3-2.歌の話

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.7

○伝わる声こそ、正しい声

 

ことば1つをとっても、それを本当に伝えて相手の気持ちを動かそうとするときには、体や息が使われるでしょう。その感覚をより確実にパワフルに伝えようとすることで、声の可能性、能力も開いていくのです。

 音楽的な才能を伸ばすには、一流の音楽をよく聴き、よく感じることです。精神的な成長により、人間として偉大で奥深く畏敬ある表現を極めること、精神的に覚醒し、感覚を研ぎ澄ますこと、これは実際の能力よりも、どれだけ意欲をもち、真摯に取り組み続けるかということがあって初めて、才能が問われます。

 

私は時折、よい例、悪い例をみせます。何が正しいのかは、すぐにわかります。

伝えようと本気になったとき、働く声、つまりテンション高く体と心と声とが一体になったもの(人間の遺伝子レベルの情報です)<A>、悪い見本のときは、伝えようと思わない、するとテンションが下がり、部分的に声が働き、状態が悪く出ます<B>

トレーニングは、それらとは違います。そこに表現がいるのです。

 そのことによって、発声器官が本来の機能を取り戻していくのです。そこから、自然な声が発現されていきます。

1.伝わらない声 2.伝えようとする声 3.伝わってしまう声の順に向上させていくのです。

 しっかりと音声で伝えられない人は、しっかりとは歌えないでしょう。伝えようとする強い意志があれば、ことばが音声と融合してきます。

すでに知られている世界、あなた自身が決めつけていた世界から、あなた本来の持つ未知の能力を掘り出す世界への探究が、ヴォイストレーニングなのです。

 

〇日本語を音楽的にこなすには

 

 日本語は、第1音節が低く、第2音節が高いことが多く、それに対し、拍は第1拍が強いから矛盾が生じやすく、難しくなります。日本語は、必ずしも低いところを弱く、高いところを強く発音するのではないからです。このへんは、1音ずつ均等の長さにわけず、フレーズのなかで、ことばのイントネーションを生かすように処理していくとよいでしょう。

 音色も変えるのではなく、表現に応じて自動的に変えていく、伝えるイメージによって自然と最もよくなってしまうようでなくてはなりません。発声器官をコントロールして変えようなどとは思わないことです。

 

[発声]

 声を出すときには一瞬にして、母音、ピッチ、音量が定まります。息を声音にすることを声立てといいます。

1.二重母音:2つの母音を1音にするつもりで発声してください。

  ea(エアー)

  ua(ウアー)

  oa(オアー)

  ia(イアー)

  ae(アエー)

  au(アウー)

  ao(アオー)

  ai(アイー)

 

2.こんどは3つの母音です。

  eae(エアエ)

  uau(ウアウ)

  oao(オアオ)

  iai(イアイ)

  aea(アエア)

  aua(アウア)

  aoa(アオア)

  aia(アイア)

 

〇日本語の特質を知っておこう

 

 「A」の響きのまま、「EIOU」と深みが保てるように言ってみてください。日本語のアは浅いので、のどを開き、声を落とさずに出すことです。外国語の母音のなかで最も深い音を使ってトレーニングしてみるとよいでしょう。

 強弱アクセントを利用して、ボールがポンポンと跳ねていくように、ことばを送っていきましょう。ことばが流暢に出て、止まらないようにしましょう。この前へ前へと流れていく動きこそ、ことばがリズムを伴ったときに、音楽的になっていくための第一歩なのです。

 強アクセントのくる母音は長母音が多いので、強くなるとともに長くなりやすいのです(伸ばすのでなく、切り込みを鋭くしましょう)。

ことばの強拍と音楽の強拍が一致すると、自然に前へとことばが動いてきます。アイススケートで左右の足が交互に出て推進力を得るようにです。

 

 欧米人にとっては、すべての音節を同じ長さで発音することはありません。そこで「福島」を「フクシイマア」などというわけです。「シイ」にアクセントがつき、強く、伸び、結果として音楽的になるのです。ことば自体が、ズッター、ズッター(弱強弱強)とかタンタッタッ(強弱弱)というリズム(律)を持っているのです。

 日本語は等拍(長さ)ですから、文字の数で数え、しかも均等においていきます。強弱より高低に区わけがいき、前に行けないのです。従って歌うのも大変です。動き、流れがないから、いつもそれを作らなくてはならないのです。

そのため、ことばでの処理と別に必要以上に長く揺らす、ヴィブラートでの感情移入という、音楽的表現が切り離して発展しました。

 欧米人なら、ことばを自然に歌にすればよいのに、日本の歌は、大げさに歌わなくてはならなくなるのです。そこから、どうしても不自然になります。(お客さんの聞き方の問題もあります。)

 

 たとえば日本語の助詞は、強い拍にきたら、めんどうになります。メロディやフレージングでもメリハリはつけにくく、自然とディミニュエンド(だんだん弱く)させたり、響きに逃がすようになりがちです。(外国人には、日本語は銃弾のように聞こえるそうです。「オ・ハ・ヨ・ゴ・ザ・イ・マ・ス」。)

 日本語は、頭にアクセントがきているので、アクセントが1拍目にあるような場合は比較的、歌いやすいのです。しかし、その場合も頭打ちなので、その後の流れは出にくいのです(アフタービートの弱さ)。

 ピアニストでも、かつての日本人は、頭打ちでポツリポツリと切れるのに対し、海外の人は、後打ちで、ズダーン、ズダーンと次に流れを持っていくので、歌っていてものりやすいのです。あるいは極端なヴィブラートをつけ、音声処理してしまう歌手(多くは声楽出身)も、うまくありません。

 これらのことを含めて考えてみると、発声を日本語でなくイタリア語あたりで習得することは、理にかなったことでしょう。つまり、イタリア語で学んだフレーズの感覚やセンスで日本語を処理して、しかも、日本人に伝わるように歌詞の見せ方を考え、歌うというステップを踏んだ方が、実際のところ、早いようです。「NHKイタリア語会話」など、お勧めです。

 

〇母音のトレーニング

 

 日本人の声は、薄くひらべったく浅いのです。ここは、欧米人の深い発声を見習った方がよいでしょう。外国人の映画の俳優やキャスターを手本に発声(発音でなく)トレーニングをしましょう。日本人のアナウンサーは、この点ではあまりお手本になりません。

 出だしを高め強め、一音単位にすべての音をはっきりという、しかも高低アクセントに気をつける、これは日本人が歌を習って歌うとき(あるいは、音程のための「コールユーブンゲン」を使う練習法)に似ています。

 

○母音

 

 すべて、のどをあけて同じように響くようにしていくことです。たとえばイタリア語は、ことばの最後以外はすべて母音とともに発声されます。

 支えが浅く、胸に力が入っていると、ふるえ声(トレモロ)になります。

 日本語は、子音が発音上、独立することがあります。たとえば、スーパーのスはsuですが、スケートのスはsで母音のuがつきません。トレーニングでは、カタカナで読んだままの発声ではよくないのです。(子供の教科書読みのようなものです。音は、はっきりしているのに、逆に内容が伝わらない、心を打たないのです。)

 それでは、やってみましょう。一番、出しやすい高さの音でやってください。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.6

〇音質と音色を出すバランスを

 

 同じピッチ(音高)で同じ強さの声でも人によって差があります。その音色が魅力的な声の人も、そうでない人もいます。ヴォイストレーニングにおいては、ことば(歌詞)やピッチ、音程、声域や声量よりも、音色、音質を優先すべきだというのが、私の考えです。

 音質とは、複合する音の倍音構成、つまり、基音と倍音とが密集したり分散している配置関係のことです。音質は、そこに含まれる倍音の数、振動数、強さなどで決まります。その振動の集合したものが母音の帯といい、これが母音の音質となります。

 倍音は、母音の帯の外部にある部分音ですが、そのあり方によって、音色の感じが違ってきます。光沢があるとか、鋭い、やわらかい、重いなどという音質は、ここから生じるのです。

 この調和がくずれると、声がひずんで聴こえます。この調和を私はバランスということばで表わしています。

 まず、単音のトレーニングです。それが確実にマスターできたら、ちょっとした変化に対応していきます。音の表情に、耳をよく傾けることです。ピアノやギター(できたら、サックスがよい)の音色をよく聴いて、その通りに声を出してみましょう。向こうのヴォーカリストが、トランペットやギターなどと掛け合いで声を出しているのを聞いたことはありませんか。

 ヴォーカリストには、ことばという特権があります。しかし、それがなくとも、スキャットや「ラララ」でも歌えるのです。そこで通用する力を求めたいものです。(音色とリズムだけでも、歌が成り立つのは、スキャットわかることでしょう)

 

[音質を獲得するためのトレーニング]

 ( )内の音程をとって、自分の最も出しやすい音から始めて、高音、低音へ動かしてください。

1.「ラーラーラー」(ミミレ)

2.「バーバーバー」(ミレド)

3.「ヤーヤーヤーヤーヤー」(ミレドレミ)

4.「ゲーゲーゲーゲーゲー」(ドレミレド)

5.「ガーゲーギーゴーグー」(ドドドドド)

6.「あなたに」(ソミレド)

7.「こいびとよ」(ソファミレド)

8.「あいたいね」(ソミドミソ)

9.「ゆめのよう」(ドミソミド)

10.「アラアラア」(ソドミドレ)

 

〇声量を引き出す

 

 大きな声をしぜんに出して気持ちよく歌っていた人が、レッスンで大きく出すことを禁じられ、つまらなくなってやめたというのは、よくある話のようです。

 確かに、統一した音声を獲得するために、喉の酷使や明らかに間違った発声は禁じなくてはなりません。身体で歌うといっても、身体の力をストレートに使うわけではありません。

 ただ多くの場合、相手の状態によらず、小さな声しか使わせず、誰にでも同じマニュアルを押しつけている人も多いようです。

 ポピュラーに関していうと、一流のプロとなった人が皆、そんなトレーニングを経たとは、到底思えないでしょう。必ずしも小さく出すところから始めるべきだとは思えません。喉が疲れ、練習ができず、やると確実によくない方向にいく場合は、声量を出すのはやめるべきですが、それ以外の理由でやたらと制限してはならないと思います。

自己流で喉を痛めたから、ヴォイストレーニングに行く人の多い日本では、レッスンは、こうなりがちです。私からみると、それは繊細な神経、ていねいさ、声の配慮、品質に欠けているのに過ぎません。声を壊したことからくる経験もまた、身体や喉を知るのに、その人に入っているのです。子供には親の苦労はさせたくないと、一見、親切で、リスク回避に専念します。本当の意味で、“先生”なので、生徒はほとんどがこのパターン、その人のファンです。

 逆に言うなら、喉さえ疲れず、負担にならないのであれば、できる限り、大きな声を出してみるべきではないでしょうか。

 プロのヴォーカリストが、いかに声を使うことができるかを知ると、弱々しい声でこわごわ調整しているトレーニングの無力さがわかります(ただし、喉を壊していたり、本番のための調整トレーニングは、まったく別です)。

 大声は喉を痛めるから使わせない、というトレーナーの多くは、無理に高い音域や複雑な曲を長い時間トレーニングさせているからです。つまり、悪い喉の状態をキープさせているから悪くなるのです。自分ができたことが、必ずしも人にできるものではない(またその必要があるとは限らない)、その逆もあるということです。

 たとえば、ドミソドソミド、ここで低いドから高いドまで1オクターブにわたるトレーニングなどは、よく使われているようです。しかし、これを初心者が本当にこなせるはずはありません。こなせたら、すでに歌うのに充分すぎるプロの技術をもっているということだからです。

 

[声量を得るためのトレーニング]

1.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「ハイ」で。

2.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「ラー」で。

3.下のラから上のラまで、1オクターブ、半音ずつ上がっていきましょう。「マー」で。

4.半音で4つ(レ♯、レ、ド♯、ド)でハミング。

5.半音で4つ(レ♯、レ、ド♯、ド)で「ラ」。

6.「ん(ハミング)ーラーんー」(同じ音で)

7.「ん(ハミング)ーラーんー」(ミレミ)

8.できるだけ大きな声で「ハイ」

9.できるだけ大きな声で(ハアーイ」

10.できるだけ大きな声で「アオイアオ」

 

 こういう課題を大声でやれば、当然、喉を壊すばかりか、悪いくせもつきます。間違った発声でも出しているうちに、歌らしくなっていくけれど、声ができてこない、急がせるからです。

 試しに、もっともうまく出せる1音(音高)だけにしてみてください。かなりの声までしっかりと出せるようになります。そうやって、声や身体について理解していくことの方を優先すべきなのです。

 ヴォイストレーニングを受けずとも、歌えるヴォーカリストの多くは、自分の耳と表現すべきものは何であり、どうあるべきかということに真摯にとり組んできた人です。

 こうなると、トレーニング方法を見わける眼にも大いなる勉強が必要です。

いつも、こう問うてください。今、やっているトレーニングが、自分がめざしている声や歌の、どの部分をつくるためにやっているのか、それがわかっているのかと。

 

〇深さとパワーのある声をめざす

 

 楽譜の読みから始めるピアノの練習が苦痛なように、出ない声で歌わされるトレーニングも楽しくないはずです。なら、やめましょう。

 私は、明らかに間違ったところや相当の危険なレベルでしか注意しません。身体から自由に声が出るようになるまでは充分に自分の身体や息を感じ、思いっ切りやってもらいたいからです。

できないからやるのですから、最初はできっこありません。それを忘れてはなりません。そこに細かな注意をしたら、委縮するだけです。できることを少しでも見つけ、自信をつけると共に、それを全力でやらせる期間を充分にとることです。

 できることは、できるのだから何も言わなくてもよいし、できないことは言っても仕方がないのです。中途半端なトレーニングを急ぐより、できているかできていないのかを、その人のレベルから高いレベルへと自分自身で判断できる耳を養うことこそ、最も大切なことなのです。

 そのためには、まず声を「より強く、より太く」していくことです。すると、できないということがはっきりして、そのギャップを埋めるためにトレーニングか効果をもたらします。

日本人のもつ感覚「長く、高く、響かして」では、いい加減になります。これは、結果でよいのです。「強く大きく太く」していくべきです。はっきりと声で伝え、歌を扱うには、身体から捉えた深い声が必要となるからです。

もちろん、そう思われない人も、そう歌わない人もいます。日本では、この条件がなくても通用する歌い手も少なくありません。でも、あなたが、本当に上達するなら、ここにポイントを絞り込まないと、難しいのではないでしょうか。

 

[声をより強く、太くしていくトレーニング]

1.「あいの」(ドレミ)

2.「あまい」(ミファソ)

3.「とおく」(レミレ)

4.「マリア」(ラドド)

5.「ひらすら」(シドレレ)

6.「ふたりの」(ドレミファ)

7.「いのちかけて」(レミファミファソ)

8.「あおぞらに」(ソソラソファ)

9.「よあけまで」(ドソソソソ)

10.「ひかりに」(ファミレミ)

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.5

〇鼻声、喉声をやめる

 

 鼻にかけると鼻声、押しつけると喉声になります。どちらも意図的に声にしようとするところで、すでに間違いを犯しています。理想とする声は、そのどちらでもないところ、特に最初は不安定で頼りなく感じるところにあります。

 本当の正しい声は、出てしまうのです。最初はそうはいきませんから、このバランスを少しずつまん中にとっていくことです(日本人がよい声と思うところは、演歌などでわかるように、やや上に無理に集めているところにあると思われます)。

 余計な力を抜いてみましょう。もちろん、すべてがたるんでしまうのもよくありません。

 間違ったままの声をそのまま使おうとすると、間違った発声となり、問題がいつまでも解決していきません。いつまでも喉は疲れやすく、壊れやすい状態から抜け出せないのです。疲れが回復せず、ベストな状態を維持できないことから、喉にも精神的にもプレッシャーなどがかかることが日常となり、よい状態が得られなくなるのです。

 まずは鼻声、喉声をやめることです(ここでいう鼻声は、わざと上に響かせようとした[方法]のことで、その人の声質、あるいは病気で鼻にかかっている声を指しているのではありません)。

 

[正しい声を得るためのトレーニング]

1.声を出して、テープにとって聴いてみましょう。

2.口やあごを動かさず、腹話術のつもりで「会いたい」といってみましょう。

3.上(頭)のひびきを使わずに地声で「あまいことば」といってみましょう。

4.勢いのよい声で「ハッ」と掛け声をかけてみましょう。

5.「イエイ」「ヨオ」など、ノリのよい声を大きく出してみましょう。

6.「ガヤダ」と20回言ってみましょう。

7.「アー」と20秒、伸ばします。

8.「エー」と20秒、伸ばします。

9.「イー」と20秒、伸ばします。

10.「オー」と20秒、伸ばします。

鼻や喉にかかっていないかチェックします。

 

〇ナチュラルヴォイスの発見

 

 発声器官とか筋肉などは、意識すると、逆にその部分を緊張させ、解放できなくなるものです。バッターやピッチャーが、腕や手首を意識して、よい結果になることはないはずです。そこを使うからといって、そこに意識を持つことはないのです。

 発声器官の図やビデオを見ても、実際の器官の具体的な動きをイメージしてトレーニングしない方がよいでしょう。(科学的な発声原理や生理的解剖図を知るのはよいことですが、実践であるトレーニングがそれにとらわれてはいけません。

なぜなら、多くの理論は仮定されては否定され、そのことと実践とは、結びついていないからです。トレーニングで視野が狭くなるときに常識としてやっていることがおかしくないかを考えてみるために必要というくらいのものです。

たとえば、「強く大量の息が、高い音や声量をもたらすのでない」というようなことは、原理から証明しなくとも、音色を変えることを考えてみれば、誰でもわかります。でもトレーニングするのは、感覚での統御のためであり、そこから離れなくてはならないのです。

 空手家は実演をアップで、スローモーション、タイム入りで見なくとも、うまく習得してきました。見るのはよいのですが、そんなことを考えると、できなくなります。

意識の持ち方は大切です。むしろ、メンタル・トレーニングの方法に学ぶことです。私は、「喉は、ない」と思うようにイメージさせています。

 

○欧米のトレーナー

 

 欧米のポップスのヴォイストレーナーには、喉の締め方や使い方を教えている人もいますが、それは一般の日本人にはハイ・レベルです。そのトレーニングは、部分的であり、それをマスターした人と似た体質(声帯、言語、音楽環境)がなくては、あまり効果があるように思えません。喉を完全に解放できて初めて使えるものですから、多くの日本人には逆効果になりかねません。

彼らにはみえない、日本人特有の問題を、彼らのやり方で解決するのは、よほど素質に恵まれた人にしか不可能です。その結果が、今の日本のレベルです。

 喉から意識を離して自分の声に集中できるようにすることです。それも頭や眉間よりもまず、胸の中心、ハートに、意識も声の出口のイメージをもっていきます。歌の原点はハートです。

 意識はお腹(丹田)におくのですが、胸のところから始め、そこに声との一体感を感じていくとよいでしょう。鏡をみてください。首から上だけで声を出そうとしているようなら、間違いです。一声出したときの姿勢で、その人の力の判断ができるくらいです。

 肩から上には、力を入れないことです。固定させて、口もあけたまま、あご、口の中などは動かしません。

 このことによって、最もしぜんなあなた自身の声(ナチュラルヴォイス)を発見し、獲得していきます。

 

[ナチュラルヴォイスを見つけるトレーニング]

 次の順で、なるべくしぜんに、できるだけ大きな声でやってみましょう。

1.「アーエー」

2.「エーイ」「オーイ」「ウーイ」「アーイ」

3.「ハマヤラワ」

4.「アカサタナ」

5.「ナニヌネノ」「マミムメモ」

6.息を吐く感覚で声にすることを目指します。「(ハァー)アー」

7.床かイスにすわって、「ハイ」「ラオ」「ララ」を同じようにそろえて言ってみてください。

8.自分の最も声がうまく出ていることばでやってみましょう。

9.自分の好きな歌の最も好きなフレーズのみ、歌ってみましょう。

10.「ラララ……」で簡単なフレーズを歌ってみましょう。

2音、3音が1音に聞こえるように継ぎ目をなくすことです。

 

〇統一された声 バランスのチェック

 

 それでは、統一された声の見わけ方について述べておきます。

 

1.高い音と低い音の強さが均一 音色、音質が音高(ピッチ)によって異ならない(同質性)

 高い音はキンキンになったり、かすれて自分のコントロールできないところで響きます。ある一定の高さから上は、高くなるほどヴォリューム・ダウンし、中間音や低い音もまた、ヴォリューム・ダウンするような声では使えません。

 

2.ヴォリュームが出る(声質)

 ヴォリュームのある声を出すことは、胸でしっかりと声をつかまえておき、そこに息をより強く送ることで可能となります。そのとき、高音ではバランスよく響きが集まり、大きく聞こえるのです。

 弱すぎる声も不安定なら使えません。

 

3.ことばをシャウトできる(応用性)

 声を出そうとがんばるほど、喉にかかるのはよくありません。やわらかく、しっかりとヴォリュームのある声が出てこないといけません。

 

4.ピアニッシモにできる(柔軟性)

 統一された息のコントロールと流暢な流れが伝えられないと、上の響きへの移行がしぜんでなく、弱く保つことができません。

 自分が好きになれ、素直にしぜんに聴こえる声をめざしてください。その声を「コクとキレのある声」といっています。これは、鋭く強く思う存分出せて(キレ)、しかもやわらかく響き、小さく微妙にコントロールできる、味のある(コク)声ということです。

 

5.持続できる 再現できる(再現性)

 喉が疲れやすく、声を出しているうちに音質も変わってきます。

 

[声を統一するためのトレーニング]

 次のトレーニングで確認してみましょう。

1.下のドから上のドまで、1オクターブを、「ラー」で上がっていきましょう。

2.下のドから上のドまで、1オクターブを、「ハイ」で上がっていきましょう。

3.「ラア」「テエ」「ニイ」「フウ」「モオ」の2音目を大きく叫んでみます。

4.「ヘイ」「イエイ」をシャウトします。

5.「カコク」「サセス」「タトツ」をシャウトします。

6.「カアア」「マアア」「ラアア」をシャウトします。

7.高い音で、4,5,6をシャウトします。

8.「ムー」「ミー」「レー」を高音で小さく出してみましょう。

9.「ルー」「ラー」「レー」を中間音で小さく出してみましょう。

10.「ハァー」「マァー」「ラァー」を低音で2030秒、伸ばしてみましょう。

 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.4

○声の出やすい状態を知る

 

 ここでは、声を守り、うまく使うための注意をあげておきましょう。

 声は、よく出るときと出にくいときがあります。朝早く起きた時には、こもった声になります。身体が起きてくると、声が出やすくなります。スポーツなどをしているときには、思いがけず大きな声が出たりしませんか。 しかし、身体が疲れると、またうまく出なくなってきます。病気のときや落ち込んでいるときの声というのは、元気がありません。声は健康のバロメーターなのです。

 声をよくするには、できる限りポジティブに毎日を過ごすことです。そういう人の声は、とても魅力的でしょう。身体を動かし、健康的な生活をすることが一番大切なことです。

 

〇満腹、空腹ともによくない

 

 お腹が一杯のときもへっているときも、声にはよくありません。

 お腹が一杯だと、横隔膜が上の方へ圧迫されるので、呼吸がしにくくなります。胃や腸で食物を消化吸収しているときに、歌うような全身運動は、あまり好ましくないのです。

 逆にお腹が空いているときや疲れている状態では、お腹に力が入らないと思います。

 たとえば、歌う1時間前に食べるかどうかは、人によって違います。自分の場合はどうなのかを知っておく必要があります。レッスンも、食べてから60分は、間を取った方がよいでしょう。下痢や便秘などにも、注意しましょう。

 

〇冷たいもの、からいものもよくない

 

 声によい食べ物、悪い食べ物などということも、よく話題になりますが、私はあまり気にしない方がよいと思います。スポーツ選手のメニュと同じで、栄養価の高いものや消化のよいものの方が好ましいことは確かです。

 しかし、冷たいものや、からいものといった、喉を直接刺激するものは避けましょう。特に、発声練習や歌う前、歌っているときには避けましょう。氷水を飲みながら歌うなどというのは、危険なことです。

 

〇お酒とたばこは、ほどほどに

 

声のことを考えるなら、たばこはスポーツ選手を見習って、やめた方が無難です。アルコール類も、声帯から水分を奪って乾くために、粘膜が弱り、声のかすれやすい危険な状態になります。飲んだときには、知らず知らず大声で歌ったり、長く話しがちになります。これがよくないのです。ビールなどは、喉も冷えるので、気をつけなければいけません。

 

〇飲物やアメについて

 

まったく水分をとらずに長く練習するよりも、適当に休みを入れましょう。喉を回復させながら、適時、温かいものを飲むとよいでしょう。

 のどアメやトローチ類にもいろいろなものが出ていますが、薬用効果をうたっているものに頼る必要はありません。ただのアメでも、唾液が分泌されるということでは効果があります。疲れをとるために糖分を摂るという程度でよいでしょう。

 

○姿勢と呼吸

 

 ヴォイストレーニングで、いつでもベストの声が確実に出てくるようにしなくてはなりません。常に思い通りに声が出せるということは、歌うための前提条件といえます。楽器でいうと、これは完全な品質を持ち、正しく調律された状態にあります。自信にみち、威厳のある姿勢をとりましょう。両肩を、うしろに引いて下げます。胸のまん中を高くし、胸郭が前から横にかけて拡がるようにします。

 ブレス時は、常にこの姿勢を保持します。どんな状態にも動けるように、リラックスしながら、神経は張りつめ、精神集中できている状態です。スポーツにも共通する基本姿勢です。

 どうですか。うまくできましたか。自分の内にあるエネルギーを一つの声にして出せるように意識してください。

 

[息から声にするトレーニング]

 それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。

1.左右の腕を前後と反対方向に大きく円を描くように回してみましょう。

2.左右交互に肩の上げ下げをやってみましょう。

3.両手を目一杯、上に伸ばして脱力しましょう。

4.息を吐いてみましょう。「スーーーーー」

5.声にしてみましょう。「ハアーアーアーアー」

 内側に小さく弾むような感じで出してみます。少し強くやってみましょう。手を胸にあてると、ひびいていますね。このとき、腰の後ろ側の左右の筋肉に支えが感じられます。両手で触って確かめてください。

6.弾力のあるマリのように空気を吐き出してみてください。

「ハッ」「ハッ」

 そのとき少し、お尻の穴がしまり、太ももが内側にきゅっと入りませんか。「歌っているときは、胃袋と尻が近づくような感じがする」と名テノール歌手のエンリコ・カルーソーは言っていたそうです。こういう一連の動きを自然と体でマスターしていってください。

7.嬉しいことに驚いて「ア」と言ってみましょう。

8.思いがけず、親しい人に会えた時のように「ハッ」と言ってみましょう。

9.大きなため息をついてみましょう。「あ~あ~あ」

10.長く息を吐けるだけ吐いてみましょう。

 

 

〇呼吸とお腹を結びつける

 

 腹式呼吸は、誰でも行っています。しかし、歌うときに使われていなければ無意味です。ですから、発声練習のなかで行っていくものです。

 日本人の場合、息がとても浅く、身体から息を出す感覚さえ、持っていないのです。

 これは、日本語が発音時に、身体からの強い呼気を必要とせず、さらにアクセントも強弱でなく高低でつけるために、口先だけの声になるからです。

 そこで、息を吐くのに使う筋肉の強化トレーニングのようなことを行います。これも、日常のなかでさえ、よい発声ができていない私たちが、最低限の条件を身につけるために行うものです。

 息のトレーニングに関しては、最初は大まかに自分の身体の動きのなかでやりましょう。

 歌うのに息の配分を決めて行うことが呼吸のコントロールだと思っている人がいますが、これもやりようによっては、発声器官に緊張をもたらし、悪い癖をつける場合があります。単純に出したいフレーズの2倍程度の息を保つように、大まかに捉えることです。

 呼吸やブレスは、お腹で調整すべきことで、喉で行おうとしてはなりません。呼吸は、ピッチ(音高)やフレーズをキープするために強く長くできるようにしていきます。

 口は自然に開き、吐いた分だけ瞬時に空気が入るような身体にしていきます。鼻とか口とかで吸おうと意識しないこと、のどが乾いたり異物が入ったりするから鼻から吸気するのが原則ですが、吐いた分より早く元の状態に戻せるように、身体を鍛えていくと考えてください。

 

[呼吸とお腹のトレーニング]

それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。

1.上半身を脱力して、前屈します。両手を下につけて息を吐きます。

2.上半身を戻すときに自然と息を入れてください。

3.12の動きを結びつけて行ってみます。

4.両手を上に思い切ってあげる時に、息が入るように意識してみてください。

5.両手を下に下げるときにゆっくりと息を吐いていきましょう。

6.45の動きを結びつけて、行ってみます。

7.あお向けに横になり、お腹に手をおき、静かに息を吐き、そして吸います。

8.横向きに横になり、お腹に手をおき、静かに息を吐き、そして吸います。

9.腕立てをしながら、息を吐いたり吸ったりしてみましょう。

10.上体起こしをしながら、息を吐いたり吸ったりしてみましょう。

肩や胸の位置が動かないように注意しましょう。

 

〇呼吸と声を結びつける

 

 お腹から息を吸うと、前腹の下の方はやや引っ込む感じがします。お腹全体が拡がります。へその裏にあたるところに、この動きの中心となる感じがきます。

 吸うということは、よく誤解されます。空気が入ると、肺は自然に出そうとしますから、止めるということは、吐かない以上、わずかに吸っている感覚になるのです。声帯が発声の瞬間(これを声立てといいます)に備えている状態です。体ができてくると、こういったことが無意識下にわかってきますから、最初はそういうものかというくらいに思って気にしなくて結構です。

 呼吸では、吐くことを中心にトレーニングしてください。吐いたあと、自然に身体が戻り、空気が入ってくるようにします。ときには、発声のトレーニングで、声が自然に出やすいように、呼吸を支える体に意識を向けてください。

 歌うときに感情移入して表現しようとすると、精神的にも高揚し、心は体から離れようとします。声は自由を欲します。しかし、声は身体があって出ているものですから、自然の摂理に従った身体の使い方をしなくてはいけないのです。そのために技術があり、それを支えるトレーニングがあります。

 その最も基本となるのが、このヴォイストレーニングなのです。歌やせりふがうまくいかなければ、息を吐くことに還ることです。

息をすることは、生きることにつながります。人間であれば(生きとし生けるものならば)間違いようがないのです。ただし、一流のヴォーカリストレベルでは、超人的なブレスのコントロールが求められるから、トレーニングが必要なのです。(お腹が出たり、へこむことが大切なのでなく、自由に動きやすくなる状態を得たいのです。)

 

[ブレス・トレーニング]

 それぞれ、5回か10回ずつ行ってみましょう。

1.上体をゆっくりと前に倒しながら息を吐いていきます。

2.吐き切ったら、上体を起こすと同時に、息が入ったのを意識します。

3.息を吐きます。そのときにお腹の横やうしろが出るようにします。

4.息を吐きます。そのときにお腹の横やうしろがへこむようにします。

5.身体を前屈させて、息を長く10秒間吐き、5秒休みます(2分間)。

6.体を前屈させて、息を短く「ハッハッハッ……」と10秒間吐き、5秒休みます(2分間)。

7.息をできるだけ長く吐き、瞬時に体の動きで息が入るようにしましょう。

8.息を8秒出し、10秒止め、2秒で吸いましょう(3分間)。

9.歌詞を息だけで(声にせず)読みましょう。

10.歌を1曲、息だけで歌ってみましょう。

あごをひき、口は固定してあまり動かないようにします。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.3

○トレーニングの位置づけ

 トレーニングというのは、意識的に部分的強化として行うことですから、必要悪かつ不自然なものです。急激な効果のあるものほど副作用が多いのは、どの世界も同じです。一時、バランスを崩したり、他のことがうまくいかなくなることもあります。そのズレを踏まえた上で、各トレーニングの位置づけを知っておくことが必要です。つまり、うまく歌えないために、わざわざトレーニングをする以上、それは歌うことそのものからはズレており、最終的には無意識に統一された感覚で歌えるように戻されていくべきだということです。

そのために、すべてのトレーニングは、何のためにどこまでやるのかという目的と優先すべき課題をできるだけ明確にしたいものです。

 ヴォイストレーニングをしたために、不自然にしか歌えなくなった人もたくさんいます。発声トレーニングそのままのような歌い方になっていく人もいます。声を痛めたり、壊してしまう人までいます。皆、目的や方向を絞り込む、そのためにやりたいことや自分のオリジナリティを見つめないからです。

 それが、さらなる目的の過程として許されるのか、方向違いなのかをしっかりと踏まえることです。(声に対するのに、力づくで雑に大雑把でやっているとしたら、これは大きな間違いです。感覚が鈍いと、声を力で持っていこうとして、のどを壊しかねません。)

 今まで歌っていて、その上で本格的にヴォイストレーニングをやりたいという人が、ヴォイストレーニングを受けるごとに毎回うまくなるというのは、あり得ないと思います。なぜなら、身体づくりや声の習得そのものは、すぐには実を結ばないものだからです。やるごとにうまくする歌唱アドバイスとは、目的や目指すレベルが違うのです。

○歌とヴォイストレーニング

 歌には、いろんな見せ方も必要です。虚のなかのリアリティの勝負です。100の力をいかに110120に見せるかという勝負です。声の使い方、切り取り方、イメージのつくり方、伝え方と、発声を応用したところでの勝負です。

 それに対して、これから述べるヴォイストレーニングは、自分のもつ身体のパワーアップを目指し、大きな器づくりを確実に目指すものです。100200300にしたいときに、いくら小手先で歌らしくしても、本当に心に通じるものにはなりません。

 ヴォイストレーニングによって、いつでも声が出せるようになり、しかも、最高の声で、いくら出しても壊れない、安定性のある声とする。声量、声域とも、その人としての最大限まで確実に使え、自然と声を歌に流し込める器にしていく。そのためにすべての人に通じるのは、身体のトレーニング(できたら感覚も、ですが)なのです。声をパワーアップさせることは、やった分だけ効果が出ます。

 歌うのにギリギリ必要なヴォイストレーニングなどはなく、歌うときに声などはまったく気にせず、声が出てしまうようになるためにヴォイストレーニングが必要なのです。

 ヴォイストレーニングとステージには、スポーツの基本技術習得のための練習とその応用の場(状況の中で瞬発的に使う)としての試合との違いのようなものがあります。

 表現を創造しつつ、一方で手段としての身体、声の楽器づくりをしていかなければいけないのです。

POINT

・トレーニングの目的と成果を捉えること

・歌とヴォイストレーニングは違うこと

・声を忘れるために、声の楽器づくりをすること

○才能と素質

 ポピュラーのヴォーカリストにとって、先天的な能力が必要かと問われたら、私は否定します。音楽に優れた業績を残すファミリーはいますが、必ずしも多くはありません。まして、時代とともにあるポピュラーですから、なおさら一代で勝負できるはずです。

もちろん、生まれつき、ヴォーカリストになる才をもって生まれたという人もいるでしょう。ルックスや、頭のよさなども、やはり、有利な条件であるのは確かです。しかし、何よりも必要なのは、素直に何事からも学べる力だと思います。

 あなた自身がこれからやっていくというなら、今の年齢やもって生まれた能力らしきものなどは、どうでもよいことです。これまでにない世界を切り拓けば、自分の世界となります。やるだけのことをやり、突き詰めていくだけです。決して何事も諦めるための逃げ口上にしないことです。やり遂げた人にのみ、自分の才能もわかるのです。そこまでやらなくては、わかりません。選び続けられることが最大の才能なのです。

 声の場合、年齢については、20代になって楽器(声帯=発声器官)が完成するという特殊な事情のため、音楽演奏者の中では、年齢に制限されないパートでしょう。

 スポーツ選手のように、年齢で限界がくることもありません。かなりの体力と精神力を必要としますが、努力によって維持できないものではないのです。

本当なら、いろんな経験がある人の方が学びやすいはずですが、やはり物事の考え方や取り組み方、人生での優先順位の方がハンディキャップになる人が多いようです。自分勝手な判断で、やるべきこともやらず、結果も出せないうちにすぐに辞めてしまうような人こそ、繰り返し読んでもらいたいものです。

○発声と歌は別

 誰にも、うまく歌える才能はあります。それを人前に出せるところまで、価値をつけられるかどうかは、トレーニング次第なのです。

 しかし、発声を習えば歌が歌えるというわけではありません。歌を歌うのに、発声が必要であっても、その上に音楽的な才能が発揮される土壌が必要なのです。そのために大切なのは、音楽を入れること、そのために学ぶ環境です。

 私も優れたアーティストにたくさん出会ってきました。彼らの多くは、恵まれた音楽的環境に身をおいてきた人たちです。それを自分にも課すことです。

単に音楽をたくさん聴けばよいということではありません。よいものを聴き、その価値をいかに発見してきたかという、その人の音楽経験の総和が問題なのです。それをどう受け止め、自分の表現のこやしにできたかというところで問われるのです。

 実際は、日本のヴォーカリスト志願者の多くは海外でのヴォーカリストどころか、向こうの一般の人々がおかれている音楽的レベルさえ満たしていません。多くの日本の20代後半のヴォーカリストよりも、向こうの10代の人の方が数倍、自分を語れ、音楽を語れ、個性的に歌えます。

日本人の場合は、身辺での学ぶ環境や習慣を整えていくことの大切さにさえ、気づいていないという点で、絶望的な状況といえます。どうか、ヴォイストレーニングとともに、それを学んでいってください。

POINT

・やり続けることが才能であるということ

・何歳から始めても遅くないこと

・環境を整えていくこと

○日本の歌の現状と声

 

 最近の日本人の歌は、音響技術抜きに語れなくなりました。ステージもまた、装飾的な演出が中心になり、その結果、声そのものに頼る比重が少なくなってきました。カラオケの普及で、誰にでも歌いやすい歌が求められるようになりました。大きな曲、つまりプロにしか歌えない曲が、なくなってきたのです。声がなくとも歌えるようになり、そのことが、声に対する問題の解決を逆に難しくしています。

 声量・声域も必要なく、詞も伝わらなくてよいのなら、声の技術は不問です。プロの歌を聴いて、違いがわからなければ、上達の目安になるものがないということになります。

 多くは、ルックス、スタイル、バンドの特色づくりや作詞作曲の能力に秀でている人で、いくら歌がヒットしていても歌とはまったく別の要素が要因だったりするわけです。

 

○若者の子供声

 

 それなら、タレントの事務所へ行く方が早いようです。かわいく見えるように話して歌うようなトレーニングは、人為的に業界受けする声(=つまりは若い人に受ける声)をつくっていくことなので、本当に歌を極めるのに耐えうる声は身につかなくなります。上辺の声だけを飾っていくのです。

向こう(海外)の人たちが子供のような声だとしている声を、わざわざつくっているのです。そもそも、まともなヴォイストレーニングであれば、年を重ねるにつれて、声が魅力的になってくるはずなのです。

 声を意図的につくっていると、つくられた声域、声量からいつまでも抜け出せないのです。不自然な声では、自然な歌になりません。自然の偉大さを、ヴォーカリストもまた発掘し、その力を利用すべきなのです。

 

○本当のあなたの声とは

 

 まず、あなたが今、使っている声をそのままトレーニングして使うのではなく、声帯を含めた身体(共鳴腔、筋肉、骨、すべてを含めて)から出せる最も理想的な声を探究していくことです。

 そうでない声で、いくら声域や歌い方を決めても、おのずと限度が出てきます。あなたのもっているベストの声が出せてから、すべてが始まるのです。一声でも通用する声が出たら、それをキープしてはじめて、声域や声量の問題に入っていけるのです。

 その上で、その声の使い方を学ぶのです。どこの国のヴォーカリストも、声の技術というものをもっています。それで歌を効果的に演出します。声で“聴かせて”くれるわけです。

日本人のヴォーカリストが、世界に通用しないのは、まさに、この声の技術を音楽レベルで持っていないところに原因があります。

 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.2

○声と歌の判断力をつける

 歌は、体を楽器として使っている以上、肉体芸術作品です。描いたイメージに対し、すべてが呼吸でコントロールされた声の動きで歌が表われ出るようになりたいものです。単に、声を出したり歌ったりするのではないのです。

 声で楽々と自由に、感情を思いのままに表現するのに、複雑なテクニックなどありません。高音や声量を出すのに、いかにもマニュアルやとっておきのノウハウがあるように勘違いしている人が多いのですが、そう思うと、それだけで終わります。発声や技術が聞こえてきたら、歌はおしまいです。

 野球でいうと、すべての球を打つためのマニュアルを欲しがっているようなものです。ストライクゾーンは、各人によって違うのです。高いボール球を打つことに躍起になっている人、自己流での力一杯の大振りを繰り返している人、これでは成果が出るわけがありません。

 何事にも基本のフォームがあり、フォームを確実に身につけるためのトレーニングがあります。それなくしては、マニュアルもノウハウもまったく無力なのです。ノウハウを獲得できるだけの感覚や体であれば、すでにノウハウは身についているのです。つまり、今までの自分にない感覚や体の条件を得ていかなくてはならないのです。

 無駄な間違いを極力防ぎ、発声の技術が少しでも効率よく身につくようにする、しかし、そのためには、フォームを整えたり、体力をつけたりしつつ、声と歌の判断力が必要です。これとて、本人の十二分の努力の上で、少しずつ盗めるというものに過ぎないのです。いくら時間をかけても、すべての人が必ずしも得られるものではありません。

○上達するために大切なこと

 トレーニングが身につくようにするために、それ以前の問題があまりに多いのです。イメージ、テンション、集中力、声の扱い方、説得力、構成力、それが克服できたら、歌はおのずとシンプルにまとまっていきます。実際のトレーニングに際しては、こういうことをよく考えながら量をこなしていくことです。

 上達を急ぎたいのはよくわかりますが、多くの人が最初に急いでしまったために、基本を飛ばし、その後、5年たっても10年たっても声がうまく出ず、歌がうまくなっていないという現実を知ってください。

ものごとにはすべて、基本を身につけるための大切な時期があります。その時期に基本を身につけなくてはならないのです。それを疎かにして先に進むと、やがて限界がきますし、素人芸で終わります。急がず、あわてず、くじけず、めげず、コツコツとやっていくしかないのです。

 確実に歌という財産を自分のものにするには、まずは、声そのものを安定させていくことです。

 繰り返しのみが、力となります。中学校や高校で、スポーツの試合に出たことのある人は、そのトレーニングの繰り返しの意味が何であったかを考えてみるとよいでしょう。

 たくさんの歌を器用に歌える人はたくさんいます。でも、たった1つのフレーズで、人に聞かせるだけの力をもつことこそ、優先すべきことなのです。

 

・すべてを呼吸でコントロールすること

・基本のフォームを身につけること

・正しくシンプルに量と質をこなすこと

○発声器官とそのしくみ

 声そのものがどのようにして出るのかを知っておきましょう。のどは商売道具、そのメカニズムを知るには、活字や写真では難しいものです。しかし、ヴォーカリストは生理学者ではありません。正しい理論やしくみをいくら知っても、正しい声は出ません。これは、スポーツ選手がボールを角度と速度を頭で計算して追っているのではないのと同じです。

 スポーツ選手なら、腕や足の筋肉を直接、鍛えるトレーニングができます。しかし、声帯は、それに関わる筋肉やメカニズムはわかっても、操作できないのです。スポーツのように直接に筋肉に働きかける強化トレーニングのプログラムは作れません。自ずと感覚本位になるのです。だから、感覚を磨くしかないのです。そこで、最初の1音を出すときのイメージをいかに形成できるかが、肝心であるといえましょう。

声帯

 声帯は2つの唇で成り立ち、前の方でくっつき、背の方で分岐しています。分岐した方の端は、披裂軟骨にくっつき、その骨が回ると、2つの唇がくっつきます。その時、唇はその端を支えるところを両方向に引っぱる輪状甲状筋で伸張するわけです。吐気はお腹の方から出て、閉じている声門を開け、その気流が声の元音となります。

○発声理論の誤用

 トレーナーの中には、理論に基づき、発声器官そのものをコントロールさせようとしている人もいます。口の中をあけて、あくびのようにさせたり、舌や口の形を固定させる、のど仏を下げるとか、舌の真ん中を盛り上げないとか、首筋をよくマッサージするといった具合です。これらは、部分的な対処ですが、必ずしもすべてに有効ではありません。発声理論においては、尚さらです。残念ですが、日本においてそれらが正しく使われている例を、私はほとんど知りません。

 そもそもヴォーカルは、本も読まずトレーナーにもつかずに、プロになった人が大半です。発声のしくみや理論に頼りすぎると、感覚本位で、実践すべきことの邪魔をしかねません。そのため、常識的なことさえ、わからなくなり、理論や方法に振り回されている人が少なくありません。

 発声器官そのもののコントロールについては、多くのトレーナーが、うわべの方法にとらわれ、あたかも、それで声が身につくように思っています(マニュアル化しやすく、その日に効果は出るので、教えるにはやりやすいからです)。

 そのため、日本の現状は、パクパクと口を動かし、つくったような声が響くだけで、まったくお腹から説得力のある声の出ていない人が多くなっているだけのように思います。これらは発声が身についた人の調整法であっても、初心者にすぐに使うべきものではないのです。

○発声らしい発声の害

 私は、多くの歌手ばかりでなく、多くのトレーナーもみてきました。すると、トレーナー自身が、その人の指導する方法で声を身につけたと思っているのも、きっと他のところに基本があったということも少なくないのです。自分がどうして声を身につけたかをきちんと知っている人は、ほとんどいません。これは、多くの人を長くみないとわからないことです。自分自身についての判断にも、思い込みが大部分入ってしまうのです。

 自分の思い込みに従うことが、トレーニングを間違って行なうことの最大の原因です。

 発声器官そのものをコントロールすることをヴォイストレーニングとしたところから、本来、まともな耳を持って、まともに歌える人を作ろうとするならば、生じなかったような間違いが起こってきたとさえ言えます。

 私が「どこかで習ってましたね」と言う人は、この部類です。歌がうまいからでなく、いかにも発声らしい発声しか出てこないから、すぐわかるのです。

 本当の発声とは、それだけで歌と同じくらい聞く人の心に入り込む魅力があるのです。発声を感じさせないために、発声があるのです。

 もちろん私は、さまざまなやり方を、すべて否定しているわけではありません。要所を押さえて使うことは、有効なこともあります。しかし、もっと本筋があるということを忘れないでほしいのです。それは声そのものをコントロールする感覚を身につけるということです。それによって、悪声も悪い発声でさえ、個性ある世界へ歌を導くこともあるのです。

世界中のいろんなヴォーカリストを聞いてください。習って身につけられないレベルのものだから、価値があるのでしょう。ですから、あらかじめたった一つの正解や方向を持って臨むトレーナーやマニュアル本には、賛成しかねます。歌も声も1人ひとり、持っているものも上達のプロセスも違うのです。歌ったら誰かと同じ、というのでは、とてもつまらないことではないでしょうか。

・発声器官そのもののコントロールをしないこと

・声そのものをコントロールする感覚を身につける

・たった1つの正解を求めないこと

○実践に学ぶこと

 私の講演会では、一番のノウハウは私の声そのものだと言っています。話の内容よりも、そこに違い、つまり価値があることに気付いてもらいたいからです。

 なるべくたくさんトレーニングに来て、声を聞くこと、そしてさらに、歌を音楽として学ぶために一流のヴォーカリストを聞くことを勧めています。歌から声を学ぶのは、最初は難しいのですが…。これに関しては、ポピュラーではゴスペル、ジャズ、さらに声楽もひと通り聞いてみるとよいでしょう。特に一流のヴォーカリストの生の声、ア・カペラ(無伴奏)での声をたくさん聞くことです。

 声が正しく出ないのは、正しく出ない状態に、発声の器官がおかれているからです。

 最初は、声そのものの判断力をつけていくことが大切です。自分のよくない声とよくない出し方にうっとりできるなら、発声は一生直りません。

 そこでは、声そのもののイメージ、これが狂っていることが多いのです。つまり、直そうとする行き先にイメージしている声が正しくないのです。しかし初心者にとって、今の自分の声ではない声を求めるのは、あまりに漠然としています。声のイメージを絞り込むのも、実践していく中で行うしかないのです。さらに、ポピュラーは、悪い声でも悪い発声でも、選び抜き、その組み合わせがオリジナリティの域に深まると、是とされることもあるので、なおさらわかりにくいのです。

 多くのヴォイストレーナーは、その人が将来持つであろう理想的な声とその可能性を見抜けないまま、ステレオタイプのよい声、よい発声に強引にそろえていこうとします。タレント・レベルのヴォーカリストなら、リズムと音程と発音を教えてもらったらそれで一丁上がりかもしれません。しかし、一流のヴォーカリストになりたいのなら、本当に今、トレーナーの要求するような声1つで自分の目指す歌の世界ができるのか、突き詰めて考えてください。

 本当にしっかり声を使っている人の声を参考にして、完成した自分の声をイメージしていくことが、唯一の方法です。そのイメージ(原理)に近づけようとするほど、発声器官の状態がよくなっていくというのが、望ましいコントロールの仕方なのです。ここでも、聞く力が問われます。本当の声はなかなか出ないけど、出た時には回りの人も自分でも、瞬時にわかるものなのです。

※残念なことに、ここでも日本人の多くは、(本人もトレーナーも)自分に理想とする声にまで、オリジナリティよりも、誰かのような声を欲してしまうのです。

・声そのものから学ぶこと

・一流のヴォーカリストを声で聞くこと

・将来、得るべき理想的な声のイメージを正しく持つこと

○独力の限界と本当の問題

 自分の最も理想的な声を発見し、それを発現する世界をめぐる旅が、私の思うに、ヴォイストレーニングです。行き方は、いろいろとあります。

 独力でもよいと思いますが、声に関してだけは、かなり難しいといえるでしょう。声を発見し、それを常に取り出せるようにして条件を整えていくには、かなりの判断力と先見力、経験が必要とされるからです。自信、集中力、熱意・意欲、信念などに加え、模倣、健康や加齢、歌やステージとの関係など、常に問題が山積みだからです。

 今までのあいまいな発声をすべて捨て、一声に執着する、そうなればこそ、本当の意味がわかり、踏み出せるでしょう。それは、発声を通して自分が歌うという意味まで、常に根本的に問われることです。

 楽しく歌うだけで、誰も魅了できない自己満足の歌でよいのなら、ヴォイストレーニングなど必要ありません。歌うということは、それ自体、快感なので、誤りやすいのです。まして、声は1人ひとり違うのです。自分の声で歌えば、自分の歌が出せたように思いがちです。

 そこでどのように歌を創造したか、演奏としての声の使い方などが、ほとんど問われないのが問題です。しかし、よほど精根を据えてやらなくては、この国ではそうなりかねないのです。

 「いつになればできるようになりますか」「早く上達したい」、こういう野心は、モチベートである反面、声にとっては危険なものでもあります。よい仕事、よい歌、よい声は、それなりの年月を経て可能になります。どの分野でも、一流になるには何年もかかるものでしょう。人前でわずか数分間で人を感動させることができるには、どの分野でも、どのくらいかかるか考えてみたことがありますか。

○声の可能性を大きくする

 限定された声では、歌を表現したくても、そのワクの中でしか声を使うことができません。声も楽器の性能と同じ、多様な選択ができるだけ、確かな品質、器と、それを奏でる技術が必要です。自分が自由に表現したいように歌えるために、ヴォイストレーニングがあるのです。

 つまり、歌というのは、自分の持つ声の器のなかで切り取り、まとめていくことですが、ヴォイストレーニングは、声の器そのものの可能性を最大限に、そして最も効率よく拡げていくために行うのです。

 歌でヴォイストレーニングで出せる声以上に、声が出ることはないし、その必要もありません。声にイメージをはじめ、多くの要素を加えて歌にするからです。しかし、その前に声だけでも聞かせられるまでの器を作り、声量、響き、声の魅力を十分に活用できるところまで突き詰めておくわけです。

 ヴォイストレーニングとは、声という捉えようのないものを自分なりにイメージして、そこに声の地図を作っていくことだと考えるとよいでしょう。マップに必要な方位を与え、目標と道筋を示すのがここでの狙いの1つです。

○深い声、伝わる声、使える声

 声について、あるレベルに到達するために、深い声を探します。あなたの本来の声が隠れているときには、さまざまな試みをして、その理想的な声に気付いていくことが必要です。少しでも理想に近い声が体験できるまでは、12音でよいから、それを出せるように体や息、そしてイメージといった条件の方を整えていきます。

 最初は12音でもうまくとり出せたらよい方です。体や息が鍛えられコントロールできるにつれ、徐々に使える声になってきます。使える声はシンプルかつ、わかりやすいものです。どれが正しい声かわからない人のほとんどは、どれも正しくない発声をしています。

 ある程度、声が出てきたら、そのなかで最もよい声を知り、それを完全にしていくとともに、その他の声(違う発音、高さ、強さ、長さの声など)をベストに近づけていきます。いくつもの声を持つのではなく、最も正しい声をすべての状況に対応させられるだけの大きな器としていくことです。

 まずは自分の出している声に耳をすまし、どのように出ているのかを深いレベルで知っていくことです。

 正しい声とは、ここでは後で自由に使える可能性がある声を指します。

・トレーニングに取り組む姿勢が大切

・声のマップづくり

・正しい声をつかみ、それを応用していくこと

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.1

〇ヴォーカリストの悩み

 ヴォーカリストをめざして学ぼうとしている人は、たいていは、どのようにすれば、そうなるのかに悩んでいます。とりあえずは練習を始めたものの、どうすれば上達できるのかに苦慮しています。独習であれ、誰かに教えてもらうにしろ、実際に多くの人がやっているトレーニングは、“でたらめ”といってもよいもので、それをやったとしても、さほど上達しようもないものがほとんどです。

つまり、努力してもうまくならないどころか、努力さえもできないケースが多いのです。これは、日本の音楽界にとっても、大きな損失です。

 一方でヴォーカリストになるための努力を自然と、しかも確実に自分の身につけることができた本当にごく少数の人がいるのも事実です。

 とはいえ、芸ごとで伝わるとしたら、そんなに楽なことはありません。最も肝心なことが、伝わりようもないから、芸なのです。

 しかし、私は、努力している人なら、最も大切なことに気づいてもらうことはできると思っています。そこで、その気づきの契機を与えるためのアプローチの方法を述べていきたいと思います。

〇声を自由にする

 

私自身、日本人、外国人問わず、多くのヴォーカリストに接して、確信したことが3つありました。

 1つめは、声が自由に出るようになれば、飛躍的にヴォーカル力は伸びるということです。一流といわれるヴォーカリストには声を出す身体と技術があります。彼らと同じ発声のできる身体になることを基本のトレーニングの目的とします。

そのためには、今の声(多くの日本人の出している声)をおいて、基本から徹底します。つまり、1オクターブ声が完全に使えていたら、1フレーズぐらい彼らと同じように歌えるのに、歌えないということは、声に問題があるということです。

しかしこれは、新しい声を作るということではありません。声の出し方を正して、あなた自身の最も理想的な声を発見し、歌に使えるところまで鍛えていくことなのです。

この点で巷で行なわれている多くのヴォイストレーニングやヴォーカリストの指導は、今の声を前提に伸ばそうとしています。今の声とは、日本人の一般的な発声の状態です。本当はもっと楽によい声の出るはずなのに、そのようにできていない発声を指します。

 その声は、録音してみて、聞いてみればわかります。その声の多くは、決してプロの声でも音楽的に聴こえる声でもないはずです。自分でも嫌な声だと思ってしまう声でしょう。これを原点に戻さず、部分的な処置をしていると、何年たっても後で伸びないのです。本人はトレーニングで伸びたと思っているかもしれませんが、徹底して鍛えれば、10の声を20にできたのに、1112で満足しているわけです。これは、声を判断する耳ができていないからです。

〇センスと感性

 2つめは、表現すべき音(音楽)のイメージ、いわばセンスや感性とよばれるものです。感じるだけでなく、感じたことを声の表現で伝えるところに、ヴォーカリストの才能が問われます。この才能にも開花させるトレーニングが必要です。

これは、向こうのアーティストのように、1つめの条件が満たされていると、声と同時に完成していく場合が多いのですが、日本人の場合は、1つめの条件を持たぬため、器用にまねて歌えるだけのヴォーカリストになりがちです。そういう人は、まわりからうまいと評価されるために、結局、歌や声の本質がわからず、声も歌も表現も限界がきます。

しかし、この状態でも、ほとんどの人がヴォーカリストとしてのプロ活動ができてしまっている国が日本です。歌は自分の思うところまで、うまくなればよいし、総合力ですから、別の面での才能が秀でている人は、それでも構わないわけです。ただ、トレーニングで効果をあげていきたい人は、基準のトレーニングをする必要性を知っておくべきでしょう。

 ところで、1番目の条件を満たしている人は声量や身体だけでもっていけるから、勢いだけで歌って、生じ通じてしまうので、2番目の条件を疎かにしがちです。今の時代、この2つの条件を共にそなえた人がほとんどいないのは、残念なことです。

〇ヴォイストレーニングのスタンス

 3つめは、トレーニングへの取り組み方と考え方です。レッスンそのもの以上に、今の若い人には、ものの考え方、もう少し具体的にいうと、アーティストの精神やポリシーといった部分が必要に感じます。

昔、芸人は師匠の家に住み込んで、全く教えられないところで芸を盗んだといいます。「本当のことを身につけるには“場”が大切」と私は常にいっています。よい“場”には、雰囲気があり、気が満ちているからです。できるかぎり、その“場”の雰囲気を、“気”とともにあなたにおくりたいです。

 私の研究所では毎月、会報を出しています。ちょっとした休憩中や、合宿、研修などで私が話をするようなことが、精神的な支えになっているからです。いわば、マニュアルにできない、最も大切なものです。それも伝えられたらよいと思っています。

あなたが、自らにどのようなヴォーカリストになりたいかを問いかけ、その方法を自分自身に最も似つかわしい方法で決め、自信をもって日夜、トレーニングに励めるようにすることが目的です。

○やり方ではなく、あり方

 ヴォイストレーニングで、どういう方法が正しいのかというと、これこそが、難題です。私自身は、今は、方法、やり方ではなく、そのあり方、つまりどのレベルの深さでやれているかの問題と考えています(私の方法とやらもまた浅いレベルに誤用され、時に成果と逆行している例を少なからず知ったからです)。

 比較的、目的や基準のはっきりしている声楽の中でさえ、本当に正しいトレーニングができている人は少数です。それは、次のような言葉からも察せられます。

「今日の歌手たちは、発声について間違って考えるように教え込まれたために、自分たちに与えられた才能や能力を発揮できないばかりでなく、声そのものを壊してしまって、歌手としての生涯を全うできないという事態に直面させられています」(コーネリウス・L・リード「ベルカント唱法」音楽之友社)

○トレーナーの選び方

トレーナーの選び方は、トレーニング方法を正しく行うのと同じくらい難しいのです。特にポピュラーの世界では、あたかも基準がないかのようなので、尚さら大変です。

声においては、すぐれた歌唱を行うプロ歌手が、必ずしも、あなたにとってよいトレーナーであるとは限りません。むしろ、こういう人は、ヴォーカルアドバイザーというべきでしょう。ましてや、トレーナーが勉強不足、育てる経験不足だと、日々、伸びているような錯覚をしたまま、いつになっても、本当の意味では上達しないというような指導を受けて終わってしまうことがほとんどです。

 まずは、声で判断することです。ヴォイストレーナーが悪声や頼りない声であれば、これは失格でしょう。

 次に、声の技術を見ます。いくらトレーナーがよい声であっても、あなたはその声をまねるのではなく、自分自身の声を磨き、歌に使うために習得するのです。根本の声づくりとその使い方を見るしかありません。

 その人の声そのものをまねるのはよくありません。手本は、あくまで声の感覚と使い方を得るためにあります。多くの人が、教えた人の悪いくせばかりを受け継いでいます。1人ひとりの声は違うのです。

トレーナーの耳がよいこと、判断力が高いことは、さらに大切な条件です。

 育てたプロの名を挙げて宣伝文句にする人がいますが、これも実績というよりは、何度かそこを訪れただけという程度のことが多いのです。第一に、そういう人が育てたという人の声や歌を聞いて、感動しましたか。単に有名だというのと、声の力、歌う力とは、あまり関係ないのです。だいたいは、すでに選ばれた人の歌声の調整をするのと、多くの皆さんが必要とするように、ゼロから声をつくっていくのとは、全く違うのです。日本の音楽スクールやトレーナーは、私がみるに、そこに対応できていないのです。

 理論や方法は、誰でも持てます。トレーナーは、誰を育てたかで決まります。習う側は、それを見抜く眼と耳を持つことが大切です。

・正しい方法ではなく正しく行う

・自分の目的をはっきりさせる

・経験や実績の豊かなヴォイストレーナーにつく

○メニュやノウハウは、やればよいものではない

 少なくとも、ポピュラー音楽全般、特に歌唱に共通する正しいトレーニング・メニューというものはないでしょう。私もたくさんの本にメニュを公開してきましたが、メニュは手段であり、正しく使わないといけないのです。それは各人ごとに、目的ごとに異なります。極端な話、その日の状態によって違うこともあれば、いつ本番をするのかによっても変わるでしょう。トレーニングの期間についても、同じことが言えます。結局、正しい方法となるノウハウは各人各様です。それを自分で決めていくことができるようになるということです。決めるためにどうするかを学んでください。

 いろいろな方法での可能性を模索する自由度を失わないことです。自由にやるほど、逆に類型のパターンが出てきて、どういう時に、どのメニュを処方すればよいのか、経験的にわかってくるはずです。声の問題が、心や身体にあることなどに気づくこともあるでしょう。

 ヴォイストレーナーは、長期的かつ総合的視野を踏まえた漢方医のようでなくてはいけないと思います。ところがその場しのぎで対処する人がとても多いのです。これは、当の習いたい人が付け焼き刃的指導を求められることが多いためです。求められることに何とか対応さぜるをえないトレーナーには、親切な指導ほど弊害になることとなってしまいがちなのです。

○自らメニュを創造する

 ですから、あなたは自分自身のトレーニングのためのメニュを自分で考えて、どんどん試みていけばよいのです。しかし、それが悪い方向に向かわないためには、優れた歌や音楽を入れておき、それで正すようにするしかありません。トレーニングは試行錯誤の連続です。壁にあたるのを恐れず、続けることです。そしてある時、そのレベルでベストのことができたら、わかってきます。その繰り返しで、レベルを深めていきます。できたということを身体で覚えるには、このようにして、やるべきことをやって待つしかないのです。

 ですから、それに気づく材料を適切に処方するのが大切です。

○基礎を深める

 最初のレベル(これをレベル1としましょう)で、たまたまベストのことができたとしたら、そのレベル1でのベストを確実に出せるようにしていかなくてはなりません。そして、レベル1でのベストが出せるようになると、それは当たり前のことになります。さらに、1つ高いレベル(レベル2としましょう)におけるベストを目指すのです。

 この繰り返しで、レベルを深めていくのが、基本トレーニングです。つまり、メニュが123と進むのでなく、同じメニュにおいてこなせるレベルが123と深まるのです。

 それにつれ、多くのメニュに対応できる力がついてきます。応用力をつけるために、いろんなメニュを利用していくのです。

 何よりも大切なのは、どのメニュも少しでもより深いレベルでこなしていくように努めることです。この時に得たレベルの深さが基礎の力となるのです。目的は、柔軟に繊細に自由に応用のきく声を得ることです。

 それとともに、舞台を踏み、自分の声、身体などの状態を把握できるようにしていきましょう。心のみならず、身体で声を聞くことができるようになります。このことが、さらに高いレベルをこなすための判断基準を作っていく上に、なくてはならないことなのです。

「歌の裏ワザ」 Vol.18

〇特別メニュ

 

特別なメニュ(方法)ほど、個人によって、効果の出方が大きく違いますし、専門的な取り扱いが必要なのは、他の分野と変わりません。

トレーナーが元に戻す能力をもっていない(考えてもいない)とか、通用した人だけ(本人含めて)の経験でやることが多い場合は、気をつけましょう。

自分には合わないかもしれないし、もっとよい方法があるかもしれないのです。

ただ、今、出しやすい声、使いやすい体の使い方が、必ずしも本当のベストでないために、将来に対してトレーニングを行う、その判断がつきにくいのが大きなネックなのです。(方法やトレーナーとの相性と同じです。)

 

○口を大きく開けない

 

口をパクパクと開けすぎるのは、発声の邪魔です。しかし、まだ声の出にくい人は、表情でもフォローできるし、表情筋も鍛えるべきです。口の動きは発音に大切です。目的はそれぞれです。ただし、口を開けるのと口の中を開けるのと、喉を開けるのとは違います。

 

〇深さ

 

これは、イメージのことば“深い息”“深い声”です。

私自身は、浅い声から深い声をもつのに至ったのが、ヴォイトレで、声楽と役者声づくりなしには、今の声は得られなかったでしょう。そのおかげで8時間ぶっつづけでも、声は使えるし、あまり眠らなくともひどい風邪でも、声には異常をきたさなかったのです。トレーナーの仕事は、その強靭さゆえにできたのです。しかし、そこまでに声のトレーニングづけで10年近くかかっているのです。

今の私の処方には、かなり個人差があるのですが、当初は、声づくりを100パーセント、前提でのメニュにしていました。今は耳づくりを経て、感性、ものの本質をみることや創造性をプログラミングしつつあります。

 それでも、トレーニングのメニュや方法としてではなく、その結果として得られるものとして、深い呼吸や深い声を目的にしておくのは、一理あると思っています。

 

〇深い息と深い声

 

私が、お笑い芸人や役者、洋楽吹き替えの声優、ミュージカルの悪役声など、従来、日本では指導者がいなかったパワフルな声づくりができているのは、このおかげです。(欧米ではボイスティーチャー。しかし、声そのもののベースには触れない。彼らはすでに強く吐く息の上に声がのっていて強靭な喉をもっている。私の接してきた経験では、欧米人に日本人の欠点を理解するのは難しいようです。)

また外国人や日本の他分野の方にも、初対面第一声で、プロのトレーナーとわかってもらえるのも、このおかげです。私のできることが誰にでもできるものでない(生まれつき持っているもの+トレーニングの長い年月)とも思いますが、同じ条件を持っている人はいるので、試みるのは決して無駄ではないと思います。

 

〇シャウト

 

特に喉の強さについては、シャウトしたり、どなるだけで、喉に影響が出て、歌に支障が出る日本人は、一度、とことん考えてみるべきことに思われます。日本のシャウトするヴォーカルは、どうも30代後半くらいでボリュームやパワーを失っている人が多いからです。私がみるには、力で押しつける雑な発声と、音楽性よりも感情移入を優先して、喉に負担を与えすぎているからです。

 

〇フレージング

 

何よりも、呼吸を聞くくせをつけて欲しいのです。歌も芝居も、息と間が表現のすべてを握っています。

私が最初に注目したのは、外国人の強い息(ノイズ)と太い声(ハスキー)でした。特に女性は日本人とはかなり違います。

 

○考え方

 

考え方としては、

1.何でもないよりはあった方がよい

2.できないことは、本当に必要なのか

3.あっても使えなければ、使わなければいらない

4.本当に必要なものは何か

5.それをどうやって磨くのか

 

○声量

 

 声量は音響加工のできる今の音声の世界においては、もはや、絶対条件ではありません。かつては、雨天でもトタン屋根の体育館などで演じなくてはいけなかったような「役者声」の必要性も減ってきました。

そのためポップスも、昭和の頃までのような音色をもつヴォーカル(強い喉をもつ人)は少なくなりつつあります。

 時代も体のプロポーションも変わってきました。しかし、人間の体としては、昔も今も、欧米も日本も同じというところに私はベースをおいています。何事も基礎というのは、時代や地域でそう簡単に変わるものではありません。

 

踏まえるべきことは、

 1.今のベターの声

 2.将来のベストの声

 

 1.今の出しやすい声

 2.将来の出しやすい声

 

そんなことで影響されるような頼りのない声の鍛え方をすべきではないでしょう。

 

現状では、トレーナー(声そのものを動かせるクラシックは、高音でやや発音不明瞭でも許される)も情けないくらいの小さい高音でOKにしています。本物はパワフルに歌っている、歌には使っていなくても、そのくらいの声は出るので、トレーニングの目的は、そこにおきたいのですが・・・。(高音へのアプローチ)

 

人並みに声量がなくても、1オクターブしか声域がなくてもかまいません。そこを克服する必要は人によって違います。それに費やす労力を他に使うこともできます。

私は声量もないよりはあるほうがよい、それだけ体にそって声が出ているようになっているからと、思うのです。

 

〇シャッフル、16ビートが歌えない

 

 ジャズを歌うのに、ジャズ理論が必要なのかという人がいます。ヴォーカルは、原則として、一つの声で歌うだけのパートです。

「ジャズとは」とか「ロック」とか決め付けること自体、もともとの自由な精神に反します。

定番は、タンバリンかカスタネットを使ってみることですが、ドラム、ギターやベース(ピアノでも)で叩きながら演じてみましょう。スイングするのも同じです。

 

〇試行する

 

 私は日本人はなぜ、キィ(音高)とテンポをすでに歌った人(創唱者)や楽譜(原曲)に、疑いもなく合わせてしまうのか、不思議でした。

自分の表現創造よりも、あこがれのアーティストに同化したいところに基準があるのです。まずは、自由に試しつつ、最後に楽譜通りにしましょう。(ジャパンクールの今も、欧米舶来品の輸入大国の日本です。)

 

〇高い声

 

 高い声といってもいろいろとありますが、ハイトーンは歌にしか使わない特殊な声ともいえます。悲鳴や怒鳴るときに出る高い声は、日常の範囲の中で使われます。ただ感情が発声の原理を邪魔しますので、喉によくありません。厳密な再現性もありません。声色として応用して使う分、それるので、トレーニングでは、元に戻して行いましょう。(クールダウン)

「歌の裏ワザ」 Vol.17

〇正誤問題ではない

 

 歌について、正しいか間違っているのかをとても気にする人がいます。歌うのは、アーティストの活動ですから、その練習は、あなたがこれまで受けてきた日本の非創造的といわざるをえない教育とは、逆の考え方をしなくては、見えない壁をやぶれません。

アートの世界では、すぐれている人ほど、正誤ではものごとを捉えません。何をしても、自分がしたら自分の正解となり、そこに間違いは生じないからです。

どんなことでも、やったことが自分のみならず、他の人にも正解となって示せるのがプロです。そのために、ひたすら感性とものの本質をみる眼(というか耳)を磨くのです。

 ところが、練習法とかトレーニングをそれだけで考えるところから無用の混乱が起きます。そういうことを教えよう、受けようというレッスンでは、正しいやり方があると信じる限りにおいて、そこでトレーナーとの二者間でのみ、成り立っている練習法にすぎないものです。私はそれは、そこを離れて通じるものにしなくては、と思っています。

 

〇問題とする

 

好きなヴォーカルの曲を高すぎるキーでまねたり、大声をはりあげて歌い続けると、カラオケ・ポリープのように喉を痛めます。室内の汚れた空気なども原因の一つです。

レッスンは、そういう対処法を知るためにも行うものです。

漠然とレッスンを受けるのでなく、それぞれの状況に応じて自分なりにもっともよいメニュを編み出していくのです。あなたが、主体的に考え動き、決めてこそ、何事もうまくいくのです。

 

どこが問題かわからないという人は、どこも問題がないと思っている人よりも判断力は上です。(問題がない人はいないので)、明らかに問題がある人というのは、素人が聞いても下手といわれるのですから、わかりやすいものです。そのギャップは、トレーニングしだいで直っていきます。

むしろ人並みに歌えるようになったり、プロとなってからの方が、この問題は深刻なのです。

といっても、芸事ですから、当人の目標レベルまでということでよいわけです。(そのため、自己満足でそこまでしか伸びない人ばかりですが・・・)

 

 私が思うに、ヴォーカルは10年のプランニングをなかなかたてられません。ちょっと器用に歌いこなせるようになると、まわりからはうまいとほめられる。プロでも、ポップスでは、具体的に注意されることはあまりありません。

しかし、日本のヴォーカルは、プレイヤーに比べ、国際的にレベルが低いのは事実です。

もちろん、私は日本のヴォーカルを否定しているのではありません。トレーニングに関心のある人に、基準を与えるために、その立場で述べているのです。

それで本人がよければよいのです。歌によしあしやうまいなどというのも、もともと存在しないのです。今のままの自分の歌では嫌だと本人が思ったときに、はじめてそれが解決すべき問題になるのです。

 

〇サポート

 

 私がみて、日本に限って言うならば、トレーニングで効果を出した人と、プロとして成功した人とは必ずしも一致しません。

それには、エンターテイメント、ショービジネスとして、あるいはミュージカルとして日本人が求めるヴォーカルやアーティストと、世界レベルとのズレでもあるのですが。

 トレーニングというのは、効果を出すためにあるのです。しかし、その効果はトレーナーの目指すものでなく、本人の求めるものでなくてはなりません。

本人が求めるべきものがはっきりとわからないから、トレーナーがサポートしてあげるのはよいでしょう。

しかし、本人が、(とはいいませんが、トレーナーも含めて)可能性のないところに目的をもつ人が少なくないのです。声をしっかりと出せないうちに高音獲得競争などに走る人も少なくありません。

 トレーニングは、続けることで、可能性を引き出すためのものです。本当のトレーニングは、器を大きくするためのものです。

 

〇発声のキャリア

 

ヴォイストレーニングをしないと、しっかりしたヴォーカルになれないと思い込んでいる方がいます。「どこに行けばうまくなれますか」と。とても熱心なのはよいのですが、そのまじめさが裏目に出ることも少なくありません。そうした思い込みは、はずすことです。

 

 発声というと、習いにいってゼロから学ぶように考える人が大半です。ここには、多くの人が「初心者ですが」といらっしゃいます。最近はプロにも「ヴォイトレは初めてなのですが」といわれ、苦笑せざるをえません。

というのは、発声もヴォイトレも生まれてすぐに、誰もが生まれた年月分はやってきているともいえるからです。つまり、すでに使ってきた歴史を無視して始めるものではないのです。もって生まれた体と使ってきた声、ことば、感覚を無視しては、先に進めません。

 

一方で、役者やヴォーカルには、ヴォイトレをやっても何にもならないと思っている人もいます。どうも人のところに習いに行くのがヴォイトレと思われているようなのです。私の考えでは、せりふや歌の2、3フレーズの練習を繰り返しているときは、それもそのままヴォイトレなのですが・・・。

 ですが、ヴォイトレなど必要がないといったら、それも本当です。

あなたの声は聞こえるし、日本語も通じるし、歌も歌えますね。生きている年月分、練習して実践で人に対して使ってきているのですから。

そうでなければ、十代半ばでそこまで大して何もやっていないのに、オーディションだけで役者として主演に選ばれたり、デビューしてヒットさせるような人は出ないでしょう。他の分野に学んだ芸暦なしのプロなどいますか。

でも、それで選ばれた人は、その感性でそこまで生きてきたのです。彼らには、イメージがあるので、あとは声という楽器が対応できるかどうかだけ、そこで、器用にうまく心身が対応できた人たちとみるべきでしょう。そうでなかった多くの人には、ヴォイストレーニングが必要、彼らも天然で得られたところから、上にいくのなら、基礎からのトレーニングが必要と思うのです。

 

〇ヴォイトレはリフォーム

 

私は、プロ相手のヴォイトレは、プロデューサーの感覚も含めて、声楽家の基礎レッスンを併用してやります。前者は応用として、ステージングのために、後者は基本としてフォームづくりと器づくりのために心身のリフォームなのです。

 発声も呼吸法も体も皆、普通に生きていられるということは、最低限、身についていることなのです。しかし、ステージで求められるものは、日本人の日常での声の力からみるとかなり高度で、特別なのです。

しかも、歌などは、欧米の影響下にあるために二重にギャップがあるのです。

そのため、私たち日本人は、いろんなノウハウを取り入れ、それっぽく対応してきたのです。多くのヴォイトレも声楽も、そこに位置しています。そのために混乱というよりも、形の受け売りで、思い込みの中だけで行なわれているケースが多いのです。

 私は、そこに正解を求めません。あくまで個として、その人の声の活動領域が広がる可能性を求めて、使えるものを何でもコーディネートして成果を出すように処法してきました。年々と方法もメニュも変わっています。

 

「歌の裏ワザ」 Vol.16

〇プロデューサー的視点でみる

 

声の質

音楽の方向性にあう

自分に合った曲を選ぶ

歌より声

ルックスよりキャラクター

 

もっとも大切なことは → 作品をつくり、演じ続けること

どう歌えばよいのかわからない → 歌うことよりクリエイティブに表現することを優先する

プロの資格とは → 他の人にできない何ができるか

上達し続けるには → リスペクト力 すべては憧れと畏敬からはじまる (ファンにとどまらないこと)

デビューするには → スタイルを決め、洗練させる

声も悪く、歌も下手だ → 編集、構成力を磨こう(歌の下手なプロに学ぼう)

 

コンセプト、キャッチコピー

お客やファンの分析

作品イメージ

キィワード(アルバムのタイトル)

エンターテイメント性

アベレージ、クオリティ、コンディション

体力、技術、メンタリティ、パッション

トーク、人間性、音楽性

ポジショニング 自分の位置

 

音楽を支える側の苦労や音楽のシステムを知る

音響、プログラミングを学ぶ

最新情報、チャンスを得る、デモをつくる

 

エンターテイメント性 見て楽しませる

主観と客観で、売れるものを見抜く

気に入られるより、いい作品を

今売れるものでなく、残るものを目指す

土俵そのものをつくること

 

○基本とする教材

 

声と体と息を自分に移しかえて味わいましょう。

・オールディーズ(5060年代ロック)

・カンツォーネ

・シャンソン

・昭和3040年代の日本の歌

・演歌・歌謡曲(日本人の情感表現)

・童謡・唱歌(歌唱の基本デッサン)

 

モータウンの主たるヴォーカリスト

声で歌で人に伝えるために 結果として感動させるために、口から奏する、ことば・ファルセット・息・ささやき・シャウトなどを学びましょう。

・ルイ・アームストロング

・トム・ウェイツ

・ゴスペル

・サム・クック

・アレサ・フランクリン

・マーヴィン・ゲイ

・ティナ・ターナー

・ジェイムス・ブラウン

 

カバーした曲も聞きましょう。

・サラ・ヴォーン「枯葉」「イエスタデイ」「ミッシェル」

 

○声の常識の誤解

 

次のことをあなたは知っていましたか?

声は声帯の震える音ではない。

胸式呼吸をやめて腹式呼吸に変えるのではない。

腹式呼吸はお腹を鍛えるのではない。

自然な声は自然ではない。

年寄りに高い声は聞きづらい。

聞いてもらうためには大声はタブー。

トレーナーを真似てはダメ。

口を大きくあけすぎない。

声を出さなくてもたくさんの練習ができる。

息は鼻からだけ吸うのではない。

声は響かせようとするのではない。

声量のある声とは大きな声でない。

声区は、共鳴させるところではない。

歌いあげてはならない。

歌では声をやたらと伸ばしてはならない。

歌うとは、声を殺すこと。

詞やことばを歌うのではない。

大声は出さない。

絶対音感はいらない。

音程はとるな、リズムはつくれ。

感情を入れすぎない。

 

○身体づくりのメニュ

 

メニュには、いろいろとあります。役に立ちそうなものを組み合わせてください。あなたの勘で選ぶようにというのは、自分の勘だけが頼りになる世界です。頭を使うとおかしな方向にいきます。

 トレーニングの方針、メニュ、トレーナーに頼るのもかまいませんが、目的を定め、それに合うように取捨選択して使いこなすのは、あなた自身です。

本当に必要なメニュは、一つか二つ、それを知るために学ぶわけです。体操も同じ。本を読んで不安になるなら、捨てましょう。

声楽家のなかには、太っている人の方がよい声だというイメージもあり、体重を増やしたり、胸筋などを鍛えたりしている人もいます。役者などは、役作りにも関わるでしょう。ただ、極端なダイエットは声によくありません。

 

○メニュの選び方、使い方

 

ヴォーカルは、どういう方針で、どのメニュをメインにするのかを知ることは、かなり難しいことになります。

ただ、楽器と同じく、発声にも、人間として共通することがあります。

練習法(メニュ)よりもそれを何の目的でどのように使って、どうなっていくのかがもっとも大切です。誰もが同じように、効果の出るメニュはありませんし、その使い方において、楽器とは比べものにならないほど、個人差が大きなものだからです。

 

私のすることも

1.決して、他ではできないこと

2.決して一人ではできないこと

3.絶対に私にしかできないこと

となりつつあります。

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