閑話休題 Vol.99「香道」
1.源氏物語 香の文化の物語
1)「空薫物こころにくくかをりいで 名香(みようごう)の香など匂ひみちたるに君の御追風(おんおいかぜ)いと殊(こと)なれば うちの人々も心づかいすべかめり」(第五帖「若紫」若紫(藤壺の姪、のちの紫の上))
<空薫物> 御所で香るような馥郁(ふくいく)とした芳香。
<名香> 仏に祈るときに焚く香 奥の間に誰かがいて祈っている。
<君の御追風> 光源氏は 最高の香を身に焚きしめて 風に乗って漂っていった。
2)「風はげしゅう吹きふぶきて 御簾の内の匂ひ いとも深き黒方(くろほう)にしみて 名香(みょうごう)の煙もほのかなり 大将の御匂ひさへ薫りあひ めでたく極楽思ひやらるる夜のさまなり」(第十帖「賢(さか)木(き)」)
<いとも深き黒方><名香の煙>黒方は最高のルームフレグランス、藤壺ならではの香り。
<大将の御匂ひ>若い光源氏、至高の香りが入り乱れるなどあることでない、極楽のような香りだ。
3)第三十二帖「梅(うめ)枝(がえ)」“六条院の薫物(たきもの)合せ”(明石の姫君の11歳 成女式)
光源氏が四人(紫の上、朝顔の君、花散里の君、明石の上)に香づくりを命じた。
「正月(むつき)の晦日(つごもり)なれば、公私(おおやけわたくし)のどやかなるころほひに、薫物(たきもの)合せ給ふ」
判定は、兵部卿宮、彼を源氏は「古今集」を引き合いに持ち上げている(「君ならで誰にか見せん梅の花 色もをも香も知る人ぞ知る」)。
「香染」「医心方」
<空薫物> 沈香をくだいて磨(す)って粉にしたものに、麝香とか特別の木の樹脂などを調合して練香をつくり、それを焚く。
2.香道の稽古 六国五味の伝が初伝、烓合(たきあわせ)が二伝、以上、皆伝まで八段階の免許。
第二段階に入ると烓(た)き合(あ)わせ。空薫物を『宇津保物語』『源氏物語』『日本書紀』『文華秀麗集』『菅家文草』『更級日記』『大鏡』『栄華物語』『今昔物語』『明月記』『宇治拾遺物語』
「競馬香(較べ香)」は、京都上賀茂神社の競べ馬に由来する組香。
「腕香」、「頭香」:麝香や竜脳や丁字(子)、白檀などを調合した練香を修験者が生身の腕や頭の上で焚いた。
3.茶道と香 茶道の点前に炭(すみ)点前(てまえ) 初炭点前で主人が客の前に持ちだす炭斗(すみとり) 炭斗のなかの右に香合の台となる炭を一つ置き、香合(香の入物)を置く。炉には練香を焚く。茶席では、客は必ず香名、香元をたずねる。
4.組香としての「源氏香」の成立は、だいたい江戸時代の享保年間。
染物屋で用いている「紋帖」を見ると、江戸時代のきまりと思われる“但し書”がついている。「箒(はは)木(ぎ)」の形は「吉、五、六月」、「花散里」は「凶、五月」、「行幸(みゆき)」は「吉、冬春」などと、文様の吉凶と季節が指定されている。吉凶の割合は、桐壷、夢浮橋を含めて24対30と、凶が多い。
染織や調度品の文様として「源氏香」が用いられると、上流階級では香道の上で、「盤物(ばんもの)」という道具を使って遊ぶ組香が行われる。「源氏舞楽香」は、「紅葉賀(もみじのが)」と「花の宴(えん)」を基にして作られた遊びで、六種の香を用いて
左方(紅葉賀)青海波 秋風楽 光源氏
右方(花の宴)春鶯囀 柳花苑 朧月夜
に分け、碁盤目になった香盤の上に、桜、紅葉、菊、檜(ひ)扇(おうぎ)の立(たて)物(もの)(造花のようなもの)を差し立てて、香を交互に焚いて、当てると立物を進めて勝負を競う。青海波、秋風楽、春鶯囀、柳花苑はいずれも雅楽の曲名、十二音階の調子笛を用いるなど、凝りに凝った仕立て。東福門院(後水尾天皇中宮・徳川秀忠の女(むすめ))は、この舞楽香を高度にして、光源氏と朧月夜の人形、八種の楽器、造り花、幔幕(まんまく)などを具(そな)え、楽しまれた。
5.連歌と香
「連歌では一巻を巻きあげるつど、執筆がこれを読み上げ、成就したその一巻の流れと到達したものを共有する。香道では聞香を終え、執筆の記録した料紙を上客から廻し読み、一座で創りあげたものを共にする。この記録の料紙こそ、連歌が求めつづけている座の芸術を、香りで象徴しながら個性ある筆致で刻むものだと思われる。
また「花月香」のように、記紙のかわりに香札を使う場合、記録の料紙には連衆の名の他に札名による花や木の名を併記するが、これなども景物を冠名とする連歌の付合のいとなみを感じさせる。
要するに連歌の側からいえば、連歌が表そうとするものを、香道は香りの世界を媒介に象徴的に成り立たせていったものと思われる。」
参考文献:「香と日本人」稲坂良弘(角川文庫)/「人はなぜ匂いにこだわるか」村山貞也(KKベストセラーズ)/「香と香道」香道文化研究会編(雄山閣)