〇呼吸のしくみ
声帯そのものは意識的に動かすことができません。そこで呼吸をコントロールすることで、その周辺の筋肉も含めた声のコントロールをしていくのです。
〇呼吸は肺が行なうのではない
呼吸は、肺がそれ自体の力で膨らんだり縮んだりして行なうものではありません。肺は、ゴム風船のようなものと考えてください。肺を取り囲む胸郭(きょうかく)が、横隔膜、肋間筋(ろっかんきん)などによって拡張したり収縮したりして、肺に働きかけ、吸ったり吐いたりできるのです。
〇吸気と呼気
吸気は、身体のなかを広げることで、肺がふくらみ、肺内の圧力が低くなり、口や鼻から空気が入ってくるのです。
もともと呼吸とは、空気の酸素を血液中に取り入れ、体内で生じた不要な二酸化炭素や水蒸気を吐き出すものでした。およそ一、二秒で吸って、一、二秒で出していたのです。
その呼気をことばや歌など、発声に使うと、十秒くらい出して一秒吸うといった必要がでてきました。つまり、発声のための呼気のコントロールをしなくてはいけなくなってきたのです(横隔膜などは、元は吸気のための筋肉ですから、呼気に使うように、トレーニングしなくてはいけないのです)。
〇腹式呼吸と横隔膜のしくみ
横隔膜は胸腔(肺)と腹腔(胃腸)の境にあります。しゃっくりのときに動くところです。お椀をふせたような形をしている筋肉質のものですが、これが収縮すると、全体が平らになって下がり、胸郭のなかが広がります。肋骨の下に手をあて、息を吐いたり吸ったりしてください。声楽家のように、本格的に腹式呼吸を身につけた人は、腰のまわりに空気が入るかのようにふくらむものです。
ドンデルスの模型で説明します。これは、びんを胸郭に、底に張ったゴム膜を横隔膜に見立て、二股のガラス管(気管)の先には、ゴム風船がついています。
底のゴム膜を下に引っ張ると、びんの中の気圧が外の圧力よりも下がり、ゴム風船には自然に空気が入って膨らみます。そして、底のゴム膜を引っ張っていた指をはなすと、びんの中の気圧が上がり、ゴム風船は縮み、空気は外へ流出します。
これが、吸気と呼気にあたります。
〇胸式呼吸(肋骨呼吸)と肩呼吸(鎖骨呼吸)
腹式呼吸に対して、声を完全にコントロールするのに適さないのが、胸式呼吸です。これは、肋骨や鎖骨で、胸部を広げ空気を入れます。ラジオ体操の深呼吸は、肋骨を引き上げて胸を広げて吸い、逆の動きで吐きます。
激しい運動をするとハアハアと肩で息をします。これは吸うのも吐くのも速いため、すばやく酸素をとりいれるためのものです。どちらも、胸や肩が動くと見た目によくありません。(息を丁寧に保って声をコントロールできないので、発声には不向きです)息を吸うと、肩や胸がもり上がるなら、胸式呼吸と思ってください。
〇肺活量は気にしないこと
肺活量で悩む人が多いのですが、成人してからは減るだけです。小柄な人や女性は肺活量が少ないのに、声が悪いというわけではないでしょう。そんなことは気にせず、息の使い方を変えるようにしていきましょう。
大切なのは、限られた呼気量をどれだけうまく声に変えられるか、ということだからです。息がいくら多くても、息もればかりで、声として生かせないのであれば意味がありません。
いかに少ない呼気量でうまく声にできるか、それはいかにしっかりと共鳴させられるかで、決まってくるのです。
〇呼吸は鼻と口、どちらでするのか
鼻呼吸がよく、口呼吸はよくないと、よくいわれます。確かに鼻で吸う方が、喉を乾燥させない、異物を除去するなど、健康上もよいでしょう。そのため、時間をとって行なうトレーニングにおいて、注意するのはわかります。
しかし、呼吸の原理から考えると、吐いた分は自然と入るのですから、吸うという意識を持つことや、吸うトレーニングはあえて行なう必要はないといえます(口内を意識するために吸う息を感じてみるなどというのは、よいでしょう)。鼻がつまっていたら話せないわけでもないのですから。
〇たくさんのメリットがある腹式呼吸
腹式呼吸は、たくさんの息を横隔膜でコントロールして使えるので、発声上、さまざまなメリットがあります。そこでなぜ腹式呼吸が大切なのか知っておきましょう。
〇腹式呼吸を知ろう
腹式呼吸ができてくれば、お腹の周り全体が自然と外側へふくらむのが感じられるはずです。
両足をかるく開き、背筋を伸ばして立ってみましょう。肩の力を抜いて手を腰の両わきへあて、そこに空気が入るように息を入れてみます。そのとき、肩、胸が盛り上がったり、力が入ったりしてはいけません。
最初はわかりにくいので、上体を前方へ倒してやったり、座ったり、寝ころんだりして、息と身体(お腹)との関係をつかむとよいでしょう。
〇なぜ腹式呼吸が大切なのか
腹式呼吸は、息を身体でコントロールして使えるので、声にメリハリがつけられます。話を力強く展開していくことができます。
人前であがると、声が細かくふるえたり、声の高さや大きさがうまく調整できなくなり、ひどいときは声が裏返ります。
心臓がドキドキして呼吸が浅くなり、お腹で支えられなくなるからです。しかし、腹式呼吸では、横隔膜で支え、あがりからくる緊張などの影響をあまり受けなくてすみます。しかも、喉を安定させやすいことから、歌唱やせりふの基本条件となっているのです。
〇腹式呼吸のときの注意
首を回したり、肩を動かしたりして、常に緊張を解きほぐしましょう。肩と首の間、胸とわき、肩との間の筋肉は、特によくほぐしておくことです。
息を吐いてみます。喉がかわくような吐き方でなく、お腹の底から楽に絞り出すような吐き方がよいでしょう。吐き切ったら、少し止め、そしてゆるめます。すると、自然と息が入ってきます。
これを、身体の動きとして意識しましょう。「口で息を吸っているのでなく、息が身体に入ってくる」ようにするのです。
上体を前屈させると、お腹の前のほうが押されるので、背筋や側筋が使いやすくなります。
よく腹式呼吸をお腹の前を動かして鍛えている人がいますが、これは内臓器官を圧迫するだけで、あまり勧められません。
横隔膜は、肺の下にお椀をふせたような形でついているので、前ばかりを鍛えるのでなく、均等に動かしましょう。 鍛えにくい背筋や側筋を使いこなしていくことです。本格的に腹式呼吸を身につけたオペラ歌手などは、腰のまわりに空気が入るかのようにふくらみます。
息を吐くときには、あごがあがらないようにすることです。日本人の大半は、あごが前に出すぎています。
〇腹式呼吸のわかりにくい人のために
胸を張り、少しやや上に向けて、もちあげると、腰のまわりに少し緊張を感じます。そこの筋肉(背筋、側筋)が、声を自在に扱うために大切です。足はやや開き、楽な姿勢をとることです。頭を後ろに反らないように気をつけることです。こういう立ち姿勢も慣れるまで疲れるものです。
街を歩くときも、食事をするときも、さっそうと胸を張って、背筋を伸ばし、あごをひいて、常日頃から格好よくしましょう。
1.両足を少し広めに開いて、まっすぐ立ってください。
2.肩があがらないように気をつけて、両手を腰の横にあてて、そこの筋肉を動かしてみてください。その後、両手はおろした方が、肩があがらなくてよいでしょう。
3.息を吐いたあと、少しずつ、そこに空気が入ってくる感じを確かめてください。多くの人は、前腹が出っぱるぐらいでしょう。身体ができてくるにつれ、腰の両わきや背後がふくらみます。
次に床の上に仰向けに寝てください。
少し重いもの(本などを3、4冊)をお腹のみぞおちのあたりにのせて、力を抜いてください。
じっとしていると、ものがお腹の上で動くので、呼吸が呼気と吸気のくり返しで行なわれているのがわかるでしょう。少し強く吐くと、その分反動で、お腹の方へ入っていくようになります。自然に吸気します。肩が動かないように気をつけましょう。
〇腹式呼吸の習得法
声を使うときに必ずいわれるのは、腹式呼吸です。といっても、腹式呼吸は、誰にでもできます。腹式呼吸で声をコントロールすることができているかどうかが問題です。
寝ころがってみれば、腹式呼吸していることは確認できます。しかし、それが声に応用でき、声を出したときに腹式呼吸でコントロール(常に腹式と胸式呼吸は共存するのですが)するのは、なかなか大変です。
日本人の場合、日本語がとても浅い息で発音できることばであるため、身体や息を使った発声をあまり習得できていないといってもよいでしょう。外国人のことばの発声の響きも参考にしてみてください。強い吐息(吐気)をしっかりした深い声にせず、発音を口先や口内で浅い息で作っているのでは、声量や声域がなく、個性的な声も出しにくい状態です。
決して、新しい声をつくるわけではありません。自分のもっている声を最大限に発揮できるようにしていくのです。それには、自分自身の今、持っているベターの声の発見と、その声のトレーニングからです。
一般的に腹式呼吸は、誰もが日常的に使っていますが、発声時にそうならない人もいます。特に、女性のなかには、腹式呼吸を意識して身につけた方がよい人がたくさんいます。話すときにこそ、腹式呼吸中心にならなくてはなりません。
1.息をお腹から出してみましょう。お腹が少しずつへこんできます。苦しくなったら、そこで、お腹がもとに戻る反動を利用して、お腹に空気を満たしましょう。吸えなくなって止まったら、そこでまた吐き出しましょう。
この動きを2~3分くり返します。
2.次にこれを次のように2秒止めてやってみましょう。
息を吐く→2秒止める→吸う→2秒止める
きちんと止めなくても、吐かなければ入ってくるので、保つ感じでよいでしょう。
喉を中心としたところや、上半身に力が入らないように呼吸ができるようになることを目的としてください。
3.次は1回の息を吐く時間を5秒にしてみてください。息を吸うのに2秒、次に、5秒を10秒にしてみてください。少しずつ呼気の時間を長くしていってください。次には、吸気の時間を短くしてみてください。
息を吐く(5秒)→吸う(2秒)
〃 (10秒)→〃 (2秒)
〃 (20秒)→〃 (1.5秒)
〃 (30秒)→〃 (1秒)
呼気は、少しずつ、お腹の力で調整できるようになるにつれ安定してきます。息の流れに乱れがなく、均一に一定量が吐けるようになるようにしましょう。やがて、息も少しずつ深くなってきます。
4.息をできるかぎり長く出してみましょう。それを、毎日1回、時計で測って記録しておきましょう。 < 年 月 日 秒>
〇腹式呼吸のイメージ
腹式呼吸のトレーニングでは、深く息を吸ったり、深呼吸するようなトレーニングはしません。息を吐いたらその分自然に入ってくるというのが呼吸だからです。呼吸については、吐いてから吸うときへの移行を、一つの円を描くようにイメージして行ないます。
〇胸式呼吸をめだたせない
息を少し強めに何回か吐いてみてください。
このとき、胸や肩がもちあがるなら、胸式呼吸を過度に加えた呼吸を行なっているということになります。
胸式による呼吸は、声帯周辺に無理な緊張を与えるため、発声には好ましくありません。腹式呼吸を、毎日の生活のなかでもしっかりとできるように、身につけていきましょう。
〇息の支えを得る
息を吸っているときは、横隔膜が下がって平らになり、胸郭が広がります。お腹の方に圧力がかかって、左右に押し広げられます。肋骨の下の左右の筋肉に弾力が感じられます。これをトレーニングによって、意図的にコントロールできるようにしていきます。つまり、すぐに横隔膜が上がらないように、保つのです。このお腹の支え、息の支えが、腹式呼吸による発声の基本となります。
〇お腹に意識をすえる
お腹に力を入れようと考えると、全身が緊張してしまいます。こういうときは、下腹に、力でなく意識を持っていってください。意識が頭ではなく腹にすわっているときには、自然に力が抜け、思うようになっているものです。
声は、硬いところへ響きます。喉が硬ければ喉に、舌が硬ければ舌に、あごならあごにひびいて、こもってしまうわけです。
筋肉が硬くなっては、どんな動きもスムーズにできません。ひざに力が入ると、みぞおち、胸、首と力が入ります。身体は一つなので、全体に影響してしまいますから、注意してください。
女性は、声帯が男性の3分の2くらいの大きさで、横隔膜の位置も男性に比べるとやや高いため、腹式呼吸、胸声をマスターするのに、やや時間がかかるようです。
両足を少し開き、リラックスして立ってみてください。
息の量や長さをコントロールします。息がわかりやすいように、スーッといいながら練習します。
1.「スーーーーー」(長く吐く。息がくずれないように20~40秒くらい)
2.「スーーッ」(息を均等に吐ける範囲で15~20秒くらい)
3.「スッスッスッスッ」(息の瞬発力をつける)少しずつ速いテンポに進んでいくようにしましょう。最初は1秒に1回で練習してください。
「ハッ」、「ハッ」、「ハッ」、「ハッ」、「ハッ」と、一回ごとに、お腹が少しふくらむ感じで吐きます。
これを、ドッグブレスといいます。走ってきた犬のように、早く深くたくさん吐いてみましょう。
※やりすぎは危険です(過酸化症候群になる)。具合の悪くならない程度に、その日の体調にあわせてやりましょう。
息を止めても、喉は開いたままで、必ずお腹で切るようにしてください。
1.均等に息を20秒流してください
2.初めは強く、だんだん弱くしてください
3.初めは弱く、だんだん強くしてください
4.3から2へ続けてください
5.2から3へ続けてください
6.短く強弱をくり返してください
1.ゆっくりと息を出し、出し切ったら、2~3秒止め、自然と息を入れる(10回)
2.息を(ハッハッハッハッ)と犬が走り終えたときのように速く吐きつづける(30秒間)
3.時計をみながら、5秒、なるべく速く吐き、5秒休む(1分間)
4.均等になるように意識して息を吐き出す(10回)
5.少ない息から、少しずつ吐く量を大きくしていく(10回)
6.上半身を中心に大きく身体を動かしながら声を出す(オイチニイ、サンシ、ゴー、ロク、シチ、ハチ)
7.脱力して、はねながら「アー」と声を出す(5回)
8.上半身を前傾させたところから、ゆっくりと上にあげながら息を吸い、「ああー」といって、戻す(3回)
〇腹筋の強化トレーニング
ここでは、腹筋の弱い人のために、それを鍛えるためのトレーニングを紹介します。
腹式呼吸に関して、お腹の前の方の筋肉はあまり固くならない方がよいので、補助的トレーニングとして用いましょう。これによって側筋や背筋をつけ、対応しやすくしておくのです。
1.仰向けに寝ころんで、足を30°くらいに持ち上げます。これを毎日行ないます。
2.仰向けに寝ころんで、頭の下に両手をあて、上半身を持ち上げます。これを毎日行ないます。
〇呼吸のチェックリスト
□喉がすぐに乾かない
□息を吐くと、お腹と結びつきが感じられる
□胸に力が入っていない
□背中はまっすぐにしている
□口をパクパクさせていない
□重心があがっていない
□肩があがらない
□上半身に力が入っていない
□首や頭がまっすぐになっている
□あごはひいていて、力が入っていない
□呼吸は同じペースで行われ、ムラがない
□お腹は苦しくなく、お腹の前の方に力が入っていない
□頭痛やめまいはしない
慣れていないうちにあまり続けてトレーニングすると、過換気症候群の症状がでることがあります。時間を区切ってやるようにしてください。息苦しくなったときは、すぐに止めて座って休んでください。