものでした。まあ、声のよい人を見つけてきて、よい歌を渡せば、ヒットした時代です。

それに代わって、シンガーソングライターの歌手(やバンドの作曲担当)が楽曲提供をプロデューサーとしてやっています。

落語家のように、師匠、つまり歌手の大御所が弟子をとる例もありました。しかし、これもうまくいってはいません。

オペラ歌手や邦楽については、触れません。国家の予算で育成にお金をかけて・・・というのも、私から言及するだけムダでしょう。しかし、実力の底上げはできてきたようです。あと、どのくらいか待てばよいのでしょうか。

 

〇歌手を育てる人

 

歌手は歌手をなかなか育てられないということを、頭に入れておいてください。

これまで作曲家、アレンジャー(サウンドクリエイター)、プレイヤー、プロデューサーが、トレーナーの役割をヴォイストレーナー以上に果たしてきたとも思います。

日本の業界の構造も変わりました。声や歌について問われるものが変わったり、プロデュースシステムになったが、歌や声はあまり育たなかったというところです。

 

○トレーナーの出身別活用法

 

出身別にトレーナーの得意なところを述べます。私は自分で体現できたことを自分でない他人にも通用させるのに、また自分の直感を客観的基準としてみるために研究してきました。才能ある他人の判断基準を学び、科学的な測定や実証に携わってきました。

トレーナーもそれぞれのタイプによって、目的や判断基準が違っています。

1)プロデューサー 1.曲、詞、声 2.バンドの色 3.キャラクター

2)声楽家     1.発声、呼吸法 2.ひびき 3.声域、声量(歌唱法については、のぞく)

3)音声医     1.のどの状態 2.声の診断 3.病気の治療

4)作曲家     1.メロディ、ことば(感情) 2.歌心投入 3.曲に正しく合わせる

5)俳優       1.ステージパフォーマンス、動き 2.ことば、発声、感情表現 3.表情、表現力と演出

6)ヴォイストレーナー(私の考え方)

 1.歌の構成、表現力 2.フレーズの音声力(音色、グルーヴ) 3.発声の基礎

 

○歌手兼任、歌手出身のトレーナー

 

ヴォーカル活動中のトレーナーには、自分の活動と他人のトレーニングの両立の大変さを伝えています。

私は人前で歌うことはトレーナーを選んだときにやめました。私のなかでは歌は決してやめたつもりはないのですが、ライブやコンサートという形では、退いたのです。プロデュースを手掛けたときは、演出家と歌手、演出家とトレーナーも両立しえないと、私は思っていました。

二十代の頃は、睡眠の研究さえしてしまったほど、時間がありませんでした。他人のことをかまうことと自分のこと両方に神経がまわりませんでした。歌や声に頼らず、自分が自立することに専念しました。

トレーナーの依頼を引き受けたとき、自分の声については充分にやるだけやった思いもあったし、当時、そこまでの人生設計しかしていなかったのです。

PS. ですから私は、研究所をつくっても、他の人には最初はヴォイストレーナーとしてではなく、ピッチトレーナーや歌唱のアドバイザーとしてのトレーナーをお願いしていました。

 

〇ヴォイトレのアルバイト

 

もっともエネルギーのいるのは、力をつけることでなく、世の中に出ていくことです。

ですから、私は本当にプロをめざしたいという人に、トレーナーをアルバイトにすることは勧めません。お金が必要なら、他の仕事を勧めます。たとえ音楽の仕事でなくともよいのです。自らの声を守るためが第一だからです。 日本のような環境(音楽、声のレベルは厳しくない)では、他の分野の厳しさをもって、音楽や歌には入ることはできても、その逆はなかなかできないことを知っているからです。

 

〇ヴォーカリストのヴォイトレ

 

ヴォーカル出身のプロデューサーでも、日本の場合は、基本的なトレーニングを経て力をつけたヴォーカリストはあまりいないので、その人自身の売りものとなるカラーが共通している人にしか、アドバイスが通用しない、むしろ逆効果となることも多いようです。それができたとしても、ヴォーカルに二番煎じは必要ないのです。

ポップス、特に歌い手の指導者でよくないのは、個人的趣向(好き嫌い)が、本人の知らないところで、必ず判断に入ってしまうことです。そして、そこを本人が気づいていないことが困るのです。それは、選曲にも表れます。ファンのような受講生が多いので、学びにくる前と似た曲しか使わないことになります。

 

〇安易に始められるヴォイトレ業

 

指導上ですぐれている、いないの判断は、多くの経験を持たなくては難しいものです。

最近は、

1.歌手への目的をやめ(あるいは、あきらめきれぬまま)

2.食うために他に手段がないから(まともに働くのがいやだから)

3.他の職がつとまらないからとか、ヴォイストレーニングは、楽しそうな先生稼業、しかも好きな音楽だからと、安易に始められます。好きで始めるのはよいのですが、とてもたくさん学ぶことがあるので、指導との両立は大変です。

 

〇アーティストのヴォイトレ

 

アーティストでは、引退でもしないのに、教えている人はあまりいません。プロとして両立できるほど甘くないからです。まず、自分のステージ活動に専念することをお勧めします。ステージの方が厳しいので、教えるのが後回しになるか、ステージが疎かになります。何よりも若いときは喉の負担が、大変です。

自分のステージを成り立たせるため(集客のため)教える人もいますが、その目的はどうかと思います。最初は、そのつもりがないのにコミュニティづくりになってしまうことが多く、これは、目的が別、集客や集金などと考えたら、悪いことではないのですが。自分の好みでの声をまねさせるトレーナー、歌をまねさせるトレーナーの方法には弊害もあります。

 

○スクールのトレーナー

 

スクールでは、最初からうまかった人は上達して、少し器用に曲をこなせるようになって伸び悩みます。それ以外の人はたいして変わらないままです。

トレーナーの音楽観や自分の歌の欠点を突きつけられ、自分には才能がないということを思い知らされ、あきらめるという結果になりがちでした。それは今はそういうこともわからないまま、伸び悩んでいる、あるいは悩みもできていない、それが問題です。

 

○プロデューサー出身のトレーナー

 

ステージとCDをつくることが売りになっているトレーナーは、その経験を積むにはよいでしょう。でも、基本の習得に使うのにはほど遠いです。

プロデューサーなら、すでに実力のあるヴォーカリストにはよきアドバイザーとなるかもしれません。しかし、それ以外のほとんどの人に教えるとなると、その力を発揮できないことが少なくありません。すぐれた人をどう売るかという仕事だからです。

第33号 「日本の音声と指導について」

〇トレーナーの探し方

 

「東京にはよい先生がたくさんいるのではないかと思います。よい先生を確かめたいと思っているのですが、どうすればよいですか。また、どういう生徒がよいのでしょうか」というメールをいただきました。

私も十代のときに、全国の先生を探し回りました。その結果、クラシックの方に行くしかなかった。今も、そう変わりないと思います。ポップスのトレーナーも人数が増えただけのように思えます。納得のいくまで、大いに探してください。あなたに大切なことならあたりまえでしょう。一生、信じるに足りる声とは、そう簡単にめぐりあえません。めぐりあっても、それは自分のものでないうちは、意味はありません。

 

○日本の音声教育の現状と対策

 

私がアドバイスできることは、「他人にノウハウやメニュを教わろうと思わない方がよい」ということです。もっと大切なことを学んでください。

第一に、多くの音を聞き分ける耳を持つこと、そういう人は少ないです。歌での声とオリジナリティの作品への評価と、それをよくするための方向を与えてもらうことです。長期にかつ高度な経験のあるトレーナーが必要です。

第二にトレーナーの声をよく聞いてください。大半は、話し声さえも普通の人と大して変わらないでしょう。歌がよいのと声がよいのは違います。日本人の音声に対しての意識がいかに低いかということがわかります。(すぐれたトレーナーには、惚れ惚れする声をもつ人もいます。欧米のトレーナーの声を機会があれば聞いてもらいたいと思っています。)

第三に、だいたい、何もわからないというのが、可能性です。だから、一途に突っ走れるのです。今の日本人の場合、芸事の経験や、そういうものにとりくむ基本の考え方がありませんから、そのままでは難しいでしょう。まずは、目的と、そのプロセスをはっきりさせていきましょう。

 

〇信じることと依存

 

こういう世界は独学がベースです。どんな先生についても、24時間一緒にいるのではありません。

何事も、信じる分には、効果は出ます。だから、とことん迷っても、決めたら、相手を信じ切った方がよいでしょう。

私は、最初から一方的に信じてくる人は、どちらかというと敬遠します。信じるということは、効果を出すための条件ですが、責任を相手に任せるだけの依存症に陥らせることも多いからです☆。創造や表現が目的なら、これは、もっともよくないのです。

 

○人を選ぶ能力、使う能力

 

何事もノウハウやマニュアルの効力というのは、個人に帰すものです。たまたま、他の人がまねてうまくいくことはあるかもしれませんが、本当に成功するとしたら、それは使う人の能力によります。

一流になる人は、一流の人につき、そうでない人はそうでない人を選びます。やれていく人は、やれる人に、やれない人はやれない人につく。ここで本質を観る眼、選択眼もまた、才能です。

同じ人についても、その人の能力をどこまで生かすかは、人によって千差万別です。同じ時間とお金を費やしても、得られるものは全く違います。私が思うに、すぐれた人は、相手のもっとも高い才能を自ら引き出していくものです。

 

〇始めてから見失うこと

 

多くの場合、最初に見えていたはずのものが、渦中に入ると曇ってくるものです。青い鳥を求めるように、どこかに正解があると、それを探したがるからです。相手にそれを求めるのです。日本人は、殊にそれを他の人のもっているものへと追い求めます。追う間は、自分を見ない、見えないのです。この状況のままでは、何事も実現不可能です。

師とは、何かを成し遂げる人が自分自身を知るためにいるのです。いるだけでよいのです。

トレーナーと同じようにやりたがる人が多いようです。何をやってもよいのですが、もし間違えというのがあるとしたら、そこが唯一の間違えなのかもしれません。

 

○真の指導とは

 

真にすぐれた指導というものは、本人さえわからないうちに、本人に努力を強いている結果、本人の力でものごとを成し遂げさせます。そこで感謝もお礼も求めません。やれる人は自分の力と信じてやっていくからです。

本人がひたすらやりつつ、工夫しつつ、成功するまで続ける。そのようにしたら、その邪魔をトレーナーがしないことです。信じて待つ、見守るしかないのです。技術よりも精神的なことや思想の方が、ずっと大切なのです。

ところが、日本人というのは、類に交わり赤くなります。写しとることを上達を思うから、教え上手にいわれる人について、早く教えられて、教わったことに満足して終わるのです。もったいないことと思うのです。

 

〇カウンセラーとトレーナー

 

結果を早く求めるとうまくいかなくなり、一緒に悩んでくれる人を求めます。トレーナーがそういう対応をすると、そこに情を感じ、親しみを感じるものです。それが本当に自分のためになることと混同してしまいます。そういう人には、トレーナーはただのカウンセラーになってしまうのです。そうしないトレーナーをわかってくれないと遠ざけることになるからなおさらです。

教えたがりの先輩を選ぶか、師を選ぶかは、その人の精神度と成熟性にかかっています。こればかりはどうしようもありません。その人の器(と将来)ほどに、人は自分の意思として選ぶからです。

 

〇同じパターンから抜け出す

 

これまで、やり方よりも選び方が悪かったこと、学び方よりも生かし方が悪かったこと、それを省みず、さらに最悪の選び方、生かせない道を、その人がその人の判断ゆえにしてしまうのです。

私が、こういうことに気づけたのは、私よりも人生経験を積み、判断の適確な師やアーティストに会えたおかげです。他の人は、私ほどにそういう人たちを活かせなかったように思います。

ですから、私は本人がトレーナーを選ぶよりも私自身がその人に必要と思うトレーナーをお勧めしているのです。もちろん請われたらのことですが。

第32号 「トレーナー間を移ること」

○組織としてのメリット

 

研究所では、かなりの部分について、他の人に任せるようにしてきました。私がすべてをやってしまったのなら、発展がありません。いろんな人がくるので、相手によっては私よりもうまく対処できる専門家やトレーナーをみつけたり育てることも必要です。また、私も含めそれぞれのトレーナーが、専門を深める研究や勉強をすることも欠かせません。声楽家やヴォイストレーナーには、ずいぶん会いました。今も毎年、何人かと面接しています。そのことも私や研究にとても役立っています。

 

〇他からいらした人への対応

 

レッスン受講生のなかには、他のところのトレーナーについて学んできたあとに、あるいは、そこで学びながらここに来ている人がたくさんいます。

他のところをやめて、新しくトレーナーにつく人は、自分の判断の正当化を求めています。自分をわかってくれるトレーナーを探し、これまでのやり方で納得できないことを確かめにきます。そこで、トレーナーがその人の不満にすぐに合意したり、一緒に前のトレーナーのやり方を批判したら、信用を得て、さいさきのよいスタートが切れます。トレーナーが自分のやり方で進めるのには、やりやすいでしょう。しかし、考えようによっては困ったことです。それまでになにがよくなかったのかも知っていくことなのです。

 

〇これまでの学びを活かす

 

 他からいらした人は、当人はリセットしたい、トレーナーもその方が楽だから、ゼロからスタートしたがります。心機一転、最初はそういうスタートでもよいでしょう。しかし、どこかで、考えてほしいことがあります。

このことは当人一人でできないことだからこそ、トレーナーが知って、少しずつ伝えていくべきことです。前のところで前のトレーナーで伸びた人もいたのです。相性ややり方だけではなく、自分の判断の仕方、学び方など、トータルにみて、どこに問題があるのかということを知ることは大切なことです。

前のところを辞めて次にいくなら、トレーナーややり方のせいでなく、自分の問題として捉え直すことです。そうでなければ、最初はよくても、また同じ轍を踏むことになります。習うべきことをマスターせずに、トレーナーを、二転三転としている人は、特に注意することです。やったことは、どんなことでも意味があるのです。ただ、多くの場合、レベルが違うので、レベルが上がれば消化されていくのです。

 

〇トレーナーを替える

 

トレーナーもまた、学ぶ力こそが、もっとも大切な能力です。他のトレーナーのトレーニング法が自分のやり方や評価の仕方と違うものなら、よくないといいたいのはわかります。だからといって、どこでも学ぶべきものはあります。

やめた人がいうことは、必ずしも信用なりません。なぜなら、そこでうまく吸収して伸びた人もいただろうに、それができなかったともいえるからです。

 

〇学ぶ力をつける

 

経験がどう生かされるかというのは、あとにならなくてはわかりません。合っていないようでも、長い人生においては、否定できることはそうありません。人生には何一つ無駄がないのです。それに投じた時間とお金を無駄にしないように、頑張ってください。

何事であれ、一所懸命やることです。そして次の場でも、今まで一所懸命やったものをどう生かせるのかの方が大切です。そうしないと、何でも無駄になります。安いから、自分にわかりやすいから、合っていると思うから、よいとは限りません。何事も生かすも殺すも自分次第なのです。学んだことより学ぶ力をつけることこそが、レッスンの役割です。

 

〇トレーナーに盲目的につく人

 

私からみると、やめた人がいうことを一方的に信じるトレーナーは、勉強不足です。多くは、自らの生計のために、生徒が欲しいから迎合します。あるいは生徒の先生になりたいのです。

それに気づかない人は、生徒としてトレーナーに隷属したいのでしょうか。トレーナーでなく、アートに仕えるべきではありませんか。

気分よくやれることと、実力のつくことは、違います。

トレーナーのせいにしている限り、本当には伸びません。甘く、優しいトレーナーを見つけて、そこでほめられ、自己満足に終わります。

 

〇ついたトレーナーの先をみていくこと

 

何年かたてば、世の中で自分が声の力でもって、やれるようになっていかないという現実で、わかるはずです。

トレーナーと慣れ親しんで、そういう判断さえしなくなるでしょうか。もしくは、それまでに限界を悟り、やめてしまっているでしょうか。トレーナーがそこをカバーして、みえないようにしてしまうことがもっとも多いように思います。 つまり、そのトレーナーの下でしか通用しない力でおわるということです。

やめた人より、やれた人。

始めた人より、続けている人。

やっている人より、その実力。

もし、本当に実力をつけるのなら、1000人で1人しか続かない世界に、その他999人の1人でしかない今の自分やトレーナーの判断を、もち込まないことです。それが、あなたが、すぐれていくために、もっとも改めることであり、根本的に大切な考え方です。

第31号 「トレーナー探し」

○ヴォイトレの効果は、組みでみる

 

私は、多くの人をみてきました。多くのトレーナーもみてきました。さらに、多くのトレーナーとトレーニングしている人を組みでみてきました。この数と質においては、日本ではトップクラスに思います。最初から、この分野は  私が一人でできるほど、生やさしいものではないという直観があったからです。

今や、こぞってコラボレーションの時代です。

私は、きっと唯一、日本では、同時期に複数のトレーナーを一人の受講生につけ、その結果を十数年以上にわたって見届けた稀有の経験をもつものでしょう。

しかも、一流の声楽家から、音大生レベルまでと、ポピュラー、加えて外国人など、研究所外でもですから、例には、ことかかないのです。(L.A.など、海外に、私のところのトレーナーはトレーニングもトレーナーもしていたので、日本人が外国人を教えることでも知りました。)

 

〇日本中のトレーナーを知る★

 

レクチャーにくる人やここの受講生は、どこで何年、何というトレーナーについて、やっていたという体験を述べてくれます。声専門の研究所ですから、私は日本中のほぼすべてのトレーナーを、会わずに知るはめとなりました。

その人たちの口上を鵜呑みにするほど愚かではありません。トレーニングやトレーナーについての批判についても、私にとっては、その人自身の考え方や方法、目的を、深く知りたいがためにすぎないからです。

私のところもいつ知れずやめたり、他のトレーナーのところにいった人もいます。どう考えるべきかは、私なりに示していますが、ここでは出るまえに私以外の十数名のトレーナーの誰かがそれを補ってくれることが多いのです。

 

○効果の客観的判断

 

私が科学(音響)や医学の機器での測定に真剣になっていったのは、声や歌に関するトレーニング効果ほど、あいまいなものはないからです。それで他の人に自分の理論、正しさを示したいというなら、それほど程度の低いことはありません。

芸術において、科学や分析は、後追いの実証しかできません。簡単にトレーニングに使えるようになるとは、思っていません。

そういう方法を使ったら、関わった音大や専門学校、教授名、海外のトレーナー名などをPRするのと同じく、受講する人の心理的に安心や信頼感を与えるでしょう。しかし、データや客観的根拠を欲している人に喜ばれる反面、その弊害もあるからです。

 

〇検証の難しさ

 

効果、成果とは、目的に対してあるのですから、効果があがったというのは、目的に近づけたり、目的がかなうことによって、実証されるのです。科学的にという人ほど、非科学的であるのは、よくあることです。

 

○トレーナーからの評判

 

どこの分野でもあることでしょうが、どれだけ手間とお金がかかるか、想像してももらえないのです。どこの援助もなく、研究活動を続けるのは大変なことなのです。

私のやり方についていろいろ言う人もいます。しかし、その多くは、私自身の直接のレッスンを一度も受けていない人たちです。

伝聞だけで、すべて判断する。こういうことは、素人には(日本ではプロの人でも)よくあります。

トレーナーなら、そこで学んだ生徒が私のところに在籍していることが多いので、そのトレーナーの特徴や教え方についての方向性や判断ポイントを知ることもできます。

私はそれについて、反論はしません。私自身が、経験したことではないし、経験したからわかるとは、思わないからです。ただ、私自身が学びに行くなら、どんなレッスンであれ、最大に自分に生かせるよう努力すると思います。きっと、学べるだけ学びとるでしょう。声はそこに行ったら、手に入れられるようなショッピングではありません。

 

〇有名トレーナーめぐり

 

さて、トレーナーをめぐりめぐってくる人がいます。

1.前のところをやめたということ

2.やめたあとに他のところを探したということ

3.最終的に私のところに来た

何かしら、こうしてここに来た人も、特徴があると思うのです。

なかには、権威筋に弱く、著名なトレーナーに順番にあたっていくタイプの人もいます。(本を読む人は、私のところにもよく来ます。それでよしあしは判断できません。私のところを選んだ時点で、ここに合った人ともいえるのですから。

 

〇医者めぐり

 

たとえば、医者へ、ここの受講生が行くと、「私のところでは何をやっているのか」と医者が不審に思うのも同じです。どこよりも多くの人数を抱えて、しかも医者の使い方を紹介しているのですから。

いつも私は、声を壊してからでなく、壊すまえに行くように、医者に行くように、と言っています。これは将来のことも含めてのことです。多くののどのよくない状態という人に勧めているので、あたりまえのことです。医者には誤解されているとは思いつつ…。最近は、優れたお医者さんと共同して研究できるようになりました。ご紹介もいただいています。いつでもいらしてくださいね。

 

〇演歌の時代から

 

20年前は、演歌の人も多かったのです。当時は、ヴォイストレーナーは作曲家の人か、クラシックの人しかいませんでした。大体、作曲家が教えていました。音楽を分かっている人があまりいなかったかです。作曲家が曲を作って歌い手に教え、デビューさせていました。演歌がほとんどそうでしたが、その流れはなくなってきました。

いったいどこに対してヴォイストレーニングをするのかという目標が、取りにくくなってきています。

 

〇情報と経験

 

ヴォイストレーナーも多くなり、ここにもいろんなトレーナーもきます。

声は、相手にもいろんな問題があって、一人の専門家だけでは対処できないものです。私も医者や声紋分析、語学音声学の学者も含めて、情報交換しています。それでさえ、どうしても分からないことがたくさん出てきます。

およそ多くのトレーナーは、自分がやったことをやればいい、自分がやれたから、他の人もできるだろうと考えます。しかし、30年近くやっていれば、実際には全くそうではないということはわかります。10年、20年見ていると、もう結果が出るわけです。プロになりたい人にとっては、歌がうまくなるとか、声がよくなることは、結果ということであれば、プロになれたかどうかに帰結するのです。

 

〇基本はハイレベルのために

 

私がここでやっていたことは、少なくても自分レベルで基本ができている人が、千人くらい出てきたら、トップにノミネートされるというハイレベルでやっていました。そこから、試行錯誤で体制を改めつつ、いつも変えてきました。

今は個人レッスンでやっていますが、歌のヴォイストレーニングの割合が半分、役者さんや声優さん、あるいは一般の人のほうが声に関して厳しく求めるようになってきたのを感じます。

 あなたがヴォーカルであるなら、ヴォーカルというのをはっきりさせていかないと、ヴォイストレーニングとの接点がつきにくいです。

 

〇トレーナーとの接点

 

トレーナーとも、接点をどうつけるかが問題です。どんなトレーナーでも、接点のつけ方さえうまく変えていけば、学べることはいろいろとあります。例えば、最初は合わないようでも続けていることで、効果を出している人もいます。

 相性の問題や好き嫌いの問題が、障害になっていることが少なくありません。

ここは10数名のトレーナー体制でやっていますから、よくわかります。

 先生が合わないので変えることもあるのですが、合わないといわれてしまう先生の方が、何人も高レベルに育てている場合もあります。結果として、先を見て判断していくのです。

 

第30号 「トレーナーの条件とは」

〇信じるに足りる声

 

この国には、トレーナーとして大した人材というのは、まだあまりいないかもしれません。私も十代のときに、全国の先生を探し回りました。その結果、クラシックの大家と海外のトレーナーに頼るしかなかったのです。

今もそう変わりないと思います。より複雑になってきたのと、やっている人の人数が増えただけです。

一生、信じるに足りる声、それを導くトレーナーとは、そう簡単にめぐりあえません。第一に、あまり教わろうと思わない方がよいでしょう。その人自身でなく、その人の育てた人の声をみてください。

 

〇トレーナーの声

 

だいたい20歳前後のときというのは、何もわからないままやれるというのが、可能性です。今の日本人の場合は、芸事の形の基本や経験がありませんから続けるのも難しいようです。

日本教育の中では、他の国に比べて、音声表現に対する耳、発声器官のコントロール能力がありません。そこから始めるべきなのに、多くの場合、素通りです。ですから、うわべは上達しても、不毛です。声の根本の条件はほとんど変わりません。

第一に多くの場合、音を聞き分ける耳を持っていません。トレーナーの声を聞いてください。その声に惹かれますか。その声がよければ、ましな方です。大半は、その声も普通の人と変わらないのではないでしょうか。

日本人の音声に対しての意識がいかに低いかということがわかります。欧米のすぐれたトレーナーの声を機会があれば聞いてもらいたいと思っています。トレーナーの声には、惚れ惚れするものです。

 

○一つの方法を盲信しないこと

 

こういう世界は独学がベースです。どんな先生についても、24時間一緒にいるのではありません。信じる分、効果は出ます。だから、相手を信じ切った方がよいともいえます。選んだら信じることです。それは、選んだ自分自身を信じられるかということなのです。

私は、一方的に信じてくる人は、どちらかというと敬遠します。信じるということは、効果を出すための条件ですが、責任を相手に任せているだけの依存症に陥らせることも多いからです☆。

創造や表現が目的ですから、これはよくありません。

 

〇トレーナーを次々と変える人

 

なかには、次々にトレーナーを変えている人もいます。

安易に信じる人ほど、安易に裏切るのは、どの社会でも同じです。よい先生をみつけたといって辞めては、また23年たてば、戻ってくる人もいます。ここにもたくさんの方が、他のスクールやトレーナーの元から来ました。

大体、自分自身で選んだところを辞めるのに、愚痴を言ってくるような人は、また同じことをくり返すだけなのです。他のトレーナーの肩をもつ気はありませんが、そういうトレーナーを選んだ人のなかには、「勘がよい」とか、「びっしりと鍛えられてきた」と思わせる人はほとんどいません。せっかくトレーナーについたのに、不平不満ばかりで肝心のトレーニングがたるんだのではないでしょうか。日本では安心させるのがいいトレーナーみたいに思われているから尚さらですが。

 

〇将来からみる

 

私は、その人をみるときには前歴や性格でなく、将来の舞台の可能性、テンション、才能と作品でみます。その人が社会人としてどうであっても、まずはステージでの作品が素晴らしければよいとも思っています。

創造力や発声は信じられるというところでみています。若くしてその才能や素質があれば、そこを伸ばせばよいと思います。

それを一緒にしてしまうから、トレーニングもおかしくなってしまいます。「よい人だから」「まじめだから」「一所懸命やっているから」、そんなことだけでやれてしまうほど、甘い世界ではないのです。

 

〇過去の体制★

 

ヴォイストレーニングの講座というのを、私もかなりのスクールやプロダクションを手伝ってから立ち上げました。ヴォイストレーナーやヴォーカルスクールはたくさんでてきました。ただ、そういうところでは大体12ヶ月で辞める人が大半です。

ここは、設立当初は敷居が高く、ほぼ全日制、毎日来て56時間以上、レッスンが受けられました。多分、今その体制をとっても、対応できる人はかなり少ないでしょう。世の中が変って、今一生懸命なのは、お笑いの方や声優、役者さんです。ここにくる人も、徐々に移ってきています。

第29号 「トレーナーと仕事」

○一般的なヴォイストレーナーの仕事(専門)

 

ヴォイトレも日本中にたくさんのスクールや講座ができました。私は、いくつかの発足を手伝い、顧問もしてきました。あまりに安易で、やや平易するところもありましたが、お役に立てたらと思い残していると、日本の学校や教育というのを考えるよい機会となりました。

私の場合、ヴォイストレーニングを中心に生きているのではないし、自らもヴォイストレーナーと思っていないのですが、まわりにその役割を期待されて演じさせられているのが、現実です。

決して、多くのヴォイストレーナーの代表でも、彼らより優秀で、ここに述べているのではありません。むしろ、そうでないからこそ、このように早くから、多くの分野の方々の力を借りてやれてきたのだと思っています。(トレーナーは一人だけでやっている人が多いので、多くのトレーナーと学べていることは大変に有意義です。)

 

〇トレーナーに値する

 

私が現在、名実ともに、ヴォイストレーナーの名に値すると思うのは、日本ではほんの一握りの声楽家しかいません。ただ彼らは、良心的すぎて、ここに記すような本音は言えないから、私が述べるのです。

ヴォイストレーナーの多くは、ヴォーカル活動を副業でやっています。

私は、多くのトレーナーを雇ってきましたから、トレーナーよりもトレーナーのことを述べるにはふさわしいとご理解いただければと存じます。

誰がどういう立場で語るか、このことは何よりも、重要なことなのです。

 

〇トレーナーの出身

 

これまで、出会ってきたトレーナーについての出身や活動をみましょう。

1.音大を出ている(声楽家)

2.ポピュラーのスクール出身

3.ポピュラー歌手としての実績をもつ

4.作曲家である

5.役者である

6.演出家である

7. プレイヤーである

8.プロデューサーである

9.海外のトレーナーについた

10.外国人のトレーナーである

 

○トレーナーについて判断すること

 

私がトレーナーの採用や研修を通して知ったことを、レッスンの受け手のためのメリット・デメリットから述べてみたいと思います。こういう人が教えると、どこがすぐれ、どこが足らないかということです。

その人が誰と接してきたのか、今、接しているのか、どれだけ効果を出しているかを知りましょう。

トレーナーは、本人が声がよいとか歌がうまく歌えるのではなく、人を育ててなんぼです。そこをわかっていない人がたくさんいます。

 

〇あこがれの人につく

 

ヴォーカリストや役者としてすぐれていることと、トレーナーとは違います。もし、すぐれているなら、その人の作品がどうなのか、どのくらい売れたのかをしっかりとみてください。そして、あこがれ第一と考えるなら、自分の進みたい分野の第一人者に直接、つきましょう。トレーナーとしてよいかどうかは別として、多くを得られるチャンスには違いありません。

しかし、ヴォーカリストとして成功し、活動のできている人は、普通、自分の創作活動に忙しく、また、のどの管理などに人一倍気を使うため、とても生徒を引き受ける余裕はないものです。

 

〇トレーナーの声で判断する

 

ヴォーカリスト、役者としての実力の判断と、トレーナーとしての評価は別です。歌唱力、演技力は表現だからです。

相手が初心者だから通じるくらいの大声や高音を出しても、自慢になりません。その声から何が伝わってくるかということ、そこまでの人生で、何をその声でやってきたかということの方が大切です。

スクールなら、発表会があれば、行ってみるとよいでしょう。生徒の実力もわかります。

その上で、初心者向き、趣味向き、プロ向き、いろんなレベルに対応しているトレーナーがみつかるでしょう。

トレーナーの言っていることは、そのままうのみにしないことです。「プロにする」「デビューさせる」「CDを出させる」「誰よりも上達する」こういうところは避けた方が無難です。タレント性やルックスで勝負しているヴォーカルを出していても、それは、ヴォイストレーナーが育てたとはいえません。

 

〇声を育てているのか

 

この分野は、実力世界で素質第一です。しかし、タイミングも時代も大きく関わる分野において、絶対ということはありません。まして、生来の差や育った環境に、大きく左右される声において、確約は無理でしょう。

仮に10年に23人しかとらず、皆を大ヒットさせたヴォーカリストに育てたという人がいたら、別ですが、日本のヴォイストレーナーでは知りません。海外でもヒットした人をみている例は多いのですが、一から育てた人というような人は、あまりいないものです。他の分野と違って、それはトレーナーの才能とは異にします。☆

 

〇マニアックなトレーナー

 

歌ではそれなりにうまいと思うトレーナーも、私はたくさんみてきました。

1.元よりすぐれていた人

2.人を育てていない人

3.プロとやっていない人

こういう人は、素人受けをするのですが、あまり人は育ちません。自らのコネクションさえないので、先はみえません。なかには、やたらと声にマニアックに偏向しています。トレーナーというよりも、我流の研究者、他人の声ではなく、自分の声が趣味の人ともいえます。自分のステージの客として生徒を扱う人も少なくありません。

一人のトレーナーだけにつくと弊害もいろいろとあります。

1.世の中で勝負したことのない人

2.ステージ経験のない人

3.歌ったことのない人

特に一つのトレーニング方法にはまっていきます。そこから抜けられなくなりやすいので、気をつけましょう。

 

〇トレーナーとの関係性

 

自分のトレーナーとうまくやれている人はきません。ということは、トレーナーか本人とトレーナーとの関係に問題があるのです。

声について、もっとレベルアップしたいということで来られることも多いようです。ヴォイストレーニングの問題としても、どの目的で、何を優先してやるかということは、難しいことです。

いろんなところで受け、地元でやっているのとも、比べています。高いレベルを目指す人や、教える体制がないところなら、1ヶ月に2回くらいでもここを選んだ方がいいこともあります。

 

〇最高目的のためのチーム

 

試してみないとわからないこともあります。実際に、ここでもどのトレーナーに見てもらえばいいのか、曜日や時間帯で決まってしまうこともあります。

どんな体制を組めばいいのかというのを基に考えます。私の場合は、ここの最高目的に対して、自分だけではとても足らないので、研究所をつくりました。

最初は、プロのプロダクションとやっていたのです。有名な人とずいぶんやりましたが、そこだけでは本当に育たないとみて、このように組織化して、一般の人から始めたのです。

第28号 「ヴォイストレーナーの仕事と資格」

〇ヴォイトレの資格

 

私の元にはときおり、こういうトレーニングも資格をつくったらよいのではという話がきます。また、当研究所の看板や推薦を地方などでもあげたいという方もいます。今のところTV出演とともに私がお断りしていることが、この二つのことです。

資格というのは、何かをやるための必要条件です。何かが明確でないとつくれません。多くの民間資格は、それを管轄するビジネスのためにあるようで、権威もなく、商売にもならないものが多いようです。医者などには資格がなくては恐いでしょう。絶対に必要というものもあります。しかし、ヴォイストレーナーは、そんなことで分けられようもありません。

 

〇音楽療法について

 

音楽療法は、今ではポピュラーになりました。資格というお墨付きに頼られなければやっていけないところで、資格認定が普及におおいに貢献しているのも確かでしょう。思えば、当研究所の顧問であった、芸大名誉教授の桜林先生(当初、日本ヴォイス研究所)には、学生時代からお世話になりました。日本の音楽療法の礎でした。

ヴォイストレーニングは医学と切り離せないからです。今のヴォイストレーニングはどうでしょう。とても私にはまとめようはありません。つまり、まとめようもないということは、分けようもないということです。

 

〇ヴォイトレの統一はできない

 

今、ヴォイストレーナーを名乗る人には、大きく分けて、医者(耳鼻咽喉科)、声楽家、役者、ここのところ、ポップスヴォーカルの指導者に多くなってきました。そのため、ヴォイストレーナーということばは、何となく歌手指導、ヴォイストレーナーは、役者や声楽家指導に主に使われていました。

たとえば、役者と、声楽家のヴォイストレーナーのやり方は、明らかに矛盾します。内容も違うし、優先度も違う、目的が違うからです。役者と歌手は、やることが違うのですから、トレーニングが違うのは、あたりまえです。 私のブレスヴォイストレーニングは、共に使えることで行なっています。

 

○ヴォイストレーナーとしての私の仕事

 

私のトレーナーとしての仕事を平均的な一ヵ月でご紹介しましょう。

まず、私の主宰する研究所でのレッスン、

1.週24回(他のトレーナー10数名とともにやっています)

2.月に3回のレクチャー

3.専門学校などのトレーナー研修

4.日本語教師の養成学校、声優養成学校など、他校の仕事

5.劇団のワークショップ、お笑い芸人、落語家や弟子の指導

6.音楽プロダクションのプロ養成、ミュージカル劇団のプロのレッスン、ヒップホップ、ラテン、なんでもあり

7.大学やカルチャーセンターの特別講義

8.音大受験生のレッスン

9.ヴォーカリストへのアドバイス

10.オーディションの指導、デモテープ作り

11.プロダクション契約

 

それとは別に、

1.研究所内のトレーナーの育成(報告の処理、研究生のレッスンの状況を把握)

(私のところは採用時点で、どこか私よりも優秀なプロにしています。)

2. 研究所内研究生のレポート、ステージアドバイス

3.研究所内のレッスンのリライト

4.会報、ブログ、メルマガジンのチェック(このあたりは、スタッフに任せています)

5.科学、医学などの研究、共同研究、研究生や日本人の声の分析など。海外への声のサンプリング、学校見学や現地の関係者に会います。

6.研究論文と本の執筆、教材づくり

7.企業研修やブレーン、顧問契約

8.マスコミなどの取材を受けます。

9DVDCD、教材、専門書、専門論文の収集と整理(海外本の翻訳、解釈)

10.声のデータベースづくり

 

〇日本ヴォイス研究所

 

私の場合は、もともと大手プロダクションにプロの養成を頼まれたところからスタートしているので、しかも音大にお世話になりつつ、音大出ではないので、異色かもしれません。日本ではヴォイストレーナーの草分けの大木先生と、日本音響技術専門学校に日本ヴォイス研究所をつくりました。芸大名誉教授の桜林先生が顧問で、私の弱点の医学的アプローチと、当時まだ、あまり知られていなかった音楽療法を中心にご教示いただきました。

専門学校への出講、プロダクションのヴォーカル育成中心にやっていましたが、思うところあり、専属契約を打ち切り、アマチュアの養成所としてヴォイス塾をたち上げました。15年やったところで、一部を除きクローズし、ふたたびプロの育成、トレーナーのアドバイス中心に動いているところです。

 

〇ポップスでのプロ志願者

 

ポップスでプロをめざす人は、トレーナーになるのでないのですから、少なくてもトレーナーを超える力を、そのトレーナーよりも少しでも早く身につけることに、教えるということの成果が問われます。

自分の経験だけが中心の人や、理論的に詳しい人もいますが、間違った解釈、仮説に偏り、検証に欠けていることも少なくありません。海外に学びにいった経験だけで、やっている人もいます。

日本のポピュラーにおいては、歌い手は役者などよりも、日常の声がよくないし、鍛えられていない(素人声)のことも多いのです。それではプロもくるここでのトレーナーは務まりません。10年以上、基礎訓練をやってきた人や、現役のプロをも指導できる力が必要なのです。

 

〇トレーナーは、研究員★

 

ここは研究所なので、トレーナーも研究員です。多くのプロや一般の生徒の経験を積ませ、音大での指導を超えた経験を積んでいます。ここのトレーナーは、ここで実際にそういう人を教えてきた経験が豊富にあります。

ここでは、複数でプロから一般の人までみており、わからないことや違うことは他のトレーナーで補完やフォローができます。

分担して担当するので、年間に多くの人に接することになり、どこよりも経験を早く積むことができます。しかも、プロも含めて熱心な人や、かなり分野の違う専門家もいらっしゃるので、学ぶことに事欠きません。

 

〇トレーナーの実力の育成

 

マンツーマンでも、セカンドオピニオン、サードオピニオンをもてるため、一人のトレーナーが気づかぬことや、そこで偏ってしまうことを是正することも早く正しくできます。加えて、トレーナーの過去からのトレーニングや他のトレーナーのトレーニングも、知ることができます。ここの会報やホームページは専門の書物よりも、あなたにとって具体的かつ実践的なヒントとなるでしょう。

ずっとこういうトレーナーとともに、私は研究を進めています。声の生理学、音響学なども学者などと共同研究しています。

第27号 「歌やCDやレッスンからの学び方」

〇声と歌でなく伝える

 

ヴォーカリストは体ひとつですべてを表現する声の演奏者です。トレーニングから目的を定めるなら、ヴォーカリストとしての体(声、感覚、歌)ができていくことが、第一歩です。さらに歌は芸ですので、客を魅了する力がいります。しかし、その答えはあなたの中にあって、その器の大きさを決めるのもあなた自身です。

ヴォーカリストが表現するということは、声を殺して歌を生かすこと、さらに歌を殺して心を伝えることなのです。発声法でなく声の力、歌唱技術でなく歌の力、ステージの演出でなく、あなたの心と音楽が、人に伝わる力となるようにしてください。

 

〇同曲異唱で成り立ちを学ぶ

 

大切なのは、音楽的な基本、ここでは楽理よりは、歌の中の音楽として成立する共通の要素を入れることと、あなたの声を体の原理に基づいたオリジナルなものに戻し、使えるようにしていくことです。そのためには、一流の音楽・歌を徹底して聴くことです。

同じ歌を異なるヴォーカリストで聞くこと、外国人の歌と、その日本語訳詞の日本人の歌を聞くこと、それらを比べることは、とてもよい勉強になります。(スタンダード、オールディズ、ジャズ、ゴスペル、カンツォーネ、ラテン、シャンソンなど。)

 

〇一流に学ぶ

 

まずは、一流のヴォーカリストの学び方を作品のプロセスから追体験し、しかも彼らの基準においてチェックしていくことができるようになることです。彼らが何から学んだかを追うと、やがて全ての分野をカバーしていくことになります。

フレージングのコピーは、トレーニングメニュとしても使えます。できるだけ広い分野から、一流といわれたヴォーカリストの作品を集めましょう。彼らの伝記、自叙伝などを読むのも刺激になります。

 

〇アンテナの立て方

 

実際に歌からどう学ぶのかとは、それこそ、才能というものです。同じ曲から一つも学べない人も、百以上学べる人もいます。アンテナが一つしかない人と、100以上ある人がいます。私は、レッスンはこういうことの重要性を伝え、そのアプローチを試みさせるのが全てだと思っています。つまり、アンテナ一本の人に、10本、20本のアンテナの立て方を伝えるということです。

 

〇デッサンフレージングを学ぶ

 

歌の世界では、自分の声を使って進行・展開や構成を音の線で表わしていきます。これを私は、絵画に例えて、これをデッサンといっています。いわば線を引く=フレージングのことです。そこに色=音色を加えます。

カンツォーネ、オールディズ、ラテンなどは、声で音のデッサンをどうしているかがわかりやすいため、発声・リズムグループも含めた、基本の教材として使っています。

唱歌、童謡は、呼吸と発声フレージング、日本語の勉強によいです。

演歌、歌謡曲は、日本人のデッサン情感表現のデッサンの研究によいでしょう。

声をそのまま大きく使って歌に展開していく段階では、あまりテクニックや効果のための装飾を入れず、ストレートに歌っているものの方が、材料にしやすいのです。私は音響効果が悪いため、生の声のわかりやすい19501970年あたりの作品をお勧めしています。

 

○独習の難しさとレッスン

 

独習は難しいというのは、より厳しい判断基準をもって行なうには、ということです。判断基準そのもののレベルアップこそが、決め手です。独習には、あなたにプロの耳が必要です。判断ができなくなれば、師につくことです。

トレーニングというのは、基本的には自分でやるものです。それをチェックしたり、新しいアプローチやヒントを授かったりするために習いにいくのです。

そこで、より深いこと、本物のこと、ある種の真理のようなものに触れ、自分の毎日行っていることの意義や効果を再確認し、そして、さらに修練を積んでいくわけです。

私は、そのようなことを自分で盗める(自主的に学べる)場でなくては、あえて学びにいく必要もないと思います。つまり、絶対に一人でやったり他のところでできないことのためだけに、レッスンを使うべきだと思っています。

 

〇レッスンの使い方

 

そこにいることで、何かトレーニングをやっているつもりになるような、安心感しか与えないところでは、楽しい、落ち着く、親しみがわく。その結果、当の目的とそれているのにさえ、気づかなくなっていきます。

何事も、学んだから必ずしもよくなるのではないということを忘れないでください。長く学ぶと、何事も学んでいない人よりもすぐれますが、世の中でどのように通用しているかと常に問わないと、必ずおごりや慢心が入ってきます。

それも含めて、本人の力次第なのです。自分でできることはすべて自分でやり、自分でできないことだけのために、トレーナーの才能をあなたが最大限に引き出して、使うことです。

参考書も一長一短があります。ことばや内容をうのみにしないことです。世の中には、そういう考え方や、そのように考えている人がいるという程度に考えてもよいでしょう。本を読み、スクールを転々としてはいつも悩んでいる人がいます。どこにも答えはありません。

 

〇何でも活かす

 

すでにあるものを習得するのでなく、あなたが創りあげるのです。正しい方法、間違った方法とか、よい先生、悪い先生とかではなく、世の中すべてから、あなたが生かせるものをよい方に生かしてものにしていくことです。私が世の中にはその逆のことをやっている人ばかりなので、そうすれば必ず、やっていけるようになるのです。

何もないより、少しでも本や教材が出ていることは、刺激にも勉強にもなります。拙書も参考にしていただければ幸いです。

 

○飲食物のよしあし

 

食べものに関しては諸説ありますが、大して気にすることはないでしょう。辛すぎるものや刺激の強いものなどはよくないという人もいます。声を出す直前でなければ、あまり関係ないと思います。声帯に直接、飲食物はふれないのに、おかしなことをいう人が専門家にも多いようです。高価なものほど、あやしいですが、信じて効果がでている人には、何も言いません。

―個人の体験は参考になっても、すべての人に当てはまらないことという顕著な例の一つです。

 

〇声楽家と教えている理由

 

声楽家にお手伝いをお願いしている理由は、J-POPSが声域を広く、しかもハイトーンが中心になってきたこと、ミュージカル志願者やミュージカルのプロの方などが増えて、早期に高音の強化を必要とされたため、そういうことを求める人には、向いているからです。

声の基礎づくりでは、声楽家は、呼吸や発声に何年ものプロセスを経て、体づくり、声づくりをしています。そのため、歌唱や演技と切り離して、声をみているのです。これは大切なことです。役者や声優や芸人などのトレーナーの多くは、声の演出(表情やしぐさ)に早くいくため、3年、5年というプロセスで、呼吸や声そのものの成長をみていません。

 

〇ポピュラーのヴォイトレの限界

 

ここに通われる役者、声優の方は、そういう人が教えているところでは、声の問題が解決しなかったからいらっしゃったのです。そのために初心者にも増して、日本人を一時、離れる感覚、体づくりを必要とするからです。

一方、ポピュラーの現役ヴォーカルなどのトレーナーでは、その人の好き嫌いや感覚に、そのトレーナーがプロとしてすぐれているほど左右されやすいのです。そのため、違うタイプは育ちにくく、似たタイプは何年たってもそのトレーナーの半分くらいの実力で終わってしまいます。ポップスのトレーナーは、一人で教えている人が多く、もともと、のどのよい人、声のよい人、器用に歌える人が多く、声を育てる経験をあまりつんでいないことが普通だからです。

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