3-2.歌の話

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.34

〇ステージ活動へ(音にのせて歌い、表現する)

 

 ライブ・ステージ実習という実践的なレッスンをしています。3ヵ月に1回行なっています。1曲に半年くらいは費やして、充分にトレーニングして欲しいものです。何曲、歌えるかよりも、1曲をいかに深く歌うかということが先にあるべきだからです。

 それとともに選曲からライブの終了後まで、ライブそのものを目的とするのでなく、自分の力をいかに最高に発揮できるようにコンディションを整え、本番前までのトレーニングやリハーサルで、何をどう学んだか、それが本番ではどう出たのかをしっかりと反省する契機としての役割もあります。

 お客さんの前ですから、視線や態度からはじまって演出面、舞台や歌での計算なども必要となってきます。伴奏者とのコラボレーションも含め、日頃からの取り組みがトータルに問われる場なのです。

 

〇ステージ・マナーを身につけよう

 

 ステージでは、視線を観客に合わせることです。やや後方のまんなかの人を見るとよいでしょう。きょろきょろしたり、たくさんまばたきするのは、やめましょう。

 観客の視線は、恐いほどステージ上のあなたの一挙一動に注がれているものです。意味のない動きは、すべて目立ってしまいます。コードを持ったり、マイクを持つ位置を頻繁に変えたり、マイクを持っていない手をやたらに動かしてはいけません。イントロ、間奏の間もいつも何をやっているのかが伝わるようでなくてはいけません。間奏なのにマイクを口の前においたままでは、歌詞を忘れたのかと思われてしまいます。

 撮ってチェックするのが一番よいでしょう。慣れぬ動きをするくらいなら、あまり動かないで歌に専念した方がよいのです。ステージで動きたければ、日頃から動けるように練習しておきましょう。

 歌うまでに半分以上は顔つきや姿勢で実力を読まれていると思ってください。つまり、ステージの袖から出てくるときの足取りや、曲を待つ間、MCも含めて、すべて自分で演出します。自分が今、どのようにお客さんに見えていて、どう思われているのかという状況を常に意識して、直ちに次の動きを作り出すことです。

 それには、なによりもよいステージをたくさん見ることです。そして、よいところを必ず真似てみることです。ライブのビデオを見ながらでもよいでしょう。急に本番でやろうとしても無理です。友人に注意してもらったり、ビデオによるチェックをしてみてください。

 歌い終わった後は、ニッコリとすること、おじぎをすること、ゆったりと誇らしげに袖に引っ込むことを心がけてください。人前に出ている間は絶対に気を抜けないのです。失敗しても、うまくいかなくても、そんな素振りは見せないことです。いそいそと慣れぬ足取りで引っ込んだりしては、台なしです。

 

〇自信をもって全力投球を

 

 だらだらと歌っているだけでは、誰も魅きつけられません。歌詞とメロディを自分なりに徹底的に理解した上で、ノリを出し、押すところは押し、引くところは引いて抑揚をつけて歌うことです。調子がよかろうが悪かろうが、常に後にひけない芸人根性でやり通すことです。絶対に逃げてはなりません。

 気分的に落ち込んでいても、スランプでも、そんなことは観客にはみえなければよいことなのです。常に全力を尽くすことです。これを怠ると、何のためにやるステージかわかりません。ヴォーカリストは孤独なボクサーみたいなものです。

 そのためには、絶対の自信をもってやること、これしかありません。自分が世界一、歌がうまいと思ってください。そう思って努めることがわざわざ足を運んで見に来てくれた観客へのマナーなのです。

 「この曲は自信ないのですが…」「調子がイマイチなのですが…」そういう言い訳をしないことです。常に勝負するのです。

 観客に甘え、観客がそれを許すようなステージからは、何も生まれてきません。足を踏みならされ、どやされ、ブーイングがきて、拍手も来ない。楽屋でもメチャメチャに言われるのなら、ありがたいと思うべきなのです。そこで、奮起して何くそと思った方が、結果として上達するのですから。

 常に、今よりも明日に向かって、しかし、今に全力投球して、足らないものを補っていくようにしてください。

 

〇テンションをハイに保ち、お客を飲み込め

 

 ステージでは、自分が全世界の支配者だと思ってやることです。左手を動かせば世界の半分が、右手を動かせば残りの半分が動くと思ってやることです。

 どうしてその人が歌おうと思ったのか、そして歌っているのか見ていてわけがわからないステージほど、つまらないものはありません。そういう人は歌っている最中も、歌い終わった後も、印象が薄く記憶に残りません。存在感がないからです。存在感は、ヴォーカリスト、人前で何かをする人には、一番、大切なものなのです。

 ステージは、今まで自分たちのやってきたことのすべてを出し切るところです。考えていること、思っていること、伝えたいこと、そして、言葉で表せない情動を思いっきりぶつけて観客に問うところです。うまいとかへたとかいうまえに、ヴォーカリストの熱意や情熱が伝わらなくてはなりません。

 そのためには、原則的には明るく、ノリまくってやることです。観客をノセて、楽しませて帰ってもらうのがヴォーカリストのサービスです。

 自分たち仲間うちのバンドだけのノリだけでよいなら、スタジオで演奏していれば充分です。お客はビートのきいた音に、歌声に、演奏に酔いたくて来るのです。すべての人を自分のふところに抱き込むようにしましょう。観客が多かろうが少なかろうが、のみ込まなくてはいけません。

 そういうことに慣れるために、日頃から、客席が空っぽでもよいから、大きな会場のステージのまんなかに立ってみるとよいでしょう。だんだん慣れてきます。本当に恐いのは大きな会場よりも、観客の顔がすべて見える小さなステージなのです。お客の少ない小さなステージを大切にしてください。

 

〇ステージのためのヴォイストレーニングとは

 

 ステージでは自分たちの演奏に集中し、歌では歌うことに専念します。そのために、ヴォイストレーニングという時間を別にとって、声に全神経を傾けるのです。ステージや歌のときに声を考えなくてもすむようにヴォイストレーニングがあるのです。もちろん、ヴォイストレーニングをするから声がパワーアップして、うまく使いこなせるようになり、歌やステージがよりよくなるのです。

 ステージでは、ヴォイストレーニングの発声に歌を合わせるのではありません。それでは本末転倒です。自由に歌ったりシャウトしたときに身体から声と息が離れずについていれば、ヴォイストレーニングはそこで、充分に生かされているのです。歌で思い描いた通りの表現をするのに、必要な力をつけるのがヴォーカルトレーニングの役割だからです。

 

〇ヴォイストレーニングは、ステージやレコーディングにも大切

 

 レコーディングで最も大変なのが歌入れです。歌詞、音程、メリハリ、声質、ノリ、リズムとすべてをチェックしなくてはいけません。

 その日のうちに終わらせるつもりでスタンバイして、通常は通して34回歌います。最近は、その録音からよい部分を選び、悪い部分をリテイクして1曲を作り上げることが多いようです。

 どうしても調子が出ないときには、何度もやり直すことになります。最悪の場合は、翌日の録り直しとなりますが、手間も経費もかさみます。プロモーションの期間も必要なので、何週間も待つわけにはいきません。こういうときに、いつでも自分の実力を最高に発揮するためのヴォイストレーニングのありがたさがよくわかります。

 ステージにおいても体調がどうあれ、キャンセルはできません。出番前に声の出やすい状態にもっていくこと、休憩中に喉の疲れを取り、次の日に悪い影響が残らないようにすることは、大変に重要なことなのです。プロとなったら、なおさらヴォイストレーニングは大切となります。より高い目標へ向かうのと同時に、ハードなスケジュールの中で、できる限り最高の歌を歌うためにヴォイストレーニングは欠かせません。

 

〇録って聞いてみること

 

 自分の歌を録って、何度も聞き返しましょう。自分がどのような声を出したとき、他の人にどのような感情を生じさせるかがわかれば、大したものです。すぐれたヴォーカリストは、すぐれた聞き手なのです。

 自分が歌っているときは、内耳から、より大きな声が聴覚に入りますから、客観的な声の判断はできません。他の誰にも聞こえない声を聞いているのです。これを第三者と同じように聞くには、マイクでスピーカーから出力させる方法と、録音再生して聞く方法があります。ともにバンドなどをつけずに、アカペラでやってみることをお薦めします。

 最初のうちは、バンドの音量が大きいと、どうしても必要以上の声を出して乱れることが多いのです。ですから、バンドだけのカラオケを作ることも薦めます。譜面の読めない人は、ピアノ・ソロのメロディ・カラオケを作ってもらうとよいでしょう。

 自分の声というのは、慣れてくると妙にエコひいきしてしまって、よいところばかりを見つけたくなります。そのため、音程、リズム、発音などの基本的な点で甘くなってしまう人が多いようです。こういうところは、厳しいチェックをして直していかないといけません。

 間をあけて聞くと、自分の欠点が客観的に見えてきます。よいステージを見て、自分の音楽の勉強を積み重ねておくことによって、客観的に評価できる力と、一段上のレベルでの音楽の捉え方ができるようになります。

 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.33

〇ア・カペラで歌い、声と歌をチェックする

 

 ヴォイス検定(V検)とは、課題曲と自由曲をアカペラで歌い、表現力を試すとともに、仲間と競い、私がその後、評します。それをもとに、VTRで自分のをみて、反省します。課題曲の題材は、いろいろと変えています。

 声だけのチェックをすることもあります。最初の1カ月は、せりふだけでチェックしています。

 これでは、他の人の歌や私のコメントを聞いて、自分の基準や耳を作るのに大きな役割を果たしています。日本で数少ない、世界のヴォーカリスト・レベルで、厳しく歌を評価する場だと思っています。つまり、ここで皆に認められたら、世界に出ていける力があるということです。そういう基準を知ることが大切なのです。

 実際のコメントを例として掲げておきますので、こういう観点でチェックをするという参考にしてください。

 

<課題曲1>「赤とんぼ」

 この歌は、同じペースで4番まで続いていますから、それをどのように構成するかが難しいのです。ぴったりと言葉をはめていかないといけません。決まった型をくずすときには、余程気をつけないと逆効果です。いろんな試みをしてみましょう。原曲を越えることができないのなら、最終的に原曲に戻さざるを得ないでしょう。さまざまな試みから得られたニュアンスを何とか歌に還元できるのであれば、表現されるものがかなり違ってくると思います。楽譜は同じでも感じ方が違ってくると、表現の中で変化が表われてきます。きちんと言葉や音をはめた上で、どこまで展開できるかということです。

 音階は、四七抜き(ファとシがない)音階という日本の旋律に日本語がついています。朗々とした発声で歌うのは無理があるでしょう。童謡や唱歌の歌いかたで、普通の人が歌ったら退屈してしまうでしょう。そこで、どういう表現をすればよいのかということが問われます。

 これは、言葉がきまらないと、ダメになる歌です。特に語尾の、とんぼの「ぼ」、「いつのひか」の「か」などは、特に大切です。メロディの美しい歌ですから、構成がきちんと出たかどうかの勝負と思います。表面をなでるように歌うのは、小学生の合唱団でもできます。それとの違いをどう出すかというのが課題です。

 言葉で考えるよりも、この情景を絵で描いてみましょう。風景が見えてきたら、演じてみるのです。手や表情も自然と動いてきませんか。そういう過程をふんでいくと、歌が立体的になります。

 一番大切なところは、このメロディから何を感じて、どう伝えるかという部分です。自分の世界の中に持ちこんで歌をつかむこと、そして、その型をいぶし銀みたいに磨いていかないと、評価されるものにはならないでしょう。単にきれいな声で歌ってきたら、きれいな世界が表われるわけではないです。いろんな解釈もあります。しかし、今だからできる新しい表現を出してみてください。

 

 表現に関しては精一杯、作る、その試みはトレーニングでやりつくし、歌うときには計算し、作っていかないことです。その人が自分で考えた試みは評価しますが、その試みをきちんと煮詰めて消化してきたかとなると、そう、うまくはいかないものです。厳しいステージでは、それが通じるかどうかははっきりとわかります。

 

<課題曲2>「卒業写真」

 息が自然と流れで出ているところから、あまり外れない方がよいでしょう。大きな流れでつかむことができて、それを表現に合わせて広げていくと、フレーズが表われてきます。声の流れと息の流れの循環が一致していることが大切です。高いキーになると一致しにくくなります。そこで、トレーニングが必要なのです。高くとも、強くとも、長くとも、統一できる力が問われます。

 リズムと言葉と感情表現は、どれから入っても構いません。この曲のようにパターン化しやすいものは、心地よく流れに乗せて、心地よく裏切ることです。楽譜を読み込めば、作曲者の意図するところがわかります。

 日本人は、とかく音程(高低)の差でフレーズをとる傾向があります。しかし、強弱や長短、延ばす、短くする、つめるというなかでとらないと、伸びてしまいます。波のように、1つの揺らぎのなかでしか、声は人間の心のなかに入ってきません。つっぱっても、押しても、それだけでは通せません。正しい発声の上に搖れていなくてはいけないのです。感情に関しては、声、身体、気の3つの力で表わしてください。ひとことで、表情をいくつでも変えられるくらい密に勉強してください。声の足りないところを、表情で補うこともできるはずです。

 

〇楽譜の読み込み

 

 全曲を通して、「悲しいことがあると」のリズムが身体のなかに流れていないといけません。自分でリズムをとったために、外しては仕方ありません。単純なメロディを、基本的なリズムを踏まえたうえで、発展させていくことです。

 曲の構成としては、「やさしい目をしてる」の前まで、「そのままだったから」まで、サビの「私を」まで、「~私を叱って」の4部構成とします。

 言葉でたたみかけたいところというのは早い音符になっています。例えば「あの人はやさしい目をしてる」。この「目」を「めぇ」と歌わないこと。「あの人は」の16分音符から、「やさしい」の8分音符になるところで、「やさしい」は、テヌート気味に保って歌えということなのです。

 言葉とメロディと両方で解釈していきます。「街で見かけたとき」、これは風景です。そこから心情、内面に入ります。「なにも言えなかった」、この部分をていねいに語りましょう。流していっただけでは、次に行けません。

 「卒業写真の面影はそのままだったから」で、「やさしい目をしてる」と同じフレーズになって、サビに入ることを予感させます。「人混みに流されて」もそうです。「行く私を」で、タンタタ、タンタタ、タンタタのリズムが大きくなっていきます。「ときどき遠くで」で、タンタタ、タンタタ、「叱って」で、タタンと頭が16分音符になっています。「叱って」のところが、言葉、メロディともにキー・ポイントであることがわかります。ここを、声を張り上げて歌ってはぶち壊しです。

 「人混みに流されて、変わっていく私を」はサビですから、感情が完全にフレーズと一致していき、聞かせどころとなります。ここで、身体の強さや声のコントロール力、声を1つにまとめてきちんと出すということが求められます。ここは勝負どころです。

 この歌は、歌い方によっては、大きなスケールになる歌です。いったん大きなスケールにしてから、楽譜に戻していってください。あなたがこの歌を通じて1番伝えたいものはなんでしょうか。一度、歌詞もメロディも全部壊してよいですから、自由に歌って、何かを伝えるのです。その伝えた部分を残しつつ、元の楽譜に戻っていきます。これは、練習の過程でくんでいかなければならない作業です。そうでなければ、単にこの歌が歌われただけということになってしまいます。誰が、どう歌ったのかが大切なのです。自分の歌になるかどうかということが、そこで決まります。つまり、楽譜に書かれていないところをどうするかということです。伝えるために歌うのです。歌うだけなら、難しい歌はありません。自分なりに解釈してもう一度歌いきってみてください。

 身体ができてくると、声が自由になります。声が自由になると、言葉になり、音楽になります。歌に熟する時間を大切にしてください。あまり急いで形だけ作ってしまわないように。力を抜いてうまく歌おうとしたら、それなりに歌えるでしょう。それとは逆に、表現は身体の方に常にキチンと引きつけておくことです。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.32

〇声の純化した上で、感情を練り込む

 身体の自然な流れでフレーズを作ってください。言葉を全部捉え、声の芯があっても、動きや流れがギクシャクしてはいけません。余計な力が入りすぎないようにしましょう。

 以下は実際のアドバイス例です。上級者への参考として載せておきます。

 「あ~苦しい寂しいあなたへの歌に~愛していたのと~」

 息の流れを考えてください。

 「た」が少し気にかかるのと、「あ」が「あ~」とひびきに頼った出方です。それはきちんと捉えて直す方がよいです。「あ~苦しい」、きちんと捉えます。「あ~苦しい」が、つくった声のようになるとよくありません。

 フレーズをつけたいのだったら、「あなたへの歌に~」のところで身体を使い切るようにしましょう。

 「あなたへの」のところでフレーズをとりすぎないように。「歌に」の方でとるのであれば、「あなたへ」はくっつけます。「あなたへ~の歌」とやるのなら「歌」の方を中心にしてください。両方で取ろうとすると、大変です。

 こういうフレーズを何度も練習して、声をどんどん純化させていくことです。ノイズが入っても、ポピュラーの場合は魅力的にでればよいのです。もっと身体を使って、もっと深く入れる人もいるし、もっとハスキーにする場合もあります。余計なものを取って、真芯にあるところの声だけできちっと持っていくことを目的にしてください。

 息は残しておかないといけません。声に感情を練り込み、ヴォリューム感を出すのに息は欠かせません。そのへんは自分の中でどこを正解にするかです。音程がとれていて、リズムがとれて、フレーズが見えている部分はどれも間違ってはいません。しかし、自分がやったものを正解にするには最終的に自分にフィットする感覚はどれかというのを選ばなくてはならないのです。

 どれが一番自分が満足できて、いや、お客さんにインパクトがあり、伝わるのかを考えてください。

 発声からいうと、ノイズを取っていった方が有利です。発声をより完成していくために、さらに音域とか音量にキャパシティを拡大していきたいのであれば、ここで声の真芯をきちっと握っていくことです。それで表現できるところまで耐えること、そのことで、それだけできることも多くなっていきます。目的は、ていねいに繊細に応用できる柔軟性に富んだ、しなやかな声です。

[若いときの鍛え方の方法]

 今、やらなくていつやるのでしょうか。

 デビューしていないからこそ、期間がとれます。

 喉をこわすこと、無理をすることを恐れては、身につきません。何事もトレーニングにはリスクはつきものです。何でも経験してください。二度同じレベルのミスをしなければよいのです。そして、そこでは、精神のトレーニングもなされているのです。

 声には変声期があるため、他のパートよりも楽器としては、10年遅れます。これを10年、若いと考えてみてください。25歳ならまだ15歳、30歳でもようやく20歳といったところだと思えばよいのです。

・声の原点……赤ん坊に戻る

 自分そのものをかくす衣装を分厚くまとい、保身だらけでみせかけだけ強い、エセヴォーカリストにならないことです。一流のヴォーカリストは、裸の声と自分をさらしています。その表情が、どんな衣装よりも、美しくきらびやかにみえるのです。心の化粧とでもいえましょうか。

・音色

 息で歌うつもりで、息をていねいに使いましょう。息と声との量の配合が、ポピュラーの醍醐味といえます。息のスピードの違いをわけて感じてみましょう。子音は息でコントロールすることです。※息が出てれば(声にならずに)よいということではありません。念のため。

・声の魅力、音色の変化

 母音 「アー」は、「アアアアアアア…、」と、アの点がつながったものです。

 声を統一させるとは、伸ばしたときには最後まで、同じ音を保つということです。私は純粋音といっていますが、「アー」というときに、そこにノイズや「イ」や「エ」が聞こえてはよくないのです。

 精神に肉体、思いに技術の一致したものが表われて初めて歌なのです。

・上半身の抜けと下半身の支え

 何を考えて歌っているのか、表情一つで意味をわからせることです。

 表情は明るく努めてください。すべて暗譜ですることです。練り込んでないもの、自信がないものは伝わりません。鏡をみて、上唇を花をかぐ形(だらっとおちない)にしてみましょう。

 上半身は常にリラックスさせます。それに対し、下半身は重心をおとし、しっかりと声を支えます。脱力するには、歌唱中にも身体を動かし、違う姿勢をとってみることもよいでしょう。よい印象を得ること。そして、自分のやり方で歌うべきです。

・顔の表情で音色を変える

 百面相のつもりで顔の表情を変えるトレーニングをやってみましょう。次に音をつけます。たとえば高音で子猫声をやってみます。

 miomia

 nmi

 uoa

 uoe

 miiia

 siiia

 miieaoui

 mieaouieaou 

 sieaouieaou

・原音(最下音)を探る

 低い音になると、荒らされていない声というのがあります。目安としては、普段、自分が話している声より、23音から半オクターブぐらい低いところに声の芯があると思ってみればよいでしょう。そこから、さらに34音、下になってくると、今度は使っていない(使わない)声域に入っていきます。

 そこでなら、あまり喉をしめず、1音くらい正しい声を探りあてられるでしょう。それを10回、20回、正しく繰り返せるようにしていくのです。この段階では、常に、身体に負荷を感じてやることです。

・うまいから、すごいへ

 表現がその人の心のなかから出て、聞き手の心に何かを伝えるわけです。本当の歌は

 「私が歌った後、それを聞いた人の人生が変わる」(シュヴァルツコップフ)とまでいってもよいのではないでしょうか。

 1つの音から次の音へと移るしぜんな息の流れをとことんトレーニングしましょう。これが、ただ、うまいだけのヴォーカリストからすごいといわれるヴォーカリストになるための秘訣です。

・いいがげんな指導を受けないこと

 すぐに、すべて直るようなトレーニングと指導というものはなく、すぐに直ったら別の副作用(今はよくとも将来的に悪くなる)をもたらすことがあると知っておきましょう。ヴォイストレーニングにおいては、とくに長期的な視野にたった指導が望まれます。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.31

〇歌詞のいいにくい、難しいフレーズを言葉をかえて練習する。

 

  • 「あなたへの歌に 愛していたのと」(ミラソソミソラシ ラララソ♯ シララ)(「君をうたう」より)

 「歌に」の「に」が難しく、つっかかりやすいでしょう。喉を絞めたりかすれているのではなく、同じポジションをとろうとしてかすれるのならかまいません。「ていた」で、ひびいてコントロールできない発声になってしまうのは、「あいし」で深くとらないからです。

 

  • 「あ~あえおえ、あえおえあえおえあおえあ~、愛していたのと」(ソーミラソソ、ミラソソミラ ソソミソラシー、ラララソシララ)

 どこかで言いかえた方がよいでしょう。全体的に、体力が必要です。まあ、自分なりにメリハリをつけてください。上っていって落ちてくればよいだけです。

 きちんと発声できている人は口内に響かなくなるのです。遠いところの声、あるいは小さな声に聞こえるようになっていきます。

 それから、「あ」の位置を深くすることです。「あ~あえおえ」では、なるべく深いところでとっていかないともっていけません。そして、最後「あおえあ~」。息を使い切ってはダメです。呼吸のバランスとフレーズの配分をうまく考えていかないとできません。

 

〇フレーズを通して声の線を一本描く

 

  • 1.「あーくるしいさみしいあなたへの歌に」

 (ソーミラソソ ミラソソ ミラソソミソラシ)

2.「ひとこと、こたえておくれ」

 (ソシラ ソファ♯ミファ♯ソ)

 

 最初の「あ~あえおえあえおえお」くらいで、もう口の中が疲れ果てないように。勝負しないといけないところは「あおえあ(「のうたに」に対応する部分)」です。ここで一番身体を使わないといけないのに、逆にそこで放してはいけません。ここでキチッと入れて、「愛していたのと」と出さなくてはいけません。

 「歌に」をはずして、「あなたへのあおえあ」にします。「あおえあ」あるいは「あえおえあおえあ」、にします。「歌に」のところだけ「あおえあ」に変えるか、ややこしいなら「あおえあ」を2回くり返してもよいです。

 「あおえああおえあ~愛していたのと」がワン・フレーズでできれば一番よいでしょう。

 「あなたへの歌に 愛していたのと」、「愛し」の「愛」は簡単ですが、「していたのと」のところが雑になりがちです。口の中でいうと声の線が消えてしまいます。最初から最後まで、くっきりと一本の線を描いていくことです(しっかりした声になっていなくても息が流れていれば構いません)。

 「歌に」の「に」のところできちんと入れて、広げて、そこから「あ」のところにきちんと持ってこなくてはいけません。この「愛して」のところで、きちんと言い切れないで泳いでしまうと、歌全体が流れてしまいます。

 「ひとことこたえておくれ」も、「おくれ」のところで盛り上げ、その後に落ちます。ですから、息とフレーズと自分の言葉のリズム感覚がフィットしないと切り出せないし、フレーズをもたせられません。どこかで流れが滞ってしまうのです。

 これが基本的なベースの歌い方です。出せる音域での音の処理として、自分の身体の中でひとつに掴んだものをきちんと息で送っていく、それを感情と一致させていくことです。あまり「寂しい」、「苦しい」と、作った感情を入れようとしないことです。自分の身体の大きなバランスの中で、それが聞く方に感じられるように表現するようにしてください。これくらいの長さでトレーニングしてください。

 

  • 「なにもかも見えない~」(ラシドミレドシラ)

 ほとんどの人が、「か」のところで響きにのってポジションが移って音をなくしてしまうでしょう。「がげぎごぐ」の「ぎ」、「ぐ」をうまく処理することでやってみましょう。

 日本人の「い」や「う」はとても浅いので、いくらでも口先でつくれます。「か」や「た」もそれに近い音です。その作った部分を放してしまうと声がなくなってしまうのです。だから、いつまでも声にヴォリューム感が伴いません。深いポジションを持たないと、こういう言葉は本当にはいえません。

 「なにもかも」の、「か」は、きっかけのところだけとれれば、「かぁ」の「あ」の中では入るはずです。「なにもかもみえない」を「あおいえあい」におきかえてやりましょう。苦手な音は集中的にやらず、ごまかしつつ、正しい声のなかに巻き込んでいくのです。

 「なにもかも見えない」の母音だけをとると、「あいおあおいえあい」となります。これは「あいお」が言いにくいでしょう。

 これをテヌートでやります。一番深いところで押さえておいて、上の方で音を保ち、やわらかく切るとよいでしょう。ただ、口先ではなく、身体の方で切ることです。言葉の音をおいていくという感覚です。おくまえに、おくところの線を自分でつくっておかないといけません。それがフレージングです。

 

〇フレーズの捉え方

 

  • 「あー、くるしい、さみしい」(レーシミレレ)~「あ~く~さ~」(レーシーシー)

 まず、言葉でそのまま言ってみましょう。「さびしい」でも「さみしい」でもどちらでもよいです。

 何だか高校生の演劇みたいですね。なり切る必要はありません。こういう歌の場合は、第三者的に歌い上げる場合が多いので、過度の感情移入するより、ワン・クッションおいて感情を構成した方がよいでしょう。声の面から言ったら、そのまま息の流れで言った方がよほど楽です。歌は大きなフレーズを作ってい るので、劇の発声とは少し違います。

 「ああ」と言っているなかで「苦しい」と捉えていくことです。「ああ、苦しい、寂しい」といくら口先で言っても、言うほど感情から離れていきます。自分の感情と一致させることです、自分の身体の動きとこの感情の流れとを、1つの動きに一致させるということです。ですから、息と声の深いところでの一致が原点なのです。ここで大きく作っておくことができれば、入っていけます。こうして、フレーズという考え方を少しずつわかっていってください。

 「ぁあ」なのか「あぁ」なのか、「苦しーい」の方が情感が出ても、気持ちのバランスとしては「苦しぃ」でしょう。歌ではなく言葉ということで言っても、“それらしく”なってしまわないことです。「あー、苦しい、寂しい」は、簡単にフレーズにすると「あ~く~さ~」、これだけです。その中に言葉がきちんと詰まってはみ出さないことです。ところが、「あ~く~る」になったり「ああ苦しい」になったり、そういうはみ出しがあると、フレーズはきれいに流れなくなってしまいます。だから頭で計算して作ってはいけません。

 感情をなるだけ生かして、音を処理することです。息の流れからすると、「あー苦しい、寂しい」ではなく、「あー苦しい寂しい」という1つの流れです。息つぎをしてかまいませんが、息つぎの仕方で作ってはいけません。息つぎが次のフレーズを決めます※。

 日本人が歌うと、どうしても「♪ああ、苦しい、寂しい」、「はあ、はあ、はあ」というようになってしまいます。それではダメです。「はあー」と、1つの流れの中でやっていくことです。

 これをプロの歌で聞くと、楽々歌っているようにみえます。実際楽々歌っているのでしょう。そこが身体の違いです。50キロ持てる人が30キロ持つのと、10キロしか持てない人が30キロ持つくらいの差があります。ですから、今は10キロしか持てなくても50キロ持てる人との差が40キロあることをわかることです。それが求められる耳のよさです。

 長いフレーズでやると「あー苦しい寂しい」と全部身体から離れてしまうので、こういうときは、フレーズを縮めてかまいません。

 「苦しい」。「く」が身体にしっかりと入って、その後に「う」が続きます。「く、る、し」の、「る」も入っています。「し」はこれでよいのですが、「し~い~」となるのはよくありません。普通は「し~」のなかに「い」を作ります。そういうことも全部フレーズの基本なのです。日本語を一音ずつ切り離さず、リエゾンのようにしていくのです。「くる~、くる~」や、「るし~、るし~、し~」という形です。「く・る・し・い~」とやってはいけません。

 日本語はそうなりやすいので、歌のフレーズ

に向いていません(より大きいのは、リズムグループの問題です※)。ただ、すべて母音がついていますから、英語よりも音楽的に処理できるともいえます。そういう意味では日本語は音楽的な言葉なのです。大切なのは、「く」でも「あ」でも、そこでこれだけフレーズをつくっておくと楽だということです。「あ~」でも「く~」でもよいし、「苦し~」でもよいでしょう。そのなかでフレーズをつくらないと、「く・る・し・い~」みたいに離れていきます。なるだけ1つに捉えて、「苦しい」と出すのです。フレーズをつけるには、それだけ身体の力で息を吐かないといけないのです。

 

〇身体を使う方向で練習をする

 

 もっと単純に簡単にやろうとしたら、イメージを「あ~苦しい」の中に全部入れていくことです。それが浅い「あ~」という声ではダメです。入り方が違います。縦に通すと、効率のよい発声になります。浅く広げると身体で、もっていけなくなります。浅くなってしまうと、どんどん空間の中の隙間が空いてきます。「あ」は大きくなくてよいのです。ただ、その中に「寂しい」までを全部入れていくことです。だから「あ~」っていうのをなるだけ深いところで言うのがポイントになります。

 「ら」や「あ」などを、日本語の中で深くしていくことが大切です。マイクのエコーに頼らないこと。サビでいきなり身体を使おうとしても無理です。さらに、低い音はなおさらテンションも支えも使います。ピアニッシモはもっと使います。中間音で完全に身体が使うことができれば、身体ができたということです。

 

 正しいトレーニングをしていると、高い音というのは、絶対に身体を使いますから、どうでもできてくるわけです。そこで変ずるひびきの使い方、バランスだけを考えればよいのです。ひびきに乗せていたら、バンドの方で盛り上げてくれて、もつのです。大切なのは、すべての音域で、身体が入るかどうかです。きちんと歌えてる人はみんな入れています。

 

  • 「あ~くるしい、さみしいあなたの歌に」(レーシミレレ、シミレレ、シミレレシレミファ♯)

 ここで最後の「あなたへの」(シミレレシ)で、「の」の音が下がるだけです。「苦しい」から「歌」までは3つしか音を使っていません。

 フレーズが多くなれば、それだけブレスも早くならないとできません。「あなたへの歌に~」(シミレレシ、レミファ♯)で、「う」と「た」と「に」というのは、はみ出しやすい言葉です。ここは、4音しか使っていません。

 

 同じポジションで完全に握っていると安定します。一音ごとの「ハイ」をつけて「ハイハイハイハイハイ」でやってみるのもよいでしょう。

 もともと息の深い人は、しっかりした声で音域をつくっていくから確実にできてきます(日本人は浅い息なので、音域だけは取れていても、いつまでたってもその音域がものにならないのです)。

 こういう簡単なフレーズを繰り返し練習し、自分の声に肉づけしてボリュームをつけていってください。結局、ポジションもフレーズも同じことです。応用の仕方はいろいろありますが、身体が使いやすく、シンプルに1つで捉えて1つで出せるというイメージで声を変えていきましょう。

 言葉のところでも、CDを聞きながら何回もやっていれば相当な練習になると思います。どこの部分でもよいのです。一言だけを1分やっても相当、大変なことです。

 最初は、頭がクラクラくると思います。もちろん、頭クラクラさせる勉強じゃなく、身体をしんどくさせる鍛練をするのです。そのときには、喉に余計な力を入れないように、リラックスすることを忘れないことです。中途半端なテンションでやっていると、どんどん変な力が入ってきます。喉を楽にして、身体のほうに力を加えて息が吐けるのであれば、そういう息がよいと思って下さい。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.30

〇メロディをフレーズにするトレーニング

「あいの」(ドレミ)

 声を出すことによって、その反動を身体で受けとめて身体を鍛えるとともに、その声をずっとにぎっていることです。日本人の歌の場合は、すぐ、ひびきの方へ離してしまいます。「あい」のところが息を吐いただけ声になっていればよいのですが、吐ききれないからです。息を吐ききる練習をすればよいと思います。どんなに弱く出すときも1つのフレーズとして捉えることです。

  • 「あいのゆめは すでに」(ソラソファソラ ミファミ)

 言葉で言うと、アクセントは「あ」の方になります。「い」の高いところをのみこむために「あ」の方をより強くしておくのです。強さで高さをのみこむパワーが必要です。それが「あーいーのー」と3つになってはなりません。「愛の」と聞こえるようにします。

 イメージは、「あ」といったときに「あ」の中に「い」があることです。どうしても、「イ」や「ウ」は浅くなりやすいです。「ハイ」と同じように捉えることです。

 ここに自分のフレーズをつけて「すでに」で先を予感させるように終わってみてください。リズムも音声イメージで動かしてみてください。声の技術をもって発すると何か出てくるのですが、口先でいっても伝わりません。フレーズを自分なりに動かすことです。

 「の」と「に」で力を抜いてしまいがちです。ディミヌエンドにするのと、力をぬくことは違います。力をぬくとすぐに喉声になってしまいます。このフレーズの中で、おさめていかないとダメです。乱れるとしまりがなくなります。雑にしないようにしてください。大きなフレーズになると緻密さがはっきりしてくるからです。

 ひびきとポジションの確保がポイントです。あまりメロディックな歌い方にせず、言葉で言いきったことを、そのまま大きなフレーズに拡大します。身体を酷使してみることです。「あいの」といっただけで、それが伝わるというレベルでの表現を技術として持つことです。それに音楽がついたときに、言葉でじゃまをしないようにすればよいのです。

  • 「そんな きがして きょうも おもっている」(ドドレ ミミミミ ドドレ ミミミミミ)

 優しく発声しないで、きちんと表現することです。身体の感覚で判断していく方がよいと思います。要は表現できていればよいのです。これが完全に4等分されていては、流れが出てこないでしょう。音符に現われてこない微妙なイメージの構築が大切です。本当にいいたいことを伝えようとしたら、もっとうまく表現がまとまってくるはずです。そうすると身体が必要になります。身体がなければメロディに足をとられてしまいます。それで身体はつけなければいけないということです。そのために、なるだけ息を吐いていくことです。フレーズをまとめる前に、もっと動かして1つの流れをつくりましょう。

 原則としては「そんな きがして」と伸ばした分、「おもっている」で引かないと歌にはなりません。半分は聞き手を驚かせる部分を作りながら、あとは気持ちよくさせます。その構成を聞き手と逆にとるという試みをするのもよいと思います。逆にすると、ちぐはぐになるかうまく歌えるかのどちらかです。そういう実験も必要だと思います。

 とこかを伸ばすとそれにつられて全部伸ばしてしまい、流されてしまいがちです。そういうときは自分の感覚で切り換えて、自分の中でフィードバックしなくてはいけません。

  • 「ふたりのあいのゆめはすでにだれひとりしらないまま」(ソラシド ドレド シドシラシラ 

 ララシ♭ラ ソラソ・ファソファファ)

 注意点は「すでに」の「に」のところでポジションを確認しておくことです。多くの人が「に」で逃げてしまうのです。ここでもう一度、フレーズを作ることです。身体できちんとにぎっていないと、イ行は離れやすいからです。「すでに」までやれたら、あとは大体もつものです。「あいの」でも「すでに」でもよいから、そこまでで勝負を終わらせることです。あとは落ちていくだけですから、歌う必要もありません。芯をつかんだままで勝負できるところで勝負することです。にぎっておいて、大きく放すことです。

 自分が言いたいことを伝えるために構成していくことです。イメージをつかむことです。どんなにかすれていようが、ひびいていようが統一した声で、たたみかけられるところを持っていることです。組み立ては自分の経験で積んでいくしかないと思います。いいにくい言葉は自分の言葉で置きかえてみて、自分のフレーズが見つかるところまでやることです。

〇呼吸を感じさせよ

 レッスンにあたっては集中して、ギリギリの線上で、毎日、何ができるのかを自分自身で判断し、把握してください。

 自分で把握すること、たとえば声を正しく出すことであれば(これを端的に声のポジションをつかむなどと私は言っていますが)、最初の12年にかけては、声をしっかり統一して出せることに専念してください。そこから、その声に感情を伴っていき、表現に命が感じられるようになることが大切です。技術や歌い方などはそのあとの問題です。(が考えなくてよいということではありません)

 音程とひびき重視の教え方がはびこっていますが、基本的に私は(中音域までについては)、声量中心に声域をのみ込んでいくようなやり方をしています。最終的に表現のタッチに至らないトレーニングは無意味だと思うからです。

 日本人の場合、どうしても高声域や音程をとることに気をとられ、そのための声を作ってしまいます。すると声を出すことが複雑になってくるから(口先、つまり部分的になるということです)、パワーや声量、魅力的な声がいつまでも出せません。結局、そんなことをやっているくらいなら(たった一声)プロとして通用する声を作ってそれを展開する方がよいと思います。そのことがよいのではなく、問題点やギャップが明確になるからです。

 どうして確かなものを得るまで待って、そこから膨らませていけないのでしょうか。歌い込んでいくと、自然に声はできていってあたりまえなのに、それが、なぜできないのでしょう。それはいつまでも、中途半端な声を使っているからです。例えばサビのワン・フレーズを100パーセント近い完成度で、出せるようになったら、他の部分も少しずつ正しく処理できてきます。1つのフレーズで心も身体も目一杯使い切るようなトレーニングをして、すべてを歌い切ってしまうことを、飽くことなく繰り返すなら、間違えません。どんなアーティストも、発声でなく、そこから入ったはずです。その基準を自分で持ち、常に厳しくチェックすることが大切です。

 最初は、声が出ていて、喉に負担がこなければよいでしょう。しかし、身体を使うことを惜しまないことです。最終的に声を超えた表現ができなければ、誰も聞いてくれないでしょう。

 フレーズをつかもうとしたら、思いきって大きく出してみなくてはわかりません。しかも、自分で感じながら、表現しなくてはいけません。音のイメージも大切です。それは、身体を使って出ている声を、どう展開させてゆくかを、計算ではなく自分のイメージと呼吸で展開させてゆくことです。

 一瞬ならできるが、ワン・フレーズなら難しいから、ワン・フレーズならできるが、3分間になるとできないというレベルを知り、ギリギリの練習をやっていくことです。その構成も、やはり“呼吸”がもとになります。どう呼吸を使ってタッチ(表情)を出すかです。

 呼吸が見えない歌い方というのは、後で伸びていきません。少々、声がかすれようが音程がはずれようが、リズムがとれなかろうが、まず声に息を通してやることが基本です。それが息吹になると、ソウルがそこに現われてきます。

 大切なのは、伝えたいイメージ、表現となっていく統合したイメージです。身体を使い切って、それを聞かせられる言葉に変えてゆくために、フレーズをとり入れていくのです。詞とメロディを自分の身体に宿し、パワーアップして送り出します。歌っていないように聞こえても、表現が通用すればよいわけです。

 意識的に声の芯(ポジション)が身体の中心にあると考えてみましょう。腹式呼吸がわからなければ、これを腹話術のように思ってやってみればよいでしょう。身体と声が1つになって、そこに歌のきっかけが表われます。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.29

〇言葉をフレーズにするトレーニング

 

  • 「つめたい ことば きいても」

(レミファミ ミレレ ドドシbb

たとえばこの1フレーズを、半年かかってでも1つの形 として完成するようにしていくことが大切です。半分の完 成度で何十曲も歌うよりも、1曲の一部分でも、100パーセ ントの完成度を求めることを優先することです。

これで音域が半オクターブくらいあります。それを上下 に3度位動かせば、1オクターブできるわけです。そこで勝 負しないで先にいくと、いつまでも1オクターブができな いまま、2オクターブ、3オクターブめざして暴走するとい うことになります。

言葉をきちんと言っていくというトレーニングは、大切なレッスンです。そこで身体からの息が意識しないで声になっていくというプロセスを踏むことが必要です。繰り返しやっていくうちに意識しないまま、声が動いていきます。 そして、そのなかに音の動きを楽しんでいく、つまり音楽、 曲、歌を感じていくわけです。それはどうしても、声が自然に出せない多くの日本人がもてなかった部分です。

すべては、声をどの程度、自分の身体に特化して、表現できるかということにあるといえましょう。

日本人は、声を作って、言葉を作り、さらに歌をつくっています。つまり3段階作っています。3段階も、小細工して作為的なことをやったものが、人に感動を与えるはずはないでしょう。不自然極まりないわけです。もう単純に、人が声を出している、それで、それが何かを伝えていて感 動できる歌にならなくてはいけないのです。

誰でも正しいトレーニングをすれば、数年で歌う声はよ くなっていきます。ただ、日常的な声が変わっていくとい うのは、かなり難しいのです。しかし、日常の声のまま、 意識せずに歌えるというのが、最終的な到達点です。

最初からハイトーンで、ニューミュージックや演歌を歌 っていると、よほど意識しないとポジショ二ングが浅くな ったまま、悪いくせがついてしまいます。それでは根本的 な差をつけられなくなってしまいます。1曲歌っているうち に、声とともに喉もあがりきってしまい、いつまでも歌を 自然に歌えない大きな要因となります。それを逆にイメー ジします。高いほど身体を使い、意識を低くもつことが大 切なのです。

 

  • 「マリア」ということばでやってみましょう。

どのキーでもよいです。条件は、歌うというよりも、言い放つ感じでやることです。口先で歌ってしまってはなり ません。

まず、「マリア」と言葉で言ってみてください。

毎日、息を吐いていると、音域や音量よりも先に、身体に声が入ってきます。声が出ないのは、今までそのように やってこなかっただけです。声を正しく使っていると、自 然とよい声がうまく使えるようになるのです。ただ、多く の人が、しゃべっているところは、ほとんど浅いところで 作ってきた声ですから、使えません。「マリア」と、言葉で 深く出し、そのまま「マリア」ときちんとシャウトできるようにしていくことです。すると、そこで胸にひびいてき ます。深い声で「マリア」と入っているところで声を解放すると、自然に「マーリア」とそのまま歌になります。それに足るだけの声をキープしておくことです。

 

  • 「マリーア」(ラドシbb

「マリイア」というところにフレーズがついているわけ です。歌のほとんどの部分というのはこの「マリア」「マリ ーア」と言っているなかでつくられているようなものです。

「マリーア」を口先でやらないで、お腹から大きな声でいうことが大切です。難しいのは、言葉を大きく言ったり、 キーを高くしたりしたときに、低いキーのときと同じポジ ショニングをとることです。

最初のところで、自分の一番、声が出しやすいキーで「マ リア」といいます。「マリア」という言葉を出したときには、 もう「マリア」というフレーズがついて、そこにメロディが聞こえてくるようでなくてはなりません。

初心者の場合は、声を言葉にすると、「ハイ」と言い切れ ず「ハァイ」となり、メロディをつけると、それで「ハァイイ」と歌ってしまうわけです。上のひびきを使うと簡単 ですから、息の浅い日本人は、器用に顔面にひびかせ、高い音をとってしまうのです。そうすると、身体を使わない ままにすんでしてしまいます。身体が育たないのです。

声にならないまま言葉にして、歌にして、そこにメロディやリズムなどいろんな要素を加えるのですから、逆にと ても大変になるのです。使いわけばかりが器用になって、

結局、1つにならないからです。正しいものはシンプルかつ 単純です。シンプルでないと身体は使えません。

曲のなかで、高く張り上げたいとかどこかで落としたい とか思ったら計算してまとめていかなくてはいけません。 それを歌の中でやると、難しい上に計算ずくの表面をとり つくろった歌にしかならないのです。向こうの人たちとい うのは、ごく自然に息を吐くように声を吐き歌をこなすわ けです。こういう問題は、歌でなく声のレベルで解決して おかなくてはならないのです。要は、呼吸だからです。

「マリア」は、単純に言うと、言葉の「ハイ」の応用です。「ハイ、マリア、マーリア」。これができるかどうかです。

 

  • 「ハイ、マリア、マリーア」

(ラ ラ ラミレ)

このメロディが声のなかに、入っているようにすること です。声で一番大きく「ハイ」といいます。それでこの声(のポジション)のまま「マリア」と大きくいうのです。

そのなかに今度は「マリーア」というメロディが入るようにします。ほとんどの人は「ハイ」「マリア」「マリーア」 の順で、実際のところ、声が小さくなってしまいます。自分では出しているつもりでも声が出ていないのです。です から、トレーニングのためには、「ハイ」「マリア」「マリー ア」と強めていくと考えた方がよいでしょう。それに耐え る身体、つまり声ができてくるからです。歌の声もこの線 上にあるべきなのです。

 

  • 「ハイ マリア マリーア」

(ラ ラドド ラミレ)

「マリーア」というのが歌っているように、聞こえない 方がよいでしょう。歌っているというのは、「マ・ア•リ・ イ・ア」となってしまうことです。「マ・ア・」で「マリア」 の「マ」でなくなってしまうのです。「ア」はたいていの人 の場合、浅い声となりがちです。さらに「リ」も入りにくいのです。「イ」が苦手な人は「マ」で伸ばした方がやりや すいでしょう。これは「マリーア」と「リ」を伸ばす場合です。この他に、「マアリア」や「マリアー」などもやって みるとよいでしょう。

半音ずつあげていきましょう。

 

  • 「マリーア マリーア マリーア」

(ラドド ラレレ ラミレ)

これを歌わないで済ませるというのが、1つの歌の基本卜 レーニングです(ここで歌うというのは、声のポジション が音によって移行してしまい、声質が音によって変わって しまう日本人特有の歌い方をさしています)。

こういう歌わないような歌い方は、実際には案外と多い ものです。単に男性の名前だけ呼ぶとか、女性の名前だけ 呼ぶとかいうのも、各地の歌にあります。歌の最初の発祥 も、愛する人の名を呼ぶところなどからでしょうから、そ こから入っていくのもよい方法です。

「マリア、マリア、マリーア」この3つの言葉の差をなくすことです。この声をそのまま、喉に負担をかけないでどんどんと大きくしていきます。言葉を大きくしていくと、 歌がそのなかに入ったという感覚にいきつきます。そこが できるまで待つのが、望ましいことです。

これで半オクターブくらい上げていくと、だいたいの人 が歌いあげて声が細くなってしまい、シャウトできなくな ります。これを、できるだけ、声を自然に使うなかで済ませるようにしていきます(要は、喉をあけて、声をキープし続けるということです)。「マリーア」とひびきだけで歌 い流してはなりません。

高くなるほど、ストレートに情感を出したいものです。

「ラ・ド・ド」と3度上にいくわけですから、「ラ」で置いて、「ド」で少し強く張り、「ド」で絶対、身体に入れます。ですから、高く上がっていくときに、どんどんと力が抜け、上にひびきがそれていってはいけないのです。最初の「マリア」は単におくだけ、そして「マリア」「マリーア」と、段々と声に入り、より身体にも入り、表現も強くなっていくようにします。息や身体が負けていたら、結局、上にあがれないということになります。実際に出した声に表現がでているかどうかから判断してみてください。こうして、トレーニングは、声を意識して身体をつくっていき、歌うときには声を忘れて自然に表現できるようにするのです。

 

  • 「マリア マリア マリーア」

もう一度やってみてください。

最初に「マリア」と胸に声をつけたところのポジション をきちんとキープしておいて、次の「マリア」はできるかぎり同じにして「マリーア」と伸ばします。ただ、この音質を同じようにキープしようと思ったら、トレーニングに おいて身体は、2倍いるし、3番目では3倍いるでしょう。

実際の歌のときは「マリア マリア マリーア」とひび かせようが、ファルセットをかけようが、何をしたってか まわないのです。ただトレーニングでやらなくてはいけな いことは、「マリア マリア マリーア」(クレッシェンド) というところで身体を使うことによって声と身体を結びつ けつつ身体を鍛えることです。目的が違うのです。要は深 い声となるポジションを安定させ、声を大きくしていく器 を作っていくことなのです。

これを「あおい」でやってみましょう。

 

  • 「あおい あおい あおーい」

(ラドド ラレレ ラミーレ)

これも同じように「い」で浅くひびいてしまうと、「い」 と言えなくなってしまいます。「あおい あおい」のところ で11つきちんと胸に入れておくことです。そして息を 使ってフレーズを伸ばしていきましょう。すべて胸にくさ びみたいに入っていないと、はずれていってしまうのです。 くさびがポジションなのです。

3つの点をきちんとそろえてやるということが大切です。 この場合、フレーズというのは、3つの点をきちんと同じと ころの点でとっていく、あるいは、より深くとっていくた めに、キープしなくてはいけない強い息の流れと考えると よいでしょう。すると、そのまえのところから、あらかじめ息を配分していかないといけません。

歌は歌うところから始まっているのではありません。「あ おい」というまえに、それをのせていくための流れがあり ます。言葉のあるところだけを歌うのではダメです。歌っ ていないところも含めて全部が歌になることです。たとえ ば「あおい あおい あおい」という歌に「ああそうか」

とお客が反応し、そこにさらに「あおい あおい あおー

い」と、ひっくるめて息の流れが続いているものなのです。 日頃の自分の感覚の中に、息があります。声を出している わけではなくともいつも身体はリズムを刻み息をしていま す。その一部分が、表現されたのが歌なのです。

 

日本のミュージカルなどは、いかにもここから歌だとい うように唐突に歌い出し、流れが前後で完全に切れている から私などは聞いていてぶつ飛んでしまいます。違和感を 覚えてしまうのです。そこまでのところを言葉なり、息や リズムできちんとつなげておいて、メ ロディに入るべきで す。そのためには、せりふがもっと音楽的でなくてはなら ないでしょう。

 

その基本が「ハイ」の練習です。声で「ハイ ハイ ハイ」と言ってみます。声ができてくると、「あおい」とか「ラ ララ」とか「あえお」とかいうのも全て同じように処理できるようになってきます。声を身体につけるということで す。「ハイ ハイ ハイ」と言っている声を身体と一体化し ていくのです。

そして声を一体化したら、次に言葉と一体化していきま す。「ハイ ハイ ハイ」と言っていたものが、いつの間に か「あおい」になっても「マリア」になっても同じになってきます。やがて、それが歌に聞こえてきます。歌になったときでも、ポジションは保っておきたいものです。

では、もう一度「あおい」でやってみましょう。「タン タ ン タン」(ラシド)とあがるので、単に「タン タン タ ン」とやっていては、当然盛りあがらないし、歌としても完結しません。最初に使う力が1だとしたら、次が3、最後 が5というくらい差をつけるのです。身体が声を出すこと に特化されていないと、「あおい」と3回言えばよいのだか らと力を3等分にしてしまいます。それを感覚的に変えて いかなくてはできません。等分ではなくて、1:3:5 くらい の差をつけるのです。歌になると、うまい人が歌ったら、 多分これが0.5 3 30 くらいになるでしょう。へたな人が 歌うと、これが1:1:1から抜けきれませんから表現にな らないのです。

ですから、意識して、一番大きく声の出せるところでシ ャウトできるように、きちんともっていく形をとることで す。

「ハイ ハイ ハイ」と、たった3回でもそのどこかがうまくできなければ、その後はうまく乗っていきません。 ひびきにのっかって逃げていくと中身がないものとなって しまうのです。身体が入らないと心も入りません。ポジシ ョンでいうなら、高く上げていくとき、途中で1つの音が狂ったら、もう23音、高いところでダメになります。多 くの人はダメになった音より上まで出して、その音ができ ていないと思って、それを直そうとトレーニングしていますが、本当は、その何音も低い音で間違っているのです。

ですから、そこを厳しく判断して、正しく声にしていくことです。きちんと身体で受け止めてそれで身体で返していくのがトレーニングです。いつも、もっと身体を使うこと、耳を使うことを考えてみましょう。ただし、やってみて喉にきたらダメです。きちんと表現できるところを元にして考えましょう。あまり、ひびかせたり、こもらせないことです。

 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.28

〇姿勢とフォーム 

 

  • 「ハイ」

息と呼吸を中心に基本トレーニングをやりましょう。まず「ハイ」と大きな声で言ってみましょう。身体全体がひびくようにします。腰を中心に、身体をまっすぐ伸ばしたときに身体の線がでてきます。それに添っていくようにします。 

日本は姿勢が悪いです。あごが出ていて、猫背になります。まず、胸の位置をあげてみましょう。お腹がでるのではなく、骨盤から下が前に入ります。声を出すときに息の抵抗を感じたまま、腰を中心に意識してみることです。 

「ハイ」と言ったときに、肩が動いたり、首に力が入らないようにします。常に姿勢を正すことを忘れないでください。声を息とともに身体に馴染ませてください。歌のときはいろんな形があってもよいのですが、声を覚えるときは声を出すのにベストの形にすることです。 

立った方がいろいろと自由にできます。大きなことも、ひびかせることもできる代わりに、あるレベルまでいかないうちは、うまく使えない人が多いのです。どこかを固定して、声を正しく出す感覚をつかんでいくことです。そこでレッスンでは、最初は身体を曲げさせています。曲げたときの方が感覚がつかみやすいからです。立っている姿勢というのは難しいものです。後はそれぞれにまかせています。一番、声が出るという方向に身体をあわせていくのです。 

 

〇声を身体で捉え、息を吐く 

 

  • 息で〔ハイ〕と言って、声で「ハイ」と言う。最初に矯正する部分は、身体の中心で声を出すということです。身体全体(胸中心に)をひびかせて、その上に声をのせるようにしていきます。そんなに高くない声、大きくない声に関しては、身体で捉えるのが基本です。日本人の場合、ひびきを意識すると喉にきます。上にひびかせようとして、口蓋にぶつけて同時に喉をしめてしまうのです。それで悪いくせがついていきます。最初の1年間は、息が充分に吐けるようにすることです。喉を開いて声を出すことを覚えることです。歌に結びつかなくても、そこの部分を覚え、鍛えましょう。身体というのは、最初に鍛えておかないと、歌をまとめてから(フォームができたときに)身体をつけようとしても無理です。順番としてそのときにしかできないことを、優先してやっていくことです。声の技術的なことに関しては、年数がたってからもできます。むしろ、あとの方がよいわけです。

身体を使えているか、使えていないかをチェックしてください。それには、息や身体が変わってきているかどうかを目安にしてください。 

意識して欲しいことは、高い音のところと息とを結びつけていくことです。日本人の発声の間違いというのは、上の音になってくると、どんどん息が使えなくなってくることです。そして身体も使わなくなってきます。高い音とかより低い音というのは、普通のことと違うことをやるわけですから、当然、より身体で支えなければできないはずでしょう。 

高くなると息はきつくなるかも知れませんが、息を吐いていくことです。その息を使って声を出していくというのが原則です。高くなればなるほど、息を吐いていくことです。息と声の差をなるだけなくしていくことです。身体と息を結びつける。息を声を結びつける。最終的に身体と声が結びつけるようにしていきます。 

(この上限は、話す声の 1 オクターブ上くらい、喉をしめなくてはいけなくなったら、それ以上、高い音はやめましょう。) 

 

〇息読み 

 

息を吐いてから「ハイ」と言葉にする息読みも、深い息で声にしたときにも変わらないでいえるためのトレーニン グです。自分で息を吐くのと声を出すのと同じ感覚になる わけです。できるだけ息を深く吐けるようにして、それか ら長く伸ばしていきます。こうすると息が身体に結びつい ていくわけです。それを背中で感じていくようにしてくだ さい。 

 

〇胸の中心にひびく 

 

  • 胸に響くように意識して、「ハイ」「ラオ」と言う 声が出にくいときは深呼吸から始めましょう。深呼吸を しながら身体を少しずつ動かしていきます。なるだけ 1 日の時間をヴォーカリストの呼吸で過ごすことです。夜だけ練習する人も多いのですが、朝起きたらヴォーカリストの状態にしておいて日常の会話でも、喉のロスをさせないことです。毎日のトレーニングによって、最初は声が胸に、やがて身体全体に共鳴してきます。胸の中心に声が宿ってくる感覚になります。それを私は声のポジションといっています。

声のポジションをとるには、上から下におしつけてはよくありません。背中の方から胸の前に声が出てくるという感覚です。胸にポジションがあるというのは、便宜的に考えるのです。なるだけ深い声をイメージしてやってみましょう。なるだけシンプルにまとめていくことです。どこまで凝縮し、どこで解放できるかということです。中途半端にしていると、表現力を伴う芸事にはなりません。 

口に関しては、あまり動かさないことでしょう。口を大きくしてやろうとすると、声自体を失う場合が多いです。発声して声ができてきたら、そこで調音し発音するのです。 言葉の発音トレーニングは、発声よりも調整と考えてくだ さい。 

 

  • 「ア・エ・イ・オ・ウ」(スタッカート)のトレーニング。 「ハイ」「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」

スタッカートは、基本的にポジショニングの確認の練習と思ってください。「アエイオウ」であれば5 回息を吐くと考えてください。息で「アエイオウ」としたときと同じ感覚で声も出ていないといけません。「ハイ」と言ってから「ア エイオウ」と言ってみるとよいでしょう。身体で「アエイオウ」と出し、口先で出さないことです。身体はさぼってはいけません。喉で邪魔をしてはいけません。息を吐いて 身体が使われている感覚を「アエイオウ」といったときに くずさないことです。 

「ハイ」といったときに、腰や胸の位置を動かさないことです。首も同じです。あごは前に出ないようにしてください。完全に息を声にします。 

難しいのは、「ハイ」とにぎったまま、押しつけないことです。深いところの声の芯だけを残して、あとは邪魔させないで、ひびかせるというより声の線を出していきます。身体の内側に全部引いておいてから、解放させます。ポジションの問題は息の深さの問題です。より深くとったほうが有利です。 

このときに大切なのは、上にいけばいくほど息で支えることです。 

高くなったときに、より深いところで息を吐いておいて 「ハイ」というと、シャウトや息をおさえた声になります。 トレーニングでやっていることをそのまま、歌の中に持ちこむのはきついことです。それに耐えられる身体になっていないからです。ですから、そういう身体を作っていくトレーニングになるわけです。そこでやるから効果的なのです。 

息を深く吐くということと、その深い息で声を出すことがポイントです。息は深くできても、声は浅くなってしまうのです。日本人の場合は、喉を使いしめてしまうからできなくなっていきます。喉が疲れるからです。身体のところでのポジションと声の感覚をつかむことが必要になって きます。一時、高いということは、強いところと意識してください。より高いハイトーンについて、いっているので はありません。 

 

  • 「ラァ」

「ラァ」は、歌うよりも「ラーァ」と息を吐くという感じです。その線を太くしていくことです。人によって出やすい言葉は違います。「ナァ」「ヤァ」「マァ」「ネェ」などでやってみましょう。ぶつけるのではなく、声に息を送るつもりでやります。 

歌のスタイルにはいろいろとありますが、声の線をとるときに息の線をきちんとつくっておくことです。その上に声をのせるという感じです。息の線の上に声の線を持っておかないと、身体から離れていってしまうのです。繊細なコントロールができません。 

きれいな声で音を並べていくのではなく、声を統一してそこにヴォリューム感が出なければいけません。ここでの目的は、声を使って、息を使って、いかに身体を強くするかということだと思ってください。歌は同じ表現であれば、 いかに力を抜いて楽に歌うかという方向ですから、逆です。 ここでは身体に声を身につけるための強化トレーニングを することです。 

 

  • 「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、ハイ」(ドレミレド)

低いところの意識は胸のところでもよいのですが、もう少し高いところでやろうとしたら、頭部(眉間や鼻の上、 

頬骨など)の意識をもつことです。上の音にいくほど、深く息を入れていくような感覚が大切です。あくまでもかた い胸の板に対して、それを掘っていくつもりでやってくだ さい。ひびきのイメージは浅く横に広がるのではなく、深 く上下に縦にまとめることです。縦の線をイメージで思い 描いてください。 

 

  • 「アデッソシ アデッソケ」(イタリア語) (ドドレミ ミレミファ)

単純に言葉を投げかけているように歌うことです。ひびきだけで歌ってしまわないように気をつけましょう。「ララ ララ ララララ」でなく、「ラァーララ ラァーララ」と 1 つで捉えていくとよいでしょう。歌うように歌うのは誰でもできます。要は息を発したらそれが歌になっているところまでもっていくことです。上にいけばいくほど、身体が 入っていくように、身体を完全につけてもっていきます。 

どこかの音までは身体がどんどん入ってポジションも深 くなり、より大きな声になってきます。ところがある音か ら、完全に逆のことがおきます。声が自然と上に抜け、ひびきもあがってきます。そこからはバランスが大切です。 

練習しなければいけないのは、ヴォリュームとフレーズ、 ひびきのポジションを調整していくことです。 低いところでやったことを、高くなったときにも守りましょう。口先で歌わないところで声をキープできれば、それがトレーニングとしての身体づくりに最適です。耳と身 体という原点から、声を捉えてみてください。 

 

  • 「アデッソシ アデソッケ トゥバイロンターノ」(ドドレミ ミレミファ ファドレミレミ)(カンツォーネ「去りゆく今」より)

日本人の英語がカタカナ英語になってしまうのは、1 つず つ音をわけてしまうからです。日本語というのは、昔から1 つの音に 1 つの言葉をのせて歌にしてきました。そうする と動きが出てこないし、身体も使いにくくうまく歌えない のです。 

なるだけ 1 つのフレーズとして捉えていってください。 「シ」と「ケ」を身体で離さずにおさえておくことです。 日本語の場合は、「さりゆくー いまこそー しってほしいー」と歌詞がついて、伸びてしまいがちです。下のフレーズは息を流すフレーズとして保った上で言葉をおくことです。最終的に日本語らしく歌うのか、フレーズとしてメロディ処理をするのかを、日本語の場合はせまられてしまうこともあります。両方が活かせるぎりぎりのところで、とっていくことが必要になってきます。 

「さりゆく」といってから、フレーズをつけてみます。「さ り」「ゆ」「く」が別れてしまうとダメです。日本語は言葉の頭で高アクセントをつけますから、大きなフレーズを作 らないといけません。そこでいれておかないと、後ろにひ っぱられてしまいます。助詞がついているところでは、強 調できないからです。伝えたいのは「さり」と「いま」になるので、フレーズを大きく動かさないと、伝わらないの です。それと逆に、「ゆく」「こそ」と音声イメージで、形づけていきます。

  • 「アデッソシ アデソッケ」「さりゆく いまこそ」(ドドレミ ミレミファ)

メロディをつけてみます。「シィ」「ケ」のポジションを狂わせないことです。きちんと同じポジションがとれているかどうかをチェックします。とれていないとしたら、どこまでできているのかをチェックします。 

トレーニングすべきことは、体力づくり、息を吐くこと、それから音声イメージをもつことです。この 3 つをきちん と身につけていきましょう。 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.27

〇ヴォーカルフレーズのトレーニングの考え方

 

 ここでは、私が実際にやっているワークショップに基づいて、述べていきます。私自身は、その日のメンバーの顔でメニューを決め、そのメンバーの調子、反応で、メニューの出し方や進行を即興で決めて進めています。いわば、このワークショップは、ヴォイスアーティストである私のライブです。トレーニング生はもはや生徒でなく、アーティストとしての表現を私に返してくれるところであり、本物がときにうごめく場に至福を感じることもあります。

 ワークショップは、実験の場ですが、その人の声の力、音楽性が瞬時に試されるところです。その基準が本当に身についたら、人をうまいと感心させるのではなく、感動させるすごいヴォーカリストになれるのです。ここでは、トレーニングのやり方の一端を示しましょう。

 

〇声で音声イメージを表わす

 

 ここでは、1曲のまえに1フレーズ、プロと同じように歌えることを徹底してやっていきましょう。

 プロの見本を聞いて、プロとして共通であるべき要素だけをとり込み、その人の個性やくせは参考にして、自分の表現をそこに出すという手順を踏んでいきます。

 多くの日本人ヴォーカリストは、言葉とリズムと音程しか表わせません。それでは、歌の1割に過ぎないのです。もっとも大切なものは声と、その声でいかに音声イメージを表わすかということです。

 言葉から歌にするトレーニング、さらに私のワークショップでのコメントを再現しておきます。同じ課題でやってみてください(ワークショップの形、題材は、毎回変わりますが、ねらいは同じです)。

 

〇昔の歌を使う理由

 

 模範はカンツォーネ(ファド、シャンソン、ジャズ、ゴスペルも使います)です。これは、次の理由からです。

 

1.初心者にとって、日本語を音楽的に処理するのはとても難しいことです。また、英語は発音することと、声を身体から出すことが難しいところが多く、発音ばかりに気がいき、なかなかスムーズに声が出てきません。それまでに歌っていた悪い癖が出やすいこともあります(海外で育った人などは別です)。

 

2.日本人にとって、イタリア語は読みやすく、見よう見まねで短いフレーズならその場でできること。

イタリア語自体が音楽的であり、身体作り、フレーズなど、声楽界で日本人の声作りに実績があること。作りが大きいため、トレーニングに最適であること(45年がんばっても、とても同じようにできない器の大きさがある)。なかでも、カンツォーネは、ポップスのあらゆる要素を含み、盛り上がりも大きく(2オクターブ近い曲も少なくない)、メロディが美しいため、歌の基本を知るための題材として学べることが尽きません。多くの個性的かつ声の魅力に富み、トレーニングに必要とされる基本の力をしっかりともったヴォーカリストが多いことも好都合です。さらに、当時の一流のヴォーカリストには日本愛好家がおり、彼らが日本語で歌ったものが少なくありません。加えて有名な曲の多くは、日本語の訳詞があるため、日本語をポップスとして正しくこなすトレーニングも同時にできるからです。1960年頃の録音は、ヴォーカリストの身体や息がストレートに伝わり、わかりやすいのも、トレーニングの見本としてはありがたいことです。

 

3.現在の日本のヴォーカリストに見本となる人があまりいないこと。

ヴォーカルも表現活動ですから、私自身は今ということと日本(日本人)ということをかなり重要視しています。ですからこれらはすべて、ヴォイストレーニング(プロの声を身につけ、音楽を学ぶこと)において、このように考え、こうやる方が効率的であるということで、こういう歌を歌うようにということではありません。日本のヴォーカリストで、自分で満足して活躍できている人はそれでよいのです。そうでなくて、トレーニングを必要とする人に、効果の上がるようにアレンジしているわけです(歌を教えるのでなく、歌で教えています。歌はその人がつくり出すものだから教えられません)。

 

〇教えられないことを学ぶこと

 

 教え方にはいろいろな教え方がありますが、それでもやはり、99パーセント教えられない部分があって、そこは力をつけ、耳を鋭くし、鍛えられた身体と感受性豊かな心で盗っていくしかないのです。そのためにも、自分の中で判断していく絶対的な耳を早く持つことです。

 それから、あるレベル以上の仲間のなかで、比べてみるというのは確実な上達法になるでしょう。アマチュアとプロというのはみかけはそんなに差があるわけではありません。しかし、本当は、アマチュアとプロとは雲泥の差があり、さらにプロの中でも、ものすごい差があるものなのです。その差が何なのかを知らなければなりません。

 歌が好きといってもレベルがあって、歌うのが好きだというのは、これは皆そう言って歌い始めるし、トレーニングをするわけです。その好きのレベルが全然違います。本当に好きな人と、それからまあまあ好きだという気になっている人といろいろといます。ですから、歌が好きでたまらないということが歌に表われることです。その気持ちは誰も止められないし、活動の原点でしょう。

 すると、好感の持てる歌い方になるし、人を魅きつけます。同じプロのヴォーカリストのなかでも歌が好きだ、というまま出ていく人と、誰もがうまいと認める技術をきちんと持って出ていく人とがいます。簡単なのは歌うのが好きだという気持ちが伝わる方です。技術があるというのは、音楽の場合、本当にしっかりとしたところで培われたキャリアやセンス、血筋みたいなもの、その人に流れているものが必要です。ものごころつくまでに、音楽面で豊かなものが入っている人と、20才位から本格的にというのでは、相当、違います。日本人にはそういうベースの部分は著しく欠けています。それならばなおさら、そこまでのことを早くやらなければならないでしょう。歌は、その人の力量が全部、外に現われてしまいます。ないものを出せとはいえませんから、結局、黙るしかなくなります。

 トレーニングでは1つのフレーズをやってもらうことが多いのですが、それだけでも勝負です。それが何回か繰り返して1曲になっているのですから、そこで勝負しないと、いつまでたっても1曲もまともに歌えないということになります。1フレーズで粘っていろんなことに気づいてほしいものです。そこで気づく力の差が、実力の差なのです。

 

〇声の力で感情表現をすることを心がける

 

 自分の表現がどのくらいできているのかの判断の基準を、1つずつ作っていって欲しいと思います。自分の評価基準をきちんと作っていけば、モノ真似や、聞いた通りの歌い方にならないはずです。歌い始めた途端に入っていた感情が全部抜けては何にもなりません。どれだけ読みの練習をしても、歌に隙があってはダメです。

 歌を聞いて、多くの人は少しムーディで、おおらかに歌っていてと、表層ばかり捉えています。そのために、プロの歌い手が楽々と歌っているように聞こえます。でも、プロとアマチュアの身体は全然違うのです。身体の使い方が同じことなどありえません。実際、フレーズ1つだけでも汗をかくものです。アマチュアは、汗ひとつかきません。身体ができていないのに、身体ができている人より楽なはずないのです。上面だけなでていると、いつまでたっても本当の表現にはなりません。

 段階はありますが、もし100%のうち10%を表現できるのなら、その10%を絶対に殺してはいけません。表現できる10%の力をすべて(100)出せばよいのです。100%のものを薄めて表現していたら、いったい何が伝わるというのでしょう。

 聞いている人が何かそこに感じられるように歌えていますか。言葉でも、メロディでも同じです。自分が表現できることを完璧に伝えようと自分で意識していないと、単に声で歌いこなすだけのマシンになってしまいます。

 身体ができていて余裕を持って歌える人が歌っているのを表面だけまねて、似たような感じに歌うと、ノラリクラリとなるのでしょう。

 プロと同じ高さで同じ長さのフレーズをとろうとするところから間違っています。プロと同じ寸法でとろうとしたら、かなりの身体がいります。キーが少し高ければ、それだけ身体を使います※。

 声のポジショニングを、完全に捉えましょう。そこを完全にキープしていて、息をきちんと送り込むのです。どこにもよりかからないし、どこにも何もつかない声で、その中心をつかんでいると1つの線が出てきます。

 フレーズが大きいと、どうしても声が細くなったり絞られたりしがちですが、身体の力のバランスが、そのまま感情表現になります。こういうのが大人の歌です。歌を悲しそうな声で、または朗々とした声で歌うのは簡単なことなのです。ここで目指すのは、声の力で感情表現することです。「楽器と同じように、声をつかんで動かして使えるようにし、その上で言葉を乗せていく」ことをやっていきましょう。言葉をメロディに乗せる方法もありますが、身体の強さを持たないでやっていると上っつらだけの歌になってしまいますので、気をつけましょう。

 

〇最初は、大きく器を作れ

 

 音域は高くも低くもないところでやりましょう。そこでさえきちんと(やや低めを勧めます)、できていないことを知るとともに、何ができないのかを気づいていかないといけません。ギャップは、みえてはじめて埋まっていくのです。ワケがわからなくても表現してみないとダメです。

 例えば、フォームのできた大リーガーのバッターが、フーッと振ってスタンドに打球を入れているようにみえても、そのマネをしてはダメなのです。素振りをするところから始めなくてはいけません。基準を作ってください。要は表現できればよいのです。思いっきりやってみてください。大きな声で歌えということではありません。身体を使うことを惜しまずに一所懸命にやることです。ひとつのものをグッとまとめてから相手に渡し切るのです。それは、ややもすると乱暴にみえる場合もありますが、身体の力を目一杯使って力をつけるのは、今しかできないことです。ただし、喉ははずしてください。力を使うことが目的ではありません。

 

〇課題を自分のスタイルにひきずりこめ

 

 最初にやることは、うまくまとめることよりも、課題を大きく広げて身体全体でしっかりと受け止めて返すことです。声と感情を表現のうちに一致させることです。歌があって、ではなく、自分の身体があっての表現というスタンスに立ってください。

 タ行やカ行、「し」や「い」や「う」などは、弱点となりやすいところですから、後まわしにしましょう。日本語は言葉を転がしていくこと自体が難しいからです。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.26

〇楽しみながらトレーニングできること

 

 トレーニングのなかで、どんどん音楽や声を感じ、それを通じて、人の心を捉えられるようにしていくことです。

 個性的なヴォーカリストの身振りや歌い方のスタイルをまねても、それは、同じ服を着て同じようなヘアスタイルとメイクをしているから、似ているというだけのことです。

 正確に音程、リズムをとり、そのあとに感情を入れて歌い込んでいくというのは、原則です。しかし、これは発声ができたら、歌えると思うことと同じく、本末転倒だと思います。先に表現すべきものがあるべきです。それがなければ、それを見つけることです。どんなものであれ、与えられたら、心で受けとめ、そこに感じるところを発見し、それを伝えるという、最も根本的なことにこそ、トレーニングの時間をさかなくてはならないはずです。

 ですから、本当に身になるトレーニングとは、単に将来の夢のためだけでなく、それをやっているときにも、楽しく充実しているものであるはずです。そのくらい一所懸命でなくては身につきません。退屈なトレーニングは、退屈な歌をつくるだけでしょう。たとえ、誰一人、聞いていなくても、自分の声で何かが表現できるということは、同時に、いつも自分の心を奮い立たせてくれるものなのです。トレーニングがつらいだけの人は、歌とはおよそ、はずれた意味のないトレーニングを自分に強いているのではないかということを疑ってみる必要があるでしょう。トレーニングがつまらないとしたら、あなた自身がつまらなくしているのです。

 

〇感情表現の訓練

 

 すぐれた歌の世界をつくることは、自分の内にすぐれた感動の世界をつくることでもあります。何に対しても、自分の内だけで、それだけの世界を創るのは、大変なことです。ですから、最初は、外から大きな刺激と支えを得るとよいでしょう。

 そこで、歌を含めたいわゆる芸術や文化、歴史を学ぶ必要も生じてくるのです。何も、毎日、コンサート、ライブ、映画館や美術館に行きなさいというのではありません。しかし、表現たるものを知るには、最初はそうするのがよいのは確かです。さらに自分で詩を書いたり、曲を弾いたり、また、本を読んだり、自然や他の人と触れあうことからも、いろんなものが感じられるはずです。特に人間から感じてください。有限である人間の無限の魂が、歌なのです。その感じる世界を大切にし、そこに接する時間を愛しんでください。

 ヴォーカリストとは、歌で人を魅了する人です。そのためには、単に歌がうまく歌えるだけではないでしょう。その人に多くのバックグラウンドがあって、その歌の説得力を支えているのです。

 人様の時間をいただき、そこで何かをやらしてもらう、そのことに対してどれだけの責任感をもって人の前に立てるかということです。そこに人に対する愛、尊厳があります。それがない人は、人前に立つ資格はありません。

 そこ(ヴォーカリストの場合は、ステージ)で、人様、人の心を大切にし、自分でできる最大限のサービスをすることです。そのためには日夜、努力しなくては、できるはずがありません。それを忘れてしまったら、あるいは、そこに思い至らないなら、あなたは、カラオケボックスで皆の前で歌って自己陶酔している人と変わらないのです。

 

〇ヴォーカリストとして生きる

 

 現在の日本のプロとよばれているヴォーカリストの地位は残念ながら低く、レベルも高くありません。しかし、タレントなどのように、なまじ、みかけだけの社会的地位が高くなるよりも、ヴォーカリストは、ハングリーかつ明日を夢見るものであってよいのではないでしょうか。役者が河原乞食といわれていたのと同じく、歌い手ももとより社会的に低い階級のものだったのです(人様を楽しませ、元気にする、そこに喜びを感じる天職の一つです)。そういう面では、今も昔も変わらず、です。ただ昔より自由に音楽ができるようになったのはありがたいことでしょう。

 最も大切なのは、冒険を好み、新しいものを創りあげようとするアマチュアたるエネルギーでしょう。ヴォーカリストには資格はいりません。社会人であろうと、学生であろうと、何歳であろうと、その精神を歌で表現できる者はヴォーカリストたりうるのです。

 長く多くの人に、プロとしてのサービスをしようという良心と、歌や人を愛し、尊敬し、いつくしむ心があれば、この道を選び、声、そして歌に対する謙虚な姿勢と研鑽の日々を楽しむ人生が送れましょう。それが、ヴォーカリストになる、いや、ヴォーカリストである最短にして唯一の道なのです。アマチュアの精神にプロの技術、それを忘れないでください。

 

 

毎日のトレーニング(I)

 

ヴォーカリーズ(母音発声)のトレーニング

 声を出すトレーニングは、30分くらいで56分の小休止を含めて、正味、20分で充分です。毎日、休まないで続けることが大切です。

 

EX 1)ドレミレドをAEIOU

それぞれで、1オクターブを半音ずつ移行させましょう。

 

EX 2)ドレドレドレドでやってみます。(EX1と同じ)

 このとき、上あごを高く保つことです。日本人のあくびは、口の中の奥だけで、上あごがあがらないため、暗くこもりがちです。頬に筋肉をひきあげるつもりでやりましょう。

 

 以下、好きな母音の組み合わせでやってみましょう。喉を狭めないようにしてください。声の出るポジションは、できるだけ低く保つようにします。

 

EX 3)

ドレミファソミド

ミレドソミド

 

EX 4)

ミレド ファミレ ソファミ ミレド ファミレ ソファミ

ソファミ ファミレ ミレド ソファミ ファミレ ミレド

 

EX 5)

ドソファミレド ドソファミレド

ドミレド ドミレド

高音域のトレーニング(上のドから出します)

 

EX 6)

ドシラソ シラソファ ドシラソ シラソファ

ドラシソ シソラファ ドラシソ シソラファ 

中音域のトレーニング

 

EX 7)

ミレドレミファソード ミレドレミファソード

ミレファファ レドミミ ミレファファ レドミミ

応用トレーニング

 

EX 8)

ドミソラシド

ドミソドソミド

フレージングのトレーニング

 

EX 9)

ドレドレミファミファソー ドレドレミファミファソー

ミレドレミレミレドー ミレドレミレミレドー

ソーミレドレミーソー ソーミレドレミーソー

 

EX 10)発音のチェック

 舌が下の歯の根のところに軽くふれます。笑顔でやりましょう。

 口の中の形をかえないことが大切です。

AEIOU

(注意)U:ウがy(イユー)となりちです。下あごの力を抜き、Oの口形でウというとよいでしょう。

 

EX 11)

IO IO IO

OU OU OU

AIO NIO MIO RIO

AOU NOU MOU ROU

EI HEI REI AEI NEI MEI REI

UA HUA AUA NUA MUA RUA

MAMMA PAPA BABA BOBO

Maria

Rum Ram Rom Rem

 

EX 12)スタッカートのトレーニング(ドレミレドで)

Zu(ズ) Zu  Zu  Zu  Zu

Ho(ホ) Ho  Ho  Ho  Ho

Ma Mi Mu Me Mo

 

EX 13)

VA VE VU

LA LE LU

FA FE FUなどでやります。

ドミド ドソド

ドレド ドファド ドラド

ドレド レミレ ミファミ

レドレ ミレミ ファミファ

 

EX 14)

ドドド(1オクターブの上下降)

ドミソドド(1オクターブの上下降)

ドミソファミレド

 

EX 15)pp(ピアニッシモ)でのトレーニング

ドミソドーシラソ

ドソドーラファレ

ドシドシドシドシラー

 

EX 16)声をころがすトレーニング

ドレミファミレドレミファミレドレミファミレド

ドレドレドレミレミファミファソ

ドードドレーレレミーミミ…

ドーレドーミレーファミーソファ…

ドーレドーミレーファミーソファ…

ドレミーレミファーミファソーファソラ…

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.25

〇自分の声はオリジナルであるべき

 

 声は一人ひとり違うし、表現したい世界も違うはずです。それをとことん、つきつめていくのが、ブレスヴォイストレーニングです。次のことを確認しておきましょう。

1.声量・声域が拡がることは結果であり、目的ではない

2.他人の声の音色や歌い方は、最終的にはまねるべきではない

3.一声で、誰の声かわかるのが、本物のヴォーカリストである

 普段の声でも誰の声かわかります。それが歌うなり、皆、同じような声になってしまうのは、おかしなことなのです(あるスクールの発表会では、皆、教えた先生と同じ声質、歌い方でゾッとしました)。プロの人のもつ、よい声というのは共通した要素はありますが、それは確かな技術の上にとても個性的なのです。

 

 次の文章を読んでみて、プロのように技術の上で個性的に声が使えているかをチェックしましょう。あるいは、適当にメロディをつけて歌ってもよいでしょう。

1.どうして消えたの

2.ひたすらあるいた

3.やがて、別れる日があるとしても

 

〇自分でプログラミングしていく

 

 私は最終的には、歌う声が本人によければ、発声は二の次と思っています。結局、自分が決めていくことです。発声からみると絶対によくない声であっても、本人がそういう声とその使い方をのぞむなら、正しい発声を理解してもらった上で、知っていて、使うのはよいと思っています。そういう点からも、トレーナーは最初に大まかに正しい声を知ることとともに、細かすぎる指導(あれはだめ、これはだめというようなこと)はしないことです。オペラの歌い手でもヴォーカリストでも、自分の歌をリリースするときに、発声のよいものとして選ばないはずです。たとえ、喉声でも、伝わるものの大きい表現を選ぶはずです。指導には、未知のものを発見したり、それが現われ出ることを待つ柔軟性も必要です。

 ヴォイストレーニングを受けて、歌い手も成長するのです。本物の指導は、その人の才能を引き出すのですから。ヴォイストレーナーの指示に従って盲目的にトレーニングするよりも、従うことのできる指示を見極められるまでになることを忘れないでください。

 自分の発声時の声と歌での声の使い方の関係をいくつかのパターンで捉えておくとよいでしょう。ブレスヴォイストレーニングは、声域、声量でも最大の器をつくろうとしますが、歌はそれをすべて使うものではないからです。人によって、何パターンかの声の使い方があるのです。それは声域でなく、曲(表わしたい感情表現)によって変わってきます。

 

 ついでにヴォイストレーナーについての条件を掲げておきましょう。

 ヴォーカリストは、同時に自分にとっての最もよきヴォイストレーナーであるべきだというのが、私の持論です。ですから、トレーナーは、ヴォーカリストが自分のトレーナーになれるだけの判断力をつけるためにいると思っています。頼るべきトレーナーの条件は、聴覚の鋭さ(耳のよいこと)、相手の発声をまねられること、さらに心理的洞察力があり、ことばを使い、相手の状態を的確な比喩でさとす力が必要です。

レッスンを受けるまえに

1.トレーナーに望むこと

2.トレーナーから得られること

3.トレーニングの目的

を、はっきりとさせましょう。

 

〇音楽的ことば(日本語)のつくり方

 

 次の3つを参考にしながら、話しことばがそのまま、歌のように聞こえるような日本語にしていきましょう。これを私は、“音楽的日本語”といっています。日本語をそのままでは歌にならない(特に「い」「う」)ので、それを深い声での日本語にしていくのです。強弱のリズムをつけ、高低を感じさせないようにすることと、発音よりもプロソディ(ノンバーバル=非言語的要素)を大切にすることがポイントです(詳しくは祥伝社NON BOOKの拙書「ヴォイスパワー」を参考)。

 

1.ピアニストの伴奏などで、メロディが語るのを聞き、感じましょう(弦楽器でもよい)

2.外人の話す(特に日本語)のを聞いて、まねてみましょう

3.他の外国語(特にイタリア語がよい)に学びましょう

例 「あい」「あう」「こい」「しっている」

 

〇声楽とポップスのヴォイストレーニングとの違い

 

 声楽の場合、声を使うのに次のような条件が最初にあります。

1.役割にあった声がある

2.役割を演じる声の技術がある

3.役割を演じる表現の技術がある

4.大きく、4つのパート(ソプラノ、アルト、テノール、バス)にわかれている

 それがさらに、細かく音色、音量でわかれます(ソプラノなら、コロラトゥーラ、リリック、ドラマティックなど)。(その他、ブレスヴォイストレーニングとの違いは、「ヴォイストレーニング」に詳しい。)

 それに対し、ポピュラーは、声も含めて、自らが創始する自分という役割を演じるのですから、あらゆる制限から自由です。ただ、その役割自体をつくらなくてはいけないから、自分自身の魅力をどうつくっていくかということが、より大切といえます。声の音色も使い方も自由な分、自分でつくり、定めていかなくてはいけないのです。

 

〇歌の解釈と創造

 

 自分の感じたことを、聞いている人になるべく素直に伝え、聞いている人の自由な解釈に任せられるようにするのが、ポップスの特徴のように思います。

 つまり、聞いている人を飽きさせなければよいのです。飽きさせないということは、魅了しつづけるということです。ですから、正確に歌えた上で、人に感動を与えられるのが最良なのです。しかし、そのためのトレーニングには、さまざまなアプローチの方法があってもよいでしょう。

 まずは楽譜の解釈です。おたまじゃくしや記号が、動き出して、曲を奏で、自分の心にひびいてくるように、それを読んで感じとることです。

 そのためには、自分が好きな曲、感動した曲、強く歌ってみたいと思う曲から入るのがよいでしょう。

 しかし、いずれ、どんな曲を与えられても、そこに何か心を動かすものを生じさせる力を出していけるようにするのが、ヴォーカリストをめざす人の役割です。

 そこにボールがくれば必ず、スタンドに放り込むという強打者のように、絶対的な強みが欲しいものです。強みは曲(レパートリー)でなく、スタイルとしてもつことです。

 これから学ぼうとする人は、よいお手本から基本的なことを学ぶことに全力を尽くしましょう。最初はくせや個性(つまり、しぐさ、ファッション、身ぶり、表情のようなもの)にとらわれない方がよいでしょう。そういうものをはぎとった共通の要素を学ぶことです。最初は、好き嫌いや、時代、国に関係なく、声一本で勝負できるヴォーカリストに学ぶのがよいでしょう。

 

〇オリジナリティを発揮するためのトレーニング

 

 次の組み合わせで、自分の好きな歌(詞)を使って、表現してみましょう。

1.ことば+感情

2.フレーズ+身体

3.メロディ+音感、ニュアンス

4.トータルでの表現

 

 感じられないものを、いくら感じていると思い込んで表現しようとしてもだめです。感じること、ただ感じること、そしてそれを伝えたくなること、伝えたくなったら、ただ伝えること、それでよいのです。

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